アーチボルトの屋敷についた一行。貴族である彼らの屋敷に圧倒される綾香たち。アインツベルンの城を知っているアンやアルカも素直に驚いていた。そして、車椅子のケイネスをウェイバーが押しながら、屋敷へと入る。屋敷の居るのは、アルカの魔眼で見たところ一般人も多いらしい。
魔術の新神秘は秘匿しなければいけない性質上、当然のことなんだろう。使用人に荷物を預けて、ウェイバーに案内されるがまま、部屋でくつろぐことになる。
「なんか、落ち着かないね」
「高そう」
『あんまり、触らないようにね』
明らかに装飾華美な内装に、3人は何か壊した後のことを考え、硬く決意する。そうして寛いでいると、ウェイバーが部屋に尋ねてきて、今日の予定を伝えた。
「今日は屋敷でゆっくりしてくれ。飛行機で長時間の旅だからな。今は平気でも疲れが出てくる。お昼は持ってきてもらえるけど、夕飯はみんなで食べよう」
「ウェイバーどこかいくの?」
「時計塔に少しな。ぼ、私が立ち上げた教室の仕事が片付いていないんだ」
今からまた時計塔に言ってしまうと言う彼にアルカが暗くなる。そして、ウェイバーの裾を掴んだまま離さない。
「心配か?」、
「……頑張って、ね」
アルカは、そう伝えると手を話して彼を解放する。ウェイバーも彼女の気持ちを理解しているため、頭を撫でながら仕事に向かった。彼の背中を見るアルカは何処か心細そうだが、彼に撫でられ凄くうれしそうな雰囲気を漂わせていたため、綾香とアンが聞こえないように相談していた。
「アンおねえちゃん、おねえちゃんってウェイバーさんの事」
『うん。たぶん』
2人は、アルカのウェイバーに対する気持ちを何処か察した。綾香は、小学生なのに随分と年上を好きになったんだなと感じ、アンは友達の一番が彼なのが少し悔しかった。その後、運ばれてきたお昼ごはんを食べた綾香達は、ゆっくりとベッドの上で過していた。
だが、彼女達の静寂を破った存在が居た。部屋の外から誰かが走ってくる音が聞こえた。そして、ノック無しに扉が開けられ、綾香やアルカは驚く。
「我が兄の客人の顔を見に来たが、ふむ。中々個性に富んでいるな。だが貴様は私とキャラが被っているぞ。そう思わないかトリムマウ?」
「どうでしょう」
突然現れたのは、金色の髪と焔色の目をした綾香と同じくらいの少女だった。そして彼女の背後に控えるのは、銀色の肌をしたメイドだった。見る限り人間ではなく、どう見ても金属でできた人形だった。トリムマウと呼ばれた金属の女性の返答が面白くなかったのか、アルカと同じ金髪の女の子が挑発的な笑みを浮かべながら、アルカに絡む。
「貴様名前は?」
「……」
「なんだ、喋れないのか? 張り合いがなくてつまらない。なぜ我が愛しの義兄は、貴様などを気に掛けているのか」
明らかにアルカに対して敵意を持っている少女。それを黙って見つめるアルカだが、背後でアンと綾香が手を握っておびえていた。突然現れた少女とメイドにではなく、内心ブちぎれているアルカにである。
「……兄って?」
「おやおや、口が聞けたのか。ならば、質問より先に名を名乗るのが礼儀というものではないのか」
「……アルカ・ベル」
「私は、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテだ。先程この部屋に来たロード・エルメロイ二世の最愛の妹だ」
「……」
相手の意図は誰にでもわかった。彼女はウェイバーの大切にするアルカに対して釘を打ちに来たのだ。自分こそが彼に近いのであり、アルカには居場所など無いと。それが子供特有の独占欲かはわからないが、同じ義妹であるアルカに牽制しているのは、確実。
そして、最後の宣言をしたライネスの言葉に、無表情だったアルカの口元が笑みを浮かべる。
「ヒッ!?」
『アルカ! 落ち着いて』
アルカの怒りが遂に顔にまで出てしまった。それを恐れる2人は、距離を取りながら彼女を嗜めようとするが、アルカから魔力が漏れ出し部屋中の花瓶などが重力に逆らって浮き上がる。ライネスも明らかにやり過ぎた自覚があり、冷ややかな目を向けるアルカの魔術を警戒する。
「……穿て」
「トリムマウ!」
アルカの宣言に従って、比較的小さな花瓶が彼女の方向へと向かう。それに対して自分で戦う力のないライネスは背後に控えるトリムマウに命じる。迎撃を命じられたトリムマウは、予想通り水銀で構成されており、その腕を鞭に変化して花瓶を破壊する。だが、中の水がライネスの衣服に掛り、ライネスも自分の洋服が汚れた事で怒りを露わにする。
