土曜日の夜。それまでの時間を趣味で潰した沙条陣営は、ブレイカーの案内の元、言峰教会へと向かっていた。ギルガメッシュの言い口から、言峰綺礼から直接聞きだした方が早いとアルカが言ったのだ。正確には彼女の中にいる言峰綺礼の意思が、自分なら既に何かを掴んでいると言ったためだ。
だが、彼女達は神父に対して一切の油断をしない。直接戦った事はなくとも、言峰綺礼の恐ろしさは理解しているためだ。
アンとブレイカーとセイバー全員が護衛として乗り込む。アルカはまだしも綾香を狙われれば言峰綺礼に彼女が抵抗する手段はない。だからこそ、最大戦力で短期決戦を挑むのだ。とはいえ、目的は言峰綺礼の持っている情報なので殺しに行く訳ではない。
二台の車で教会に向かう沙条家。しばらく、して言峰教会が眼に入った時、その異変に全員が気が付く。慌ててブレーキを踏んで二台の車が急停止する。その衝撃に驚く綾香とアルカ。だが、サーヴァント達はすぐに戦闘態勢を取って車外に出る。
「どうしたの皆」
「綾香、サーヴァントだ。それもキャスターみたいだよ」
かなり距離を取っているため、気付かれたか不明だが言峰教会の中で、誰かが戦っているのを感じる。迂闊に飛び込むのは危険と感じた。
「ブレイカー、中に別の」
「ありゃセイバーだな。四次の時のな」
アルカも魔眼で教会の外にまで漏れる魔力を見極める。だが、瞬時に周囲の魔力濃度が変化し、地面から学校でも現れた竜牙兵が湧き始める。そして、教会の扉を切り裂いて現れたのは、セイバー(アルトリア)と入口から空中に飛び上がり5人を見下ろすキャスターだった。
「衛宮君のセイバー!? なんで、キャスターと一緒に」
「あら、誰かと思えばこの前のお嬢ちゃんじゃない」
ローブを翼のようにして空中浮遊するキャスターは、綾香を見て声を掛ける。その声に悪意は籠っていないが、過去の体験から綾香は彼女を恐れる。体を操られ、令呪を奪われかけた体験を綾香は乗り越えていない。キャスターは、綾香にとって苦手とするサーヴァントなのだ。過去も合わせて、魔術師の英霊にいい印象が全くない。怖くなり逃げたい気持ちになる綾香をセイバーが護るように前に出る。
「あらま、嫌われちゃったかしら」
「……キャスター。はじめまして。私はアルカ・ベルベット」
キャスターが綾香に怖がられた事に軽くショックを受けるが、いつの間にかキャスターと同じ高さまで浮遊したアルカ(愛歌)が彼女に向かって自己紹介する。その丁寧な自己紹介とは真逆に、その魔眼に魔力と殺意が籠っていた。アルカは綾香を誘拐された事を忘れてはいない。キャスターを殺さないのは、綾香の呪いを解く方法を知っている可能性があったからだ。
「あら、お姉さんの方は初めてだったわね。色々覗かせてもらったのだけど、あなたかなり派手ね」
「貴方ほどじゃない。―――私が言いたい事は2つ。何故此処に来た? そして綾香の呪いを解けると言うのは方便?」
「――答えてあげましょう。目的は聖杯の入手よ。そして、もう一つ妹さんの呪いだけれど、簡単に解けるわ」
「そう、なら綾香の呪いを解きなさい。そうすれば殺さないでいてあげる」
空中で睨みあうキャスターとアルカ。生意気な娘とキャスターが高速神言(神代の言葉で、大魔術を一言で発動させるスキル)で紫の魔弾を放つ。その弾丸は一発でアルカの体を吹き飛ばしてしまうようなものだった。だが、アルカはそれを避けない。あえて正面から向き合い、魔眼でその魔術を解析する。そして、両掌を魔弾に向け受け止める。
「install」
通常サーヴァントの攻撃を人間が受け止めるなど不可能。ましてや、直撃すれば体が吹っ飛ぶ魔力弾など、避けることすらかなわない。
だがキャスターの魔弾は、アルカが彼女の魔弾を内包魔術で完全に体に取り込んだ。
「あなた、何をしたの」
