倫敦の時計塔、エルメロイの研究室。そこでは、部屋の中の魔導書などが散らかっており、その研究室の中央には魔法陣が描かれていた。既に魔法陣は役目を終えたのか、起動する魔力が消滅していた。そしてその中心に立つ人物は、赤いマントに長い黒髪を持った男性、時計塔の一大勢力を僅かな期間で築きあげ、新たな魔導の道を探求する講師である。
時計塔の人間は彼を、ロードエルメロイⅡ世……本名ウェイバー・ベルベット。彼は何やら疲れ切った表情で自室の椅子に腰掛ける。
「ようやく、準備が整った」
椅子に腰掛けながら、疲れからくる溜息を吐く。そして彼の背後にタオルを持って現れたのは、灰色のフードを被り顔を隠した少女である。彼女は、タオルを汗だくのウェイバーに渡すと、心配そうに顔色を窺う。
「師匠、成功したのですか?」
「あぁ。時間を掛けてしまったが、ようやく準備が出来た。お前から預かったこれも、必要になるかもしれない」
そういって手渡されたタオルで額に浮かんだ汗を拭き取り、机の上に置かれたかばんのふたを閉める。明らかに旅用の大きなカバンを持ちあげた彼は、すぐに扉へと歩いて行く。
「師匠、気を付けてください」
「そうだな。だが二度と時計塔の保守派には、邪魔をさせない。後は頼む」
そう言って部屋を出たウェイバーは、予め手配していたアーチボルト家のリムジンに乗り込み、空港へと向かった。そしてリムジンの中で腕を組みながらも、出遅れてしまった自分の不甲斐なさにみけんに皺が寄る。何故自分はあの場に居ないのかと。
しかし、過ぎた事はどうにもならない。他の勢力が自分が聖杯戦争で勝ちぬく事を嫌い、精一杯の妨害をしてきた。そのせいで日本に向かえなかった事が何より腹立たしい。しかし、準備を整えることが出来た。
そう思いながら、事前に車内に持ちこんでいた石の箱に触れる。
「いざとなれば……か」
そう言いながら、ウェイバーは願かけをするように目を瞑る。そのある物が入った箱に置かれた、右手には赤く複雑な令呪が刻まれていた。
「頼むぞ……持ちこたえてくれ」
ウェイバーの乗ったリムジンは、公道を飛ばしながら、空港へと向かった。彼が向かうのは戦場であり、混沌渦巻く魔術の儀式、そして家族の元。
――――――
そして、日本の冬木では、3つの陣営と一人の英霊が、激しい戦いを繰り広げていた。その戦いは、終末を大きく躍進させ、世界に大きな影を落とす事になるとは……誰も知らなかった。