Fate/make.of.install   作:ドラギオン

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巨大海魔

 ウェイバーとライダーが互いに聖杯戦争に勝つと誓った時。冬木の中心に流れる巨大な川で膨大な魔力が放出された。それは、魔術の秘匿など意識することなく、冬木に居る魔術師全員に感じさせるほど膨大な魔力が使用された。

 

「ライダー。これって」

「川、だな」

 

 ウェイバーとライダーも魔力の発生を感じ、その方向を見る。肉眼では見えないが、大規模な魔術の行使がされている。すでに胴鎧姿に変わったライダーが、戦車を呼び出している。

 

「キャスターか」

「わからんが、向かう他あるまい。他の英霊共も気が付いている筈、こりゃ聖杯戦争どころじゃないな。乗れ」

「キャスターはサモナーだ。その召還師が大規模の召喚を行うとしたら、僕らだけじゃ手に負えないかもしれない……」

 

――――

時は少し遡る。

 

「ひでぇ、あんまりだー!」

 

 新たに子供たちを誘拐するために外出していたキャスターと龍之介。龍之介は、自身の工房の荒れ果てた姿にひざから崩れ落ち、泣き叫ぶ。大切なおもちゃを壊された子供、人生の全てを掛けて作り上げた作品を壊された芸術家のように声をあげる。

「精魂込めて作ってきた俺たちが仕上げてきた芸術品が……酷すぎる。これが人間のやる事かよぉ!?」

 

心の底から自分勝手な感情で泣き崩れる龍之介を支えるべく、キャスターが優しく手を置く。キャスターが彼の肩を撫でながら慰める仕草を取り、龍之介が顔を上げる。

 

「龍之介、本当の美と調和という物を理解できるのは、極一握りの人間だけなのです。むしろ大方の俗物にとって、芸美とは破壊の対象にしかなりえないものなのです」

「俺達、あんまり楽しみ過ぎたせいで。もしかして罰が当たったのかな」

 

 龍之介が漏らした言葉に、キャスターは反応する。

 

「これだけは言っておきますよ龍之介。神は決して人間を罰しない。ただ玩弄するだけです」

「だ、旦那?」

「かつて私はおよそ地上にて具現する限りの悪逆と涜神を積み重ねた。だが殺せども汚せども、この身に下るはずの神罰はなく、気がつけば、邪悪の探求は八年に及んで放任され、看過され続けた」

 

 龍之介に神の罰など無いと知らせるために、彼は己の過去を語りだす。決してまともな過去ではなく、むしろ今の彼を彼たらしめている混沌とした物であっても。

 

 

「結局最後に私を滅ぼしたのは神ではなく、私と同じ人間どもの欲得でした。教会と国王が断罪の名目で私を処刑したのは、我が手中にあった富と領土を略奪したいがためだった。我が背徳に歯止めをかけたのは裁きなどとは程遠い、ただの略奪だったですよ」

 

 彼は処刑された時の事を思い出し、この世に神の罰など無いと知った。神を信じ、そして信じたまま悲惨な死を遂げたジャンヌ・ダルクを救いもしない神は、逆に悪逆に墜ち多くの罪を重ねた彼を裁きもしなかった。

 

「でも旦那。それでも神さまはいるんだろ?」

「なぜ信仰もなく奇跡も知らぬあなたがそのように思うのです?」

 

 龍之介はこの国の基本的な宗教観を持っている。特定の宗教を持たず、何かを特に信仰する事はない人種だった。だからキャスターには龍之介が神を信じる理由が分からない。

 

「だって、この世は退屈だらけなようでいて、だけど探せば探すほど面白おかしいことが多すぎる。昔から思ってたもん、こんなにも愉快なことが仕込まれまくってる世界ってのは、出来すぎてるぐらいな代物だって。いざ本気で楽しもうと思ったら、この世界に勝るほどのエンターテインメントはねぇよ。きっと登場人物五十億人の大河小説を書いてるエンターティナーがいるんだ。

 そんなやつについて語ろうと思ったら、こりゃあもう神様としか呼びようがねえ」

 

「では龍之介、はたして神は人間を愛していると思いますか? 」

「そりゃあもう、ぞっこんに」

 あえて自分の中の禁句でもある神の愛を龍之介に尋ねた。すると、龍之介は一切の迷いも泣く神の愛を肯定した。その時、暗い工房に開いた多穴から、日の光が差し込んだ。

 

