Fate/make.of.install   作:ドラギオン

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 明日は投稿できないかもしれません。


柳洞寺

 遠坂邸から歩いて帰る士郎。だが、家の付近まで来ると立ち止まり、誰もいない筈の背後に向かって声を掛ける。

 

「ここまででいい」

「ほう 護衛は要らないと」

 

 士郎の声に反応したのは、霊体化したまま彼を護衛していた紅い外套のアーチャーだった。

 

「そんな殺気だった護衛がいるか」

「見直したよ。殺気を感じ取れる程度には心得があるらしい」

 

 アーチャーはそう言いつつ、何処か士郎を小馬鹿にした態度を取る。士郎は延々と背中に殺気を向けられ、腹が立ったのか眼で怒りをアーチャーに伝える。だがアーチャーにはそんな睨みなど痒くもないため、ニヒルな笑みで話し続ける。

 

「見送るお前を襲うな、という凛の指示には従うさ」

「お前がやる気だって言うなら相手になるけどな。たとえ半人前でも俺は魔術師なんだから」

「たわけたことを。血の匂いがしない魔術師など半人前以下だ」

 

 アーチャーの言葉が癪に障った士郎は、アーチャーに相手になるという。一方でアーチャーは、愚かを通り越して無様な見栄を張る士郎に呆れる。これまで何度英霊に殺されかけたかと言うのに、それでも英霊と戦うなどとほざくのだから、当然と言えば当然の反応である。 

 

「俺からは血の匂いがしないって言うのか」

「成果のためには冷徹になるのが魔術師と言う生き物だからな。遠坂凛を見習う事だ。やや甘い所はあるがあの年で心構えは完成している」

「ふん、遠坂がマスターでよかったな。聖杯を手に入れるのに好都合で」

 

 自分のマスターを褒める相手に、士郎は鼻で笑う。

 

「人間の望みを叶える悪質な宝箱か……私はそんなものはいらん」

「な、いらないって、サーヴァントは叶えられなかった願いを叶える為にこの戦いに参加しているんだろう?」

 

 アーチャーの聖杯を必要としない発言は、聖杯戦争のルールを凛に聞いていた士郎には意外だった。聖杯を求める戦争で、聖杯を求めないのに召喚に応じる理由が理解出来なかった。それならなぜ彼は戦うのかが理解出来ない。

 

「まさか。成り行き上仕方なくだ。私達サーヴァントに自由意思など無い。自らの意志で呼び出しに応じる者なぞお前のセイバーぐらいだろう」

「セイバーだけ?」

『そうだ。英霊は他者の意志によって呼び出される。使い捨ての道具と同じだ。そんなサーヴァントが心の底から人間の助けになりたがっていると本気で信じているのかな?」

「それは」

「いいか。英霊は装置に過ぎない。不都合があれば呼び出され、その後始末をして消えるだけのな。意思を剥奪され永遠に人間のために働かされる掃除屋、それが英霊」

 

 アーチャーの口から語られる英霊の真実。生前に英雄となった存在が辿り着く末路。

「……装置って何を言ってるんだ。セイバーは一人の人間だ。やりたくない事は突っぱねるし、こっちに来てからの選択肢だってある筈だ」

「まぁな。サーヴァントという殻を与えられた英霊はその時点で元の人間性を取り戻せる……かつての執念、かつての無念と共にな」

「無念?」

「想像してみろ。自身の想いを遂げられず死んでいき、死してなお人間共のいいように呼び出される者の感情を……それもこれも聖杯を求めるが故だろうがな」

 

 アーチャーは何も知らない衛宮士郎に語りかける。英霊とはどんな存在であるかを再認識させるために、それは彼自身が体験し、今も縛られている戒め。

 

「そこまでの物を何でお前はいらないって言うんだ?」

「私には叶えられない願いなどなかった」

「えぇ?」

「私は望みを叶えて死に、英霊となった。故に叶えるべき望みはない」

 

 アーチャーは無念はないという。願いもなければ、望みもないと。これ以上は話す事はないと言わんばかりに、霊体化して消えるアーチャー。士郎は消えた殺気から、本当にアーチャーが帰還したのだと知り、思う所がある物の家へと帰った。

 

ーーーーー

 

