冬木の川に面した広い空洞。本来は水害などで用いられる安全のための施設なのだが。其処を利用する人物、雨生龍之介によって地獄が広がっていた。彼の周りには、彼の異常性を示す芸術品が転がっている。
それは、冬木で誘拐した子供たちを家電にした作品だった。目を電球に変え、生きたままスタンドに変える。頭部と背骨だけを残して、傘と組みあわせる悪趣味な創造品。それらが誘拐された子供の数だけ存在していた。
腐臭と血の匂いが立ちこめる空間で、彼は自分の作品に酔っていた。そんな彼の所に、キャスターのサーヴァントが現れる。
「あ、お帰り旦那」
優しく帰りを迎えられたキャスター。だが、憤っていた彼は、龍之介を無視して彼の作っていた作品を右手で握りつぶす。
「あああ!! そんな」
握りつぶされたのは今、死ぬ事もできずに生き地獄を味わっていた少女の頭部。不幸か幸いか、キャスターの手によって地獄の苦しみから解放された少女と少女を失った事を残念がる龍之介。彼の手には令呪が浮かび上がっておりキャスターのマスターこそ彼なのだ。
元々龍之介は、聖杯戦争の参加者ではなく、世間を騒がせる連続殺人犯である。たまたま、気まぐれに押し入った家庭で先祖の持っていた魔術書で召喚を行い、キャスターを呼び出した。彼とキャスターはお互いに殺人者と言う面と異常者と言う面が合致し、冬木の町に死を振りまきながら、互いに愉しんでいた。
「忌まわしくも神めは、今だジャンヌの魂を束縛したまま放さない!!」
キャスターは狂ったように理性の宿らない目で呟く。錯乱したまま、自分の正統性をうたうキャスターに龍之介は賛同した。
「うんうん、旦那の言うとおりだ」
「旦那の方がよっぽどCOOLだ」
今一理解出来ないが、キャスターが一人の女性を取り戻したいと言い、それを邪魔する存在が居ると。わずかばかり情報を拾いながら、彼を持ちあげる。そして、目の前の死の巨匠は、より多くの生贄をと言う。
「えっと、それってつまり、これからは質より量を重視って感じ?」
「その通りです龍之介、流石龍之介」
「宜しい、まずは捕えた子供から速やかに贄とし、すぐにでも殺して朝までに新たなる子供達を補充しましょう」
「なんか、勿体無いな」
どうにも気が乗らない龍之介だが、ある事を思い出した彼は捕えた子供を殺していくキャスターに話しかけた。
「なぁ青髭の旦那」
「なんです龍之介?」
「質より量の案は賛同するんだけど、一人どうしても捕まえたい子供がいるんだよね」
「ほう、貴方が一人に執着するとは珍しい」
作業を中断し、自分に理解あるマスターである龍之介の意見を取り入れてあげたいと考えるキャスター。両者ともに異常者だからこそ、相手に気を遣う事が出来た。それは、他者を全く考慮しない形ではあるが。彼は、街をぶらつき、適当に子供を誘拐している最中にある得物を見つけた。
「この子何だけどさ。この子だけは俺にくれないかな? なんていうか人形みたいで綺麗な目をしてるんだ、なんていうか芸術魂が、この子なら最高にCOOLな作品を作れるって言ってるんだ」
「ほぅ。この子ですか」
龍之介が見せたのは、獲物リストと書かれた子供の写真。其処に写っているのは、優しげな祖母と手を繋いでいる七色に輝く目をした金髪の少女だった。死の芸術家は、その少女で作り上げる作品を思い浮かべて興奮していた。
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アサシンが討ちとられた事で、教会に保護された事になっていた言峰綺礼は、ハイアットホテルの倒壊の折に、ホテルを見張るマスターの協力者を発見。誰の手先かを問い詰める前に、何者かの手助けにより逃がすが、マスターの追跡させたアサシンの方向を聞き、至急師と父に伝えねばと、教会に戻っていた。
そして、アサシンから聞いた第八の英霊キャスターの存在とその真名と危険性を報告した。
アサシンの入手した情報と綺礼の予想は、キャスターのマスターは、ニュースになっている殺人犯で錯乱したキャスターと同じく聖杯戦争に興味はなく、神秘の秘匿もしない危険な連中だと言うこと。それらを蓄音機型の魔術礼装で、遠坂邸の時臣に伝える。
「これは看過出来んでしょう時臣君」
