遠坂邸の魔術工房で脚を組みながら、遠坂時臣は言峰からの報告を聞いていた。
「ライダーの宝具評価は?」
「ギルガメッシュの王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)と同格、即ち評価規格外です」
「確かに目論んだ通りの結末ではある。もし予備知識の無いままライダーと対決していたら、あの宝具に対処する術を見出せなかっただろう。……此処から先は第二局面だ。アサシンが集めた情報を元に、アーチャーを動員して敵を駆逐していく」
立ちあがり、手元にあった大きな宝石の填ったステッキを持つ姿は、誰が見ても貴族然としていた。遠坂家の家訓である「常に余裕を持って優雅たれ」の体現者の姿が其処にはあった。話を切り上げようとした時臣に言峰が言葉を続ける。
「師よ。ライダーの宝具は露見いたしました。しかし、ブレイカーは宝具を使う事はありませんでした。ライダーとブレイカーが手を組んでいる以上、ブレイカーに対策を練らないのは、いささか」
「君の言う事も尤もだ綺礼。だが、アーチャーが最強の英霊であるという事実に変わりはない。征服王の宝具は、さすがアレキサンダー大王と呼べるものだが、英雄王の宝具には及ばない。
英雄王の言葉を借りる訳ではないが、所詮は有象無象。対英霊に特化したアーチャーの敵ではない」
自分が呼びだした英霊に絶大な自信を持ち、自らが敷いた戦況に勝利を確信していた。彼の師にこれ以上は言う事はないと綺礼は、口を閉ざした。
「綺礼」
「はい」
「マスターとしての勤め、ご苦労だった」
時臣は、弟子が十分な働きをしてくれた事に労いの言葉を述べる。これより、遠坂時臣も本格的に参戦した。
――ー―――
「こほっこほ」
「やっぱり熱があるわね。お水飲めるかしらアルカちゃん」
「マーサ、病院に連れて行くか?」
「そうねぇ」
聖杯問答の夜。奇跡を起こし友人を哀しい運命から取り戻したアルカは、風邪を引いていた。魔術回路の強引な行使は、アルカの小さな体に負荷を掛け、一時的な免疫力の低下を引き起こしていた。気絶したアルカを、マッケンジー夫妻がアンとアルカがお泊り出来るように与えてくれた部屋に寝かせたウェイバー達。
だが、翌朝になって様子を身に来た夫人が、アルカが風邪をひいている事に気がついて看病する。となりで心配そうに見守るアンを安心させながら、アルカに咥えさせた体温計を見る。
「今日は日曜日だから病院はお休みなのよね」
「お祖母さん、アルカは?」
「ちょっと疲れが出たみたいね。今はお薬を飲んで眠っているわ」
ぐっすり眠るアルカに氷枕と冷やしたタオルを額に当て、病院に連れて行こうか迷う夫人にウェイバーが話しかける。夫人の言う通り、現在アルカは寝室で眠っていた。
「アンちゃんも風邪がうつるといけないから、寝室を移したのだけれど、心配しててね。アンちゃんを見ててあげてくれないから?」
「いいよ。お祖父さんもお祖母さんも朝から看病疲れたでしょ? 僕が2人を見てるから、ゆっくりしておいて。それにお祖父さん今日は仕事って言ってなかった?」
「そりゃそうだが……」
ウェイバーがそう言い、お祖父さんも渋々家を出て、夫人も「栄養あるもの買ってくるわ」とウェイバーに任せて家を出る。2人を見送り眠るアルカの隣に座る。まだライダーはウェイバーの部屋で寝ているため、アルカの傍にはアンとブレイカーしかいない。
「ブレイカー、アルカは本当に風邪なのか?」
『アルカ、治る?』
アンもスケッチブックに言葉を書き込んでいく。聞かれたブレイカーは「ただの風邪だ。俺とアンに魔力が流れている以上、魔術回路に障害はない」と答える。
「だが、今日はアルカは留守番だ。風邪といっても、拗らせればこの年代の子供なら危険だからな」
「それはわかった。今日は僕とライダーだけで探索に出るよ」
「危ない状況になったら、俺を呼んでくれ。単独行動スキルは、伊達じゃないからな。5分程の戦闘ならマスターの魔力を使うまでもない」
