発砲音がアインツベルンの城に響いた。
『アルカ?』
「わからない」
零距離でイリヤスフィールのこめかみに発砲されたコンテンダー。しかし、引き金を引く寸前に、アルカの右腕が明後日の方角へ勝手に動き、攻撃を外したのだ。自分の右腕を押さえて何が起こったかわからない。
イリヤも殺されたと思い、眼を閉じて死を待って居たのに痛みが来ない。涙でうるんだ目を開ければ、不思議そうな顔をしたアルカが居た。
「く、あ」
『アルカ!!』
突然頭を押さえて苦しみ始めたアルカは、イリヤスフィールを解放して蹲る。その苦しみ方は、尋常ではなかった。そして、上空に浮かぶ翅刃虫が消滅し、10基の月霊髄液がただの液体となる。
「な、なに?」
『どうしたのアルカ』
「意識を取り出し過ぎたみたい、衛宮切嗣がイリヤスフィールを殺す事を拒絶した。もう、大丈夫」
アルカは、衛宮切嗣の記憶と人格を利用したが、副作用で彼の残響に妨害されてしまったのだ。激しい拒絶に意識の統合をしていたアルカがダメージを受けたという形らしい。しかし、すぐに切嗣との精神統合を解除したアルカが頭を押さえながらも、イリヤに攻撃する事に支障のない黒鍵を取り出す。
自分の内包した人格に反逆されるのは予想外だったが、それでもアルカには聖杯戦争を終わらせる理由がある。
「一瞬で殺すつもりだったけど、ごめんねイリヤスフィール。今度こそ、ちゃんと殺すから」
「キリツグが邪魔したってどう言うこと? なんで、切嗣が私を助けるの?」
イリヤは、アインツベルンを裏切り、母を、自分を捨てた衛宮切嗣が、何故助けようとしたのか理解が出来ない。アルカと言う人間に読み込まれた人格であるとは言え、何故と疑問が付きない。
「さようなら」
「お姉ちゃん!」
イリヤの首筋に黒鍵の刃を当てた時、追いついてきた綾香とセイバーが居た。アルカは(最悪のタイミングで)と奥歯を噛み締めた。綾香が来る前に勝負を決めるつもりだったのに、今からイリヤを殺すと言う場面で綾香が合流してしまった。
「何やってるの? やめて!」
「……綾香、話は後で聞くわ」
「■■■!!」
「バーサーカー」
綾香は、姉が小さな少女に刃を向けている姿を見てショックを受ける。そして駆け寄り、姉に止めるようとする。その時、アインツベルン城の壁を突き破って、バーサーカーが現れる。全身ボロボロの状態でも、戦意を失わずイリヤスフィールの危機を察知した戻ってきたのだ。
しかし、事情を察知していない綾香は、バーサーカーからイリヤ(マスター)を護るように立ちはだかってしまい、怒り狂うバーサーカーの敵として認識される。
「きゃあ」
「綾香!」
眼の前に迫る破壊の化身。暴力の塊が迫りくる中、綾香はイリヤを抱きしめバーサーカーに背を向ける。イリヤ自身も相手の考えが分からなかった。突然現れたマスターが、ベルベットの女を邪魔し、自分を庇おうとしてくれているのが理解出来ない。
そして、バーサーカーがその巨大な腕を綾香に向けた時、彼女を護るようにセイバー(アルトリウス)が割込み、一目見ただけで理解出来た大英霊の腕を斬り裂き、薙ぎ払う。一歩止まったバーサーカーを、背後から追いついたブレイカーの右ストレートが襲う。
バーサーカーは本能から、斧剣で必殺の拳をガードし少しだけ後ずさる。
「■■■、■■■!」
「俺と戦ってるのに浮気すんな。ん? どう言う状況だ」
バーサーカーと戦闘し、左腕が明後日の方向にへし折れた状況でもブレイカーは、十二の試練を持つ彼を5回殺していた。だが、戦う程頑強になるバーサーカー相手に傷や負傷が増えて行く。そして、6回目のバーサーカー殺害のために、駆け出した時。自分に注意を向けていたバーサーカーがアインツベルンの城に向かって走り出したのだ。
虚をつかれたブレイカーは、アルカがしくじったのかと思いそれを追いかけたのだ。そして、追いついた時には、セイバーが綾香とバーサーカーのマスターを護っており、アルカはアンに飛び出すのを押さえられていた。
「ブレイカー、随分とやられているね」
「バーサーカーが大物すぎてな。それより、どうなってるんだ」
戦闘態勢に入ったセイバーとブレイカー。当然対峙するのバーサーカーであり、これは予定調和である。だが、綾香がイリヤを護っている状況が理解出来ない。護るだけでなく、アルカと綾香は今敵対している様子でもある。
「その子を渡して綾香」
「なんで、こんな小さな女の子を」
『綾香、彼女はバーサーカーのマスター』
