Fate/make.of.install   作:ドラギオン

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アルカの謎

「伏せろ坊主」

 

倉庫街から飛び立ったライダー達だったが、数十メートル程離れた時、背後から銃声が聞こえた。ライダーは、瞬時に剣を抜いて、それを打ち払った。人間にはできない芸当でも、英霊には銃弾の一発を防ぐのは容易い。そして、弾丸は狙撃であり聖杯の知識から、銃と言う武器での攻撃だと理解した。

随分と卑怯な攻撃だと、発射した人物に眼を向けるが上手く隠れられ見つけられない。アサシンかと勘繰るも、答えはでない。少なくとも狙われる距離であるなら、高度を上げるまでと手綱を握り、ウェイバーの悲鳴で止まる。

 

「アルカ!? ライダー、アルカが撃たれた‼」

「マスター!!」

 

ライダーは、それを聞いて急速に高度を上げるのを躊躇った。彼が視線を落とせば、ウェイバーの手のなかで、アルカが胸から血を流していた。

そう実際に狙撃に使われた弾丸は2発。二人が別角度から同時に狙撃し、ライダーは舞弥の発射した彼を狙った弾丸を防ぐ。しかし、魔術師殺しの撃ったウェイバーを狙った弾丸を見逃してしまった。

 

上手く陽動されたライダーは、正体不明の敵に敵意を向けながら撃たれた少女の症状を尋ねる。

 

「ぼ、ぼくを庇って」

「右胸を弾丸が貫通している。肺に血が貯まって、これでは」

「かひ、かほ」

 

小さな口から血を吐き、マッケンジー夫人に買ってもらった洋服は、赤く染まる。流石にブレイカーも焦っていて、自分の外套を切り取って治癒能力向上の礼装を仕上げる。それを患部に当てるが、治癒の魔術スキルを持たない彼に、ライフル弾を受けたアルカを救うのは難しい。

 

-----一方、狙撃を終えすぐさま移動を始めた切嗣と舞弥は、乗用車に乗りながら情報を整理した。

 

「僕の弾丸は、ライダーのマスターではなく、ブレイカーのマスターに命中したらしい」

「私のほうでも、そう確認しています。あの少女がライダーのマスターを庇って前に」

 

二人は狙撃の瞬間を思い出した。一発はフェイクで、二発目の本命でライダーのマスターの心臓を撃ち抜くはずだった。しかし、発車したチャリオットから、此方を見ていた少女は、発射より前にウェイバーを小さな体で押し退け、ジャンプしていたせいで自分が弾丸を食らっていた。

どう考えても幼児がする行動ではない。

 

「ブレイカーのマスターは、一番楽そうだから、最後がよかった。少し予定が狂ったな」

 

切嗣がそう呟くと、舞弥が車を丁寧に停車させる。車を止めた舞弥に「何故止めた?」と聞くまえに切嗣の口に彼女の唇当てられる。

 

「……どうして急に」

「落ち着いてください切嗣。余計なことは考えないで」

 

再び車内で口付けが行われ、二人が離れると唾液が糸を引いていた。そこで初めて切嗣は、自分の足が貧乏揺すりし、手が震えていたことに気が付いた。冷酷な殺人者、衛宮切嗣の弱さが彼の愛娘イリヤと同じくらいの子供を撃ったショックで発露していた。

自分の娘を撃ったような気分が彼を狂わせようとし、それを舞弥という魔術師殺しを正常に機能させる予備装置が働いたのだ。

 

「あの年の子供が肺に穴を開けられ、生きている筈はない。仮に魔術で治療するにしたって、機材がない。あのマスターは、魔術師としては二流以下だ。直せるはずがないさ」

「では、サーヴァントは」

「ライダーは、征服王。傷を癒す伝承はない。ブレイカーは、真名は分からないが破壊者に治癒ができるのかどうか」

「つまりは」

 

舞弥は、再び車を発進させる。魔術師殺しの切嗣は、無事に再起動していたからだ。

 

「即死はしていないが、その場合病院に行くはずだ。冬木の中で銃撃の傷を治療できる場所は一つしかない。本来魔術師が訪れる筈はない病院だが、策を用意しておいて正解だ」

 

