夜の冬木の街をバイクで駆け抜けるセイバーは、騎乗スキルの恩恵を受けながら国道を駆け抜ける。交通ルールを守る余裕はなく時に車の往来する道路を逆走すらしていた。彼女は空を見上げブレイカーを追跡する。
(見失ったか、姿が見えないのなら気配を感じ取る)
ブレイカーの姿が見えなくなったため、セイバーは目を閉じ神経を集中する。そして空を移動するライダーとブレイカーの気配を感じ取ることに成功する。ライダーがアイリの誘拐に参加するのは違和感を感じるが、それでもブレイカーとライダーは仲間同士、敵対するなら斬り伏せるのみ。
「チャリオット。捕らえたぞ、ブレイカー、ライダー」
バイクのアクセルを回し性能の限界を引き出して追いかける。風を切りながら騎士王は、征服王の戦車に追従し空を自由に飛ぶライダーを追って峠を駆け抜けていく。
戦車の御者台から地上を眺めて、英霊や魔術師の魔力を探っていたアルカは、当然ながら追ってくるセイバーを見つける。すぐにウェイバーの裾を引きながら、彼にセイバーの接近を伝える。
「ウェイバー、セイバー来た」
「僕等を追って来てるのか? ライダー、ブレイカーどうする」
ウェイバーは地上でこちらを追ってくるセイバーを見る。遠くに居るため表情は読みとれないが、自分達に敵意を持っている事は理解出来た。
「こりゃ探す手間が省けたわ。つうかなあ、坊主オートバイという乗り物はあんなにも早いものなのか?」
「バイク、あれが? いやいや、そんな無茶な。でもセイバーの騎乗スキルと考えればありえるのかな?」
「俺が戦闘機に乗った時も、通常以上の性能が出せた。可能だろうよ」
ウェイバーの問いにブレイカーが実体験から答える。実際にブレイカーの操る戦闘機の動きを見た2人は納得せざるを得なかった。そしてアルカが御者台からセイバーを観察し続け、落ちないようにアンが彼女を支える。
「面白いわ、そういうことなら余の方も相応の趣向で臨んでやらんとなあ」
「降りるのかよ?」
「気が変わった、あの小娘と尋常に車輪で勝負を決めてやる」
セイバーの挑戦を受けると言うライダー。彼は空を走る神威の車輪の高度を下げ、公道に降り立つ。たとえ地面を走ろうとも速度は落ちることなく同じ速度で駆け抜ける。地上に降りた戦車を見て居たセイバーがさらにアクセルを回して加速する。
その眼がどうにも自分を睨んでいるように見えたブレイカー。彼は御者台の後方に腰掛けながら、マスターのかたき討ちに来たのかと予想した。
「いいけど、慎重にやれよなお前。皆も乗ってるんだからな」
「案ずるな、天にも地にも我が疾走を阻むものはない」
自信満々に戦車を走らせるライダー。確かに聖杯戦争に置いて彼以上に乗り物で優れる英霊など存在しないだろう。であれば斬り合うよりも勝率は遥かに高いのだ。
(まずい、マシンが限界が近づいている、このままでは。もう少しというところで……)
「風王結界(インビジブル・エア)!」
一方宝具を相手に現代の機械で追従しようとしているセイバーのバイクも、限界を迎えていた。どんな乗り物も最高速度を延々と維持できる性能はなく、常人ではないセイバーの技量に機械の方が音を上げたのだ。
しかしセイバーは、神経を集中させ己の魔力で編む鎧と風王結界でバイクを改良する。風の抵抗を受けずオーバーヒート寸前のエンジンに風を送り冷却する。
突然加速したセイバーは、ライダーに追いつき始める。
「嘘だろ。距離を詰められてる、このままじゃ追いつかれるぞ」
「ただの機械仕掛けを以てしてその走り、見事なり。だが生憎とこちらは戦車でな、お行儀よく駆け比べとはいかんぞ。余の後塵を取るとは、こういうことだセイバー」