言峰綺礼の父、言峰璃正は、彼の父親の頃から付き合いのある監督役だ。今宵の聖杯戦争では、時臣に肩入れする協力者である。
「これ以上キャスターの行状を見逃すわけには行きません」
璃正は、キャスターの類を見ない凶行に聖職者として、監督役としてもそう告げた。
『無論です、魔術の秘匿に責任を持つものとして、この地のセカンドーオーナーとしても見逃すわけには行きません』
そして魔術礼装ごしに遠坂時臣も、キャスターとそのマスターを許しはしないと告げる。正義感ではなく、魔術を扱いながら、神秘の秘匿をしない彼らに魔術師として、セカンドオーナーとして粛清するという義務感からの言葉だ。
「早急に手を打つ必要があると思います父上」
「うむ、すでに警告や罰則で済まされる問題ではない。キャスターとそのマスターは早急に排除するより他にあるまいな」
「しかし問題はその方法です。サーヴァントにはサーヴァントを持って当たるしかない。かといって私のアサシンを差し向ける訳にも行きませぬ」
英霊は英霊にしか倒せない。キャスターを倒すに当たって、アサシンを差し向けることは、最初にアサシンを打破したサーヴァントとマスター以外にアサシンの生存を知られてしまう。
「若干のルール変更は監督役である私の裁量の範疇です。ひとまず尋常なる聖杯戦争を保留し、総てのマスターとサーヴァントをキャスター討伐に動員しましょう」
監督役の権限を行使し、聖杯戦争を中断。暴走するキャスターとマスターの討伐へとルールを変更することに決めた言峰璃正。
そのルール変更も遠坂時臣が優位に立てるよう、策を考える事となった。そして、キャスター討伐が決まった後に、エクストラクラスのブレイカー、そのマスターや陣営の話に流れる。
『それで綺礼。ライダーとブレイカーの二名の潜伏場所はわかったのかい?』
「アサシンを向かわせましたが、ライダーの宝具は追跡不可能ゆえ、見失いました」
『そうか。しかし、厄介な事になった』
「はい、此度の聖杯戦争で協力する陣営が、もう一つ……ですね」
通信礼装で、時臣と綺礼は破天荒なライダーと其を支えるブレイカーを特に警戒した。
『ブレイカーの英霊について、もう一度教えてくれ』
「はい。当初ブレイカーと呼ばれた英霊は、ステータスが低く、とるに足らない存在だと報告しました。しかし、アーチャーを翻弄したバーサーカー相手に、ステータスが急増……その数値は最優の英霊セイバーを凌駕。
特殊な宝具を持つバーサーカーを素手で圧倒、撃退いたしました」
『英雄王を帰還させたのは、早計だったか。ライダーは、手の内を見せていないんだったね』
「戦車を伴って現れた以外は何も。只気になるのはライダーのマスターは、至って普通の青年ですが、ブレイカーのマスターは……」
其処まで言うと、時臣が向こう側で同じく、思案する。異質すぎるのだ、ブレイカーもそのマスターも。
『凜と同じ年頃の子供か。何故そんな子供を聖杯は……』
「元々ライダーのマスターと知り合いで、彼によってマスターにされたと言う可能性も」
『そんなことが出来るのは、御三家くらいだ。だがマトモな魔術師なら、戦闘も魔力供給も録に出来ない子供をマスターにはしない』
「何か、別の意図があると?」
『わからない。今回の聖杯戦争は、イレギュラーが多発している。今一度、作戦の補強と今後の展開を予想しなくては』
そう言って時臣は、通信を切った。綺礼も後は彼の指示に従うだけで、今日はやることはないだろう。
(戻るか)
教会に用意された自室に入ると、電気がついており彼が唯一趣味で集めていたワインが空いて、多数転がっていた。
「む?」
誰かが侵入したのかと、黒鍵を持ち刃を魔力で精製する。そして、部屋に踏み込んだ先にいたのは。
「何をしている? アーチャー」
ソファに我が物顔でワインをたしなみながら寛いでいる男がいた。
彼の師、遠坂時臣が今回の聖杯戦争に切り札として召喚したサーヴァント、アーチャーのクラスで呼ばれた最古の英雄王ギルガメッシュ。
この傲慢で勝手な英雄王の暇潰しが、後の言峰綺礼の人生とあり方を大きく変えたのは、彼と英雄王もまだ知らない。
tobecontinued
今回は別のマスター視点ですね。