黒鍵を構えたまま、イリヤの身柄を渡せと言う姉。だが、小学生ほどの少女を平然と殺すと言う姉を理解出来ず、庇い続けてしまう綾香。背後では、バーサーカーにブレイカーとセイバーが応戦する形になっている。卓越した剣技とブレイカーの膂力で、どうにか抑えられているが、バーサーカーは徐々に勢いを増していく。
バーサーカーの斧剣の斬撃を、魔力放出の利用で強化した腕力と聖剣で弾いて行く。セイバーとは言えバーサーカーの腕力に正面から太刀打ちできない。
「これは確かに、恐ろしい英霊だ」
「喋ってる暇はないぞ」
セイバー(アルトリウス)の剣を危険だと判断したバーサーカーが、それらを回避。しかし、セイバー(アルトリウス)の斬撃の隙間に体をねじ込んだブレイカーの打撃がバーサーカーを襲う。それを腕で受け止めると、ブレイカーの背中を転がってセイバー(アルトリウス)の斬撃が腕を斬り裂く。
ブレイカーとセイバーのコンビは、初めてとは思えないコンビネーションでバーサーカーを追い込んでいく。それでも二騎相手に一歩も引かない戦いが可能なバーサーカーは、一体どれ程の英雄なのだろうかとセイバー(アルトリウス)は考える。
「綾香……退きなさい。……退け!」
「ちょっと、離しなさい」
「あ」
流石にいつまでも敵マスターの一人に抱き締められるのは嫌だったイリヤが、綾香を押しのけてアルカと向き合う。覚悟はできているのねと黒鍵を突き刺そうとした時、綾香が立ち塞がる。二度も邪魔された事で、アルカの頭に血が上る。だから、連れて来たくなかったのだと、
「こんなのおかしいよお姉ちゃん!」
「……うるさい」
「お願いだからやめて」
「うるさい!」
「サーヴァントさえ倒せれば、終わるんじゃなかったの?」
綾香は何故執拗に背後の少女を殺したがるのかわからない。それは、アルカが説明しなかったのだから当然ともいえる。マスター狙いは基本だが、ブレイカーとセイバー(アルトリウス)がバーサーカーを相手できる段階で、必要性を戦いなれていない綾香は感じないのだ。
アルカの目的は、聖杯の器であるイリヤスフィールの殺害と器の破壊。そして聖杯戦争自体を中止させる事にあったのだから。
アルカの心の中は、理解しないで良い邪魔だけはしないで。綾香に邪魔されるのは、自分にとって一番の障害だと軋み始める。綾香を護るために綾香と対峙しなければならない状況は、アルカが今一番避けたかった状況である。
「どうしてもどかないの?」
「退けない。何も知らずに、この子を差し出す事なんて私にはできない」
眼の前の敵対する2人。イリヤから見ても仲間だった二人が、何故か自分の事で仲違している光景は妙だった。そんな時、アンによって倒された筈のリズが、起き上ってハルバードを振るう。その対象は、綾香とアルカであり、割り込んだアンの体をハルバードの重量で真っ二つにして、突き進む。
斬られたアンは、すぐに体を再生するが、アルカの魔力消費量が多いためか、再生が遅れる。
「イリヤ、まもる」
「リズ!」
ハルバードを見切ったアルカは、立ち尽くす綾香の手を引いて回避する。そして、ハルバードを血塗れの姿で構えたリズが、イリヤスフィールを護るように立ちふさがる。死んだと思っていたリズが満身創痍ながらも立ち上がり、イリヤは驚いた。
だが、イリヤ自身も勝機が見えた事で機会を窺う。まさかバーサーカーが劣勢になるとは思わなかったが、まだバーサーカーの狂化は使用していない。何故か二体居るセイバーの一人とブレイカーと言う正体不明の英霊が相手だがバーサーカーが負けるとは思えなかった。けれど、自分を庇ってくれた女と自分を殺そうとした女の争いが気になった。
「■■■!」
「バーサーカー」
セイバーとブレイカーの二人と対峙し、更に一度心臓を貫かれてもバーサーカ-は倒れない。2人を斧剣の薙ぎ払いで下がらせた後、大きく地面を蹴ってイリヤスフィールの傍まで舞い戻ったバーサーカー。理性を失っているとは思えない程、主であるイリヤを護ろうとする彼に、セイバー(アルトリウス)とブレイカーも有利な筈なのに仕留め切れない。
その眼に宿るのは狂気ではなく決意と、彼の英霊としての雄姿に2人は脚を止めてしまう。アルカと綾香の前に立ったブレイカーとセイバーは、バーサーカーと睨み合いながら、攻められない。
「どうするマスター」
「……すぐに仕留められそう?」
「魔力次第だが、お前も魔力を使い過ぎているな」
アインツベルンの城を攻略するために、行使した魔術が数多くあるためアルカは、魔力不足に陥っていた。ブレイカー自身は受肉している事で、魔力の生成が可能だがそれでも、すぐに眼の前の大英霊を殺せる自信はなかった。