ライダーとウェイバーは振り返り、風を切って走って来るセイバーを見る。ライダーは面白いと戦車の車輪に備え付けられた巨大な刃で峠の外壁を削る。大きな切れ込みを入れられた壁は、自重を支えられず後続のセイバーに向かって崩れる。
セイバーはそれらの瓦礫を見切った上で全てブレーキすら掛けずに避ける。全く足止めにもならないセイバーの技術にアルカとアンは拍手し、ブレイカーは素直に感心していた。
「……おー」
「全部避けたな」
「上等、それでこそ誉れも高き騎士の王、まっこと貴様は戦場の華よな」
全て突破されたライダーは、今度は地面に剣を振りおろし電撃で地面を割る。
「侮るなよ、征服王」
地面が彼女の前でめくり上がり、走行を妨害する。それに対してセイバーは己の聖剣を構え回避できる瓦礫だけを開始後は剣で斬り伏せて走行する。そしてジャンプ台の様になった瓦礫を見つけ、改造されたバイクのエンジンを最大稼働させ飛び上がる。
丁度ショートカットする事が出来たセイバーは、下に居るブレイカーに剣を振るう。
「ブレイカー、覚悟!」
「やはり俺か、良いだろう」
バイクに跨り剣を振り下ろすセイバーにブレイカーは戦車から飛び上がって彼女の剣の腹を殴り、大きく軌道を逸らさせる。そして押し返されたセイバーは戦車の後方に着地。ライダーも戦車を止め背後に着地したブレイカー達を見る。
(アイリスフィールが、いない。そんな、あれは確かにブレイカーだったはず、ならばアイリスフィールはどこに)
ライダーが戦車を止めた事で、戦車の御者台を見たセイバーは、アルカとウェイバー、そしてアサシンの少女とライダーしか居ない事を知る。しかしブレイカーが彼女を誘拐する姿を自分ははっきり見たのだ。
――ー―――
「よもや本物のライダーが現れるとはな。実に好都合な展開だ。君は戦場において常に幸運を味方につけるな、間桐雁夜」
「神父、こんな小細工に本当に令呪を2つも費やすだけの意味が?」
「案ずる必要はない雁夜。さあ、手を出したまえ。私に協力する限り、君は惜しむことなく令呪を消費して構わない。それにしても、変身能力とは、つくづくバーサーカーのクラスには惜しい宝具を持っている」
見晴らしのいい建設途中のビル、セイバーがライダー達を追って山の方に進んだ姿を見た言峰綺礼と間桐雁夜。そして彼等の傍にはアイリスフィールを抱えたブレイカーの姿があった。そしてブレイカーは何かに耐えられなくなり瞬時に姿を黒い靄の掛った鎧姿へと変える。
「もともとこいつは他人を装って武勇を立てた逸話をいくつも持ってる英霊だからな」
「令呪で強制してやっとこれか? 君のサーバントのセイバーに対する執念には恐れ入るな」
雁夜の令呪は既に二つ消費されていた。一つは変身してアイリスフィールの誘拐。もう一つはセイバーにあっても目的を遂行する事。そして言峰璃正の令呪を持っている綺礼は、それらを雁夜に補充する。
「もういい消えろ、バーサーカー。この女、こいつが本当に聖杯の器なのか?」
「正しくは中身が、だがな。心配するな雁夜。聖杯は必ず君に譲り渡す」
バーサーカーが消え、意識を失ったアイリの体が床に落下する。それを見て雁夜が呟くが、言峰は気にするなという。
「それ以前にもう一つ、あんたは俺に約束したはずだ神父」
「は、その件か? 問題ないとも、今夜0時に教会を訪れるがいい。そこで遠坂時臣と対面できる。忘れるなよ、雁夜、今夜0時だ。それで君の悲願は成就する」
雁矢はフードを被りながら、約束の時間まで自由にすることにした。そうして彼が去った後、言峰は闇に紛れるそれに声を掛ける。
「さて、人払いはすんだぞ、何者か知らんがそろそろ顔を見せたらどうだ?」
