後ろを振り返ってウェイバーの目に入ったのは、幼稚園児程の幼い少女だった。身長を優に越える金髪と見た感じカーテンの生地を巻いている以外は、可愛らしい少女。
「こ、こども?」
しかし、ここは時計塔。魔術師の総本山であるこの場には、幼児は似つかわしくない。そして、俺が今手にしているものを見られたことに気がつく。
(まずい、こいつから情報が漏れたら……)
ウェイバーは思考を巡らせながら、盗んだ聖遺物をどう誤魔化すか考えた。
(暗示によって記憶の操作? 駄目だ)
幼児なら暗示でも効果があるかと思うが、肌に感じる魔力は袖を掴む少女の方が強い。そして、こちらを見つめる7色に光る眼は、明らかに魔眼の類い。
それでもと思い、暗示をかけてみるが。
「……あんじ?」
「うそだろ~」
今年で19歳になるウェイバーの暗示は、幼児に簡単に解除されたのだ。同い年なら悔しいまでも納得がいく。しかし、物心ついた程度の少女にも通じない事実は彼のプライドを傷付ける。
「お前、なんで僕の袖握ってるんだよ?」
「……聖遺物?」
1分ほど自分の不甲斐なさに頭を抱えるウェイバー。しかし、少女が一向に手をはなさい事から話し掛ける。もしかすれば、いやもしかしなくても少女は、彼が何をしようとしているのか知らない。
なら適当に誤魔化せばい、後はすぐに飛行機にでも乗って日本の冬木にいくだけだ。
そう思ったが少女は、ウェイバーの目論見を見抜いていた。
真相は、ウェイバーが自分で呟いていた言葉を言っただけだったのだが、彼が知ることはない。
(どうする? どうやってこいつから逃げる?)
手荒なことが苦手なウェイバーでも、幼児くらいなら簡単に倒せる。しかし、それは良心が痛む上にこの子が泣き出せば騒ぎになるだろう。
「……なんだ? えらく騒がしいな」
何度か腕を引っ張るが紅葉のような手というか、おててと表記するべき小さな手が袖を握って離さない。
そして、図書館の外がえらく騒がしい事に気がつき、顔が青くなる。
(まずい、まさかバレた? 捕まる前に逃げなきゃ)
すぐにでも日本に向かう決意をしたウェイバー。だが目の前の幼児は、手を離してくれない。
「は、はなせよおまえ。何者かは知らないけど、僕は」
「……つれてって」
真っ直ぐに曇りのない瞳でウェイバーを見つめる少女。事態がうまく飲み込めないウェイバーだが、図書館のドアに大勢が向かってくる足音が聞こえる。
考えてる時間はなく、逃げるしかない彼は決して手を離さない少女を抱き上げ、裏口から脱出する。
「なんでこうなるんだよぉ!」
「……」
頼りない細腕で少女を抱えながら廊下を走るウェイバー。運動不足なため、少女と聖遺物を抱えたまま走るだけで息切れを起こしていた。
走りにくかったためか、はたまた腕が疲れ立ち止まる。
「はぁ……お前、これ持ってろ」
「……ん」
四角い箱を少女に持たせたウェイバーは、呼吸を整えつつ背中で彼女を背負う。これの方が幾ばくか走りやすいと荷物を取りにアパートに向かった。
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