Fate/make.of.install   作:ドラギオン

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アインツベルンの森での闘争

 アルカがケイネスとの決闘で帰還した日の夜。ウェイバーとアルカは帰宅したマッケンジー夫妻と過ごし動きを見せなかった。

 

 そして、場所はセイバー陣営の拠点であるアインツベルン城へと移る。アインツベルン城の一室では、スーツを着たセイバーとアイリスフィールが居り、机を挟んで反対側に久宇舞弥と衛宮切嗣が、地図を広げて今後の方針を話していた。

 

「切嗣、他のマスターは全員でキャスターを狙うと見ていいかしら?」

「まぁ間違いないだろうね。だが、キャスターに関しては僕らにアドバンテージがある。何を血迷ったか、セイバーをジャンヌ・ダルクと勘違いして付け狙っているんだから。こいつは好都合だ。僕等は待ち構えるだけで良い」

「マスターそれでは足りない。奴の悪行は容認しがたい、こちらから討って出るべきです」

 

 本来のマスターである切嗣に、キャスター討伐の許可を貰おうとするセイバー。しかし、彼は目の前のセイバーを居ないものとして扱い、目も合わせようとはしない。この露骨なまでの拒絶は、彼女が召還された当初から続いている物だった。それゆえにセイバーは、アイリスフィールと行動する事になったのだ。

 徹底的な無視を決め込む衛宮切嗣、彼女はセイバーの問いに答えずアイリスフィールに話しかける。

 

「アイリ、この森の結界の術式はもう把握できたかい?」

「えぇ問題ないわ。それよりも問題はセイバーの左手の呪いよ。あなたがケイネスを仕留めて、18時間が過ぎるわ。けれどセイバーの腕は完治しないままよ。ランサーはまだ健在なんだわ」

 

アイリは右隣に立つセイバーの右手を見て、切嗣に彼女の左手の親指が動かない事を改めて報告した。左手が使えない以上、彼女の宝具を発動する事は出来ない。それは、混沌渦巻き猛者ばかりが集った第四次聖杯戦争において、直接的な敗因にすらなりうる。

 そして、アイリの言う通りケイネスは生存し、新たな工房を創りあげていた。

 

 

「キャスターを万全な体勢で迎撃する為にも、まずはランサーを倒すべきじゃないかしら?」

「それには及ばない。君は地の利を最大限に生かしてセイバーを逃げ回らせ、敵を攪乱してくれるだけでいい」

 

 英霊を戦わせない決定を下した切嗣にアイリは驚き、セイバーは拳を握りしめて悔しさをこらえる。

 

「キャスターと戦わせないの?」

「キャスターは放っておいても誰かが仕留めるさ。むしろキャスターを追って血眼になっている連中こそが恰好の獲物なんだよ。僕はそいつらを側面から襲って叩く」

 

 聖杯戦争のシステムから考えれば、英霊よりもマスターを狙うのは必然。だが、騎士王たるセイバーは、己の騎士道に反し、自分を戦わせてくれないマスターに怒りを覚える。

 

「マスター、貴方は何処まで卑劣になり果てるつもりだ。貴方は英霊を侮辱している! 何故私に戦いを委ねてくれない。貴方は自身のサーヴァントである私を信用できないと言うのか!」

「キャスター以外とは休戦の筈でしょ?」

「構わないよ。今回の監督役はどうにも信用ならない。なにせ素知らぬ顔でアサシンのマスターを匿っている奴だ。遠坂ともグルかもしれない、警戒に越した事はない……それじゃ解散としよう」

 

 一切セイバーの意見を聞こうともしない切嗣は、そのまま解散を言い渡して、アイリスフィールと共に何処かへ向かった。取り残された舞弥とセイバー、特にセイバーは悔しさに顔をゆがませながら、与えられた自室へと向かって歩いて行った。その後ろ姿を見送った舞弥は、上手く言っていない主従に思う所はあったが、切嗣が何もしない以上何もできない。

 