「はははは、気づいておったか。さすがは歴戦の代行者よ」
闇に紛れて現れたのは、老人だった。それもただの老人ではなく醜悪な笑みを浮かべ、不気味な存在感を放つこの老人を言峰綺礼は警戒する。御三家の一角の主である彼だが時臣とは比べ物にならない威圧感を感じ取っていた。
「間桐蔵硯か」
「左様」
「要件はなんだ、間桐蔵硯」
「そうさのう、お主はどういう手練手管で雁夜めを壊すのか、わしにも興味が尽きぬでなあ」
自分の息子であり聖杯戦争の間桐の代表を、この老人は捨てると言っているのだ。
「間桐の勝利を見す見す潰すというのか?」
「雁夜めが悶え苦しむ様は本当に見ていて飽きんでな。間桐の勝利か、雁夜の無様な末路か、迷いどころよ」
「貴様は肉親の苦悩がそこまで見ていて楽しいか」
「むしろお主は分かってくれる者と思ったのじゃが」
この老人がまぎれもない悪であると綺礼にも分かった。少なからず自分が否定したかった本性である他者の不幸に幸せを感じる許されざる悪徳の化身であると。
「何」
「お主からはわしと同類の匂いがするぞ。雁夜という腐肉の旨味に釣られて這い寄ってきた蛆虫の匂いがな」
そう言った直後、綺礼は袖から取り出した魔力を流すことで刃を形成する礼装、黒鍵を投擲する。凄まじい速度で黒鍵は老人の頭部を抉る。しかし老人の笑みは崩れずそのまま話し続ける。
「怖い怖い。青いとはいえ教会の犬、からかうとなれば命懸けか、またいずれ見えようぞ、若造。次に会う時までには、わしと五分に渡り合えるよう己の本性を充分に肥え太らせておくがいい」
間桐贓硯は綺礼にそう言い残して、身体を無数の虫に変化させその場から立ち去った。
――ー――
「それでセイバー。お前は俺を殺しに来たと思っていいんだな」
「……あぁ。どの道我々はサーヴァント、戦う運命にある」
戦車から飛び降りたブレイカーとバイクから降り聖剣を構えるセイバーが向かい合う。セイバーはアイリの姿が見当たらない事が気がかりになるが。ブレイカーの相手をするのは吝かでは無かった。そして一度自分から斬り掛っておいて見逃して貰えるとも思っていない。
「風よ」
セイバーの声に反応しバイクを装着された鎧が自身に纏われる。騎士鎧姿になり間合いの測れない剣を構えるセイバー。対峙するブレイカーも全身に刻印を浮かび上がらせ触れた物を破壊する魔力を放出する。
「ライダー、いいのか」
「どうやら乗り遅れたらしいな。それにブレイカーの奴が偉くやる気になっておる。ここは見届けるとしよう」
『大丈夫なんですか?』
「ブレイカーの技量もセイバーには負けておらん。ただセイバーの奴も宝具を残しておるだろうな、あの隠した剣がただの剣である筈がない」
ライダーが腕を組んで2人の戦いを見届ける事に決める。だがアルカだけは霊体化して、ブレイカーの傍に近寄る。それを見た全員が驚く。
「何でこっちに来たマスター」
「……がんばって」
「ありがとうよ。安心しろって負けないさ」
アルカはそう言ってブレイカーの裾を引きながら、彼に魔力供給を始める。セイバーは目に見えて強化されるブレイカーの力を感じ自信も魔力放出で出力を上昇していく。アルカはブレイカーに喝を入れると再び霊体化してウェイバーの隣に現れる。
「何で急にあんなことしたんだよアルカ」
「……セイバーの剣、ブレイカーの天敵」
「なんだって? ブレイカーの弱点になるって言うのか、それじゃ」
「……大丈夫。ブレイカー約束した」
解析という面において最強の魔眼を持つアルカは、セイバーの剣の性質を見抜いたのだろう。それによる見解でブレイカーとは相性が悪いと言うアルカ。ウェイバーが止めさせようとするがアルカが首を振って止める。