「この世界のシナリオをずっと休まず書き続けてるんだとしたら、そりゃ愛が無きゃやってられないでしょ。きっとノリノリで書いているんだと思うよ? 自分で自分の作品を楽しみながら。

 神様は勇気とか希望とかいった人間賛歌が大好きだし。それと同じくらいに血しぶきやら悲鳴やら、絶望だって大好きなのさ! でなきゃ生き物の内臓があんなにも色鮮やかな筈ない。だから旦那、きっとこの世界は神様の愛に満ちてるよ!」

 

「もはや民草に信心はなく、為政もまた神意を捨てたこの時代に、まさかこんなにも新しく瑞々しい信仰が芽吹いていようとは、心服しました、龍之介、我がマスターよ」

 

 龍之介の語る独特の宗教観は、キャスターの心を見事に射とめ、自分の理解者であり真のマスターであるとキャスターは改めて彼を絶賛し、お辞儀をする。

 

「いやそんな、照れくさいって頭上げてよ旦那」

「しかし、あなたの宗教観によるならば、我が涜神も茶番に過ぎないのでしょうか?」

 

 彼の宗教観は大変興味深くあるが、彼の教義で言えば、自分はやはり道家なのかと尋ねる。

 

「いやさ。汚れ役だってきちっと引き受けて笑いをとるのが一流のエンターティナーってもんでしょう? 旦那の容赦ない突っ込みにはきっと神様も大喜びで呆けを返してくれると思うけど」

 

 龍之介の返しに、キャスターは珍しくお腹を抱えて笑いだす。憑き物が取れ、酷くすっきりしたように大笑いする彼は、すぐに龍之介を見て笑いを止める。

 

「涜神も、礼賛もあなたにとっては等しく同じ、崇拝であると仰せか。

 あーーーーー! 龍之介、まったくあなたという人は深淵な哲学をお持ちだ。あまねく万人を愛玩人形とする神が自身もまた道化とは。なるほど、ならばその悪辣な趣向も頷ける。

 よろしい、ならば一際色鮮やかな絶望と慟哭で神の庭を染めて上げてやろうではないですか。娯楽のなんたるかを心得ているのは神だけではないということを、天上の演出家に知らしめてやらねば」

 

「なんかまたすげーことやるんだね、旦那。cool! cool!」

 

 そして、新たな虐殺を体現する為に、2人は冬木の川に向かい、大規模な魔術儀式を遂行したのだった。

 

 

――ー――ー――

 

 

 神威の車輪に乗り込み、空を飛びながら川に向かう2人。だが、ウェイバーは先の展開を思案し始める。そして、ライダーの手を叩いて、地上を指さす。ウェイバーの指の先には、緊急事態に屋根の上を駆け抜けて居たランサーが居る。

 ライダーは戦車の高度を下げ、ランサーに並走する。

 

「ライダー、貴様も気付いていような」

「当然だ。是から余達も向かうところだ」

「ランサー、恐らくあれはキャスターの仕業だ。あんたの槍がキャスターの宝具に有効なのは知ってる、だから今夜だけは協力してほしい」

 

 ウェイバーが高速で駆け抜けるランサーに、共闘を願い出る。それを聞いたランサーも「望む所だ。俺としてもキャスターの悪逆は許しがたい、しばしの間共に闘うと誓おうライダーのマスターよ」と答える。

 

「では、余達は先に行くぞ。はぁああ」

「すぐに追いつく」

 

 ランサーの承諾を得て、ライダーは再び神威の車輪の高度を上げ、全速力で夜の冬木を駆け抜ける。そして、ウェイバーはブレイカーに貰った指輪に魔力を流し、念話を始める。

 

(ブレイカー、聞こえるか?)