 屋上まで連れられたアイリと空を眺める切嗣。アイリは自分の夫が何処か悲しみをこらえているように見えた。

「どうしたの切嗣?」

「アイリ、僕が……イリヤと同じ年の子供を、殺したと言ったら……どうする」 

「え」

 

 何かにうち震える切嗣の様子と、彼の言葉から連想されたのは、ブレイカーのマスターであったアルカだった。彼は、イリヤと同じ子供を殺した事を悔いて、苦しんでいた。

 

「聖杯戦争のマスター……。だから殺した。だが、頭でわかっていても僕は、自分が許せない」

「きりつぐ……」

「巻き込まれただけかもしれない、何も知らないような子を。僕は撃ったんだ。撃たれてあの子が倒れた瞬間、イリヤと姿が被った……」

 

 イリヤを心から愛している夫は、それゆえに大きな罪を新たに背負ってしまった。決して機械ではない衛宮切嗣は、あらゆる手段を講じて、その犠牲になった存在に苦しむ普通の人間。ただの殺人でさえ、彼の心には傷を与える。特に、アイリと結婚し、イリヤを授かり家庭の幸せを知ってしまった彼に、子供を殺すことの罪悪感と嫌悪が身を焼き尽くす程に襲いかかっていた。

 

「もし、僕が、僕が今ここで何もかも放り出して逃げだすと誓ったら。君も一緒に来てくれるか?」

「イリヤは、城に居るあの子の事はどうするの?」

「もちろん連れ出す。邪魔する奴は全員殺す……それから先は、僕は持てる全てを君とイリヤのために使う」

「逃げられるの? 私達」

 

 夫がこんな事を言い始め、アイリは困惑しながらも聞き返す。それに切嗣は悲痛な叫びを込めて答えた。

 

「逃げられる! 今ならまだ!」

 

 此処まで追い詰められた夫をアイリは背中から抱きしめた。彼の愛と苦しみに共感し、涙を流しながら彼の提案を断った。もしここで逃げだせば、彼は自分の罪に自分を殺してしまう。だからこそ、アイリは自分が死ぬ道を選んだのだ。

 己が心臓に宿る聖杯の器が、完成すれば自身は死ぬ。けれども、その死を持って衛宮切嗣の理想は成就する。さすれば故郷に居る娘が犠牲になる事はない。自分か彼のどちらかが犠牲になるのなら、アイリは迷わず自分を犠牲にする。愛した夫が目指すものが、きっと素晴らしいものだと信じて。

 

 そして、彼女に切嗣は、心の叫びを上げた。自分を狙う言峰綺礼という最大の敵。彼が自分の行動を先読みし、最もな障害となっている事。そして、ブレイカーのマスターを殺した胸の痛み、全てを打ち明けアイリは受け入れた、そして最愛の夫は、必ず全てを乗り越えられると背中を押した。

 

 

 

「あなたが必ず勝って、イリヤを迎えに行ってあげて。そして、あの女の子のようにイリヤが参戦する事が無いように」

「あぁ。あぁ」 

 

 新たに決意を決めた時、森の結界に侵入者が現れる。

 

 

「アイリと遠見の水晶球を用意してくれ。」

 

 そういった衛宮切嗣は、先程までと打って変わった勝利のために手段を選ばない、アインツベルン最強の切り札。魔術師殺しの衛宮切嗣だった。

 

 

 

 

 

 アイリスフィールが部屋から持ってきた水晶球をテーブルにおいて、侵入者を追った。そして隣ではアタッシュケースから銃機を取り出した舞弥と切嗣。自分の装備を完全に整えた。

 

「いたわ」

 

水晶球にアイリスフィールが映像を投影すると奇妙なマントをはおったキャスターがいた。彼は、10人程の子供たちを引き連れて真っすぐに城へと向かってくる。

 

「アイリスフィール、敵は誘いをかけています」

「人質……でしょうね、きっと」

 