「……ライダー、ブレイカーが空で見てて欲しいって」
「余達がいては満足に戦えぬか。では行くか」
アルカはライダーにブレイカーからの念話を伝えライダーも空へと観戦場所を移した。空に浮かぶ戦車で地上で向き合う2人を見下ろした。
「来ないのかセイバー」
「一つだけ聞いておきたい。貴方はアイリスフィールを連れ去ったか?」
「アイリ、あの銀髪の女か。いいや、今日は一日中ガキ共のお守をしていたが、それが何か?」
「いいえ。ではいざ尋常に」
「勝負!」
ブレイカーの返答に偽りを感じなかったセイバーが首を振りながら再び剣を構える。そして強化と魔力放出によって加速した二体の英霊が道路の中心でぶつかり合う。2人がぶつかった瞬間、衝撃波だけで地面が割れ土砂が崩れ落ちる。
だが2人の拳と剣によって発生する余波が、土砂を寄せ付けず彼等を避けるように土砂が流れる。セイバーは見えない刃を振るって次から次に重い一撃を繰り出していく。魔力放出で強化された彼女の攻撃は、同じく強化されたブレイカーでも直撃を喰らう訳にはいかない。ブレイカーも出来る限り前に出ながら剣を殴る。何度も剣の腹を殴る戦法をとるブレイカーにセイバーは時々剣の腹で殴りかかる。
目に見えない剣で切っ先を避けて殴るブレイカーはセイバーのフェイントに引っ掛かり、その拳を少しづつ刃で傷つけて行く。
「思いのほか性格悪いなセイバー」
「そういう貴方こそ」
セイバーの策に手を傷付けられていたブレイカーは、何度も剣の持ち手を狙って手を伸ばし、彼女を封じ込めようとする。剣を弾くだけでなく持ち手の方を狙われる戦法は非常にやり難い。2人が一歩も引かずにぶつかり合う。セイバーが剣を持ちかえながら、足を狙えば飛び上がり彼女の頭部に拳を繰り出す。それを横に回避したセイバーは、剣を振り上げる。しかし空中で身体を回転させたブレイカーが避ける。剣を振り上げてしまったセイバーの隙をついて空中での回転の勢いの乗った蹴りが放たれる。
直感スキルの予知で受け止めれば、死ぬと察し魔力を足の裏から放出して跳ぶ。そして両者の攻撃は互いに一撃も与えない。
「今のは良い線言ってたと思うがな」
「えぇ。正直に言えば紙一重でした。だが次こそはその首を貰う」
2人は距離を取って仕切り直す。互いに相手の手数が見え始めてきたため次で討つつもりだった。先に動いたのはブレイカーで土砂崩れで転がってきた大岩を片手で投擲する。
「舐めるな!」
セイバーはその岩を回避して前に進む。しかし前に居た筈のブレイカーが見当たらない。そして気配を探った結果、背後にブレイカーは居た。自分の投げた岩を目隠しに、彼女が避けると踏んでそれに飛び乗った。そして岩を足場に自分を見失ったセイバーに跳躍。
「く、は、ぐぅ」
「ふぅ」
完全に虚をつかれたセイバーは背後から襲いかかるブレイカーの拳二撃を如何にか凌ぐが、本命であった回し蹴りが腹部にクリーンヒットする。鎧を纏っても体重の軽い彼女の体はくの字に曲がって100m程後方に飛ばされ壁に激突する。即死はしていないが傷は浅くなく、全身に打撲と傷で出血する。そして蹴られた部分の鎧が砕かれ、彼の一撃の威力を知らしめる。
セイバーは、腹部を片手で抑えながらも立ち上がる。しかし重い一撃を受け、すぐに立てない。一方回し蹴りを放ったブレイカーは足を降ろしながら自分の首元を手で抑える。
「直撃の瞬間に魔力放出で威力を殺し、俺の首を切り落とそうとするなんてな」
ブレイカーは、回し蹴りの隙に繰り出された剣で首に傷を負っていた。頸動脈は切られていないが、それでもダメージにはなる。念話でマスターであるアルカに治癒を頼むブレイカー。
(悪いが治癒頼めないか?)