聖杯戦争の準備に当たって、切嗣は魔術師の潜伏しそうなエリア等に前準備をしていた。そして一番可能性の少ない公共の大病院にも用意した。優秀な魔術師なら傷の治癒で怪我を治せる。だが魔術師殺しの殺し方は、相手の魔術師生命を文字通り殺す。

仮に生き残ったマスターがいた場合、魔術が使えない上で重症を負うのだから病院で治療を受けるしかない。

 

「病院に向かい。のこのこ現れたライダーのマスターとあの子供を病院ごと吹き飛ばす」

 

重症の子供を救うために病院におとずれた二人を病院に仕掛けた爆弾で瓦礫の餌食にする。周囲の被害など考慮しない外道な考え。仮にどちらか、または両方が英霊で生き残っても病院がない以上撃たれた少女は死ぬ。どう転んでも一人を撃ち取れ、運が良ければ二人とも。

 

「病院を爆破後、ケイネスのホテルも放火後に爆破する」

「はい」

 

魔術師殺しをのせた車は、真っ直ぐに冬木の大病院に向かった。

 

----------

 

「ライダー、病院だ。病院につれていこう!」

「医者か。方角はどっちだ? 小娘、死ぬなよ。雄牛達よ悪いが急いでくれ!」

 

ライダーもアルカの命が消え掛かっているため、神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)を急かす。ブレイカーは、マスターを抱き上げながら患部を治癒効果のある布で塞ぐ。だが、小さい少女にライフル弾を受けたダメージは、大きく焼け石に水だった。

 

「死ぬなマスター。まだお前は願いすら得ていないだろ!」

「……生きる」

「そうだ、生きるんだアルカ。お前は僕の一番弟子なんだ……世界一の魔術師になる僕の一番弟子なんだぞ、お前なら頑張れるさ」

「もうすぐだ。堪えろ小娘」

 

血まみれの手でアルカの手を取るウェイバーは、涙を流しながら彼女を励ます。元々覇気のないアルカだが、死が迫る中で余計にそう感じる。

(……ウェイバー泣いてる。これは何?)

 

自分の手をつかむウェイバーやブレイカーから、透明な何かが彼女の中に流れ込んでくる。特にウェイバーからは顕著で、彼の暖かさが彼女の空白な部分を埋めていく。

その暖かい何かを解析したとき彼女の脳と心に衝撃が起こる。

 

-----生きてほしい。死なないでほしい。

 

(これは……)

 

彼女がこの数日間で得た情報や感情にはない。強いて言えば、ウェイバーを庇った際に起こった正体不明の衝動に似ていた。欲望ではなく、もっと純粋なもの。

 

 

空っぽの記憶の中で、謎の映像が流れる。その映像では、輪郭がぶれて見えないが男性と同じく輪郭がぶれて見えない女性が対峙していた。

 

――――

 

「―――ハ、ハハハハハハ。何故だ何故死徒にまでなった私の力が届かない! これだけ手を尽くしたというのに手も足も出んとは……。だがな第六法の担い手よ! 私は滅びぬぞ! 私は滅びぬ! 既に私は現象と成った不滅の存在だ!! 貴様が死のうとも、私は死なない! せいぜい僅かな生を楽しむがいい!」

 

何かを宣う男性は、全身を無数の事象に八つ裂きにされていた。そして、無数の事象に磔にされた存在は死ぬ前に呪いを残す。それを冷たい目で見つめる女性。

 

「貴方は、私には勝てない。私の力、その根元は誰かのためにと、心の底から産まれる力、その名は"祈り"。人類の滅亡回避は、立派だけど、所詮は自分のための貴方じゃ……第六法は相応しくない」

 

聞いたことの無い女性の声が、頭に響いて映像の男性は、肉体が消滅し、構築していた霊子が霧散。完全に消滅し、悲しげな女性の表情だけが残った。

 

 

------

「祈り……」

 

アルカが薄れ行く意識の中で、空っぽの記憶から掘り起こしたウェイバーから流れる力の名前。そして呟いた瞬間、アルカの中に流れた透明な何かが、熱を持って弾ける。

 

「マスター!?」

「なんじゃこの魔力は?」

「しっかりしろ」

 

3名が突然発光したアルカに驚く。特に一番驚いたのはウェイバーだった。握っていたアルカの手が、突然粒子になって触れられなくなったのだ。

 

「アルカ!!」

「これは……まさか」

「余も……こればかりはぶったまげた」

 