 人質を連れた卑劣なキャスターにセイバーの正義感が、燃え上がる。水晶に映るこの存在を許しておけば、この子たちが被害にあってしまうと。 

 

「私が直接出向いて、助け出すしかありません」

 

 セイバーがそう言った時、水晶を見るアイリ達に気が付いたキャスターが慈悲に満ちた笑みで見つめてくる。千里眼を見抜く事などキャスターのクラスにかかれば簡単だと

 

 

『昨夜の約定どおり、ジル・ド・レェまかりこしてございます。我が麗しの聖処女ジャンヌに今一度お目通り願いたい』

 

 キャスターは、セイバーの事をジャンヌ・ダルクだと思いこんだまま、お辞儀をする。

 

『まぁ取次ぎはごゆるりと、私も気長に待たせていただくつもりで、それなりの準備をしてまいりましたからね』

 

 キャスターが指を鳴らすと、それを合図に沈黙していた子供たちが意識を取り戻す。目が覚めたら、見知らぬ深い森に困惑していると、キャスターが近くにいた男の子の頭を掴みあげ、力を込めて握りつぶす。少年の頭部は、原形を保つ事なくはじけ飛び、罪のない子供たちとキャスターによる命がけの鬼ごっこが始まった。

 

『さあさあ子供達、御逃げなさい、鬼ごっこを始めますよ。ねぇジャンヌ、私が全員を捕まえるまでどれくらい時間がかかりますかね?』

 

 狂気に染まったキャスターにアイリは恐怖を覚える。そして、隣に居るセイバーに子供たちの救助を依頼した。こんな狂気に染まった男に罪もない子供たちが犠牲になって行くのは、一児の母としても人としても許せない。

 

「セイバー、キャスターを倒して」

「はい!」

 

 セイバーも見過ごす事な出来ないと、許可と同時に窓から飛び出して騎士の鎧に着替える。すぐに魔力放出スキルにて加速しながらキャスター討伐へと向かう。そして、森を駆け抜けた先では、無数の子供たちの死体が転がっていた。

 

「な」

 

 だがそれよりも驚くべき光景があった。

 

「何故私の邪魔をする!! 貴様など今宵の宴には呼んでいない! また神は、私の邪魔をすると言うのか!?」「生憎。子供の命なんてどうでもいい。だが、お前みたいな輩は、マスターの教育に悪い。個人的な都合で死んでもらうぞキャスター」

 

 セイバーの見た光景は、2人の少年少女を背に護りながら、激昂するキャスターと向き合う灰色のサーヴァント。破壊者の英霊ブレイカーその人だった。怯える短髪の少年と長い黒髪の少女が彼の背に掴まろうとするが「邪魔だ、あっちいってろ」と戦闘の邪魔になるために素っ気なく扱う。実はアルカとウェイバーが動けない状況で、単独行動スキルを持つ彼だけが、キャスターの捜索をしていたのだ。そこで見つけたキャスターの気配を追った所、この現場に辿り着き、鬼ごっこに夢中の彼の顔面を殴っていたのだ。

 

「ブレイカー」

「セイバーか、お前らあのお姉ちゃんの所に行ってろ」

「ううう」

「わぁあああん」

 

 賭けつけたセイバーにブレイカーは子供たちを任せる。泣きじゃくって新たに現れたセイバーに抱きつく二人。それを見届けたブレイカーが両手に拳を作って構える。しかし、先程まで激昂し声をあげていたキャスターは、ブレイカーでは無くセイバーを見ていた。

 

「おぉ来てくれましたかジャンヌ。しかし申し訳ない、勝手に私達の間に入り込んだこの男を排除しなければなりますまい」

「貴様、なぜ無実の子供たちを」

「ジャンヌ。貴方という存在を神の呪縛から解放するには、これが効率的かと存じただけです」

「ふざけるな下郎!!」

 

 自分勝手な都合で命を散らすキャスターを許せないと視線に込める殺気を強める。しかし、キャスターは動じることなく、話を続ける。その横でブレイカーはどうしたものかと、2人の英霊を見て状況判断に移り変わる。正直セイバーが来たのなら、自分は消えてもキャスターは倒してくれると思う。だが、目の前の男は、何か異質だと肌で感じた。