(……ん)
この時点でセイバーとブレイカーの差は歴然だった。どうやら彼女のマスターは近くにおらず、治癒によるサポートもしてくれないようだ。自身の傷がアルカの治療によって癒されていく。だがセイバーはその隙に何かを始めるつもりらしい。
「此処で貴方を倒す」
「ほう。何をする気だ」
「……だめ」
セイバーは砕けた鎧を魔力に還元。そして風の鞘から抜かれた黄金の剣を天に構える。そして自身の魔力と周囲の光を刀身に集める。その魔力の終息が徐々に強まり暗い周囲が暖かな光に包まれ始める。それらに光は全て彼女の剣に力を与える。眼前で徐々に強まる魔力と光を見ていたアルカは、嫌な予感がして胸を手で締めつける。
(よもや、これ程の好敵手だったとは。早々に約束された勝利の剣(エクスカリバー)を使う事になろうとは)
セイバーは自身の宝具のチャージ時間を理解しつつ、100m程離れた距離を優位に働かせた。幾らブレイカーといえども距離を詰めるには一瞬の時を有する。その一瞬があれば既にセイバーは彼を打ち倒せるのだ。
彼が向かってきたタイミングで真名を解放する。さすればアーサー王伝説の代名詞であり、セイバーの宝具の聖剣は魔力を光に変換、集束・加速させることで、光の断層による斬撃を放つ事が出来る。この宝具は対城宝具でありその威力は英霊であっても瞬時に蒸発する程である。後はブレイカーが距離を詰めるだけというタイミングになった時、セイバーにも想定外の事が起こった。
「な、エクスカリバー!? どうしたと言うのです、く」
「この反応、神創兵装の類か。安心しろセイバー。その反応は正しい」
セイバーの持つ剣は、ブレイカーの存在を感知するや否や突然箍が外れたように魔力の光を強め、山奥に一筋の閃光を天へと伸ばす。それはセイバーに制御できず強まって行く自分の宝具に驚かずにはいられない。既に全力の魔力放出で剣を抑えているが、それは反動ではなく剣が勝手に真名解放をしようとしているのを抑えるためだった。既に想定した8倍以上の出力が引き出される。
一方ブレイカーはセイバーの剣を見て、美しい剣だと思うがその性質はまさに、ブレイカーとは正反対であった。現にセイバーにすら理解出来ない出力を勝手に引き出しているのだ。さすがに不味いと思いつつも逃げると言う発想には至らなかった。
「人間達の理想が星の内部で結晶となり、星の力で精製された神造兵装。その力は星を滅ぼす外敵を想定、対抗手段としての武器だ。俺という星の敵には、威力をあげられるのも当然だ」
「貴方は一体」
「俺はブレイカーだ。お前の敵であり、お前の剣の天敵。撃つがいいさ」
既にセイバーは宝具の開放を抑えられない。こうなればこの暴走を勝機と捉え聖剣を振るう覚悟を決める。この威力ならどんな英霊でも消し飛ばせるだろう。そう考えた。
「受けるが良い! 約束された勝利の剣(エクス……カリバー)!!」
一筋の閃光が、強力な暴力の奔流となってブレイカーを呑み込んだ。宝具によって加速され、絶大な破壊力を持った光の斬撃は、完全にブレイカーを呑み込み、彼の背後の山を丸ごと吹き飛ばすだろう。少しだけ調整されたそれは、その方角にある町に当らぬよう上に修正されていた。
「ばかな!」
斬撃を放ったセイバーが、真名解放直後に悲鳴のような声を上げた。
ーーーー
時はほんの少しだけ遡る。
「ヤバいぞライダー、これじゃ」
『凄い魔力』
「これはいよいよもって不味いな。騎士王の奴、とんでもない隠し玉を持っておったな」
空で2人の戦いを見守るライダー達は、空中にすら影響を与えるほど大規模な魔力を放つセイバーにブレイカーの危険を感じる。だが2人が決闘している以上、ライダーが割り込む訳にも行かず、もし下手に割り込めば全員が死ぬ事になる。あれはそう言う類の宝具である。
「アルカ、ブレイカーを転移させるんだ。てあれ」
「小娘、どこへいった」
「!!!!!」