 一方自宅へと帰宅した沙条姉妹。自宅に帰った3人は、リビングの椅子に腰かけると、綾香の傍に現界したセイバーが心配そうな表情をする。

 

「どうして、僕に現界を止めさせたんだい?」

『ごめんなさいセイバーさん』

 

 セイバーは、女性の英霊に襲われた際、すぐに現界して応戦しようとした。だが、アンがセイバーの現界を止め、前に飛び出したのだ。どう考えてもアサシンの彼女より自分が戦った方が良かったのではないかと、沙条家の司令塔である愛歌に話す。

 

「ん。確かにそうねセイバー。だけど、極力綾香がマスターだと認識させる訳にはいかないの。今の所、ブレイカーが深手を負わせたランサーしか綾香がマスターだと知らない。だから、そう判断したの」

「そう、か。確かに僕等の目的は、綾香の身の安全だったね。すまない」 

「セイバーにお姉ちゃん、私のせいで、ごめんなさい」

 

 明らかに足を引っ張っている自分に嫌になる綾香。だが、魔術を習ったとはいえ一般の女子高校生の綾香が、命の奪い合いに積極的に参加できる筈もなかった。

 

「気にしないで綾香。本来血なまぐさい戦場に君は巻き込まれただけなんだ。君が気に病むことはない」

「学校にサーヴァントが居る以上、今回は隠せたけど、次襲われた場合は容赦なく相手を斬ってセイバー」

「私も、同じ学校の人を襲うマスターとサーヴァントは許せない。だから力を貸してセイバー」

「お安い御用さ。この剣に誓って必ずや」

 

 綾香の正体を隠すなんて言う時間稼ぎも、今回が限界。次こそはセイバーにも戦闘に参加して貰うと告げた愛歌。セイバーは、本当は妹に戦わせたくない愛歌の気持ちを察して、必ず綾香は護り抜くと誓う。その言葉が嘘ではないと感じた愛歌と綾香は、彼を信じるしかなかった。

 だが、綾香は一つ気になった事があり綾香に尋ねる。

 

「そういえば、お姉ちゃん衛宮君が嫌いなのは知ってるけど、遠坂さんとも協力しないの?」

『同じ事考えてた。愛歌、凛のこと好きなんでしょ? 彼女から協力要請されたら、手伝うと思ってたんだけど』

「……凛じゃなくて、アーチャーが苦手なの。私はサーヴァントが居る中、一緒に戦えない。綾香が協力したいというなら、止めない。けど、私は衛宮君ともアーチャーの居る凛とも組みたくない」

 

 視線を下げ、繭を八の字にするアルカ。それは理性的と言うよりは感情に頼った判断だった。セイバーは、普段は理性的なタイプだが、こういう感情でもよく動く子なんだなと改めた認識をする。綾香は、不謹慎にも(このお姉ちゃん可愛い)と明後日な思考をしていた。

 

「とりあえず、今日は私も外に出ない。ブレイカーが寝てるってことは全快してないから」

『了解』

「セイバーは元気だけど、私とセイバーで他のマスターを探さなくて良いの?」

 

 綾香の考えは、長引くよりも短期決戦の方が効率的ではないかと言う物だった。幸いセイバーは、アルカの目から見ても強い英霊だ。なら手負いのランサーの陣営などと戦えば、楽に勝てるんじゃないかと言う発想の下での意見だった。

 しかしアルカは首を横に振る。

 

「あのランサーは強いわ。それに手負いの獣ほど、危険な物はない。それに奴の宝具は、二騎で向かった方が効果的」

「やっぱり、戦いのノウハウはわからないな、私」

 

 素人が口を出しちゃダメかなと落ち込む綾香の頭をアルカが撫でる。その顔には優しさが滲み出ており、セイバーとの戦闘の時とは真逆だった。

 

「そんなことないよ。綾香も努力してるの知ってる。雑木林で使った魔術、練習したんでしょ?」

「……うん」

 

 綾香は、魔術回路自体は中々高性能な物を持って居た。だが魔術の腕はお世辞にも優秀とは言えず、優秀なアルカにいつもコンプレックスを感じていた。しかし、姉やウェイバーの指導で努力を積めば使える魔術が増えて行った。得意でない攻撃用の黒魔術も、密かに毎日鍛錬した結果得た物だった。