「やるじゃないか。それでこそ、張り合いがいがあると言うものだ」
「迎撃しますか?」
「怪我させない程度にな」
「アン。こっちも」
『あ、うん、いいけど』
トリムマウが、相手に警戒するように両腕を刃へと変化させた瞬間、アルカの背後にいたアンが、右手を水銀の刃へと変える。
「な、まさか貴様も兄からトリムマウを」
「ふん、所詮貴方はデットコピー」
トリムマウは自分がウェイバーと伯父から貰った礼装。それが自慢だったがアルカの背後にいたアンが同じ性質の存在だと知って驚く。アルカは、アンこそが正統派なのだと自慢げに言う。アンも、アルカに自慢されるのは良いのだが、悔しそうなライネスを見ると何処か罪悪感が湧き、トリムマウを見れば無性に親近感が湧くのだ。
(なんだろう、凄く怖い。早く帰って来て、ウェイバーさん)
小学生ながらもドロドロした戦いに恐怖する綾香だった。その後、ウェイバーが帰宅する夕方まで、アンとアルカのタッグ、ライネスとトリムマウのタッグは激しい戦闘を繰り広げ、その部屋中をめちゃくちゃにしていた。アンとトリムマウは互いに、相手の事を尊重しながら戦い、絆が出来たがアルカとライネスは、激しい口論の末、掴み合いの喧嘩へと発展していた。
あまりの激しい喧嘩に綾香は怖くなって泣きだし、使用人達は結界の影響で異変を感知できず、彼の帰宅までの間戦争状態だった。
ーーーーーー
「それで、このありさまだと?」
「ふふふ、この家の主である私に逆らうとは、痛い痛い。レディに何をするんだ貴方は」
「……ご、ごめんなさい。あう」
まだ続けようとするライネスの頭部を二度デコピンするウェイバー。そして、表情の暗いアルカにも一発御見舞する。彼女の目線の先では、アンとトリムマウが部屋の片づけをしており、ウェイバーの脚には怖くて泣いてしまった綾香が居た。
止められなかった綾香も怒られると思ったが、そんな酷いことはしない。アンはトリムマウと会話しながら、仲良くなっていた。会話の内容は、効率的な水銀の使用方法などである。
そして、みっちり叱られたライネスとアルカ。アルカはこの世の終わりのような表情で、ライネスは隙あらば再戦を考えていたが、ウェイバーが「女帝に報告」と脅せば、彼女は苦手とするソラウからのお叱りに年齢相応に恐怖する。
その後、夕飯となるアーチボルト家のディナーに招かれたアルカ達は、既に着席したケイネスやウェイバーではなく、不遜に笑うライネスを警戒した。
だが、現段階で家の主であるケイネスが、若旦那的な立ち位置にいるウェイバーを置いて話初めた。
彼の話は、ライネスの事で、現在家庭教師や使用人としか接していない彼女の相手を後々頼むつもりだった。だがライネスの勝手な行動で、こんな事態になったと説明された。
アルカはジト目でライネスと睨み合っていたが綾香はアンにテーブルマナーを教えられていた。
ライネスとアルカを見るウェイバーは、上手く流すことの出来ないアルカとプライドの高いライネスでは相性が悪いと予想し、其が的中したと感じた。
「……ライネス、意地悪」
「それは同感」
「待て、何故訂正しない」
何故といわれても英国でウェイバーを困らせようとする筆頭は彼女だ。ライネスは、ある意味ウェイバーの二番目の弟子である。ウェイバーは、彼女に研究タイプの魔術を教え、共同でトリムマウを完成させた。アンの例があったため、比較的スムーズに完成したトリムマウは、魔術協会に挑むアーチボルト家のアキレス腱を守るために作ったのだ。
だがライネスの性格は可愛らしい見た目とは違い、苛烈で不遜で誇り高い。故にウェイバーは師匠でありながら、彼女の遊び相手にされたのだ。
「……でも、悪い子じゃない」
「え?」
「何故、貴方が疑問を浮かべるんだ」
本来はウェイバーが訂正するべきだろうと、思ったがウェイバーは悪い子だと思っていたらしい。流石に悪戯が不味かったかと考えるライネスだが、素直に切り出したアルカを評価して手を差し出す。机が邪魔で届かないため、トリムマウに抱えられるお行儀の悪い体勢であったが。
「認めてやろう」
「……」
自発的に握手した二人だったが、ウェイバーにもわからないよう笑顔(ライネス)と無表情(アルカ)は握力を駆使して、激しい攻防を繰り広げた。
二人は仲良くなるきはなく、大戦を冷戦に変える条約を結んだだけなのだ。
(必ず私の元に膝まずかせてやる)
(絶対、泣かせてあげる)
次は、ちょっとグロかも。