ウェイバーがアルカを探した時、戦車の御者台に彼女はいなかった。何時の間に消えたのかわからずライダーとウェイバーが彼女を探す。するとアンがいつものようにスケッチブックを使う余裕すら無く口をパクパクさせながら指をさす。彼女の指をさした方向には、セイバーの宝具に挑むブレイカーとその背後に実体化したアルカが居た。
「アルカ!!!」
「坊主、落ちるぞ!」
ーーーーー
セイバーの宝具の光を正面から受けて立ったブレイカー。全身に強化の魔術を張り巡らせ、さらにステータスを向上していく。それに伴って彼の全身に浮かび上がった淡い光を放つ刻印が、徐々に光を強めて行く。戦闘の高揚感を感じてブレイカーの顔に笑みが浮かび上がる。全身の神経がこの死の迫る闘争を喜んでいる。
セイバーに対して早く撃てと望みながら、一歩前に出た時自分の背後に小さな存在を感じ、振り返る。
「マスター!!」
「……」
振り返った瞬間、セイバーの約束された勝利の剣が解放された。その威力は絶大で、更に謎の強化を受けた一撃はブレイカーだけでなく背後のアルカですら殺してしまう。セイバーもアルカの登場に剣を振り下ろすのを制御しようとしたが、すでに真名解放した一撃は、無慈悲にも彼らへと向かう。
ブレイカーは光が届く一瞬の間にアルカを背に庇い、右腕を光の奔流に向ける。
(霊体化も間に合わない。なら、これしかない)
「この世全ての……」
それはアルカと口に出した本人しか聞こえない宝具の真名解放。既にセイバーはブレイカーごとマスターの少女を殺したと直感した。顔をそむけ、何とも言えない罪悪感が胸に湧き、表情をしかめる。上空のウェイバーは取り乱し、ライダーに抑えられていた。アンも口元を塞ぎ、ショックに固まっていた。
だが光に呑まれる前に解放されたブレイカーの宝具が背中に護られたアルカとブレイカーを護っていた。彼の開放に伴いまず腕の刻印がほどける用にして、霧散する。その瞬間正面から襲い来る光の奔流に対して迎え撃つように、白と黒の混じった強大な魔力が掌から放たれる。
黄金の光に対して放たれた白と黒の魔力の奔流は、約束された勝利の剣の一撃と互角に打ち合う。そして突然勢いを無くした黄金の光を逆に喰らうかのように、ブレイカーの魔力が光の奔流を消し去る。
約束された勝利の剣は、ブレイカーが放った謎の宝具によって彼等にダメージを負わせる事なく背後の山を削るだけに終わる。だが、セイバーは自身の攻撃が防がれた事に続いてアルカが現れた瞬間、制御不可能なまでぬ膨れ上がった魔力が激減、通常の1割にも満たない威力で放出された事に驚いた。
そして弱体化した約束された勝利の剣(エクスカリバー)を一秒にも満たない時間で消し去った魔力を放つブレイカーの姿にセイバーはじりじりと後退する。
「セイバー、どうする」
「っ」
右手を伸ばしたまま、佇むブレイカー。魔力を放出した右手からは煙が上がっているがダメージは見受けられない。同時に彼の背後に現れたアルカも傷一つ負うことなく、興味深そうにブレイカーを見上げていた。満身創痍の自分と万全なブレイカー。さらに彼には約束された勝利の剣と正面から撃ち合える宝具がある。どう考えても形勢はセイバーが不利だった。
「悪いな。一騎打ちに横やりを入れさせて。咄嗟に手加減してくれたのは、見て取れたよ。この馬鹿マスターのせいでお前が不利になったのなら、こんなつまらない終わりはないな」
「何が言いたい」
「引き分けにしよう。全力のお前と戦ってみたくなった。それにマスターに気を使われて勝ったんじゃ、目覚めが悪い。全快した後、もう一度やろう」
圧倒的優位に立ちながら勝負を取りやめようと言うブレイカーにセイバーは剣を構える。満身創痍とは言え彼女の闘志に一片の乱れもない。凛々しく剣を構え
「私を憐れむつもりか!」
「憐れむつもりはない。だが俺には、お前を無理に殺す理由はない。この大馬鹿が邪魔をしなければ俺だってやられた可能性がある。勝負は時の運だが、お前の誇りを利用して勝つなど言語道断。どうしても納得いかないと言うなら、ぐ」
「なにを、やめろ」
