「お前にはこれが何に見える?」
「なんだと?」
見えなくなったナイフを持って、何が見えるか聞いてくる相手にランサーも首を傾げる。目を凝らすと、段々とブレイカーの手に持つナイフが目に入る。だが、次の瞬間には剣に見えた。そして今度は己の持つ槍、そしてかつて次から次に、ランサーの知る武器に形を変えていく。狐に化かされたような感覚が走るが、まぎれもなくブレイカーの持つ武器は、変化した武器その物になっていた。
「幻惑か」
「さぁ、どうだかな。だが、これで終わりだ」
「こい!」
ブレイカーが駆けだす。これまでで一番早い速度で駆けだした彼は、手に持った正体不明の武器を突き出した。一秒の間に、無数に形を変える宝具、槍で受け止める覚悟だが、間合いが測れずどんな武器かもわからない。それが迫ってくる時、ディムルッドは死を、死の恐怖を感じた。
「終わったな」
「!?」
ディムルッドが死を覚悟した時、彼の持って居た武器が最後の変化を遂げる。それは、剣や槍やナイフではなく、巨大で魔力をむさぼり喰らう猪だった。自分の死を理解した瞬間、ブレイカーの宝具は猪の形で固定されその強大な牙で彼の破魔の紅薔薇を破壊、そのまま胴体を貫き、何度も地面に叩きつけた後、消滅する。ランサーは死にはしないまでも、もはや動く事は出来なかった。
「ごふ、が」
「終わったな。悪く思うなよディルムッド・オディナ」
ランサーが突然現れた、生前の彼を殺した猪に再び死の淵にまで追いやられた後、未だに正体不明の形が変わる宝具を持つブレイカーが勝利を告げた。彼は、己の手の中で渦巻く白と黒の魔力を眺めながら告げた。
「いまのは、」
「さぁ? 俺にはこれがナイフにしか見えないんだけどな。お前には何に見えたのかは知らない。ただ、お前は俺の宝具によって致命傷を負ったのは間違いない」
「そうか、おれは、負けたのか」
胴体にイノシシの牙で大穴をあけられ、大量の血を流し続けるディルムッド。尋常な決闘によって負けたのなら、異論はない。これ以上にない程の完敗なのだ。それを見ていたライダーも訝しげな目でブレイカーを見ながら決闘の決着を宣言した。
「そこまでだブレイカー。勝負はブレイカーの勝利で決まりだ」
「せいふくおう、お前には、どうみえた?」
「余か? 余には何も見えんかった。だが妙に体が重く感じたわい」
ランサーは自分が何に負けたのか気になり、ライダー達に尋ねた。ライダーには本当に何も見えていなかった、だが、まるで病に犯されたように身体が重くなった。そして、ライダーの隣でスケッチブックに文字を書き込むアンも答えていた。無表情の彼女には珍しく動揺が映っていた。
『剣を持ったライダーさんが、見えました』
「皆が見ている物が違うんか、それがお前の宝具か?」
唯一反応しないのは、アルカとウェイバーだけだった。アルカは、皆が驚きながら見ている英霊の宝具を指さして呟いた。
「スコップ」
「は?」
「……多分スコップ」
アルカは、ブレイカーの持ち方がスコップを持つ形に似ているからと、スコップだと告げた。実際にはアルカの魔眼でもブレイカーの宝具は解析できない。だが、何に見えるかと聞かれた際に思いついた事を口にした。
「ん!?」
『え』
「ば、か、な」
彼女がスコップだと言い張る。するとブレイカーの持って居た宝具がスコップに見えてきたのだ。それは持ち主のブレイカーも同じだったようでスコップを持つ自分に戸惑っていた。
「余もスコップにしか見えなくなってきた」
『スコップです』
「使い勝手が悪いって言ったろ。これ以上何に変わるのか考えたくもない」
ブレイカーは事態を収拾するために、己の宝具の開放を止め腰のホルスターにスコップとナイフの混ざったような武器をしまった。謎の効力を発揮した宝具は、効果を失って存在感を無くす。
「完敗だな」
「あまり喋るなよ。英霊なら死にはしないが致命傷には変わりない」
ディムルッドとブレイカーの決闘はブレイカーが勝利をおさめた。ディルムッドは負けた事には悔いはない。だが、主の許嫁と主の身の安全が気がかりになっていた。
当然、ケイネスもランサーとブレイカーの戦いを見張っていた。彼はランサーが負けたことで、ひどく絶望していた。ソラウを助けるにはランサーがブレイカーとライダーを討ち取るしかなかった。
「なぜ勝たない、ソラウの命が掛かっていると言うのに!! 負けて清々しいなど……あの英霊はどこまで!!」
ソラウを助ける希望がなくなり、ケイネスは自分の顔をかきむしりながら、ランサーを詰った。
そんなとき、彼の背後から一枚の巻物が投げ込まれる。それに気がついたケイネスが振り返れば、其処には右腕を失い気絶したソラウ。そして彼女にキャリコを向ける衛宮切嗣がいた。
「よりによって、奴が……これはセルフギアス・スクロール。魔術師の世界において、決して違約しようのない取り決めを結ぶ時に用いられる呪術契約。束縛術式」
契約書にはこう記されていた。
