沙条家に帰って来たアンは、朝になった後、アルカに葛木とキャスターの事を話した。セイバーは、何処か信じられなそうに聞いていたが、ブレイカーは納得していた。
「葛木先生が魔術師だとは思わなかった。私の魔眼でも見切れないなんて」
「お姉ちゃんの魔眼で、見切れないってことは葛木先生は凄く優秀な魔術師ってこと?」
今まで学園に通っている中で、一切警戒していない相手の正体にアルカが困惑する。だが、彼女や綾香の問いにアンは首を振ってこたえる。
『あの人はマスターなだけで、間桐君と同じ魔術回路のない人。どんな種かわからないけど、肉弾戦で相手を圧倒する技量を持った人間。でも、先に情報を得て良かった』
「どうして?」
『葛木先生は、アルカにとって天敵になるから』
そういったアンの言葉に、アルカは納得するしかなかった。全ての魔術を目視で解析する彼女にとって、魔術を全くもちいない彼の戦闘スタイルは、不利になるのだ。むしろ相手の動きを解析しようとして、その隙に殺されている可能性がある。
接近戦も苦手ではないが、得意とするのは相手の虚を突く戦法と前準備を徹底した攻略戦。その点でサーヴァントを生身で撃退する葛木の技量は、厄介極まりない。
だが、無事キャスターのマスターも判明した事で、ランサーとルーラー以外は全マスターが判明した事になる。机に広げた地図で現在のマスターとサーヴァントの位置は完全に掴んだ事になる。ランサーとルーラーは、突然現れるため、脅威ではあるがどちらもブレイカーで迎撃した事があるため、最重要ではない。ランサーも綾香と共闘した際には、傷が回復していた様子なので問題ではある。
「まだ、ライダーしか脱落していないのに、状況が切迫して来てる」
「そうだね。基本的にチームを組んじゃってるんだもん」
孤立したサーヴァントがライダーしかおらず、基本的に攻めにくい構図になっている。バーサーカーも孤立しているがイリヤを殺しに行けばルーラーが来るのでは、優先する理由はない。さて、どうしたものかと全員が悩んでいると、沙条家の電話機に着信が入る。
『私が出るよ』
一早く動いたのはアンであり彼女は、静かに廊下を歩きながら受話器を取って相手と会話する。
「最悪、金ぴかも参戦してくるぞ。奴が介入した場合、俺は他の相手が出来ない」
「ん。わかってる」
ギルガメッシュも聖杯戦争に参戦してくる可能性は高い。むしろ、あの男が参加しない理由がないのだ。少なからずギルガメッシュと交遊のあるブレイカーとアルカ。彼の性格は知っているし、実力も身を持って知っている。故に、彼が介入した場合、アルカとブレイカーは全力で彼一人を相手にしなくてはない。
無数の宝具の雨や対界宝具に正面からぶつかるのは、どんな英霊にとっても自殺行為。彼は、英霊を殺す逸話を持った原典を多数所持する英霊殺し。だが、ブレイカーはアンゴルモア。誰にも倒された事のない破滅の王なのだ。
始まりの王であるギルガメッシュに対して、終わりの王であるブレイカー。今は優劣が付いていないが、それ故に未知数なのだ。
「金ぴか……良く会話に出てくるが、それは」
「10年前のアーチャーだ。奴も俺と同じく受肉して、この世界に根をおろしてる」
「ギルガメッシュだったか。そうか生きているのか」
「気をつけろよセイバー。決死の覚悟で挑まなければ、無残な死を晒すだけになる」
10年前の聖杯戦争については、聞いていたセイバーは、顎に手を当てながら、思案する。もし戦闘になった場合について彼なりに戦略を練っているのだろう。綾香も隣で、アルカが絵に描いたギルガメッシュの姿と宝具の様子を見る。
情報のアドバンテージを最大限活かさねば、聖杯戦争では勝ち残れない。
『あの、アルカに綾香』
「なに?」
「どうしたのアンの姉ちゃん」
通話を終えたアンが、姉妹2人に声を掛ける。電話の事なのはわかるが、用件が分からなかった。
『お祖父さんとお祖母さんが、学校休んでいるの学校から聞いて、様子を見に来るって』
「あ」
「そうだ、誰も学校に連絡入れてない。どうする?」
「……もてなすわ」
『学校サボって?』
「大丈夫、私は病欠扱いになってる。私は大丈夫」
そう言いのけるアルカに、アンと綾香は自分達こそがズル休みになっていると気がついた。一人だけ逃げようとしている彼女にアンと綾香も怒りを向ける。
「それはずるいよお姉ちゃん」
『そんな事は私が許さない』
「いや、でも、私は無罪だし」
「お姉ちゃん、怒られる時は一緒だよ」
『アルカは私のマスター。常に一心同体』
「……えー」