 

「あなたの閉ざされた心を解放する荒療治。これらはすべて貴方のためなのですジャンヌ」

 

 そう言ってキャスターは、懐から禍々しい魔力を放つ、異質な本を取り出した。それがキャスターの宝具である事は明白だが、怯える子供がいては戦えない。

 

「お二人とも、この森をまっすぐ進んだ所に城がある。其処まで逃げてください」

「……」

「う、うん」

 

 男の子は、返事をせずにセイバーに抱きついたまま硬直する。逆に、小学校低学年ほどの長い黒髪の女の子は、彼女の言葉を聞いて奥に向かって逃げ始めた。その時だ、セイバーに抱きついていた男の子の背中が大きく膨らみ、バキボキと醜い音と立てて、彼の体が破裂したのは。血しぶきを上げ、破裂した少年の体から現れたのは、血で滑った鋭いタコのような怪物だった。その怪物、海魔は触手でセイバーの体を拘束し、締め上げる。さらに、子供たちの死体を突き破って次から次に、海魔が出現する。

 

「申し上げた筈ですよ。次会う時はそれ相応の準備をしてくると」

「外道。もはや貴様と聖杯を競おうとは思わない!」

「きゃあああああ」

 

 セイバーが魔力を放出しながら、拘束から抜けだそうとすると彼女の背後で少女の悲鳴が聞こえる。セイバーが振り返ると、逃げた筈の女の子が海魔の触手に捕まっていた。

 

「いやぁああ、たすけてぇぇええ」

「おや、どうやら魔術に対する耐性があるようですね。まぁいい、ジャンヌ。あの子が海魔に少しづつ捕食されていく光景を余興に見せましょうかね」

「やめろ!」

 

 キャスターの持つ本から産み出される海魔。その生贄にされていた少女は不幸か幸いか、内部から海魔に喰い殺される事はなかった。だが、別の海魔に掴まり、なおのこと苦しむ羽目になる。だが、その光景を放置されていたブレイカーが見逃すはずがなかった。出遅れた事を承知で、取りこぼした少年の後悔より先に、少女を巨大な口で丸のみにしようとした海魔へと駆け寄る。

 全身に淡く輝く刻印を浮かび上がらせ、音すら置き去りにしる速度で、彼は海魔に拳を叩きこんだ。

 

「きゃあ」

「一人死んじまったな。悪い悪い、召還師とは予想外だった」

 

 少女に喰らい付いた海魔を、素手で木端微塵にしたブレイカーは、気絶した少女を脇に抱え、セイバーに話しかける。それにセイバーは戦意を取り戻し、全身からの魔力放出でまとわりつく海魔を細切れにする。拘束から解放されたセイバーが、ブレイカーとキャスターの間に割り込み、透明の剣を構える。

 

「死んじまったもんは仕方ないな。このガキは俺が抱えておく、悪いがアイツを倒してもらえるか?」

「はい。その子をお願いします。キャスター、私はあなたを倒す為だけに剣を振るう」

「おのれ、一度ならず二度までも! どれほど神はこの私の邪魔をするのだ!?」

「この程度の行いなんて、甘過ぎて神は出てこない。神に邪魔されたいなら、人類を滅ぼすくらいしてみるんだな……。相当堪えるぞ」

 

 いつの間にか周囲を海魔に囲まれ、ブレイカーも逃げるに逃げられない。だが、ブレイカーはその状況でも、特に思う事はなかった。セイバーも少女を助けながら、目の前で死んだ少年を割りきっているブレイカーの真意がわからない。だが、彼が敵でない事だけはわかり、目の前のキャスターだけはこの場で倒さねばならない、それが最優先事項であった。

 

「行きます!」

 

