「■■■■■■!!」
突然現れたイリヤとバーサーカー。マスターの命令を受けたバーサーカーは、狂化スキルのセーブを止め全身に紅い魔力が走り、怒り狂う。
眼の前で雄叫びに反応し、無数の蛇を消しかけたゴーゴン。だが恐れを知らず、怪物殺しを生業としていたヘラクレスであるバーサーカーはひるまない。
「――――!」
ただ命じられるがままにその怒りと力をゴーゴンへとぶつけるだけ。地面をけって跳躍した巨人とも言えるバーサーカー。彼を本能的に恐れたのか、無数の蛇の頭髪を襲いかからせる。
だがバーサーカーは狂化しているのに、優れた武人の技量を持っている。右手に持つ斧剣を怪力で振るった事で、巨大な蛇の頭が切断される。空中で次々噛みついてくる蛇たちの牙を回避しながら、野獣のように猛るバーサーカーは、次々とゴーゴンの蛇の髪を切り裂いて行く。
だが、ゴーゴンがその巨大な両手でバーサーカーの巨体を鷲掴みにする。鱗まみれの巨大な両手にはさまれ捕獲されるバーサーカー。狂化して理性を無くしながらも、自分を拘束する怪物の手を振り払おうと暴れる。引き締まり岩のような筋肉が躍動し、徐々に雄叫びと共に筋力が上がって行く。自分よりも小さな筈のバーサーカーの怪力に両手から抜けだされそうになるゴーゴン。何度もバーサーカーを地面に叩きつけるが、彼はその程度ではダメージを負わない。
まるで怪獣同士の争いに巻き込まれたようなブレイカーは、その光景を見ながら自分はあの怪物と殴り合っていたのかと今更ながら恐ろしく感じる。
――――
結界内でライダーは、突然現れたバーサーカーを見て驚いていた。
「どうして、彼が」
ペルセウスは、自分達から離れた個所でゴーゴンと叩く巨漢を知っていた。なぜならば、ヘラクレスはペルセウスの子孫に当たるのだ。聖杯戦争、サーヴァントの妙ともいう遭遇。英雄たる彼の子孫はさらなる高みの大英雄。その子孫がこの世に復活した怪物と戦うとはどういう偶然か。
アルカは、結界に入ってきたイリヤの存在を見て、なんてタイミングに乱入して来たのかと感じる。イリヤ自身もアルカの視線に気がついたのか、こちらに歩いてくる。イリヤも魔眼の影響下にある筈だが、彼女は特殊な調整を受けた聖杯の器。最強のマスターを自称するだけあり、対魔力も高いのだろう。彼女はバーサーカーの苦戦を苦戦とも思わず、軽い足取りで結界の前に来る。
そして、中で綾香の治療をするアルカを眺める。その顔は苦戦するアルカの事が面白いと言う意地悪な笑みを含んでいた。
「こんばんわ、ベルベットの魔術師さん」
「ん。こんばんわイリヤスフィール。――――どうしてきたの?」
「本当は来る気はなかったわ。でもバーサーカーが落ち付かなくて、仕方なく来てあげたの。どうやら苦戦していたようだけれど? これじゃ最強のマスターの座は私の物に決定ね」
「……そうね。正直、いっぱいいっぱいね」
素直にアルカが負けを認めると、イリヤは少し予想と違う殊勝な態度に首を傾げる。だが、すぐに機嫌を良くして両手を腰に組みながら胸を張る。
「素直なのね。いつもは憎たらしいのに。――――仕方ないわ。今日は協力してあげる。消耗してる貴方を殺しても詰まらないもの」
「ん。素直に感謝するわ。ありがとうイリヤ」
イリヤは「おかしな子」と言いながらバーサーカーの戦闘へと振り返る。彼女の目線の先では、既に半分抜け出しているバーサーカーが居た。
―――――
「---!」
「■■!! ■……―――」
握力では抑えきれないバーサーカーに業を煮やしたのか、石化の魔眼に魔力を注ぎ始める。そして、身体が石化し始めるバーサーカー。彼に対魔力はないため、石化の進行速度は速い。そしてあっと言う間に全身が石化するバーサーカー。
完全に石になった事で抵抗されなくなったゴーゴンはただの石になった彼を握りつぶす。バキバキと石化した体にひびが入り、その罅は次第に大きくなる。そして、首筋から胴体が二つに砕けた。
「----!」
完全にバーサーカーを殺したゴーゴンは、ブレイカーではなく結界の外に居るイリヤに目を向ける。その瞬間イリヤにも重圧が掛るが、彼女はバーサーカーの死を悲観しない。少しづつ蛇の胴体を動かして迫る巨大な怪物だが、イリヤの心を乱すには値しない。
何故なら、彼女のサーヴァントは世界で一番強いのだから。たとえ殺されようとも、バーサーカーが負ける事はない。その自信がイリヤの心を支える。
「何を寝ているの。起きて、狂いなさいバーサーカー!」