 ウェイバーからはオーソドックスな元素変換を教えられたが、魔術師のイメージから魔女に辿り着いた綾香は、薬草や植物を用いた黒魔術に路線を変更したのだ。

 

「呪いの類だけど、効力は相手の位置を術者に知らせる効果か、凄く便利な魔術だよ」

「聖杯戦争って言う位だから、敵の位置が分かれば便利かなって。けど今回は命中しなかったけどね」

 

 愛歌と綾香が魔術について話し始めたので、魔術は使えないセイバーとアンは、楽しそうに話す姉妹を眺めていた。英霊である彼等の願いは、この幸せな時間を護り通す事。

 

 

((絶対に護らななければ))

 

 その日は何事もなく、過ぎる事となった。

 セイバーが屋根の上で他のサーヴァントやマスターの攻撃を警戒し、綾香とアンも寝静まった時。アルカはベッドから抜け出し、ブレイカーの部屋の扉をノックする。すると目覚めていたブレイカーが返事をしたので、部屋へと入る。

 

「どうしたマスター。珍しい」

「傷」

 

 まぁ座れと自分のデスクの椅子をアルカに指さし、アルカは指示通り椅子に座ってベッドの上に座るブレイカーを見る。その視線はランサーに突き刺された心臓を刺しており、既に血は止まっているが、槍の呪いが少しだけ残留していた。

 

「後1時間もしたら完治する。どうしたんだよ」

「……今日、また綾香が襲われた」

「なるほどね。……怖くなったか?」

「ん。凄く、凄く怖い! 綾香の悲鳴を聞いた時、心臓が止まるかと思った! 私一人ならよかったのに……何で綾香まで巻き込まれるの? 綾香が死ぬなんて嫌、アンもブレイカーも、皆死んでほしくないのに、運命が逃がしてくれない……もう嫌」

 

 ブレイカーと話してるうちに、涙がポロポロ零れるアルカ。もうこんな戦い嫌だと弱音を吐きながら、泣きじゃくる少女を見かねたブレイカーが立ち上がり、アルカの傍まで歩み寄り、座る彼女と目線を合わせる。感情のダムが決壊したアルカと額を合わせるブレイカー。

 

「えぐ、ふぐ」

「好きなだけ吐き出せよマスター。俺はウェイバーじゃないから、お前に助言は出来ない。だが、弱音を吐ける相手くらいにはなってやる」

「うぁああああん、わぁああああん」

 

 

 目元を真っ赤にしたアルカは、ブレイカーの許可を得た事で本格的に泣きはじめる。大切な妹を失う戦いなどしたくない。すぐに逃げ出したいと泣き叫ぶ少女の頭を撫でながら、育った心に出来た苦しみを受け止めるブレイカー。

 

(これは、ウェイバーの奴に至急でSOSを送るべきだな)

 

 聖杯戦争で死ぬつもりは毛頭ないが、マスターの心が悲鳴を上げるなら、彼女を唯一導け、癒す事のできる男を呼ぶしかない。

 

「誰もいないんだ。好きなだけ泣けばいい。お前がその運命を否定するなら、俺が壊してやる」

「ええぇえん、わぁああん」

 

 

ーーーーーーー

 

 散々夜中に泣き続けたアルカは、眠りに落ちた事でブレイカーによってアンと共同の私室へ運ばれた。アンはアルカの限界が近付いている事に気が付いていたのか、ブレイカーに頭を下げてアルカを受け取った。

 すっきりしたのかよく眠るアルカをベッドまで運び、アンも就寝した。

 

 

 その日の朝は、ブレイカーの送迎で学園に投稿した三人とセイバー。セイバーは昨日のように霊体化して、綾香の傍についていた。アルカもまだ誰もいない筈の教室に入り、とある人物を見て驚く。

 

「やぁ、沙条」

「間桐慎二」

 

 教室に入れば、デカイ態度でアルカの机に座っている間桐慎二が居た。アルカは、ニヤニヤ笑いながら自分を見る慎二を興味なさげに見つめる。

 

「そこ、私の席」 

「あ? わかってるよ。ただ僕はお前に話があってね」

「お付き合いは断ったはず」

「あぁ。公衆の面前で大恥かかせてくれたよな……そうじゃなくて、聖杯戦争の話だ」

 