アルカの目的は、ウェイバーの身の安全と彼の勝利。現在マッケンジー夫妻の家の周りは、夜中の時間がある限りブレイカーが道具作成スキルで改造していた。日に日に増えて行く魔術的な機能で、既に消滅したとはいえアサシンですら侵入は困難。
対象が魔力を持つ物と悪意を持つ存在に限って、隠ぺいと迎撃を発動する魔術工房となっていた。
(このままだと陣地形成を習得しそうだな)
マッケンジー夫妻の家は、英霊ですら突破できない拠点となり、ブレイカーは単独行動を最大限に利用できるようになった。そして彼の隣でアルカの疑似サーヴァントとなったアンも手を挙げ、スケッチブックを見せる。
『私も単独行動できます。気配遮断も』
「アサシンのスキルも持ってるのか。英霊の俺が言っちゃなんだが、本気で聖杯取る気だな」
「アンは、出来る限りアルカの傍にいてやってくれ。お祖母さんが帰ってきたら僕とライダーは外に出る」
『わかりました』
アンが返事し、眠るアルカのタオルを変えてあげる。ブレイカーも出来る限り魔力を温存すると霊体化して消える。ウェイバーは、熱にうなされているアルカの手を握りながら目を細める。
(アルカはいつも頑張ってるんだもな。そりゃ疲れたりもする、当然だ)
「……うぇ、ば」
アルカが少しだけ目を覚まし、手を握っているウェイバーを見つめる。いつもの無表情と違い、顔が熱で赤くなり目が潤んでいた。そして、彼女の様子が何処か違っていた。
「起こしちゃったか。今日は安心して寝てろよ」
「……ん、?」
「どうしたんだアルカ?」
「……おやすみ」
何かを言おうとしたアルカだが、少し考え込んで眠りにつく。拍子抜けたウェイバーが、寒くないようにアルカに布団を掛けてあげる。そして、まもなくお祖母さんが帰宅し、ウェイバーはライダーを伴って外出する。
――ー――ー――ー――ー―――
昼間に愛用のリュックサックを背負い、珍しい外出をするウェイバーにライダーが尋ねる。
「坊主よ。小娘についてやらんでよかったんか? まぁ余としては街に出るのは吝かではないが」
「アルカ、僕が居ると無理して頑張っちゃうんだ。それくらいは僕にもわかるんだよ」
「知っておったか。あの小娘は、お前さんに置いて行かれたくないんだろうな。どう言った経緯か知らんが、小娘にとって坊主は唯一縋れる存在なんだろうな」
「封印指定の魔術師って、どんな待遇か知ってるか?」
「いんや。よっぽど酷いのか?」
ライダーとウェイバーは、公道を歩きながらデパートに向かっていた。そこで、ウェイバーは自分の知る限りアルカの居た状況を説明した。アルカの過去を知らないが、彼女が魔術師達により保護という名のホルマリン漬けにされ、人権や未来すら奪われ、暗い地下奥底で眠り続けるしかなかった事。
自身もそれが当然だと思っていた。けれど、封印指定になりたかった人間など、居ないと知った。アルカと生活するようになり、彼女の人生を全て平然と奪う魔術師らしい魔術師に、嫌悪すら覚える。自分が探求する道がアルカを再び封印する道なのなら、自分はどうするのか。
自分に誰かを助けたい正義感なんて、あるとは言い難い。全てが成り行きで行動している自分。けれどアルカを聖杯戦争に参加させる事になったのは、ウェイバー自身。こうして聖杯戦争で戦う中、ウェイバーは何度も目的について考えた。そして、少しづつ答えが出始めていた。
「封印指定の扱い、わかったか?」
「あぁ。そりゃあの年の子供が、坊主を縋るのも当然だな。余が世界を征服する暁には、魔術協会とやらは潰しておくに限るな」
「……前の僕なら、ブチギレてるぞそれ」
「だが、今の貴様は、違うのであろう?」
わかりきった質問をしてやったり顔で言うライダー。ウェイバーは茶化された気がして拗ねる。まだまだ子供っぽいマスターにライダーも、がははと笑いながら彼の背中をたたく。叩かれて前のめりになるが、怒らり散らすより彼の豪快さにウェイバーも自然と笑みが浮かぶ。
「さて、行くかライダー」
「おうよ。異郷の市場を冷やかす楽しみは、戦の興奮に勝るとも劣らんからな」
「そうかよ」
――ー――ー――ー――――