(すいません。ブレイカーさんは川に向かいました)

(もしかしてアンか!? そっか、念話なら会話できるのか)

(あのキャスターの魔力を感じて、起きたアルカがブレイカーさんを向かわせました。私は、連絡役とアルカの身の安全を頼まれました)

 

 聞いた事の無い少女の声に、一瞬動揺するがアンだと分かり安心する。そして、彼女の言葉を聞く限り、アルカは風邪なのに表に出ようとしたため、ブレイカーが止めたようだ。そして、アンがアルカの見張りとして残され、ブレイカーは、既に家を出ていると。戦力で言えばブレイカーが来てくれたのはありがたい。

 

(わかった。アルカを頼む)

(はい。アルカは護ります)

 

 そこでウェイバーは念話を切る。そして、川に目を向けて目玉が飛び出るかという程驚愕する。

 

「なんだよあれ」

「馬鹿でかい怪物だな」

 

 ライダーとウェイバーの目には、冬木の鉄橋よりも巨大で醜悪な怪物の姿が映っていた。かなり距離があるにもかかわらず、それでも巨大さを理解できる。遠近法が狂ったかと思う程巨大な怪物は、その巨大な瘴気で周囲の空気を握らせる。それが上手く目隠しに役割をするが、そんなもの時間稼ぎにもならない。

 冬木という町の中心に、特撮怪獣と大差ない存在が現れたのだ。これが地上に上がれば、フィクションでない被害がもたらされる。聖杯戦争などお構いなしに、世界に恐怖と死がもたらされる。

 

「おーい、ライダー、それにライダーのマスター!」

 

 下から声が聞こえ、見下ろすとブレイカーが鉄橋の上に立って巨大海魔を見ていた。腕を組みながら、目の前の怪物を観察する彼は、別段驚いた様子はないが忌々しそうにしている。

 

「先に着いておったか。あの化け物、如何ともしがたいな」

「どうやらセイバー達も辿り着いたようだ。一度、策を考えよう。いいか?」

「問題ない。僕も同じことを考えてた」

 

 鉄橋から神威の車輪にブレイカーが飛び乗り、スポーツカーで駆け付けたセイバーとアイリの元に向かう。彼女達の背後に戦車を止め、ブレイカーが戦車から降りる。突然現れたライダーにセイバーが警戒する。

 

「ライダー」

「よせよせ、今夜ばかりは休戦だ。あんなデカブツをほっとったままでは、おちおち殺し合いも出来んわい。さっきから、そう呼びかけておるのだ。ランサーの奴は承諾した」

 

 休戦と共闘を申し出るライダー。セイバーはアイリに視線で確認を取った後、胸の前に手を置き共闘を承諾する。セイバーもランサーも騎士の英霊であるが故に、現在の絶対悪であるキャスターを許してはおけないのだろう。

 

「了解した。こちらも共闘に異存はない」

「アインツベルン、アンタ達に何か策はないのか?」

 

 ウェイバーは、アインツベルンの森での一件をブレイカーから聞いており、彼等に対策はないのか尋ねる。しかし、アイリは首を横に振り明確な策はないと告げる。

 

「とにかく速攻で倒すしかないわ。あの怪物は、今はまだキャスターからの魔力供給で現界しているけど、あれが自給自足を始めたら手に負えない」

「なるほどな、奴が岸に上がる前にけりをつけねばならんか……だが当のキャスターは分厚い肉の奥底だ。さぁてどうする」

「引き摺りだす。それしかあるまい。奴の宝具さえ剥き出しにできれば、俺の破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)は一撃で術式を破壊できる」

 

 ようやく駆け付けたランサーが、キャスターの宝具の天敵である槍を見せる。だが、あの怪物の中に潜むキャスターを見つけるのは至難の業である事に変わりない。

 

「俺も本さえぶん殴れば、壊す自信がある。だけど、俺もランサーと同じく本体を目視出来なければ厳しい」

「お前は宝具を使わないのかブレイカー? 破壊者という程なんだ、破壊力なら凄まじいのだろう?」

「生憎、使い勝手が悪いんだ」

 

 相変わらず宝具が何かを明かさないブレイカー。ランサーが彼に宝具を問うが、彼は苦い顔をして否定する。確かに宝具を明かせというのは、些か配慮に掛けたとランサーがすまないと謝る。ブレイカーはそんな事は後でいいと、ウェイバーとアイリに策を要求する。

 だが、アイリはこの状況での策を思いつかない。彼女は聖杯の運び手であり、策謀家ではないのだから当然だ。

 

