Fate/make.of.install   作:ドラギオン

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綾香の過去

家から飛び出した綾香。寒空の中を一人きりで途方もなくさ迷っていると、背後から車が近寄ってくる。その車を運転するのはセイバーだった。

 

「綾香、乗って。このままじゃ風邪を引いてしまう」

「今は帰りたくない」

「わかった。僕は君のサーヴァントだ。綾香が帰りたくないなら、少し時間を潰そう。今日は他の陣営も静かだしね」

 

寒い外に綾香一人で行動させるつもりはなく、少し強引に車にのせ、家とは別の方角に車を走らせる。

 

(暖かい)

 

車内は暖房が聞いていて、冷えきっていた綾香の手足を温める。そして暖かくなると、途端に愛歌との喧嘩を思い出してしまう。

自分を心配する姉に、なんて事を言ってしまったのだろうと後悔する。酷くショックを受けた姉の顔が罪悪感を募らせる。

 

「グス……グス」

「……」

 

助手席で泣き崩れる綾香にセイバーは、何も言わなかった。好きなだけ泣いてくれれば、いいと思い静かな海の見える浜辺に停車する。

延々と泣き続けた綾香が喉を痛めてはいけないと、近くの自販機から温かい飲み物を買って、それを泣き止んで目元を真っ赤にした彼女に渡す。

 

「……ありがとうセイバー。おいしい」

「落ち着いたようで良かった」

 

 2人して、温かい飲み物を飲みながら海を眺める。

 

(どれだけ時代が変わろうと、海は変わらないんだね)

 

 セイバーは、浜辺から海を眺めながら、嘗てブリテンで見た海の景色を思い出す。海の向こうから攻め込んでくる蛮族との戦いに明け暮れていたが、それでも海は美しく、潮風はどこか懐かしいものを感じさせた。

 

「あのさ、セイバーは……やっぱり私が悪いと思ってるよね」

「……確かにね。あの場面では、軽率だと思う。この聖杯戦争は殺しあいだ。君が相手に情けを掛けても、相手が掛けてくれる保証はない」

 

 バーサーカーや敵の魔術師が居る場所で、明らかに綾香の行為は自殺行為だし、周りを危険にさらす行いだった。その点に関してセイバーも綾香を甘やかす気はなかった。あの場はどうにかなっただけで、次は誰かが死んでいてもおかしくない。

 

「その点でいえば、愛歌の意見が正しいと僕は思う。しかし、誰かを殺さなければいけない必要悪を、当然だとは思って欲しくない」

「それっておかしくない?」

「おかしいよ。そもそも誰かを殺さなければいけないって状況が、この時代でこの街では異常なんだ」

 

 セイバーの生きた時代、そして他の英霊が生きた時代ならまだしも。この極東の地で、身勝手な魔術師達の事情で戦わされ、巻き込まれる人間が居る。それも戦いに勝った先に、絶望と破滅しかないのにも拘らずだ。救いはなく、それでも戦うしかない状況など、綾香達が生きる世界とは無縁の状況。

 それに適応しろと言われて出来る人間など希少だ。

 

「だったら、私はどうしたらいいの?」

「君がやりたい事をやるしかない。だけど、一度決めたなら貫きとおさなければいけない。改めて僕は君の覚悟を問う」

 

 優しい言葉だが、綾香にマスターとしての覚悟を問うセイバー。もし彼女が生きるために戦うなら、彼は彼女の守護のみに専念する。綾香は優しすぎるのだ。負けず嫌いで勝ち気な部分もあるが、根底的に人の痛みが分かる女性なのだ。

  

 

「セイバー、私が参加するって決めた理由、話した事なかったよね?」

「そうだね」

 

 車の助手席で三角座りする綾香は、10年前の記憶を語り始める。それをセイバーは見護るように聞き手に回ったのだった。

 

ーーーーー

 

 あれは、10年前の事。その当時の冬木は、連続誘拐殺人事件が起こっていて、非常に物騒だった。学校からも寄り道をしないように言われて、早めの下校が促されていた。けれど、その時の私は、友達と遊びに夢中で公園で遊んでいた。そして、日が暮れはじめた時、凄く優しそうなお兄さんが、声を掛けてきた。

 普段なら怪しい人として近寄らないが、他の友達もいたので彼が道に迷ったため道を教えて欲しいと言う願いを断れなかった。

 

 そして、駅までの道案内をしてあげると決まり、御兄さんがお礼にと握手を求めてきた。そして、それに応じた瞬間意識を失った。

 

「さあさあ子供達、御逃げなさい、鬼ごっこを始めますよ。ねぇジャンヌ、私が全員を捕まえるまでどれくらい時間がかかりますかね?」

 

 意識が戻った時、周囲は深い森だった。其処に居るだけで生気を奪われそうな、少なからず自分達がいていい世界だと思わなかった。そして、声の方向を振り返れば、凄く背の高い恐ろしい顔をした人が、友人の一人の頭を、握りつぶした。

 まるで豆腐みたいに潰れた友人だったものを見た時、何がないかわからなかった。足元に転がった友人だったものの肉片を見て、他の子たちが叫びながら逃げた。

 