冬木の新都にある大型デパートに到着した2人。外国人が多い土地とは言え、2mを越える大男のライダーはさすがに目立つ。白いシャツとジーンズと普通の格好であっても筋肉質な彼は、注目を集めてしまう。
「僕は書店に行こうと思うけど、お前はどうする?」
「本はな。というか自由行動して良いのか?」
「あぁ。ほらよ、財布預けておく」
「また、どうして。偉く気前がいいではないか?」
以前は通信販売に激怒していたウェイバーあが財布を彼に投げ渡す。その財布を受け取ったライダーが呆気にとられる。両腕を組みながらケチ扱いされたウェイバーが眉間に皺を寄せる。
「お前、約束通りアサシンを倒しただろ? 僕は言った筈だ、なんでも買ってやるって」
「あぁ。そういえば言うておったな」
「流石に、僕に買える物だけだけどな。好きにしていい……」
「では、そうさせて貰おう。また後でな」
ウェイバーの心意気に感謝し、ライダーは市場に買い物に行った。征服王たる彼の物欲がどれほどのものかしらないが、自分の財布は死んだかもしれない。けれど英霊を討ちとった報酬が財布一個なら安い。彼の楽しげな後姿を見届け、書店に向かう。
書店は少し歩いた場所にあり、入っていくが日本語のコーナーでは自分は読めないので、冬木に住む外国人向けのコーナーに向かう。そこで、気分転換に推理小説などに目を通していた。なかなか興味深い小説で、立ち読みだけじゃなく購入しようとレジに向かう前に、アレキサンダー大王と書かれた伝記に目が行く。
「なんで、僕あいつの本なんて」
ライダーの伝記を手に取ったウェイバーは、本を開いて読み進めて行く。彼が生前行った偉業、政治、そして征服。それから彼の姿や、彼の死去した年代など様々な事が書いてあった。それを真剣に呼んでいる最中、背後から声が聞こえる。
「おお、坊主此処に居たのか。背が低いと本棚に隠れて全然見つけられんかったわい」
「普通の人は本棚より小さいんだよ馬鹿」
「なんだ、調子を取り戻してきたな坊主」
「馬鹿って言われて嬉しそうな顔するなよ……で、何買って来たんだ?」
ウェイバーはライダーが手にもつ紙袋が気になった。ウェイバーの質問を待って居たとばかりに紙袋からゲームソフトを取り出すライダー。
「ほれ、なんとアドミラブル大戦略は本日発売であったのだ。しかも初回限定版。余の幸運(ラック)はやはり伊達ではないな」
自分のシャツに描かれたゲームを購入してきたライダー。だが、少なからずゲームに知識のあるウェイバーは、彼に真実を告げる。
「あのな、そういう物はソフトだけ買っても駄目なんだよ。本体がないと……」
「抜かりはない。さぁ、帰ったら早速対戦だ。パッドも二つ買ってきた」
「はぁ」
本当にこの英霊は……と諦めの境地に入るウェイバー。だが、こんな彼だからこそウェイバーに付き合ってくれているのだと感じる。そして、ゲームなどの遊戯は魔術師としては、あまり褒められた事じゃなく食わず嫌いなウェイバー。だが、アルカの事で魔術師という存在の異質さを感じ取れた今では、自分の世界を狭める行いの愚かさを体感していた。
「どうした?」
「やってやるよ。対戦プレイでもなんでもな」
「よいよし、それでこそ余のマスター。……ん? それは余の伝記か?」
ライダーは満足げに喜ぶが、ウェイバーの呼んでいる本を見て不思議そうな顔をする。当然である、彼の事について調べるよりも彼自身に聞いた方が正確で、早いのだから。
「おかしな奴だな。余に聞けばよいではないか」
「あー、聞いてやるよ。お前、伝記では30半ばで死んだって書いてるけど、本当なのか?」
「その通りだな。最果ての海(オケアノス)を目指し、征服していた余だが、病には勝てんかったのだ」
「馬鹿は風邪引かないって言うのに、病気にはなるんだな」
「言うではないか。だがな余は、大望という病に侵されて常に東を目指しておったからな。余が受肉を目指しておるのも、病半ばで倒れた夢を追い求める、死んでも治らん病故にだからな」
ライダーはおおらかに笑いながら、ではそろそろ行くかと告げる。ウェイバーもかなり長い時間本屋に居たので購入を決めた小説だけ購入して、店を出る。二人で歩いて家に向かう頃には、太陽は傾き緋色の空が広がっていた。