突如として、体が粒子。正しくはエーテル体となり、消えていくアルカの体。突然粒子に変わってくアルカを止めようとウェイバーが掴もうとするがブレイカーの手によって止められる。

そうしているうちにアルカの着ていた服だけが残る。

 

「う,うあああああああアルカぁあああああ!!」

 

アルカが消えたことで、感情のダムが決壊。濁流のように押し寄せた悲しみが彼を駆り立てる。そんな彼に言葉をかけないライダーとブレイカー。

神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)の床に泣き崩れる。守ってあげなきゃいけない存在に守られて、死なせてしまった悲しみ。それは、ウェイバーに後悔を生んだ。

 

無我夢中でアルカの死に泣き続けるウェイバーの頭を、ポンポンと小さな手で"アルカ"が慰めた。

 

「ほっといてくれ、アルカ。僕はアルカを守ってやれなかったんだ、うう」

「……ん」

 

頭をあげて、無表情で見下ろすアルカの手をどかして泣き出すウェイバー。彼の指示に従って、少し離れたアルカは、仰天といった表情のライダーとブレイカーを感情の籠らない七色に輝く瞳で見据える。

10秒程経って、ようやくウェイバーは何かに気が付く。

「え?……あれ、アルカが……え」

涙と鼻水でグシャグシャのウェイバーは、顔をあげて目の前にアルカが居ることに気が付く。これは自分の罪悪感と後悔が生んだ幻ではないかと、頬を引っ張るが痛い。

 

「ライダー……僕を殴ってくれ」

「あ、あぁ」

「いった!~やっぱり痛い、そして見える」

 

言われた通りライダーがウェイバーの頬をぶつ。打たれたウェイバーは、頬を赤く染めて痛みを実感するもアルカの幻や夢が消えない。

 

「本当にアルカなのか?」

「……ん」

 

彼の問いのアルカは、いつも通り答える。ウェイバーは、恐る恐るアルカの頬に触れて実態のあるアルカを確認した。

 

「え、えぇえええええ!!」

「気持ちはわかる。だから、落ち着けライダーのマスター」

「英霊の座に招かれ聖杯戦争なんて物に喚ばれた余ですら、摩訶不思議さに度肝を抜かれておる」

 

ライダーとブレイカーは、アルカの身に起こった現象を理解した上で納得できなかった。

 

「おばけ?」

「……う~ら~め~し~?」

 

自分を指差して、おばけかと聞く彼にテレビで見たおばけの物真似をするアルカ。此で良いのかと聞きたそうなアルカ。だがウェイバーは英霊二人に視線を向けアワアワと混乱しつつ説明をもとめる。

 

「俺もわからないんだが事実の確認だけ。ラインが繋がっていることから、マスターは生きてる」

「……死んでないんだな」

「あぁ。魔力も供給されてるし、以前より過多なほどな。そして、マスターが光になった現象だが」

 

ブレイカーは、ウェイバーが聞きたいアルカが一度消えた現象について考察し答えを出した。

 

「霊体化したんだ」

「霊体化……それって英霊の」

「あぁ。多少質は違うが、マスターは生きながらに霊体化したんだ。今のマスターの状態は、実体化というより受肉だな。確かな肉体として世界に存在している」

 

ウェイバーは説明を聞くも全然理解が及ばなかった。もちろん説明するブレイカーも理解できていない。多少は魔術知識のある彼でも専門外だった。

「小娘、もう一度、霊体化できるのか?」

「……ん」

 

ライダーの問いにアルカは、両手を広げた上で光の粒子として消える。そこにはもうアルカはおらず、気配すらしない。

 

「実体化してくれ」

「……おー」

 

ライダーの声を聞いたアルカが、再び同じ位置に具現化する。その瞬間エーテル体の肉体から、受肉した本来の肉体に戻っていた。

 

「この霊体化と実体化の間に、世の摂理を超越してるな……何者なんだ俺のマスターは」

 

頭を抱えたくなったブレイカー。好きに霊体と肉体を切り替えることができる魔術師など、存在しない。似たような現象で言えば、死徒十二祖などに存在しそうだが、マスターは違う。

 

「羨ましいのう……好きに受肉できるとは」

「いやいや、英霊でもないマスターが霊体化できる理由も謎だ。それに傷が完治しているのも何故だ」

 