「貴方の魔術を内包した。生粋の魔術師である貴方は、私の目と魔術にとってこれ以上ない程の標的」
明らかに動揺するキャスター相手にアルカは、平然と告げる。アルカの魔術は魔眼による解析と攻略。そして、内包魔術という特異な魔術を使用する。効力は対象の記憶や魔術を内包することにある。内包した情報や義十っつは引き出して使用が可能となり、詰み上げて来た魔術の歴史を掻っ攫う魔術師の天敵のような魔術使いなのだ。
それは、魔術師らしい魔術師であるキャスター相手にも優位に働く。彼女の高速神言には対応できないが、固有時制御による時間流の加速でアルカは通常よりも早い魔術詠唱を可能としていた。
「生意気な」
「流転の星・穿て」
癪に障ったのか、キャスターが次々に魔弾を発射していく。それら全てを裁く事はアルカにも不可能。何発かを自分の中に内包、吸収した魔力で打ち返すのがやっとだった。だが、アルカ一人に集中すれば、地上で竜牙兵相手に無双しているブレイカーが牙を剥く。
いつの間にか空中にまで飛躍していたブレイカーが余所見をしているキャスターに手刀を振るう。それに反応したキャスターは、翼のようにローブを羽ばたかせ後ろに飛ぶ。
「外したか」
「ふん、考えが見え見えよお嬢ちゃん」
攻撃が空振りしたブレイカー目掛けて、キャスターがランクA相当の魔力弾を発射するが、両手で繰り出される重く早すぎるパンチによって破壊される。追撃を全て退けながら着地したブレイカーは、綾香達を囲う竜牙兵へと襲いかかる。
オフェンスにブレイカーとアルカが回り、他がディフェンスに努める。単純ながら隙のない布陣でキャスターの急場しのぎの戦力が削られていく。一人で英霊2体の相手は面倒だと感じた
「セイバー、私に協力しなさい」
「っ」
キャスターは、言峰教会の前で待機しているセイバー(アルトリア)に命令する。それは、令呪の効果と彼女の魔術師としての才覚から来る強制力。それらに抗うセイバー(アルトリア)だが、彼女の対魔力を持ってしても令呪には逆らえない。体が勝手に剣を持って、キャスターと敵対するブレイカーへ切り掛る。
ブレイカーは、それを回避して、足元の意思に魔力を通してキャスターへ投擲する。投擲された石礫は、セイバーが空中で切断し、魔力放出による加速と共に攻撃してくる。
「セイバーの奴、キャスターに操られてるのか?」
「ブレイカー、余所見しないで。魔眼で見た感じ、キャスターに令呪があって、彼女がマスター」
「サーヴァントがマスターかよ。どんな手を使ったんだ?」
「わからない。ただ、衛宮士郎はマスターじゃなくなった事だけはわかる」
空中で飛行しながら、キャスターと対峙するアルカはキャリコ2丁による射撃で、彼女に結界を使用させる。アルカの弾丸が魔力を帯びているため、それを防がねばならないキャスター。しかし、キャスターの魔術師が魔眼を持つとは言え、アルカに負ける道理がない。
すぐに結界をオートで起動しながら、空中に浮かぶ無数の魔弾が襲いかかる。さすがに20発以上の魔弾を吸収など出来ず、浮遊を解除して落下。それをブレイカーがキャッチして距離を取らせる。
「セイバー、無駄な抵抗を続けるのも結構だけど、元々彼女達は敵の筈でしょう? 特にもう一人のセイバーとは、決着をつけたいのではなくて?」
「ぐっ」
キャスターに戦闘を強要されるセイバー。そしてセイバーはキャスターの強制力に従うまま、綾香を護るセイバー(アルトリウス)に透明の剣を向ける。
「あぁああーーー!!」
「アン! 綾香を頼む」
「セイバー」
『任せてください』
前回の魔力放出で弾丸のように突っ込んでくるセイバー(アルトリア)。小柄の少女だが、魔力放出による強化は少女の姿ですら破壊兵器へと変える。そんな英霊と戦うのに、綾香が近くにいては不利。そう悟ったセイバー(アルトウリス)は、アンに綾香を任せ自らも前に飛び出す。アンは、竜牙兵にナイフを投げつけながら、綾香を護る。