「……」

「ランサーにセイバー、策がないなら僕等に従って貰いたい。もちろん、この戦いだけは、僕はあいつを倒す事だけに死力を注ぐ。だから頼む、敵のマスターである僕に力を貸して欲しい」

「……了解した。この場に限り、貴方に従おう」

「俺も従うとしよう。ふんライダーよ、敵ながら良いマスターを持ったな」

「余のマスターだからな。当然のことよ」

 

 セイバーとランサーが策に従うと言い、ライダーが自慢げに笑う。だが、瞬時に全員の視線は巨大海魔に向けられる。

 

「まずは、キャスターを引き摺りだすしかない。なら攻撃を仕掛けるしかない。僕とライダーが戦車で突っ込む。ブレイカーは、この前の倉庫街があそこにある、コンテナを海魔にぶつけてやれ」

「坊主、余達は戦車で道はいらぬが、セイバー達は川の中の敵をどうやって倒すのだ」

「安心しろライダー。この身は湖の乙女より加護を受けている。何キロの水であろうと私の足を阻む事はない」

 

 そう言うとセイバーは騎士鎧に変身し、透明の剣を構える。ウェイバーはセイバーが水の上で戦える事を嬉しい誤算だと感じる。

 

「じゃセイバーは、怪物の下半身に攻撃、僕とライダー、そしてランサー。お前も戦車に乗ってくれ。ブレイカーは馬鹿力で、コンテナを何個も投げてあいつをけん制してくれ。出来るだろ?」

「了解したライダーのマスター」

「承知」

「じゃ、行ってくるかな。作戦変更があったら、以前のように閃光の魔術を使え。帰ってくる」

 

 セイバーは、一早く怪物に向かって水面を蹴る。ブレイカーも同じく高速で移動しながら、倉庫街へと向かう。

 

「では、我らも馳せ参じるぞ!」

「しばし世話になるぞ」

「行くぞライダー」

 

 ライダーが手綱を手繰り、神威の車輪をひく雄牛を走らせる。稲妻を纏いながら、数百キロの速度で走り出す。そして、英霊たちの接近に気が付いた巨大海魔が、その巨大な職種をライダー達に振るい、足元に迫るセイバーには通常サイズの海魔を差し向ける。

 

「いぃいいや!」

「は!」

 

 戦車に迫る触手をライダーとランサーは、剣と槍で触手を切り伏せる。そして、海魔の表面に体当たりをしかけた戦車は、その勢いと電撃で巨大海魔の身体を破壊する。だが、破壊された組織を怪物はすぐさま再生させる。それだけではなく、下で戦うセイバーも華麗な剣技でこの地を汚す海魔の群れを相手取るが、形勢は不利だった。

 

「坊主、掴まれ」

「うあ」

 

 3本の触手が同時に襲いかかり、ライダーが慌てて回避行動をとるがウェイバーの身が投げだされる。だが、戦車から飛び出したランサーが空中でウェイバーを狙う触手を斬り落とし、彼を抱えたまま触手を足場に飛びはねる。

 ライダーはそれを見て、ランサーの足元に戦車を走らせる。だが、すぐに再生する無数の触手は戦車を飲も込もうと接近する。

 

「ぐぬ」

「おぉ」

 

 危機一髪といった場面で、巨大な海魔の身体にコンテナが激突する。海魔にぶち当たり、砕け散ったコンテナには中身が詰まっている。大砲のような勢いで飛来したコンテナを受け、海魔も身体が大きく揺らめく。ライダー達を狙った触手の狙いが外れ、神威の車輪はウェイバーとランサーを回収する。

 

――ー――

 

「どうやら、間一髪みたいだな。さて、次々行こうか」

 

 倉庫街でコンテナを投擲したブレイカーは、全身に強化の魔術を施し、筋力をA++にまで引き上げていた。そしてスキルとする道具作成でコンテナを簡易な魔術礼装にする。英霊相手に効果など無いが、ただの怪物である巨大海魔には、ダメージを与えられる。じっくり時間を持って強化できたことで、コンテナを軽々と持ち上げた彼は、それを手当たりしだいに投擲する。

 

――ー――――

 

「ブレイカーの奴、やるな」

「此処まで連続で投げるとは思ってなかった」

「繊細な男かと思えば、まっこと豪快な奴よ。我らも負けておれんぞ」

 