明後日な方向の意見を述べるライダーブレイカーが突っ込む。

 

「……怪我。治る」

「ん? 余の剣か?こら、馬鹿者!」

 

アルカが、ライダーの剣を指差すため彼は仕方なく切っ先を少し向ける。それ指で触れたアルカは当然指が斬れて血が流れる。

ライダーも突然の行動に怒鳴る。

 

「……ん」

 

血が流れるアルカの指。それを3人に見せたアルカは、新たに会得した霊体化(偽)で肉体を英霊と同じエーテル体に変換。この時、ブレイカーはまた摂理を破壊したと呆れる。

一時的に英霊と同じエーテル体になったアルカは、破損した箇所を魔力で修復した。瞬時に回復する光景は治癒よりも英霊の回復だった。

 

「英霊は、実体を保つためにこの世の繋がりと霊核が必要なんだ。アルカのこれは」

 

ようやく復活したウェイバーは、教科書の知識を引き出して基本をまとめる。だからこそ、アルカの異常さが浮き彫りになる。霊体化でき、エーテル体になることで、霊核さえ無事ならどんな傷でも魔力消費で回復する

マスター。反則も良い所である。此では英霊とマスターではなく、英霊がマスターである。

 

「……それにサーヴァントと同じ霊核を得ようとすれば、それこそ英霊の座に招かれるか、第三魔法……そんな馬鹿な」

「中々良い線を行ってると思う。第三魔法とは少し違うような気がする」

 

魔術知識のある二人は頭を悩ませる。この世の理に逆らった存在が前にいるため、悩むのも必然。

 

「要約すれば、マスターは霊体化できるようになり、魔力が続く限り死ななくなった」

「こんなの時計塔に知れたら……あ」

「だから、封印指定の彼処に居たんだな」

「全くもってわからん。もっと余にもわかる説明をしようとは思わんのか貴様ら」

 

それ見てみよと、ライダーが二人の視線を誘導すれば。その先でアルカが霊体化と実体化を繰り返していた。その馬鹿げた様子に二人も考えるのをやめた。

 

ウェイバーは、実体化し受肉したアルカを抱き上げた。

「心配かけやがって、このばかはぁ!!」

 

本当に死んだと思い、心の底から悲しんだ少女の生存は喜ばしくも恐怖も感じた。それ故に抱き締めた少女の肌の温もりは、取りこぼしかけた命を深く理解させた。

 

「ばかばか、ばか!! 今度は絶対に僕が護るから、護ってやるからな。ばか」

「……」

 

誰に対して馬鹿と言っているのか、アルカはわからない。けれど自分を救ってくれたのが、微かに浮かんだ記憶の残響とウェイバーの"祈り"であることはわかった。中身の無い自分の生存を心から喜んでくれる事に、アルカの心はまた少し埋まっていく気がした。彼の優しさを感じ、眼を瞑る。

 

ライダーも泣きわめくウェイバーを怒ったりせず、彼の頭に手を置いて、なにも語らずとも気持ちを伝えた。

ブレイカーは、マスターの生存が確定した段階で、霊体化した。マスターを救うために魔力を使いすぎ、アルカからの供給が増えたと言え、限界ギリギリだった。

 

「それで、医者に見せる必要は無さそうだが」

「あぁ、帰ろう。マッケンジーさんの家に」

「……かえる」

 

ライダーは、病院に向かう戦車の方向をマッケンジー家に向けて走らせた。ライダーは、今夜の奇跡について考えていた。アルカの復活が聖杯のよる奇跡なのかが、わからないが。奇跡であることは確定だ。なら、聖杯の奇跡とはどの程度であるか、興味が湧いた。

 

 

アルカの復活によって、病院に向かわないベルベット陣営。これにより待ち伏せした魔術師殺しの策も不発に終わった。

しかし、ランサーの呪いを解除するため。ハイアット・ホテルの爆破によるケイネス殺害は実行された。そして、倒壊したビルの調査をしていた警察が見つけた銀色の玉それに触れた瞬間、回収を指示し何処かへ向かう警察。

 

水銀のなかで最愛の女性を抱き抱えるのは、ケイネスその人であり、彼の手には一枚の資料が握られていた。

 

その資料は、時計塔からの報告であり『脱走した封印指定の詳細』と描かれ、魔術によってイメージが投影された写真とデータが記されていた。

 