そして互いに弾丸となって激突したセイバー達は、互いに勢いの乗った透明な剣をぶつけあう。そのたびに花壇が大きく抉れ、コンクリートの地面が割れる。嵐のような激しい斬撃を繰り出すセイバー(アルトリア)と清流のようにそれらを受け流すセイバー(アルトリウス)。
「何があったかは知らない。だが、綾香を傷付けるなら私は君を斬る」
「貴方は、貴方は一体何ものなのです!」
セイバー同士の苛烈な激戦が繰り広げられると、ブレイカーとアルカはマスターであるキャスターを狙う。遠距離攻撃を繰り広げるキャスター相手にアルカを抱えたままでは勝てない。
「マスター、霊体化しろ」
「ん」
ブレイカーの指示通り、アルカは霊体化する。霊体化したアルカをよそに、ブレイカーがキャスター相手に見上げる。空中でブレイカーを見下ろすキャスターは内心、逃げる算段を考えていた。セイバーを完全に支配出来ない現状、バーサーカーと互角に戦えるブレイカーとは戦う予定がなかった。
セイバー(アルトリア)を別のセイバーに抑えられたら、不利なのは変わりない。
(神父は、殺したと言うのに厄介だこと)
先程から投擲で攻撃してくるブレイカー相手に魔力砲を放つも、破壊スキルの拳で着弾と同時に魔力砲が破壊される。
対魔力ではないが、根本的にサーヴァントの能力に対抗できる破壊スキルと概念耐性はキャスターの苦手な効果だった。
弱点の綾香達は、アサシンのアンが近接と中距離を担当。綾香は、遠距離に棘の魔術で攻撃。迫り来る竜牙兵を蹴散らしてく。これが柳洞寺なら違っただろう。迂闊に拠点を変えるのは危険だったかと考える。
一方のセイバー達は、目に見えない剣による何十にも及ぶ剣戟を披露した。
「ハッ!」
「一つ問う。君は、マスターを裏切ったのか?」
小柄なセイバーから繰り出される一撃で体が寸断されてしまうような威力の斬撃。それらをセイバー(アルトリウス)が剣で受け止めるたびに火花が散る。
「私は、……」
「なるほど。事情は察するが、私は綾香のために負ける事は出来ない」
マスターを裏切ったのかとセイバー(アルトリウス)が言えば、セイバー(アルトリア)は苦虫をかみつぶしたような顔をする。彼女が自主的に裏切ったのではないと察する。眼の前の少女は、自分の可能性の一つであり、その存在が主と認めた存在を裏切ったのなら、自分の手で斬り伏せなければならないと覚悟を決めていた。
しかし、彼女の様子から望まぬ主変えだと理解する。そんな話をしながらも、透明の剣は休むことなく振るわれる。
「貴殿に問おう。貴殿は何者だ。その剣、その姿、まるで」
「そうだね。私達は話し合う必要がある」
互いに鍔競り合いをしながら、言葉を交わす2人のセイバー。セイバー(アルトリウス)が、勢いをつけて彼女を弾き飛ばす。そして踏み込んだ一撃を振るうが、直感と反射神経によって回避できる。
「君も勘付いては居るのだろう。私はアルトリウス。ブリテンの王にして聖剣の所有者だ」
セイバー(アルトリア)に対して、風王結界を解除し鞘に包まれた聖剣を見せつける。その剣を見てセイバー(アルトリア)は、自身も風王結界を解除する。そして2人の手には、間違いなく”約束された勝利の剣”が存在していた。選定の剣を失った後に、手にしたこの世に二本とない聖剣が確かに2本存在している。
セイバー(アルトリア)は、鞘を失っている刀身を剥きだしな剣。セイバー(アルトリウス)は、鞘に収まった剣という差異はあるが、間違いなく両者が本物なのだ。
「そんな、では」
「そうだね。私はアーサー王だ。そして君もアーサー王なのだろう」
花壇の上で剣を剥け合うアーサー王達の間を風が通り抜ける。予め話を聞いた事で整理のついているアルトリウスは、平然としているがアルトリアは、この世の終わりのような表情で固まる。