 セイバーが剣を構えて海魔の群れに斬り込む。キャスターを護るように飛びだした海魔は、セイバーの剣に一太刀で切りふせられる。それでも彼女を捕えようと触手を伸ばす。しかし、剣の英霊であり、彼の有名なアーサー王を明確な意思も持たない存在が簡単に捕えられる筈がない。直観によって見切り、最短距離を詰めていく。だが、彼女は足を止める事になった。

 

「っ」

 

 セイバーが斬り伏せた筈の海魔から、新たな海魔が現れたのだ。それも、切り捨てた事で二つに分かれた個体から、一匹づつ。殺される度に増える海魔は、次第に規模を大きく広げていく。その無尽蔵とも思える魔力にセイバーは疑問を感じる。

 

―――ー――

 セイバーが苦戦している様子を水晶で見ていたアイリは、キャスターの魔力切れを狙えばセイバーに勝機があるかと、切嗣に尋ねる。だが、切嗣は水晶を見て困惑していた。

 

「どうしたの切嗣?」

「アイリ、僕はブレイカーのマスターを始末したんだ……。なのにブレイカーは現界して、この森に居る……」

「ということか?」

 

 忌々しい事に、ブレイカーのマスターは生存している可能性とマスター不在のブレイカーが誰かと再契約した可能性の二つが浮上する。

 

(ライダーのマスターが、新たに用意したのか? だとすれば、奴が此処に居るのは僕に対する報復。油断できない所か、聖杯戦争を掌で転がしている)

 

 自身に所在も掴ませず、強力な英霊二体を連れたライダーのマスターに対して、切嗣は言峰綺礼と同格かそれ以上の危険性を感じ取った。つくづく切嗣の策を掻い潜って来るライダーのマスターに、切嗣は撤退を選んだ。

 

 

「アイリ、舞弥と共に城を離れるんだ」

「ここを離れるの?」

 

 てっきり籠城するのかと思っていた彼女は、虚をつかれて驚く。そんな彼女に切嗣は冷静に説明を交えた。

 

「セイバーが離れている以上、此処は危険だ。まだライダーのマスターにはライダーが居る。あの戦車で攻め込まれたらひとたまりもない」

「ライダーも来るの?」

「ブレイカーが近くに居る以上、傍に居ると考えるのが妥当だ。なんせ、操り易い手駒に子供を用いて、戦力を増強するような奴だ。足元をすくわれる前に、策を」

 

 

 切嗣がノートパソコンを開き、城中の監視カメラとトラップの起動の準備すると、アイリが胸を抑えて苦しむ。それは、森の結界に侵入者があった警告。

 

「新手かいアイリ?」

「えぇ。けど、ライダーじゃないわ」

「そうか。わかった」

 

 アイリの報告と、彼女が水晶に新たに映した姿を見て、切嗣は迎え撃つ準備を始めた。水晶に映っていたのは、ランサーのマスターであるケイネス一人だけだった。そして、彼の連れたランサーは、騎士道とやらに突き動かされたのか、セイバーとブレイカーの救援に向かった。まだ、ライダーのマスターが来る可能性がある。なら、自分は城を逃げ回り、ランサーとライダーに同時討ちをさせればいい。もし、ライダーが来なければ自分がケイネスを始末する。真っ当な魔術師なら、ライダーのマスターよりも狩りやすい。

 

「やるしかない。舞弥、アイリを頼む」

「はい。マダム、行きましょう」

「切嗣……死なないで」

 

 舞弥に誘導されながら、アイリは外に出る。一人残った切嗣は、アタッシュケースに入っていた自身の相棒を手に取る。懐かしい重みが、彼に積み上げた死と自分の目的を思い出させる。

 

「さぁ、いつも通り何も変わらないさ」

 

 狩人の目で、まんまと城に向かってくるケイネスを、切嗣は待つ。

 

 

――――

 

 そして、海魔の群れに手こずるセイバーは先程から永続的に禍々しい魔力を放つ本に視線が引きつけられる。

 