マッケンジー家に差し掛かった所でウェイバーが歩みを止める。彼が止った事でライダーも足を止め振り返る。
「どうかしたのか?」
「いや、僕なんかには……つくづく勿体ない英霊だと思ったんだよ」
「急にどうしたというのだ」
「僕がマスターでなかったらお前はもっと自由に戦えたんだろうなって」
「そりゃ、そうだろうな」
突然自分を過小評価し始めるウェイバーに彼も困る他なかった。
「お前は勝って当然の英霊だ。……でも、お前は僕を見捨てたりしないんだな」
「見限ってほしかったのか?」
ライダーが顎に手を当てながらウェイバーを見下ろす。彼の真意がライダーにはわからないのだ。改まって何かすっきりした様な顔で自分に言葉を伝えるマスターが、どんな答えを出すのか、興味がある。
「ライダー。僕はずっと自分の目的を考えてた。最初は、僕を馬鹿にしたやつらを見返す事だった」
「そう言っておったな」
「けど、聖杯戦争で戦って、いろんな事を知って、目的が変わった」
「……」
「ライダー、僕は聖杯戦争に勝つ。そして、聖杯戦争に勝ったという実績を持って……魔術協会を改革する。全ては変わらないにしても、せめてアルカのような人が出ないように。僕はちっぽけな人間だ。お前とは違って何もかも小さく弱い、けどそれでも」
真っすぐにライダーの目を見て宣言するマスターに、ライダーは「がははははは」と笑いウェイバーのリュックサックから以前盗んだ世界地図を見せる。急に地図を突き付けられたウェイバーは驚く。
「この地図に、我らの姿を書き込んで見よ。余と貴様、比べられるように」
「そんなの無理に決まってるだろ。僕等はこの地図で言ったら小さな点だぞ」
「その通り、その通りなんだよ。是から立ち向かう世界という敵にとっては、余も貴様も極小の点でしかない。余も貴様も世界にとっては等しく同じ」
「それって」
ライダーは、大きな手で自分の胸を叩きながら自分の夢を語る。胸の内を打ち明けたウェイバーに、彼は何も隠そうとせず、己が持論、己が目標を改めて口にする。
「だからこそ、余は滾る。ひ弱極小実に結構。この芥子粒に劣る身を持って、何時か世界を凌駕せんと大望を抱く。この胸の高鳴り、これこそが征服王たる心臓の鼓動よ」
「自分が弱い事が、小さい事が、諦める理由には決してならないってことだな」
「その通り、自分の小ささを知ってなお大望を抱き足掻くと決めた貴様を、分を弁えぬ大馬鹿の貴様との契約を同じく筋金入りの馬鹿である余は、真に快いと思う」
ウェイバーに肩を組んだライダーがそう告げる。弱くても小さくても、大きな夢を抱く事は間違いじゃない。夢に向かって足掻き続けたからこそ英霊にまでなった彼の言葉は、最弱の魔術師でありながら、魑魅魍魎の潜む魔術師達に挑むと決めたウェイバーの心に灯をともす。
「なら、ライダー。改めて僕と契約を結んで欲しい。僕、ウェイバー・ベルベットは、この聖杯戦争に勝利し魔術師の世界を変える。アルカのような犠牲者を増やさないため、僕が目指す魔術師という存在のため。だから、征服王イスカンダルよ、僕と共に戦場を駆け抜け敵をなぎ倒し、互いの大望を掴むための勝利を」
「この征服王イスカンダル。ウェイバー・ベルベットに勝利を誓おう。余は、己の戦車で持って如何なる障害であろうとも走破し、必ずや未来へと導こう。此処に契約は改めて完了した、余のマスターよ」
新たな目標を得たウェイバーは、イスカンダルの心を掴んだ。魔術師共の醜悪さと価値観を変える。それはまさに魔術という世界そのものを相手にするという覚悟。それは、ライダーの世界征服と同じ物だった。ライダーは最果ての海を求め、ウェイバーは自分の譲れない理想のため。
この日この時、固い絆で結ばれた主従が誕生したのだった。覚悟を決めたマスターとそれを受け入れたサーヴァント。聖杯戦争で最も危険視された陣営が、さらに脅威となった瞬間だった。
この小説のウェイバーは、現作とは少し違った目標を持ってます。