「あ、、あなたは、貴方の望みはなんだ!? 聖杯に何を望む!?」
聖剣を見せつけられ、取り乱すアルトリア。眼の前のアーサー王は、まぎれも無い男性であり、彼女は自分が女だったから、自分だったからこそブリテンはあの結末を迎えたと思っていた。だが、アルトリウスというアーサー王は存在し、彼もまた聖杯を求めて現れた。その願いによっては、アルトリアの全てが否定されてしまう。
「私は、ブリテンを救うために参戦した。君は違うのかアーサー王?」
「……嘘だ。嘘だ!!」
突然、大きく取り乱しながら八つ当たりのように剣を振るうセイバー(アルトリア)。剣に光をともし威力を増大させながら斬り掛る。その一撃一撃が凄まじい威力を誇って、アルトリウスを襲う。だが、同じ剣で受け止めきれない道理はなく、卓越した剣技によって打ち払う。何度もすれ違う用に斬り掛る攻撃を、その場にとどまりながら捌いていく。
「何故だ。なぜ、私以外の人間でも滅びは避けられない!! だったら私は如何すればいいのですか!!?」
「君は、なにを」
「前回には、私の願いは否定され、選定の剣を抜いた運命を変えようとした。なのに、それすら、あなたのせいで否定された!! 私は一体何のために!!」
次から次に振るわれる剣。魔力を最大で放出し、必殺の一撃をがむしゃらに振るうセイバー(アルトリア)。その威力と勢いはセイバー(アルトリウス)を凌駕して、彼を下がらせ続ける。
「私でなければいいと思った。私には王の資格が無いと、だから私以外の王によって繁栄を望んだ。なのに、なのに! 別のアーサー王ですらブリテンは滅ぶのだ!」
「確かに、アーサー王である私もブリテンは救えなかった。だから救いを求めた」
激しい嵐のような斬撃。何百もの剣戟を繰り広げながら、怒りと絶望で剣を振るい、眼の前の可能性を消し去ろうとするセイバー(アルトリア)。彼女の怒りを一身に受けながら、アルトリウスは攻めきれないでいた。逆の立場なら自分は、彼女のようにならない自信がない。
このまま、眼の前のアーサー王を斬る事が正解なのか、判断がつかない。
「だが、私は自分の過去を受け入れている。哀しい過去を持っても誰かのために、必死に今を生きている綾香を見て不思議と考えが変わった。滅んだブリテンを良しとは出来ない、だがブリテンの歩んだ今を否定する事はできない」
「そ…な、そんな事を王が口にするな! 認めません、貴方もそして私も!」
「誰がアーサー王になろうとも、僕達が歩んだ滅びは無くならない。そして、僕達の後に続いた今もだ」
明らかに混乱して剣を振るう少女(アルトリア)に、セイバーは己の剣を叩きつける。迷いなく打ち込まれたそれは小柄な彼女を大きく下がらせた。教会の傍まで吹っ飛ばされたアルトリアは、剣を地面に突き刺して衝撃を殺す。
セイバーが押されている状況を見て、空中でブレイカーを相手するキャスターが近寄る。次から次に地面の瓦礫や木を投げるブレイカー。それらを魔力弾で撃ち落としていくが、本能的に動いているブレイカーと計算で動いているキャスターの動きに明確な差が出る。
このままでは、地力の差で負けてしまうと考えたキャスターは、セイバーと離脱しようとする。
「セイバー、今夜は引きましょう。目的は達した、これ以上は無粋よ」
「キャスター! 貴方の指示に従う気は、ない!」
怒りに呑まれたセイバー(アルトリア)は、宝具の開放を決める。膨大な魔力が現在のマスターであるキャスターからセイバーの宝具”約束された勝利の剣(エクスカリバー)”へと集約していく。
アニメで言うと12話ですかね。アーサー王とアーサー王の対決ですね。次回投稿は、早ければ明日、遅ければ3日後になります。ストックが切れてしまいました。