見逃されるなど騎士の恥だと剣を引かないセイバー。ブレイカーは既に戦意がないため、自分の心臓に向かって手刀を突き刺した。大量の血が流れる、それでもブレイカーは胸に突き刺した手を進める。それは自決に他ならずセイバーが慌てて止める。
「別にどうってことはないだろう。敵が一人死ぬだけだ」
「あなたは、何故それほど」
「お前が外道なら、迷わないが正々堂々勝負を挑まれたんだ。プライドはなくても矜持は俺にもある」
「……わかりました。今回は痛み分けという事にして頂けるならありがたい。だが次は何があろうと貴方を斬る」
「望む所だ」
セイバーは此処での決着よりも、攫われたアイリスフィールの救援を優先した。すぐに鎧から着替えたセイバーはバイクに跨り、ブレイカー達と上空で見届けていたライダー達に一礼して走り去った。セイバーが立ち去った後、地上に降りてきたライダー達。
慌ててアンとウェイバーが駆け寄る。そして。
パンっと乾いた音が響く。その音はアルカの頬を叩いたウェイバーの手による物だった。頬を叩かれたアルカはヒリヒリする頬の感覚とウェイバーの怒った目に困惑する。
「……うぇいばー?」
「なんで、叩かれたかわかるか?」
ウェイバーは頬を抑え不安そうな顔をするアルカの目線を合わせるように、膝立ちして彼女の肩を掴む。叩いた方の手は、自身もひりひりと痛むがそんな事よりもアルカの事が大切だった。
「……わかん、ない」
「何故、あんな所に飛び込んだ」
「……ぶれいかー、危なかったから」
ウェイバーの質問の意図が全くわかっていないアルカ。彼女は自分の目で見た結果、相手との相性を考慮し、セイバーの剣の性質を理解した上で飛び出したのだ。だがそれが何故責められているのか、理解出来ない。ブレイカーの損失は戦力の低下でウェイバーの勝利の確立を妨げる事に他ならない。それを自分は止めたのに、何故ウェイバー責められているのかが分からない。ブレイカーは腕を組んだまま何も語らない。ウェイバーがやらねば自分が彼女を叱っていただろう。
ライダーもアルカに駆け寄ろうとするアンを止め、首を振って見護らせる。
「なんで、おこ、るの」
「わからないのか。お前は皆を心配させたんだよ。皆どんな気持ちで、お前はそれを知らなきゃいけない」
「……わかん、ない。わかんない」
自分はウェイバー達を助けたかっただけ、ブレイカーを守ろうとしただけ。その行為に間違いが見受けられないアルカは珍しく混乱し首を激しく横に振りながら、下唇をかむ。
「やっぱりか。アルカ、人はさ、誰かのためだけには生きられないんだ。いや生きちゃダメなんだ」
「……」
アルカは自分の身を、命を守る物に入れる事を忘れているのだ。そんな生き方は人間の生き方じゃない。故にウェイバーはアルカが人生を犠牲に捧げていいのは、アルカの人生なのだ。彼女はそれをウェイバーに捧げようとする。ならウェイバーが彼女を正さなければいけない、人を救うのは美徳だが、人を救う意味を知らない少女が成すなら、それは呪いだ。
(自己犠牲なんて……アルカが考えていい発想じゃない)
「いいかアルカ、もし僕が死んだらどうする?」
「ダメ!」
「嫌だろ?、悲しいだろ。アンが死んだときお前は泣いた筈だ。それはなぜ?」
「……ふ、ぐ。アン…あえなく……なる、から」
「そうだよ。人は死んだら普通は会えないんだ。だから僕らはアルカが死んだら、悲しいし、とっても辛い」
ウェイバーは諭すようにアルカに語り掛ける。アルカはウェイバーの死やアンの死を思い出したのか、無表情を大きく崩して泣きじゃくる。
「ブレイカーだって、ライダーだって、アルカが死んだら悲しいんだ」
「でも……ブレイカーだって、死んじゃったら……」
アルカはブレイカーを助けに向かった事が間違いだと感じなかった。ブレイカー自身は、確かに危ない状況ではあった。自分はマスターの少女に安心を与えられなかった事が悔しかった。
「そうだね。それは間違いじゃない。けど正解でもない……アルカ、命はとても尊いんだ。誰かを大切にする前に、お前は自分の命を大切にすることを覚えなきゃいけない」