 唐突に聖杯戦争の話を始めた慎二。アルカの記憶では、間桐慎二は魔術回路を持って居ない一般人の筈。彼の妹である間桐桜が聖杯戦争の参加者かと考えていたアルカ。

 

「聖杯戦争って何?」

「おいおい、とぼけたって無駄さ。僕はお爺様からお前の話を聞いてるんだ。それに昨日放課後の姿を見たんだよ」

 

 とりあえず惚けてみたが、効果はなかった。アルカの態度が気に喰わないのか、慎二は立ち上がって彼女の襟首を掴みあげる。触れられた瞬間、黒鍵で腹を裂いてしまおうかと考えたアルカだが、魔術師でもない彼を魔術で襲うは卑怯だと手出ししない。

 その様子を怯えたと勘違いした慎二がアルカを見下しながら、手を放す。

 

「おっと、手を出すつもりはなかったんだ。いやほんとだよ」

「それで何?」

 

 早く本題に入れとアルカは慎二を急かす。幾ら登校が早いとは言え、直にクラスメイトも登校してくるのだ。

 

「沙条お前さ、この僕と同盟を結ばないか?」

「……?」

「何、僕もか弱い女の子を殺すのは忍びなくてさ、どうせお前の英霊も大したことないんだろ? だから、僕が護ってやろうって訳さ」

 

 どうやら昨日の戦闘で、アルカの英霊は戦闘力が低いため、戦闘に参加しなかったと思っているらしい。アンは、魔術師の世界では封印指定クラスの魔術師と言う事になっているので、英霊だと思われなかったらしい。

 確かに同級生が英霊など、まともだろうがまともでなかろうが普通は考えない。

 

「それにお前の……あの眼鏡の地味でとろそうな妹も護ってやるよ。どんな雑魚でも英霊なら僕のライダーと組めば、ぐへ」

「私の事は好きに言って良いよ間桐君。けど、綾香を貴方が馬鹿にする事だけは許さない」

 

 魔術は基本、魔術師にしか使わないと決めているアルカ。なので腰と震脚の入ったボディーブローを御見舞していた。八極拳の流れをくむ一撃は、強化なしのアルカでも慎二を昏倒させる威力があった。腹を押さえて、両膝を突きながら蹲る慎二。  

 

「よく、も、ただじゃおかないぞおまえ!」

「なら、英霊でも呼ぶ?」

「覚悟しろよ!」

 

 慎二は、自分を見ろすアルカの視線に耐えられなくなり、教室を出て行く。後を追おうともしないアルカは、やり過ぎたかも知れないと、自分の拳を見た。ブレイカーの教育は、一般人に魔術を使うのは卑怯、なので一撃で相手を昏倒させる格闘技を教えるという物だった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 その後、間桐慎二は授業に出ることなく、下校時間まで現れなかった。そのまま迎えに来たブレイカーのタクシーに乗って下校した沙条姉妹。アルカは今日あった慎二とのいざこざを話すべきか迷うも、彼が綾香に言った悪口を許せなかったため、黙っておく事にした。

 

 そして、自宅に帰った沙条陣営の面々。今日は珍しくアルカ(愛歌)が夕飯の支度をし、5人で食卓を囲った。そこで、セイバーと綾香が健啖家で、アルカの倍以上のご飯を食べていた。正確には英霊に食事の必要はないのだが、ブレイカーやアンも食事を取るのでセイバーにも自然に用意していた。

 特にセイバーは、現代の食事が大変お気に召したらしい。夕飯を食べ終え、食器は自分が洗うよと進言したセイバーに食器洗いを任せた一同。綾香だけは心配そうに手伝っていたが、アルカ達は今夜の予定を決めていた。

 

「ブレイカー、今日は車出して」

「何処行くんだ?」

 

 食後に好物のオレンジジュースを飲むアルカは、ブレイカーに車の運転を願う。

 

「アインツベルンのイリヤスフィールを殺しに行くわ」

「あの、ちびっこか」

「ん。相手の拠点に攻め込む形になるから、アンにも来てほしいのだけど……」

『いいよ。アルカが望むなら何処にだって』

 