内容は【封印指定・666番】魔術属性【内包】 魔術起源【昇華】と書かれ非常に珍しいサンプルであり、潜伏先を見つけ次第、捕獲されたしと記されていた。本名の部分は、古い資料ゆえに不明とされていた。

 

描かれた写真は、試験管の中に眠るアルカだった。それらの資料は時計塔から、ケイネスに依頼された封印指定の回収だった。

 

―――ー――

 

 時間は少しだけ遡り、車の往来が無くなった山道の道路をメルセデス・ベンツ300SLクーペが走る。その運転は荒々しく、気品を感じさせるボディからは考えられない運動性を発揮していた。

 

 

「それでセイバー、左手はどう?」

「傷は浅いので、問題はありませんが、宝具の最大開放はできません」

 

 メルセデスを、男勝りで荒々しい運転にて駆け抜けさせているのは、銀髪に赤い目の貴婦人アイリスフィール。助手席に座るセイバーと彼女は話しながら拠点であるアインツベルンの城に向かっていた。

 

 

「ライダーの味方のサーヴァント……ブレイカーは何者なのかしら」

「わかりません。ただ、相当手ごわい相手だと言うのはわかります……未だに武器らしきものを持たず、素手でバーサーカーを撃退しました」

「素手で戦う事が宝具なのかしら? ブレイカーのマスターは、あの女の子なのよね」

「えぇ。奴らはそう言ってました。あのような幼子がどう言った訳で、聖杯戦争に参加しているのか……不可解です」

 

 2人はエクストラクラスの英霊を連れた少女についても、悩む。お昼頃に助けた女の子が聖杯戦争の参加者であり自分達の敵だと誰が思うのか。本当に彼女がマスターなら、彼女を殺す事になる。そう考えると騎士のセイバーや一児の母親であるアイリは憂鬱になる。

 

 2人が暗い表情をしていた時、セイバーは直感で前方に気配を感じる。

「止まって、アイリスフィール」

「え」

 

 セイバーの制止を聞いてアイリはブレーキを踏む。急ブレーキで大きく左右にぶれながらも、ヘッドライトの光で照らされた人物にぶつかる事はなかった。

 

「セイバー?」

「私が車から降りたらすぐに貴女も降りてください。なるべく側を離れないように」

 

 車から降りたセイバーとアイリスフィールの前で、セイバーを怪しい光がこもる大きな目で見つめる人物。奇妙なマントを纏い、細身の腕を胸の前で組んでいる人物は、人間ではなかった。

 

(サーヴァント? 馬鹿な、もう全ての英霊は揃っている筈だ)

 

 脱落したアサシンを含め、既に七騎のサーヴァントは揃った。なのに彼女の前に居る人物は、通常の英霊とは違う気配だが、分類すれば英霊に他ならなかった。

 

「お迎えにあがりました聖処女よ」

「な!」

「セイバー、この人、貴女の知り合い?」

「いえ、見覚えはありません」

 

 突然セイバーに頭を垂れ、意味のわからない呼び方をする男。セイバーは、その人物に見覚えが無く、記憶を掘り起こしても彼のような奇特な人物なら忘れない筈だ。

 

「おおぉ、御無体な! この顔をお忘れになったと仰せですか!?」

 

 セイバーが彼を知らないと知るや、彼は取り乱し始める。知り合いと勘違いされているのか、今一反応に困るセイバー。

 

「知るも何も貴公とは初対面だ。人違いではないのか?」

「おお……私です!ジル・ド・レェにてございます。あなたの復活だけを祈願し、今一度貴女とめぐり合う奇跡だけを待ち望み、こうして時の果てまでも馳せ参じ、この場にキャスターの英霊として復してきたのですぞ。ジャンヌ!!」

「ジャンヌ?」

「私は貴殿の名を知らぬし、そのジャンヌなどと言う名前にも心当たりが無い」

 

 アイリは聞いた事のある名前に喰いつくが、セイバーは生きながらにして英霊になっている存在。通常の英霊と違って未来の知識を得る事はできるず、アーサー王伝説より後の伝承については知識を有していない。そして、何よりキャスターと名乗った男のせいで、今回の聖杯戦争は8騎の英霊が居る事が発覚した。イレギュラーは、クラスで言えばブレイカーだろう。