 次から次に、コンテナが海魔に突き刺さる。あまり耐久力の高くない海魔の身体を、黒ひげ危機一髪のようにコンテナが突き刺さる。さすがに、再生が追いつかないのか徐々に海魔の動きがゆるくなっていく。それをチャンスとセイバーやライダー、そしてランサーは次々に攻撃を仕掛けていく。少しづつ肉が抉れ、回復をするも形勢はこちらが有利だった。

 

「このまま押し切れライダー」

「おうよ! ALaaaaaaai!!!」

「負けていられん。ライダー、下で拾ってくれ。くらえ必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)!!」

 

 ブレイカーの活躍に負けていられないと、ランサーは、海魔のてっぺんまで飛びあがると、治癒不能のダメージを負わせる必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)の刃を上から振り下ろし、海魔の皮膚に癒えない傷を入れる。その傷は頭から胴体まで切り裂く。切り裂いた後に、海魔を蹴ってライダーの戦車に戻る。

 

「坊主、我らもこの流れに乗り遅れるわけにはいかんな。宝具解放だ」

「やれよ。まだ魔力に余裕はある」

「ほう、貴様の宝具か」

 

 ウェイバーとランサーに掴まりように告げ、ライダーは宝具の真名開放を行う。

 

「遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)!!!」

 

 真名解放された神威の車輪は、これまでにない程の魔力を消費して二頭の飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)が、空を駆け抜ける。その速度たるや瞬時に最高速度に達し、御者台にある防護力場がなければ全員がGで潰れていただろう。稲妻を纏いながら、彗星のように巨大海魔に突っ込んだ。

 そして、巨大海魔の醜悪な肉を衝撃で打ち砕きながら、見事に貫通。内部から海魔の肉を焼いて行く。其処に加えて、止む事の無いブレイカーのコンテナ投擲、セイバーの触手の切断が続く。

 

――ー――――

 

(これはまずい)

 

 巨大海魔を見下ろせる安全な位置に浮かぶ黄金の舟。未知の技術で飛行する舟に乗るのは、つまらなそうに下界を見下ろす英雄王とそのマスター、遠坂時臣だった。時臣は今の状況に頭を抱える他なかった。

 魔術の秘匿を第一とする魔術師の英霊たるキャスターが、大量の誘拐殺人だけでなく、このような暴挙に出た事。すでに一般人も異変に気が付き、集まり始めている。冬木の地を預かるセカンドオーナーである彼にとっても、魔術が余に広がってしまうかもしれないという大失態である。

 さらに、キャスターを打ち倒したものに報償として令呪一画が与えられるルール変更、このままでは他の陣営だけが手に入れる事になる。

 

「王よ。あの巨獣は御身の庭を荒らす害獣でございます。どうか手ずからの誅戮を」

「そんなものは庭師の仕事だ。それにもうすぐ方が付くであろう。我が出る幕ではない」

 

 時臣の懇願を無下にする、英雄王はキャスター討伐に興味が無い。確かに今の調子なら、英雄王無しでもキャスターを討伐出来るだけの勢いがある。だが、英雄王以外がキャスターを討つ事だけはどうしても避けたい時臣は、如何にか彼を駆り立てる案を思案する。

 

「ふん」

 

 臣下の礼儀を尽くす時臣が引き下がらないため、渋々英雄王は、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から4本の宝具を射出する。それらは3本が海魔の体を貫き、一つがブレイカーの投げたコンテナと空中で衝突して、大きく逸れる。この攻撃で全員がアーチャーの姿を確認する。

 当のアーチャーは自身の財宝が海魔に触れた事と、ブレイカーの投げたコンテナとぶつかった事で機嫌を悪くした。

 

「引き上げるぞ時臣。もはやあの汚物は見るに耐えぬ」

「そんな! 英雄王! どうかお待ちを!」

「時臣。おまえへの義理立てと思って宝剣宝槍の4丁を使い棄てた。あんな物に触れて汚れた以上は、もう二度と回収する気にもならん。俺の寛容を安く見るでない」

 

 すでに興味がないと言いきる英雄王に時臣は歯噛みする。令呪を使う手段もあるが彼との関係は崩壊、報賞で得る令呪もすぐさま使う羽目になるだろう。それでは、まずい。だが、今機嫌を悪くしている彼をこれ以上怒らせる事も、これからの事や自分の身を考えても得策ではない。