「その本が貴様の宝具か?」 

「えぇ我が盟友、プレラーティの遺したこの魔書により、私は悪魔の軍勢を従える術を得たのです。如何ですジャンヌ、懐かしいでしょう。何もかも昔のままだ。貴方のおおしい姿、その輝きは昔から一度も変わっていない。神すら霞む貴方の美しさは、何も変わっていない。なのに、なのに何故目覚めてくれないのです!! 神は何処まで貴方に非道な仕打ちを!」

 

 突然怒り出したキャスター。その姿を見て、少女を抱えたまま海魔を蹴りで蹴散らすブレイカーが「難儀だな。色々と」と同情していた。だが、セイバーには答える余裕が無かった。何故なら、数による暴力で、遂にセイバーは捕まってしまったからだ。軟体動物の触手は全てが筋肉であり、激しい躍動と共に拘束したセイバーの体を締め上げる。

 だが、触手にセイバーの骨がおられる前に、黄色と赤の閃光が触手を引き裂いた。それらは、ブレイカーの背後から海魔を貫き、なおも止まらずセイバーの窮地を救った。

 

「無様だぞセイバー。もっと魅せる剣でなくては騎士王の名が泣くではないか。そして、ブレイカー……」

「あんた、俺ごと狙っただろ?」

「なに、主に変わって意趣返しをと思ったまでだ」

 

 ブレイカーは、背後から投げられ槍に敵意があった事を知っていた。昼の事を思い出せば、貫かれても文句は言えない。ランサーが嫌がらせで終わらせたのは、脇に抱える子供と騎士としての矜持からだろう。輝く貌の名に恥じない美貌は、暗い森に希望という光をともす。二つの槍を構え、キャスターに向き合うランサー。

 

「性懲りもなくまた邪魔ものか、貴様は何者だ!? 誰の許しを得て私を邪魔立てするか!?」

「それは此方のセリフだ外道。セイバーとの先約があるのは俺だ」

「あぁあああ。私の祈りが、私の聖杯がその女性を蘇らせたのだ! 彼女は私の物だ! その血の一片から魂まで私の物だ!!」

 

 キャスターは自分の髪を引きちぎりながら、ランサーに怒鳴る。己の正当性を主張し、相手を否定しながら、セイバーの所有権を掲示する。当然、その場の誰にも認められる事はない。

 

「別に、貴様の恋事を邪魔しようとは思わんさ。是が非でもセイバーを屈服させたいと言うならやってみればいい。ただし、このディルムッドを差し置いて片腕のみのセイバーを討ち果たす事だけは断じて、ゆるさん!」

 

 決意の籠ったディルムッドの気迫に、キャスターは押される。彼も生前は武人。今はこうして狂人のそれだが相手の放つ覇気で、相手の力量などは理解できる。

 

「ランサー、あなた」

「勘違いするなよセイバー。今日の俺が仰せつかったのはキャスターを倒せという命令のみだ。ならば、此処は共闘が最善と判断する。どうだ?」

「感謝する。だが、断っておくぞランサー。私は片腕でもあの化け物を百は切り捨てるぞ」

「その程度なら造作もない。してブレイカー、お前はどうする?」

 

 セイバーとの共闘が成立したランサーは、黙りこんでいるブレイカーに声を掛ける。それにブレイカーは、首を振って断りを入れた。非戦闘員が一人いる段階で、彼の役割は決まったようなものだからだ。

 

「化け物退治は英雄に譲るよ。俺はせいぜい露払いに勤しむ。後、マスターから伝言だ」

「あの少女からか?」

「プルプルありがとう。だそうだ」

 

 何とも気の抜けた伝言。ランサーもどうしたものか、少し悩む。そんな言葉を彼の主に伝えては、どう考えても逆効果だ。

 

「ぬああああ、思い上がるなよ! この匹夫共が!!」

「話は後だ。殿は任せたぞブレイカー」

「その子を頼みます。いくぞランサー」

 