イリヤは、ゴーゴンの手の中で砕けたバーサーカーにそう命じる。その命令が石化したバーサーカーに通じたのか、石になった彼の身体が再び狂化された紅い魔力を帯び始め、元の鋼のような肌に戻る。それだけではない。十二の試練によって一度死んだヘラクレスは蘇り、真っ二つの身体が再生する。
「■■■■■■!!!!!!」
そしてイリヤの命令に従い、彼女に負担を掛けるも狂化スキルのランクを上げる。その瞬間彼の魔力は一気に上がって、その身体は真っ赤な魔力に染まる。目には理性が一切宿らず、暴力が人の形をしたまさに狂戦士となる。そして、瞬時に更に怪物じみた怪力で拘束するゴーゴンの両手を弾き飛ばすと、右腕を斧剣で切断し、空中で払いのけようとした左腕を斧剣を捨てた両腕で掴み、腕力に任せた強引な力技で15m以上の怪物を投げ飛ばす。
まさかの投げ技で森の木々をなぎ倒して横たわるゴーゴン。投げ飛ばした本人は着地と同時に、地面に刺さった斧剣を抜きとって仰向けになっているゴーゴンの胴体に突き刺した。鱗に覆われた肌すら、ヘラクレスの攻撃には防御力を持たず、切り裂かれる。
当然、ゴーゴンは対抗して切り裂かれていない蛇の頭髪をけしかける。猛毒の牙を持った蛇たちに囲まれ、噛みつかれたバーサーカー。
「■■、■■■!!」
だが、その牙がヘラクレスの肌にキズを着ける事は叶わない。十二の試練によって、攻撃を無効化されてしまう。そして石化の方も先程と違い明らかに耐性を身に付けており、一切鈍らない破壊力で持って頭髪の蛇たちを斧剣で薙ぎ払う。そして、斬りさいた蛇の頭を掴んで起き上ろうとしたゴーゴンの頭部に投擲した。
蛇の頭部が直撃したゴーゴンの目には、蛇の牙が刺さっており痛みでのたうちまわる。ゴーゴンは声にならない悲鳴を上げる。
その決定的な隙をつき、バーサーカーが跳躍。斧剣で持ってゴーゴンの首を一太刀で切り落とす。不死に怪物であるゴーゴンの首を切り裂いたバーサーカー。巨大な頭部を掴み、勝利の雄叫びをあげる。その姿を見たライダーは、子孫の武勇を誇りに思うと同時に、自分のマスターを彼から護りきる事など可能なのかと恐怖も覚える。完全復活する前に、身体を切り刻まれ、首を切り落とされたゴーゴン。
「■■■■■!!!」
巨大な首を掲げるバーサーカーの声に、反応するようにゴーゴンの身体が消えて行く。生前であれば蘇ったかもしれないが、今はサーヴァント。そしてその宝具の一部でしかない。綾香から吸収した魔力で復活したとはいえ、不死性でもどうにもならない魔力切れによりゴーゴンは、冬木で二度目の死を迎えた。ゴーゴンの消失を見届けたバーサーカーは先程までの荒々しさから解放され、彼女の死を弔うように立ちつくす。
必然であるバーサーカーの勝利を見届けたイリヤは、傍までズシンズシンと歩んできた彼の腕に乗り、肩に乗せられる。
「もう終わっちゃったのね。こんな相手に苦戦するなんて、まだまだね。帰りましょうバーサーカー」
「■■」
イリヤの言葉を聞いたバーサーカー。地面を強く蹴って駆け出した彼等を見失うのはすぐだった。そして、そのタイミングを見計うように、セイバーが見張っていたライダーが転移する。
「しまった」
「……どうやら、慎二が令呪を使ったみたい」
サーヴァントの強制転移。令呪を持って可能とする奇跡。それを使われれば、追いかけるのは難しいだろう。何処に居るのか察知する前に、天馬に乗った慎二達が空へと飛び上がり離脱する。こちらはブレイカーが負傷、綾香が魔力の過剰消費、アルカが左腕の損失と被害が大きい。
セレアルトが出てきた事で、こちらが必然的に危機に追い込まれたのだ。
「間桐にセレアルトがいるなら、備えなければいけない。けれど、先に綾香を連れて帰ろう」
『そうだね。アルカも傷を癒した方がいいよ』
アンに止血された左腕を見ながら、アルカは横たわっているブレイカーに近寄って行く。既に綾香の治療は終わり、セイバーにかかえられている。セイバーとアンも追従しながら、ブレイカーの元に向かう。
「……ボロボロ」
「悪かったな。思惑が外れたんだよ。相変わらず勝負弱いな俺は」
「家に帰ろう」
アルカが、ブレイカーに手を伸ばす。今日は本当に限界まで疲れた。この後の戦闘は、たとえ衛宮士郎が相手であろうと逃げる。アルカの手を取ったブレイカーが起き上り、彼等は疲労を引き摺りながら、沙条家へと帰り、結界を施した後、泥のように眠った。
次回も不定期です。