 

「ん? あれは」

 

 考えがすべて裏目に出る状況で、時臣は風を切る音に目線を上げた。それは、機械に疎い時臣でも一目で分かる物だった。冬木の地の異変を察した日本の自衛隊から派遣された戦闘機が、2機この地に訪れてしまった。

 

――ー――――

 

 冬木市警察からの要請により、最新鋭の戦闘機F-15Jに搭乗した小林と仰木が急行する。周囲を飛び回りながら

状況を確認するが、蒸気のようなものでよく見えない。埒が明かないため、小林はより接近しての調査に乗り出した。

 

「もう少し高度を下げて、接近してみます」

「待て、小林。戻ってこいディアボロ2!」

「もっと間近からの視認なら、あれが何なのかが……な!?」

 

 小林は、不用意に近付いたせいで、海魔の触手に狙われる。最新の戦闘機の機動力を持ってしても、海魔の触手の吸盤部分からのびる触手の速度が速く、次第に追い詰められていく。素早い判断と操縦で触手を振り切ろうとするが、振りきれない。 

 そして、そんな彼を笑う男の声がその周囲一帯に響く。それは直接頭に響くようで、音速で飛行している彼や、その場に居た全員に聞こえた。

 

「小林いいいいぃぃぃいい!!!!」

「仰木! 一体何が」

 

 仰木は、すぐさま部下の救出にと、管制塔への連絡を止め、戦闘機の武装のロックを解除する。辛うじて逃げられている小林を助けるために自身も降下した時。

 

「今すぐ助けるぞ小林! ディボアロ1エンゲージ! ……なんだこいつは」

 

 戦闘機のコックピットの真上に、黒い靄のような物に包まれた男が居た。その時、自分は悪夢でも見ているのかと思った。正体不明の怪獣、UFO,そして真上に謎の鎧姿の男。何かはわからないが、振り落とさねば危険だと本能が訴えかけた。本能に身を任せ操縦桿を捻るも、一切機体は動かない。

 

「あ、なんだこれはガギョ」

 

 操縦が不能となり、それどころかコックピットの中が赤と黒の葉脈のような物が広がっていく。そして機体全てが葉脈に覆われた時、設計にない急加速と旋回の重圧に仰木の身体は、潰れ息を引き取る。唯一の幸福は痛みを感じる前に死ねた事だろう。

 

――ー――――

 

 一方、逃げまどう小林は、触手が背後に迫り死を覚悟した。だが、突然前方から飛来したコンテナを見て、慌てて操縦桿を切る。そのコンテナを旋回によって回避し、コンテナをぶち込まれた触手は、小林の戦闘機を襲う勢いを無くす。

 

「うああああああ。ディアボロ2脱出する!」

 

 急な旋回でコントロールを失った戦闘機は、コンテナが積まれた倉庫街へと突っ込む。その際に脱出レバーを引いて、彼の乗る座席が射出され、パラシュートが開く。ショックで気絶した小林は、パラシュートで緩やかに海に降りて行く。だが操縦者の居ない戦闘機は、ブレイカーの居る倉庫へ向かう。

 

 当然戦闘機が墜落する事に気が付いたブレイカーは、手に持つのコンテナを遠くの海魔に投げる。だが、戦闘機をどうするか、数秒だけ考えたブレイカーの取った行動は簡単だった。

 

「魔力がそろそろ限界だからな」

 

 ブレイカーはアスファルトの床を陥没する程に踏み込み、大きく跳躍。自身の真下に墜落するF-15Jのコックピットに乗り込み、ペダルを踏みながら操縦桿を大きく引いた。すると、コントロールを失っていた戦闘機が高度を上げ、再び空に飛び上がる。

 

「これはいいな。マスターが居たら、俺の評価上がるんだけどな」

 

 どうにも良い所を見せられない自分に、酷く落胆しながらも戦闘機に乗ったまま、自分オリジナルの魔術式を戦闘機に刻み込んでいく。周囲を旋回しながら強化の魔術を戦闘機に流す事に成功すると、上空でアーチャーの乗る黄金の舟と憎悪に染まった魔力を纏う黒い戦闘機がドッグファイトを行っていた。