『対象、衛宮切嗣。衛宮の刻印が命ず、下記条件の成就を前提とし、誓約は戒律となりて例外なく対象を縛るものなり、誓約、衛宮家5代継承者矩賢の息子たる切嗣に対し、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト並びにソラウ・ヌァザレ・ソフィアリの両人は対象とした殺害、傷害の意図及び行為を永久に禁則とする』と。
(条件ギアスの呪いは原理上いかなる手段を用いても解除不能。例え命を差し出そうとも、魔術刻印があるかぎり、死後の魂までも束縛される。確かにこれを満たせばあいつには私を殺せない。しかしこの条件では私の戦いはここで終わってしまう、聖杯も、アーチボルト家の誇りも、すべて捨てろと言うのか。ソラウ)
失いたくない彼女の命と自身の栄光を天秤にかけた結果、ケイネスはある決断を下した。そして彼は契約書に名を刻み令呪に告げた。
「令呪をもって命ずるランサーよ。奴等の背後に回り込みウェイバー・ベルベットを……殺せ」
「な!?」
そして、瀕死の状態のランサーに対して令呪が発動したのだった。その令呪は、誰も想定しない攻撃であり、ランサー自体、急に瞬間移動させられたランサーは、ライダー達の背後から戦車で佇むウェイバー目掛けて槍を振るう。その槍は既に穂先を失っているが、生身のマスター相手には十分凶器である。
「ぬううあ!」
むろん、ライダーもそう容易くマスターを殺させる筈もなく、右手に持った剣でランサーの特攻を防ぐ。しかし、完全にランサーの間合いとなり、戦士ではなく王である彼の技量は、ディルムッドに及ばない。御者台に入られた段階で、ライダーに有効な手札はないのだ。ウェイバーはアルカとアンの二人と手を繋いだまま、護るように前に出る。距離が少し離れていたブレイカーは強化を解除した直後だったので、間合いを詰めるのに時間がかかる。
「坊主!」
「……」
全身から血を流し、ライダーの防御を文字通り捨て身で突破したランサー。自分の行為に戸惑いながら、ライダーの剣を動体で受け止めつつ、己の槍をウェイバーの心臓に突き刺した。突き刺されたウェイバーはそのまま背中から倒れ、動かなくなる。その彼に寄り添うアルカとアンは、何が起こったかわからず反応ができなかった。
「ライダー、ブレイカー。俺を殺せ!!!」
「許せ!」
「悪いな!」
己の手でライダーのマスターを不意打ちした事で、ランサーは自分の中の騎士道が汚れた事を嘆き、自分の主の理解ない非道な行いを、自分を殺させることで償おうとした。当然、ウェイバーを串刺しにされた2人の英霊は、ランサーの胴体を剣で斬り伏せ、ブレイカーも手刀でランサーの心臓を貫き、彼が暴れないよう拘束する。すでに致命傷を負っていた上での無理な動きとライダー、ブレイカーの止めで限界を超える。
霊核が破壊され、彼の体が粒子としなって崩壊して行く。目を瞑り、このような結末を迎えてしまった事を、ランサーは悔いて仕方なかった。
――ー―――
無事にウェイバーを殺したことを確認したケイネス。
「これでお前にはギアスが」
指示通りウェイバーを殺害する事に令呪を用いた事で、衛宮切嗣との契約は成立。切嗣はソラウをケイネスに手渡す。車椅子のケイネスの膝の上にソラウの体が降ろされる。右手を切断され、尋問を受けた彼女の体力は限界に迫っており早く治療を受けねば危険だった。
ソラウを抱きしめ、彼女の生存とアーチボルト家の栄光を捨てた事に涙ぐむ。だが、ケイネスはソラウを選んだのだ。その選択に後悔など相応しくない。
「ああ、成立だ。もう僕にはお前たちを殺せない。お前を殺すのは、ライダーと可愛いマスターさんだ」
「な、うあああ」
ソラウを抱きしめたケイネスの車いすを押す。それは、大変優しい手つきだったが少し押された彼の車いすは、バリアフリー用の緩やかな坂を下って、広場へと出てしまう。ソラウを抱えた事で車椅子を止められず、ケイネスはマスターを殺されたランサー、同盟相手を殺されたブレイカー、アン。そして彼のために全てを捧げている封印指定の少女の眼前に出てしまう。
「お前を殺すのは、ライダー達の仕事だ」
「な、ああ、わたしを、く」
既に敵対心を込めた目でライダー達に睨まれ、恐怖する。死の恐怖を前に、言葉を話せなくなる。そしてケイネスに狙いを定めた戦車が怒りのまま、雷を蹄に纏い猛スピードで駆け寄ってくる。切嗣はその場から去る事にした。今日の戦果は大変有意義だった。ライダーを従える考えの読めないマスターを始末、ケイネスはランサーともども死亡。あのアルカという少女が何者にしろ、英霊3体を支える事は出来ないだろう。余ったライダーとブレイカーの間で仲間割れも十分にあり得るし、アサシンの英霊を切り捨てても、それはそれで切嗣が仕事を迅速に進めやすくなる。
そして、自らの背後をケイネスの居た位置を戦車が駆け抜ける轟音が響いた。
「終わったな」
ブレイカーの宝具、だいたいどんな効果かわかって貰えるかな? 自分でも表現しにくい能力なんですよね。