 痺れを切らし海魔を突撃させてきたキャスター。シャレにならない物量で攻めてくる海魔の軍に、セイバー、ランサー2人の騎士が斬り込む。2人が前に出たことで、取りこぼした海魔は、ブレイカーが触手を掴んでは、ブンブンとモーニングスターとして扱う。そして、周囲の海魔を海魔で蹴散らしながら、触手が千切れると新しい海魔(モーニングスター)に取り換える。

 

 そのようにして作業にいそしみながら、前方で戦う2人を見護る。そして、セイバーとランサーは何か行動に出る構えを取った。無限に増殖する怪物のあいてなど、ナンセンス極まりない。なれば狙うのは本体。

 

「頼むぞランサー。風王……結界(ストライク・エア)!!!」

「いざ、覚悟」

 

 

 剣を構えたセイバーは、己の宝具を隠蔽していた風の結界を解放。解き放たれた大気の渦が、キャスターを護っていた海魔の壁に一筋の活路を開いた。その渦の中を最速の英霊たるランサーが駆け抜け、自慢の宝具、魔力を絶つ破魔の紅薔薇を突き出した。

 2匹の海魔がそれを防ごうと飛び出すが、もう一つの必滅の黄薔薇に斬り伏せられ、最速の槍がキャスターの本を狙う。

 

「抉れ、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)!!」

「うああ」

 

 ランサーの赤い槍で貫かれたキャスターの宝具は、その効果を失う、そして、宝具の魔力供給を絶たれた海魔達は自分の存在を保てず、夥しい血を振りまいて消滅する。

 

「貴様貴様、貴様ぁああああ!」

「ふん。我が破魔の紅薔薇の味、如何だったかな」

 

 自分を守る軍勢が消えた事で、護りが無くなるキャスター。その背後からセイバーが剣と殺気を携え近づく。

 

「覚悟はいいか、外道」

「くぅう、くううううううう!!!」

 

 歯茎から血が出るほど悔しさで噛み締め、鬼のような形相を浮かべる。だが、セイバー、ランサー、そしてブレイカーの三人を相手にキャスターが出来ることなど限られている。セイバーが一撃で切り伏せようと、剣を構えた時、キャスターの足元から夥しい血飛沫があがる。それは、死んだ海魔の血をキャスターが利用した煙幕だった。血飛沫に巻き込まれたセイバーはセイバーを見失う。

 

「逃げられた? 卑劣な」

「そのようだ。上手く霊体化されたらしい」

 

 キャスターの気配が消え、逃げられた事を知るランサーとセイバー。だが、次の瞬間ランサーの顔が曇る。

「ランサー、どうかしたのか」

「我が主が危機に瀕している。どうやら俺を残してそちらの本丸に斬り込んだらしい」

 

 自分の主が命の危機に脅かされていると知り、ランサーの表情は暗い。だが、セイバーのマスターを相手にしている以上、彼の救命は目の前のセイバーを倒していかねばならない。

 

「恐らく私のマスターの仕業だ。ランサー、急ぐがいい。己が主の救援に向かえ」

「騎士王、かたじけない」

「よい、我ら二人は尋常なる決闘で雌雄を分けると誓った筈。共に騎士の誇りを貫こう」

 

 彼女の言葉を聞いて霊体化するランサー。それを見送ったセイバーは、背後に少女を抱えたまま傍観しているブレイカーに目を向ける。彼はセイバーを見下ろしながら呟いた。

 

「ランサーを行かせるのはいいんだが、お前は行かなくていいのか?」

「問題ない。彼は高潔な騎士だ、卑怯な事はすまい。それよりも、倉庫での事も含め、礼を言うブレイカー」

「まぁ貸ってことで。……一つ質問してもいいか?」

「私に答えられる事なら、答えよう」

 

 ブレイカーの意図が分からないが、質問なら答えるしかない。彼に受けた恩はあまりに大き過ぎる。ただ、マスターの情報などは自分も知らないし、明かせない。そんな中で彼の質問は驚くべきものだった。

 

「銃機を扱うマスター知ってるか?」

「え」

 