これから訪ねてくるマッケンジー夫妻に、ズル休みの事でおしかりを受ける事になった3人。アルカは、魔術師という事もあり理解されている筈なのだが、聖杯戦争の説明は出来ないので免罪符がない。
マッケンジー夫人はとても優しい女性だが、彼女達が悪戯したり、悪さをした時は、怖いのだ。
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そして3人がどう言い分けするべきか悩んでいると、マッケンジー夫妻が沙条家を訪れた。当然、訪れた後、マッケンジー夫人に学校から連絡があって凄く心配したと言われた。彼女達も街の異変は知っており、巻き込まれたのではないかと気が気でなかったと、怒られた。
流石に弁解のしようも無く、3人揃って謝罪するしかなった。散々心配したと言われれば、反論などする気も起きなかった。
「本当に心配したのよ?」
「マーサ、それくらいにしておやり。この子たちも反省しているんだから」
何度も念を押す夫人を、テーブルでアルゴ(ブレイカー)とウェイバーの学校の生徒で留学生のアレックス(セイバー)と会話するグレン・マッケンジー。
アルゴとは、ウェイバーの魔術関係の友人だと名乗っている彼は、沙条家の同居人という扱いになっていた。そして留学生のセイバーは、マッケンジーさんに挨拶を終え、昼間から酒を片手に談笑していた。本来なら怪しまれるが、騎士王たるカリスマ性と誠実さがマッケンジーさんを信頼させるに値したのだ。
「グレン。飲むのは良いのだけど、無理はしちゃダメよ。もう年なんだから」
「御安心をマダム。決して無理はさせませんので」
「俺も見てますんで、どうせだからもうちょっと灸を据えてやってください夫人」
酒を片手にグレンの相手をするブレイカーは、アルカ達が正座して叱られている絵を見て、面白いのでもっと続けるように要求した。その言葉に3人は、怨みすら抱いていた。女性陣が怨みがましい目を向ける中、ブレイカーは良い肴なのにと、極上の酒(ギルガメッシュの持ち者)を飲んでいるセイバー達を羨ましがる。
その後、正座から解放された三人は、絶対ブレイカーには後悔させると硬い絆で結ばれていた。夫人は、3人の無事が知れた事に喜び、どんな生活をしているかなど訪ねた上で、今晩は新都でお食事に行こうと告げる。彼女達としては、聖杯戦争の最中に民間人を連れて出歩くのはどうだろうと悩むが、念話でブレイカーとセイバーが護衛すると告げる。
沙条家の全ての戦力を移動させるだけなので、状況としては問題がない。彼女達が行く建物が爆破されたりしたら状況が違うが、そんな事をする人間はいない。正しくは、今は居ない上にアルカの中にいる。
「一度お家に帰るわ。5時になったらまた来るわね」
「ん。待ってる」
「はい。楽しみにしてます」
『気をつけてくださいね。お祖父さんも大丈夫?』
「大丈夫大丈夫、あのくらいでは酔いはせんよ」
こっちに来る時のようにタクシーを呼ぼうかと思ったが、本業がタクシー運転手のブレイカーが車を出し、後で迎えに行くという流れになった。
「本当に悪いわね。御休みだったんでしょう?」
「いえいえ、お世話になった人達に別のタクシーに乗せちゃ運転手失格ですよ」
ブレイカーが夫妻を送っていくと、アルカ達は「今日は聖杯戦争不参加で」と結論付ける。もちろん相手が考慮してくれる保証はないが、自分達は静観すると決めた。
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そしてあっと言う間に時間は過ぎ、約束の時刻となったため、ブレイカーの運転する車とは別に、セイバーの運転でディナーに出かけた一向。
{いい? もしマスターやサーヴァントの気配を感じたら)
(わかっている。お前達は安心して、喰って来いよ。久々に顔合わせたんだ、これまでの話でもしてやりな)
(セイバー、ごめんね)
(いや、構わないよ。とても優しそうな人達だ。必ず僕が護って見せる)
アルカと綾香が念話で運転手を仰せつかった2人に連絡する。ブレイカーたちは、2人で別の店に行くので孫達と楽しんでくださいと告げ、バイキングのあるホテルの屋上にセイバー、地下にブレイカーという配置で警護にあたっていた。さらに中央の階には、アサシンのアンが居るため、バーサーカーが攻め込んでも対応できる布陣となっていた。
そして、彼等の気遣いの元、祖父母との久々の食事と会話は、聖杯戦争で疲れていた彼女達にとって日常の空気という一つの清涼剤となったのだった。
アルカの天敵に、葛木先生が浮上ですね。全部眼で解決してきたアルカだから、初見殺しを見てしまうという感じですかね。次回は、ちょっと不定期になりそうです。