 それを見て体が勝手に動いた。とにかく逃げなきゃいけない。そう頭に浮かんだ時には逃げ出してた。けれど、怖い人は次から次に逃げた皆が捕まえて行く。あえて私達の恐怖を煽るように、見せつけた。私は必死に逃げた。けれど、どれだけ走ってもその場から離れる事は出来ず、既に遊んでいた友人は全員殺された。哀しいとかそんな事考える事も出来なくて、ただ、絶対的な強者に嬲られるだけ。

 

 そして、足が動かなくなった私ともう一人の男の子は、掴まってしまった。その時、誰かがわたしたちをたすけてくれたような気がする。ただ、ほとんど何も覚えてない。ただ、一度助けられた私達だったけど、怖い人は、変な本を持ったと思ったら、突然怪物が現れた。

 その怪物に襲われて、私は意識を失う。そして目を覚ませば、警察署に私は居たの。いろんな取調べを受けたけれど、私の言う言葉は信じてもらえなかった。けれど、一緒に遊んでいた友人達の死だけは、現実だった。

 

ーーーーそこで知ったのよ。何も知らない恐怖と、何もできない苦しみ。ただ一方的に殺される無力さを。あの時の怖い人の顔は、忘れられない。

 

 それからは、一人で寝る事も出来なくなった。少しでも気を抜いたら、またあの恐怖がよみがえるんじゃないかって。両親や姉さんにも心配されても、私の心の傷は癒されなかった。

 

 それから数日後。いつものように怯えながら眠った夜。冬木に大災害が発生した。突然近所の家や地面が燃え、気を張っていた私はすぐに目を覚ました。だけど、その時には家の半分が燃えていて、煙と炎に包まれていた。

 私は、隣で眠っていた姉を起こした。そして、父と母の元へ向かった頃には、2人は目覚める事はなかった。煙にやられたのか、ピクリともしない両親を姉と私は見捨てて逃げた。

 だけど、私の体力じゃ周囲が炎に包まれた空間で、私は意識を失って行った。それでも姉が私を背負ってくれる所まで覚えている。  

 

 後は、眼が覚めた時に見知らぬ老夫婦(今では私の祖父と祖母)の家で、助かったと言うことが分かった。数日前の事件で衰弱していた私の心は、助かったのが私だけと言う事実を認められなかった。近くにいた姉と同じ雰囲気と顔をしたお姉ちゃんを、姉だと思い込んで接した。お姉ちゃんは、私を受け入れてくれたの。本当の姉が死ぬ前に、私の事を頼んだから、私を絶対に護ると言って。

 そして、1年ほど過ぎた時、姉から自分は本当の姉じゃないと教えられた。けれど、何処かで違和感を感じていた私は、その言葉を聞いて納得した。当然一悶着はあったのだけど。私にはもう新しい家族が居た。家族を失った悲しみは今でも胸が苦しい。けれど今の家族の温かさは私に、生きる希望をくれた。

 

 

 けれど、聖杯戦争について知った今。全ての原因が聖杯戦争だと分かった。私の友人を殺したのは、キャスターのサーヴァントだと言うこと。サーヴァントにはサーヴァントでしか対抗できない。今は、あの時のような被害は出て居ないけれど、この冬木で起こる事件が聖杯戦争に関係するなら、二度とあんな無力感は味わいたくない。

 自分の平穏を護る事が出来るのは、自分だけなのだから。何も知らなかった頃とは違う、少なくとも自分には選ぶことが出来る、

  

 だから、戦うと決めた。けれど、アインツベルンの森を歩いていると、酷く昔を思い出してしまった。もしかしたらあの森が、キャスターに連れられた森なのかもしれない。そして、お姉ちゃんがマスターの女の子を殺そうとしている姿を見て、どうしても見過ごせなかった。

 

 戦うと決めた筈なのに、すごく身勝手で馬鹿な事をした。

 

ーーーー

 

「本当に馬鹿だよね」

「いいや。君は聖杯戦争で戦うんじゃない、聖杯戦争と戦う気だったんだね。もう一度、愛歌と話す事を勧めるよ。彼女と一から話し合うんだ」

「でも、私最低なこと言っちゃった」

「キチンと謝ろう。僕から見ても君達の絆が、それくらいの事で切れないのはわかる。だから、ね」

 

「う、うん」

 

ーーーーー

 

 

 綾香達が話している姿を、浜辺の奥にある防風林から見つめる一人の人物が居た。

 

「ふふ、やっと見つけたぜ沙条。おい、ライダーわかってるな?」

「わかった。気は進まないが、務めは果たそう」

 

 その人物は、学園から抜けだして消息不明になった間桐慎二だった。彼は、全身に紅く輝く魔力回路を起動しながら、背後に立つマントを付けた赤毛の英霊に話しかける。その存在は慎二の加虐癖に辟易しながらも。召喚主でありマスターたる彼の方針には従う。元々聖杯戦争は殺し合いなのだ、なら参加者に文句を言う権利はないのだから。

 

「頼むぜ。お前は僕が直々に呼び出したサーヴァントなんだ。あのデカ女と違うってところを見せてくれよ」

「構わないよ。では、行こうか」

 

 マントに身を包んだサーヴァントは、何処か慎二に似た雰囲気を持ちながら、その場で姿が透明になる。

 





 今回は、思い出話ですね。キャスターの森でブレイカーが助けた女の子=綾香でした。綾香はブレイカーに助けられたけれど、顔は覚えてません。

 そして遂に登場したスーパー慎二君。

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