「お忘れなのか? 生前のご自身を!? あなたの正体を」

 

 セイバーの胸の内など構わないジル・ド・レェは、彼女の返答に信じられないとばかりに取り乱す。半ば錯乱している彼に、アイリとセイバーは嫌悪感を覚える。

 

「貴公が自ら名乗りをあげた以上、私もまた騎士の礼に則って真名を告げよう。我が名はアルトリア。ウーサー・ペンドラゴンの嫡子たるブリテンの王だ。こたびはセイバーのクラスを得て現界した」

 

毅然とした態度で、己の真名を明かしたセイバーにジル・ド・レェは、しばし呆然としてからいきなり地面を拳で叩き始めた。

 

「おおぉ! 何と痛ましい。何と嘆かわしい。記憶を失うのみならず、そこまで錯乱してしまうとは、おのれ……おのれ! 我が麗しの乙女に神は、何処まで残酷な仕打ちを!」

 

 突然、奇声を上げながらアスファルトの地面を左右の手で殴り始める。細い腕とは言え、英霊の拳はそれだけで破壊力を産む。徐々に地面が傷付いて行く。 

 

「いい加減にしろ、見苦しい!」

 

 一人で勝手に話を進め、あろうことか彼女の存在を否定するかのような言い口に嫌悪感と怒りが沸き起こるセイバー。背後に居るアイリも生理的に受け付けられない彼の狂気に苦い顔をする。

 

「目覚めるのです、もはや御自身をセイバーと御名乗りなさるな、聖杯戦争はすでに決着している!」

 突然理解不能な事を言い始める男。聖杯戦争が終結しているとは、どう言う事だとセイバーが彼を睨む。その視線に籠った意味を理解しない男はさらに続けた。

 

「なぜならば我が唯一の願望、聖処女ジャンヌ・ダルクの復活がここに果たされているのだから!」

 

 男は、自分の願いがかなった事こそ、自身が聖杯戦争の勝者だと言う。そんなものを容認できる筈もなく、セイバーは瞬時に鎧に着替え、風の刃を彼目掛けて振るう。僅かに当らない位置をアスファルトに傷を入れながら進んだ斬撃。それに言葉を止めた男に剣を向けセイバーは言う。

「我ら英霊総ての祈りをそれ以上愚弄するというのなら……次は手加減抜きで斬る。さぁ立て」

 

 寸前まで狂喜していた男は、彼女の敵いを感じたのか、急に表情を無くし立ちあがる。

 

「そこまで心を閉ざしておいでかジャンヌ? 致し方ありますまい。それなりの荒療治が必要、とあらば……次は相応の準備を整えてまいりましょう」

 

 突然雰囲気が変わった男。立ちあがった彼は、落ち着いているにも関わらず、先程よりも強い狂気を胸に秘めているように感じた。

 

「誓いますぞジャンヌ、この次に会うときは必ずや……貴女の魂を神の呪いから開放して差し上げましょう」

 

 丁寧な一礼を交えて、彼の男は消えた。彼女達に強い嫌悪と恐ろしい予告を告げて。緊張から解放されたアイリがボンネットに凭れながら苦言をこぼす。

 

「会話の成立しない相手って、ほんとうに疲れるわよね」

「次は言葉を交える前に斬ります。ああいう手合いには虫唾が走る」

 

 怒りを覚えたセイバーは、不機嫌さを隠さずに元のスーツへと戻る。そして、車の方向に向かって歩きはじめる。

 

「ですが今夜の私にとっては僥倖だったかも知れません。左手を封じられた今の状態で立ち向かうには危険すぎる敵のように感じました」

「そうね……」

 

 2人は、再び車に乗り込んで離れた位置にあるアインツベルンの城へと走り出す。その光景を見ていた存在が二人いた。黒い装束と白い仮面のアサシン”達”である。一体はブレイカーに二体はアーチャーに。それぞれ倒されてもなお、次から次に現れるアサシン。倉庫街を見張っていた個体とも違うそいつらは、セイバーを追う中で、8騎目の英霊の出現を知り、彼等のマスターである言峰綺礼に報告していた。

 

tobecontinued

 




 やっと最初の邂逅シーンが終わりました。これからは、また日常の風景を交えつつ、聖杯戦争も進めて行けたらなと思ってます。

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