 

 

――――

 

「■■■■■■!!!」

 

 仰木の戦闘機を乗っ取ったのは、黒い鎧を纏ったバーサーカーだった。彼は、戦闘機その物を宝具にして雄叫びをあげる。

 

「バーサーカー!?」

「何しに来たんだアイツ!?」

 

 海魔の足元で触手を次から次に斬り落とすセイバーが驚き、ウェイバーはこのタイミングで出てきた英霊の存在が理解出来ない。自分達に協力するつもりなのかと考えるが、その考えは早々に排除した。

 

「このタイミングで奴とは」

 

 せっかく優位に立って居るのに、状況を引っ掻き回されてはたまらない。全員がそう思った時、バーサーカーは、戦闘機をアーチャーへと向けて飛ばした、明確な殺意を持って。 

 対するアーチャーは、バーサーカーの挑戦を面白いと感じ、やる気を出す。そしてバーサーカーのマスターを探した時臣は、下のビルで自分を憎々しい目で見ている存在に気が付く。

 

「王よ。私はマスターの相手を」

「よかろう。遊んでやるがいい」

「それでは、御武運を」

 

 時臣は、バーサーカーのマスターを討ちとるために黄金の舟から飛び降りる。当然重力軽減などの魔術を用いて、軽やかにバーサーカーのマスターの前に着地する。邪魔な時臣が居なくなった事で、アーチャーは、真っすぐにこちらに牙をむくバーサーカーの相手をした。

 

「地を這う狂犬の分際で、王と同じ天にのぼるとは、粋がるなよ雑種が!」

 

 アーチャーは、王の財宝から8本の宝剣宝槍を射出。バーサーカーもそれを旋回して回避。だが、ホーミングして飛来する宝具は、バーサーカーの戦闘機を追い掛ける。しかし、巧みな操舵技術で全段回避すると、宝具化されたミサイルを発射するバーサーカー。

 

 アーチャーとバーサーカーは、互いの乗り物の性能を引き出しながら、ミサイルと宝具の応酬を繰り返す。

 

「面白い。こういう趣向の戯れ合いは久しいぞ。たかが獣の分際で、随分と興じさせるではないか」

「■■■■■!!」

 

 そのドッグファイトを見ていた英霊達は、それぞれが呆れながらもコンテナが数十突き刺さり動きが鈍い海魔に休まず攻撃を仕掛けていく。アーチャーには悪いが、全員バーサーカーの相手をしている余裕はないのだ。

 

 

「坊主、ブレイカーの攻撃が止っておるぞ?」

「おそらく魔力切れだ。アイツはアルカの魔力を使わないって言ってたから」

「コンテナが刺さっている間に、どうにか蹴りをつけなければな。ライダー、もう一度、真名解放は出来ないのか?」

「坊主、お前さんの魔力、後何回なら耐えられる?」

「一回なら可能だ」

 

 ブレイカーの援護がなくなれば、海魔は徐々に再生していくだろう。そうなれば勝機は薄くなる。すると、海魔の足元で戦っているセイバーが、少し疲れを見せながら声を掛けてきた。

 

「ライダー!」

「なんだセイバー」

「このままでは、押し切られる。何か手を打たなくては」

 

 そうセイバーが告げた時、彼等の傍を戦闘機が通り過ぎる。それに乗っていたのは、ブレイカーだと英霊達は優れた動体視力で捕えていた。

 

「ブレイカー!」

「ブレイカーの奴、バーサーカーの真似をしている場合か?」

「あれに乗ってたのブレイカーなのか?」

「あ奴も面白い事ばかりする男よな。バーサーカー程ではないが、あの空飛ぶ乗り物を強化しておるようだ」

 

 戦闘機を操縦するブレイカーは、人間には到底耐えられない高機動で飛びまわり、JM61A1機関銃の引き金を引く。機銃掃射された海魔の肉は抉れ、其処にミサイルが発射される。内部に抉りこむように撃たれたミサイルは海魔の内部で爆発する。

 内部でミサイルが爆発した事で、海魔の表皮が大きくめくれ上がる。それは後少しで海魔の中心に届く程だった。

 

 