 アインツベルンの城に向かうというアルカ。アンにとってはトラウマ的な場所であるが、彼女はマスターであり友である彼女のために行くという。戦力で言えば、家の護りがセイバーだけになる。ブレイカーが車を車庫から出す間に留守番組である綾香とセイバーに注意を告げる。

 

「日が昇る前に帰ってくるから工房の護りをお願い」

「気をつけてねお姉ちゃん達、アルゴさん」

「もし、緊急事態になれば、この石を破壊して。そうすれば、私に異変が伝わる。本当は念話用の礼装があればよかったんだけど」

 

 アルカは10年前の情報戦を優位に進めた礼装を思い出す。だが、その礼装はアルカがウェイバーに渡し、予備はないのだ。ブレイカーに制作して貰う方法もあるが、あの通信用の礼装は元々ブレイカーの持ち者らしく、作成には時間が掛るという。

 

「いいの。私も家は出ないし」

「じゃ、行ってくるね」

 

アルカは、綾香には詳細を語らなかった。これから幼い姿の少女を殺しに行くとは、言えないからだ。きっと自分は綾香に軽蔑されるだろう。それどころか、拒絶される可能性の方が高い。だから、アルカは喋らない。自分の居場所を守りたいという欲のために。

 

 家の窓から車で戦場に向かった姉達を見送った綾香は、カーテンを閉めて、工房へと足を運ぶ。工房では現界したセイバーが私服姿で待っていた。

 

「今日も特訓かい? 君は努力家だね」

「お姉ちゃん達が凄すぎるから、少しでも追いつかなくちゃ……痛」

 

 綾香は、庭に栽培されている薬草や毒草を持って来ては、鍋に入れて魔術を開始する。だが、薔薇を持った時、気を抜いてしまったのか棘が指に刺さる。だが、こんなのは日常茶飯事だと割り切って、作業を継続する。

 呪いと治癒に特化した魔術師である綾香は、聖杯戦争で必要なのは呪いだと理解した。少しでも攻撃力で牽制しなくては、とても生き残れない世界だと。

 

「綾香は、どうして呪い方面の魔術を会得したんだい?」

「どうしてって、……他が才能なかったの」

 

 セイバーは才能がないと告げる綾香の表情に違和感を覚える。だが深き聞きこんで彼女を傷付ける事は本意ではないため、セイバーは「そうかい」と話を止めた。綾香も他の魔術については、語りたがらなかった。

 

ーーーー

 

「? 綾香!」

「どうしたの、セイバー。てちょ、え、まって、なに?」

「静かに」

「……(静かにって言われても)」

 

 一時間ほど魔導書を読みながら、術の練習をしていた綾香。それを椅子に座って見護り、時には直感からくるアドバイスをしていたセイバーだったが、セイバーが突然立ち上がる。そして、綾香を胸に抱く、急に抱きしめられた綾香は顔を真っ赤にして驚く。だが、彼女を抱きしめながら、セイバーは私服から騎士鎧姿へと変わる。

 

「何ものかはわからないが、侵入者のようだ」

「そんな筈、うそ」

 

セイバーが戦闘体制に入った時、すでに綾香の魔術工房に竜牙兵が10匹近く召喚された。

それなのに綾香には、結界の異変が感じられなかった。

 

「キャスターのようだね。誰かは分からないが、結界を透過するなんて、容易いという事だね」

「お姉ちゃんの留守を狙ってくるなんて……あ」

 

周囲を囲まれ、セイバーが背に綾香を守り見えない剣を構える。竜牙兵程度なら、綾香を守りながら戦える実力がセイバーにはあった。

だが、突然綾香がセイバーを押し退け、竜牙兵の元に向かう。

 

「綾香?」

「ふふ、始めましてねセイバー」

「……キャスターか。綾香の体を操ったのか」

 

竜牙兵の元まで歩いた綾香は、振り返って言葉を話す。綾香の目には光がなく、人形のように無表情だった。セイバーは怪しい魔力を感じ、綾香の右手を見れば、先程、棘が刺さった傷口から魔力が綾香の体に延びていた。

 

「えぇ。罠を仕掛けさせてもらってね」

「綾香をどうするつもりだ」

「この子は私が預かるわ。安心なさい命まで奪いはしないわ。けれど、この子の姉達には人質として利用させてもらうわ」

 