 あまりに心当たりのある質問に、セイバーがうろたえる。その反応を返答として受け取ったブレイカーが目に殺意とどす黒い何かを込めてセイバーを見る。その殺意その物が物質的な凶器のように突き刺さる感覚を覚え、不意に剣を握る手に力がこもる。

 

「答えなくていい。ただ、伝言を頼みたい。頼めるか?」

「あぁ」

「今度、くだらない事をすれば……お前の全てを壊す。たとえ、地の果てに逃げようとも」

 

 それは明確な切嗣に対する宣戦布告。見る限り冷静で飄々とした彼が、初めて見せた敵意の感情に、セイバーはつばを飲み込み、動揺を見せぬよう頷く。

 

「伝えよう」

「サービスだ。このガキは、警察署の中にでも置いてくる」

 

 そう言い残して、ブレイカーは森を駆け抜けていく。彼の気配が森から消えた時、セイバーは直感で嫌な気配を感じて、その方角へと駆け抜けていく。

 

 

―――ー――

 

 一方。昼間のアルカとの戦いで頭に血が上ったケイネスは、アインツベルンの城に単身で突っ込んだ。そして、アルカに強奪された礼装の予備を用いて、切嗣と戦闘。切嗣の仕掛けたクレイモアや地雷などの現代兵器をことごとく月霊髄液の自立防御で突破。破格の礼装の力で持って、切嗣を追い詰めていくが、彼の切り札たるコンテンダー・カスタムから放たれる30-06スプリングフィールド弾で、手痛い傷を追う。

 

 それでもなお、同じ攻撃を喰らわないために魔力消費を大幅に増加させた防御を編み出した。だが、それこそが魔術師殺しの衛宮切嗣の狙いだった。

 

 暗い通路で追い詰められたように振る舞い、再びコンテンダーを構えた切嗣。対峙したケイネスは、同じ手は食わないと全力の防御を施行。そして、切嗣の弾丸が放たれそれをケイネスが水銀でガードした。どう考えてもケイネスの防御は完ぺきだった。

 

「がは、あぁああああああ」

 

 だが、銃弾ではなく。銃弾の持つ特殊な効果によって、ケイネスは全身から血を吹いて倒れた。魔術師殺したる彼の切り札『起源弾』は、切嗣の持つの起源「切断」と「結合」の複合属性を、相手に発現させる。強力な魔術でこれを防ぐと、彼の起源が発現、全身の魔術回路がめちゃめちゃに繋がれ、魔力によるショートを起こす。その威力は、強大な魔力を持つ者ほど甚大で、致命的である。

 

「終わりだ。ん」

 既に虫の息であるケイネスに、コンテンダーではない別の銃。キャリコM950を発砲するが、主の救援に駆け付けたランサーがその槍で銃弾を弾く。そして、英霊相手に戦闘手段を持たない切嗣は、ランサーがケイネスを抱えて離脱する光景を見るしかなかった。

 

 

―――ー―――

 

 そして、混乱の最中。暗躍していた言峰綺礼は、主や愛する夫の元に行かせないと阻んだアイリスフィールと舞弥を人間離れした体術で打破。舞弥は、肋骨のほとんどを骨折、アイリも腹部を黒鍵で貫かれた。だが、救援に駆け付けたセイバーにより言峰は離脱。

 重症だったアイリも、セイバーを召喚するのに用いた触媒『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を体に埋め込んでいたことが幸い。セイバーが傍に来るだけで、傷が回復した。

 

 そして、重症の舞弥に対して、アイリは治癒を使って、彼女の傷を癒した。

 

 

 ランサー陣営とセイバー陣営に、浅からぬ損害を与え、今宵のアインツベルン城での戦闘は幕を閉じたのだった。子供たちの血を流して……。 

 

 

 

tobecontinued




 少しだけ改変されたようなされていないような。少しづつですが感想も頂けて、モチベーションが上がるので、感謝です。これからも宜しくお願いします。


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