「いけるぞ。ライダー! もう一度真名解放だ。ランサー、次ブレイカーがアイツを爆破したら僕等が海魔に突っ込む。そしたら、セイバーと共に内部に居るキャスターを討ってくれ」

 

 旋回するブレイカーが再び戻ってきた時が、結構の時だと告げる。それにセイバーとランサーは「応」と答える。そして、再びブレイカーの乗る戦闘機が旋回し、戻ってくる。

 

 

 

――ー――――

その頃、キャスターのマスターたる龍之介は、騒ぎを聞いて集まった一般人に混ざって状況を楽しんでいた。

 

「やっちまえ、青髭の旦那。ぶっ潰せ、ぶっ殺せ、ここは神様の玩具箱だ」

 

 周囲の人々は、彼が狂ったように見えた。正確には始めから狂っていると言える

 

「もう退屈なんてさようならだ。手間暇かけて人殺しなんてすることもね。放ってはいても人はガンガン死ぬ。潰されて、千切られて、砕かれて、食われて。死んで、死んで、死にまくる。まだ見たことない腸も次から次へと見られるんだ。毎日、毎日、世界中、そこいら中で。ひっきりなしのおわりなし」

 

 これから起こる最上の楽しみに興奮。なりふり構わず叫んで喜んでいた時、彼の腹部を衝撃が襲い、倒れる。段々と腹部が焼けるように熱くなり、目線を落とせば自分の腹部から血が流れていた。

 

「すげー綺麗。そうか、そりゃ、気づかねよな。灯台下暗しとはよく言ったもんだぜ、誰でもね、俺の腸の中に探し求めてたものが隠れてやがったんだ。

 やっと見つけたよ。ずっと探してたんだぜ。なんだよ、俺の中にあるなら、あるって言ってくれりゃあいいのにさあ」

 

 掌についた血を見れば、それが自分の物であると理解出来た。その血の色が、自分が求めていた物だと感じ、口元を吊りあげる。

 一方、マスターの生命活動に異常を感知したキャスターは、海魔の体内で命が尽きかける唯一の理解者に、嘆きの声をあげる。

 

「龍之介」

 

 キャスタ―の声に合わせるように、荒れる川に密かに漂う一人乗りボートの上で、ライフルの引き金が引かれる。討ちだされた弾丸は、龍之介の頭部を寸分違わず討ち抜いた。頭部を撃たれた龍之介の身体は、大きく後ろに飛ばされ、生体活動を停止する。それに伴い、令呪が消えて無くなる。

 

「龍之介、我がマスターよ。私を残して先に逝くとは…ですが龍之介、ご心配なく。このジル・ド・レェあなたとの約束は果たしますゆえ、龍之介よ、照覧したまえ、私からの手向けを、最高のクールを!!」

 

 そう更なる覚悟を決めたキャスター。そして小型ボートにて狙撃を行った衛宮切嗣は、トランシーバーあてに話しかける。

 

 

「キャスターのマスターとおぼしき男を射殺したところだが、どうやら当たりだったようだ」

『では、私は計画通りに……アルカ・ベルベットの回収を』

「そうだな舞弥。思いのほか、ブレイカーが手段を選ばないおかげで、予定は狂っているが、すぐに片が付く。お前はブレイカーのマスターを回収。そして停泊している家に時限爆弾を」

『はい』

 

 そう言って通信が切れると、切嗣はタバコを口にくわえながら新たな手を打っていた。本来なら、騎士道という幻想にとらわれる英霊達を誑かし、セイバーの左手の呪いの原因であるランサーの槍を自ら破壊させる手はずだった。しかし、どう言った訳かブレイカーの戦術の豪快さが、結果的に海魔を追い詰めていた。

 

「せいぜい、活躍するがいいさブレイカー。お前達が海魔を倒した後は、籠城するお前のマスターは居ない。ライフルで死ななくても、首を切り落とされればどうかな可愛いマスターさん。そしてライダーのマスター、お前には踊って貰おう。死ぬまで、喜劇をな」

 

 この場でやる事はないと、切嗣は英霊達の活躍を見守る事にした。

 

 

 

 




 やったねブレイカー。騎乗スキルの使いどころが出来たよ! な感じですかね。そして安定のアルカの前では良い所あまり見せられてませんね。

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