綾香の口を介して会話するキャスター。セイバーは、どうするのが最適か探る。綾香を人質に取るのは、非常に沙条陣営に効果的だ。

戦闘向けの自分では、綾香をキャスターから守るのは難しい。

 

「さようなら」

「綾香!」

 

綾香の体が糸の切れた人形のように倒れ、狼サイズの竜牙兵に乗せられ家を飛び出す。それを追おうとするセイバーを剣を持った人形竜牙兵が邪魔をする。

 

「邪魔をするか。ならば押し通らせて貰うぞ傀儡の兵よ」

 

セイバーは、前に立ち塞がった竜牙兵10体を魔力放出で加速した自身の剣技で粉々に粉砕する。そして一瞬も止まらなかったセイバーは、沙条家を飛び出した狼の竜牙兵と綾香を追って夜の冬木を駆け抜ける。だが、家から出る直前に愛歌が置いて行った緊急用の霊石を破壊する。

綾香を乗せた竜牙兵は、すでに距離を開けておりそれを護衛するように弓矢を持った竜牙兵が所々に配置されていた。

 

「悪いが今の私を止めたいなら、ランスロットとガウェインでも連れてくるがいい。それすらも、斬り伏せる程、今の私は頭に来ているがね」

 

セイバーは、綾香を追い掛けるため剣に纏った風を進行方向に展開。さらに魔力放出によるブーストをかける。風の抵抗がなくなったセイバーの速度は、本来のステータスを越えて上がっていく。

聖杯戦争4日目にして最優のサーヴァントが本格参戦した。

 

 

--------

 

 一方、綾香を連れ去った竜牙兵が向かう柳洞寺では、既に先客が居た。

 

「ここは……柳洞寺?」

 

 それは、セイバー(アルトリア)のマスターである衛宮士郎だった。彼は、自分の家にある土蔵で魔術の鍛錬をしたのち眠りに落ち、その隙をついたキャスターに魔術によって操られ、この場所まで歩いて来てしまった。

 そして意識を取り戻した士郎は自身が意図のような物に拘束され、動けない。

 

「ええそうよ」

 

 士郎の問いに答えたのは突如士郎の前に現界した魔術師然としたローブを纏い、フードで顔を隠した女性。口元しか見えないが、その魔力からサーヴァントだと士郎にも理解できる。

 

 

「キャスターのサーヴァント」

「その通りよ、セイバーのマスターさん、後足掻いても無駄よ。一度成立した魔術は魔力と言う水では洗い流せない。まして貴方の魔術回路のような弱弱しいものでは」

「呼びつけやすかったって訳か」

「えぇ。あなたが一番力不足なんですもの。ただ御安心なさい、もう一人都合のいいマスターさんも来るから」

 

 士郎はキャスターの言うもう一人が誰かわからなかった。

 

「それに殺しはしないわ。殺してしまっては魔力を吸い上げられないから」

 

 敵のサーヴァントと正面から向かい合い、セイバーもいなければ体も動かない状況。それは完全に詰んでいる。どう足掻いても彼に待って居る未来は死だけだった。なのにキャスターは殺さないという。

 

「初めは加減がわからず殺してしまったけれど今は程度良く集められる」

「……町で起きてる事件はお前が」

「あら知らなかったの? キャスターのサーヴァントには陣地を作る権利があるのよ。私はこの場所に神殿を作ってあなたたちから身を守る。

 ほら見えるでしょう。この土地に溜まった数百人分の魔力の貯蔵、有象無象のかけらが」

 

 士郎は、最近冬木で多数発生するガス漏れでの昏倒事件がキャスターによる物だと知って怒る。彼にはキャスターの行いは決して許せるものではなかった。

 

「キャスター! お前、無関係な人間を巻き込んだのか!」

「この町の人間は全て私のもの」

「お前、ん?」

 

 縛られながらも声を絞り出す士郎。だが、キャスターの背後から巨大な犬のような骨が走って来る、その背中には見覚えのある人物が乗せられており、キャスターの手元まで走り寄ると骨の怪物は姿を消す。

 

「沙、条」

「ふふ、これでそろったわね」

 

 キャスターが倒れ込んだ沙条綾香の生気のない頬を撫で、次の瞬間には士郎と同じく糸で拘束して吊るす。

 