さらに周囲に仲間が居る事で、本来の魔力を解放する事も出来ず、長期戦以外に選択肢はなかった。
『アルカ、これ以上の戦闘は』
アンは、水銀の体を再編成してアルカに駆け寄る。そして、相手に体勢を立て直され始める。傍目で見れば、掌底を受けたホムンクルスが、満身創痍の身体で地面を這いながらアインツベルンの城に用意された結界を起動し始めていた。それは、英霊を弱体化させる類と侵入者の魔力を吸い取っていくタイプだと魔眼で見てとれた。排除する為だけで殺しておかなかったのが甘かったかとアルカは後悔する。
全部が上手くいかないため、アルカは額を押さえて苛立ちを現わすように地面を強く踏みつける。
「……もういいわ。引きましょう」
彼女の指示に反論はないアンとブレイカー。綾香とセイバーは戸惑っているが、この陣営の方針を決めるのはアルカなのだ。そして、それに逆らってしまった綾香は、今更ながら姉の邪魔をしたことを後悔した。
突然攻め込んで帰ると言うアルカ達にイリヤが噛みつく。
「貴方達、このまま帰れると思っているのかしら」
バーサーカーは健在で、戦力的には魔力切れ寸前のアルカとは、五分になる。なのに悠然と帰ると言う彼女達を逃がすつもりはない。
だが、七色の瞳に絶対零度の冷たさを込めながら、気だるげにイリヤを見たアルカに背筋が凍りそうになる。
「死にたいなら、殺してあげる」
その目と、口元の笑みが酷く恐ろしかった。全てを見透かされ、鷲掴みにするような目だった。彼女の危機とアルカの危険性を感じ取ったバーサーカーが、イリヤの前に立つ。
「……行くわ」
そう言って立ち去るアルカ達をイリヤスフィールは、止めることができなかった。
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立ち去ったアルカ達の気配が消えるのを待っていたイリヤ達は、姿が見えなくなると、地べたに座り込んだ。正直言えば、セラとリズは、立つ事も出来ない程消耗し淑女らしくないと思っていても疲労から、座りこんでしまった。
イリヤはとりあえず、セラとリズの治療をしないといけないと感じる。そして、彼女等を見護るバーサーカーの傷も癒さねばならない。
(それに、切嗣が私を助けたって……わけがわからない)
バーサーカーにセラとリズを運ばせるイリヤ。そんな彼女達を、アインツベルンの城の屋根から見下ろす存在が居た。
「どうやら、最悪の事態は回避されたようですね。ですが、この聖杯戦争は謎が多すぎます。特に私の啓示でも察知できない存在が3名。裏がありそうですね」
屋上でそう呟く存在は、3つ編みの金髪を風に流し、鎧と旗を持ったサーヴァントだった。彼女は、聖杯の運び手が破壊される事態が無くなった事を見届け、霊体化して消える。その方角をバーサーカーが察知して、飛び上がって屋根に辿り着くが、既に彼女は存在しなかった。
「■■■」
「どうしたのバーサーカー? 何もないなら降りてきて」
突然屋根に上ったバーサーカーを不思議に思ったイリヤだが、彼が戦闘態勢に入っていない以上、危険はないと判断した。
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そして、アインツベルンの森を抜け、車までたどり着いた沙条一行。だが綾香とアルカが言葉を交わすことなく、それぞれが別々の車に乗り込んだ。
当然、愛歌と綾香は別々の車で移動し、セイバーは後部座席で泣きそうな顔で蹲る綾香に言葉を掛けられない。それは助手席に座るアンも同様で、嫌な空気が流れていた。
そして、ブレイカーとアルカ(愛歌)の乗る車も、良い空気では無かった。後部座席に寝転がって、両目を片手で抑えるアルカ。
「残存魔力はどれくらいだ?」
「……1割を切ってる」
「そうか。目は?」
「一時間程、使用できない。偽物を本物のように使うと、つらい」
片手で運転しながら、アルカに質問をするブレイカー。それに答えた時、彼女の瞳はいつもの七色ではなく、輝きを失った青い瞳となっていた。
「お前が決めた事なんだ。代償は受け入れるしかないだろ」
「……ん」
体力と魔力の消費が激しかったのか、アルカはそれから黙って家に帰るまで回復に努めた。その胸の内に、綾香に対する激情を燃え上がらせながら。
綾香と愛歌との間に問題発生ですね。そして、アインツベルンの城で見護っていたのは誰なのか。そして、七色の魔眼から変化したアルカの瞳。色々、フラグが乱立してますね。