「……ん」
自己の尊重、記憶もなく人間性も奪われた少女が一番難しい試練であろう。もっと時間が必要なのだ……アルカが自分を愛し、誰かを真に愛することを学ぶには。
すべてを理解はできないが、アンの泣きそうな表情やウェイバーの悲しい顔を見てアルカは自身の疑問に、折り合いをつけた。
「ライダー、そろそろ行こう。これだけ暴れたんだ、誰か来ないとも限らない」
「そうさな。さ、乗れ」
ライダーがマントを靡かせながら、戦車に皆を乗せようとする。今回はライダーも怒っていたが、ウェイバーが彼女の過ちを正そうとしたのなら、口を出すのは憚られる。当のブレイカーの心境は複雑だろうと、彼の肩を叩く。
「マスター……一ついいか?」
「……ん」
ライダーの手を借りて、アンと一緒に戦車に乗り込むアルカ。彼女の背中を見届け、ブレイカーが言う。
「俺はお前のために戦う。だから、俺はお前に二度と心配させないと誓う。……だから俺を信じろ…お前のサーヴァントは最強だ。お前の前に立ちはだかる障害は……全て壊そう」
「……ん。信じる」
アルカが彼の言葉を信じた事で、ブレイカーは言う事はないと霊体化する。セイバーの聖剣を消し飛ばした宝具は、ギリギリの展開で自分の魔力をごっそり持っていかれたのだ。
そしてライダーの戦車に乗ったアルカは、アンにも怒られながら、緩やかにマッケンジー家に帰って行ったのだった。
-------
そして同じ頃。言峰に言い渡された時間に協会に来た間桐雁夜。
「あと何日生きていられるか、あと何回戦えるのか、だが今はまだだ。まだ、遠坂時臣。俺を殺した気でいたか時臣?だが甘かったな。貴様に報いを与えるまで俺は何度でも、遠坂、何? 」
約束通り遠坂時臣と合い見えた雁夜だったが、時臣は椅子から転げ落ちると、その死体を彼に晒す。殺したかった相手が既に死んでいたため、雁矢は混乱する。
そして教会の入り口から遅れて来訪者が現れた。
「雁夜君?」
「葵さん? 違う、俺じゃない。これは!」
それは間桐雁夜の愛する女性、遠坂時臣の妻である遠坂葵だった。彼女は時臣の死体を見て、ショックを受ける。
「満足してる、雁夜君、これで聖杯は間桐の手に渡ったも同然ね」
「俺は、俺」
魔術師とは、聖杯戦争とはそういうものだと葵も理解している。雁夜は最悪なタイミングで現れた彼女に弁解したいが言葉が見つからない。
「どうしてよ……私から桜を奪っただけじゃ物足りないの。よりにもよって、この人を私の目の前で殺すなんて、どうして?」
「そいつが、そいつのせいで! その男さえいなければ、誰も不幸にならずに済んだ。葵さんだって、桜ちゃんだって、幸せになれたはず!」
雁夜は叫んだ。すべてを不幸にしたのは時臣なのだと。だが愛する夫を殺された葵がそれを納得するはずがない。
「ふざけないでよ!! あんたなんかに何が分かるっているのよ。
あんた、あんたなんか誰かを好きになったことさえないくせに!!」
葵は涙を長し、夫を殺した雁夜に激昂する。それは憎悪を含んだ激情だった。
愛した女性、全てを捧げた女性の拒絶、彼の根底を否定する言葉は雁夜の理性を奪い、気が付いたときには彼女の首を絞めていた。酸欠で死の寸前まで追い込んだあと、雁夜は自分の行いを否定しながら、幽鬼のように教会を後にした。
それを教会の二階から見下ろしワインを飲んでいたギルガメッシュとこの悲劇をセッティングした言峰綺礼。
「くだらぬ三文劇であったが、まあ、初めてに書いた台本にしては悪くない。どうだ、綺礼、感想は」
「酒の味というやつは思いのほか化けるものだ」
「どうやらお前も見識を広めることの意味を理解しはじめたようだな」
「これほど美味と感じる酒ならば是非また飲んでみたいものだ」
悲劇を見て、幸せを感じる破綻者は、更なる悲劇を振り撒くため新たな犠牲者を用意しに向かった。
今回は、以上です。明日は少し投稿が遅れるかもしれません。感想など頂けたら嬉しいです。ではまた。