「何をする気だキャスター」

「何って、決まっているでしょ、貴方とこの娘の令呪をもらってあげるのよ。2人の令呪を私のマスターに移植する。そしてサーヴァントには目障りなバーサーカーを倒してもらうとしましょう」

 

 キャスターの衝撃的な発言をする。沙条綾香と沙条愛歌が魔術師だとは、知っている。だが、両者共に令呪は持って居ないようだった。なのに、沙条綾香がマスターの一人だというキャスター。姉がマスターだとは凛から聞いていたが、妹の方もマスターだとは思わなかった。

 

「ん、あれ、ここ」

「沙条」

「あれ、なんで衛宮君が……って、ええ?」

 

 糸で拘束された事が苦しかったのか綾香も目を覚まし、目の前に衛宮士郎と見知らぬ女性がいた。さらに身体が糸で拘束され身動きが取れない事に驚く。

 

「怖がらなくていいわ。痛みは一瞬だけよ」

「キャスター、沙条に手を出すな」

「それは無理なお願いよ坊や」

 

 士郎が綾香に手を伸ばしたのを見て、止せと言う。綾香も状況が分からず魔術回路すら起動できていない。そんな綾香の胸元に怪しい魔力の光を灯しながら触れようとするキャスター。

 

「令呪を剥がすということはあなたから魔術回路を引き抜くということでもあるわ。どうあっても手を出さない訳にはいかない」

「だったら、俺を先にしろ、沙条は見逃せ」

 

 士郎にとって苦渋の決断、だが目の前で魔術回路を抜きとるなど、良くて廃人になりかねない行為を見逃せない。

 

「あら勇敢ね、そういう頑張りは嫌いではありませんことよ。いいわ、先に貴方から処置してあげましょう」

「衛宮君」

「うふふ」

「が、ああああぐああああ」

 

 狙いを士郎に変えたキャスターは、糸の呪縛で士郎の令呪の浮かび上がった左手を持ちあげる。そして、士郎の令呪へと触れる。すると、彼の魔術回路その物を抜きとる魔術が士郎に激痛を与える。

 

「は!?」

 

 だが、その場に紅い矢が降り注ぐ。その周囲一帯を全てを狙った無数の矢は、士郎に触れていたキャスターを追尾して降り注ぐ。その矢によって士郎から離れたキャスターだが、彼女の逃げた方向には綾香が居り、その矢は容赦なく綾香へと降り注ぐ。

 

「きゃ」

 

 矢の雨に巻き込まれたと思い目を伏せる綾香。だが矢の痛みは彼女を襲う事はなかった。ゆっくり目を開けた綾香の前には、フードで顔を隠した騎士鎧の男性が矢を全て叩き落し、彼女の前に立って居た。そして、そのぞんざいの振るう見えない剣によって綾香を縛っていた糸が全て斬られる。

 

「もう安心してほしい綾香。僕が君を護るから」

「せ、セイ」

 

 綾香が自分を助けに来てくれた人物を見て、名を呼ぼうとする前にキャスターが侵入者の名を叫ぶ。

 

「アーチャーにセイバーですって!? 馬鹿な幾らなんでも早すぎる。アサシンはどうしたの。それにセイバーは早すぎる」

「そんな事はないだろうキャスター。現にアサシンはセイバーと対峙していた。私が素通り出来たのはそう言う訳だ。そっちの奴は強引に突破していたがな。それと聞き間違えかなキャスター、あの男をセイバーと?」

「強引か、そう言う君の方こそ、躊躇いもなく綾香を撃ってくれたねアーチャー。卑怯と言うつもりはないが、君は倒しておいた方が良さそうだ」

 

 

 焦るキャスター、キャスターではなくフードをした謎の英霊に敵意を向ける。だがフードをした英霊は、セイバー(アルトリア)と同じ見えない武器を構え、沙条綾香を護るように2人の英霊を警戒していた。

 

 




 やっとセイバー(アルトリウス)が戦場に。キャスターさんがやったのは、龍脈の特等地にある沙条家の植物に呪いを掛けたって感じですかね。わかめに関しては御愁傷さまとしか言えない。
 今回はアルカが弱さを吐きだした感じですかね。切嗣は目的がありましたが、アルカは戦わないために戦う事になってますからね。

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