Fate/make.of.install   作:ドラギオン

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終戦

 暗い一室。その中央で死体の山に囲まれながら泣き続ける幼いセレアルト。彼女の頬にアルカが優しく触れる。

 

「うぅう、ぐす、ぐす」

「……お姉ちゃん。貴方は、もう泣かなくていい」

 

 アルカは無我夢中で泣き続けるセレアルトをあやすアルカだったが、彼女の背後に現れた気配に反応して振り返る。振り返った先には、セレアルトがいた。目の前で泣き叫ぶセレアルトと違い、うすら寒い笑みを顔に張り付けた大人の姿。アルカと対になる黒いドレスを纏う彼女は、その両手の指を鋭い刃に変え異形の姿となっていた。

 だが、目に光はなくぎこちない動きをしながらアルカへと迫ってくる。

 

「何しに来たのロナアルカ?」

「……お前を殺しに来た。数百年に及ぶ因縁を終らせるために此処に来た」 

「うふふ、さすがにこの場所に入りこまれたんじゃ私でも殺されちゃうわね」

 

 深層心理の中に入りこまれた事で、セレアルト自身も余裕がない。だからこそアルカという存在を排除する事に余念がない。アルカと向き合いながら、既にセレアルトは自身の精神を隔離し始めている。自分の本心(泣き叫ぶ少女)のいる洋館を内包世界に封じ込めようとしている。本来なら自分の精神ごと相手を封印すれば共倒れとなる。

 だが今のセレアルトは、この世全ての悪と彼女の憎悪が融合した女神セレアルトとセレアルトに残った僅かな嘆き。ただ泣き続けるだけの嘆きを切り離し、アルカの魂を封印出来れば安いもの。そう考えた時、アルカは女神セレアルトから彼女の片割れを護るようにアルカが立ち塞がる。

 片手を伸ばし、片方を女神セレアルトに向ける。もう片方の手は、ぐずり続ける幼いセレアルトの頭に優しく添る。

 

「うふふ何をするつもり? もう何をしても無駄よ。貴方は私の用意した最大の罠にひっかかった。この空間はそのセレアルトと一緒に切り離され、貴方の魂は永遠に内包されるわ」

「……いい加減終わりにしなさいセレアルト。あなたはもう泣かなくていい」

「ふ、ふふ。さようなら」

 

 女神セレアルトが精神世界にいるアルカとセレアルト(幼子)を内包世界に存在する記憶の海に廃棄する。その瞬間、形を保っていた洋館が崩れ二人は落下。飛行する事が可能なアルカですら、空間ごと落下する現象に逆らえず急降下する。

 落ちていくアルカと余分な部分を見てほくそ笑む女神セレアルト。アルカが消えれば障害はブレイカーのみ。ブレイカーこそが最難関であるが、彼の場合は平行世界に逃げ込めば解決する。この世界の崩壊は止められるが、目的である全ての世界を消し去り、それからじっくりブレイカーの対策を練ればいい。

 

 確かに誤算は有った、だが勝った。遠回りであるがアルカに勝ち、ブレイカーに負ける事はない。この世界で肉体は消滅するが目的と世界に刻みつけた傷は消えない。ならばゆっくり待つだけでいい。再び機会が訪れるのを。

 

 しかし彼女の耳に「……お姉ちゃん、パパとママの祈りをやっと伝えられる」と聞こえ瞬きした瞬間、女神セレアルトの体を内側から光が貫く。

 

「がはゃ。なん、だ、これ。なんで、嘘、嘘嘘嘘!!」 

 

 勝利を確信した女神セレアルトの一瞬の隙。突然彼女の体を内側から光の刃が貫いた。その刃を抑え込もうと両腕で胸から飛び出した光の刃を抑える。だが今度は刃を抑えた腕と両足から光が漏れ出す。その光の勢いが激しく、四肢が吹き飛ぶ。呪いと悪性で構成された女神セレアルトの体が抑えきれない光によって内側から突き破られていく。

 

「いったい何をした! ロナアルカ!!!!」

    

 一切制御できない光に苦しむ女神セレアルト。全身を内側から焼き焦がし、目が血走る。絶叫に似た怒声でロナアルカの名を呼ぶ。その声に応じるように、セレアルトの足元に広がる記憶の宇宙が輝き始めビックバンのような閃光が内包世界全てを追い尽くす。

 その光に抵抗すらできず呑みこまれた女神セレアルトが目をあける。呪いと悪意で構成された彼女を蝕む純粋で優しい光が広がる空間が広がっていた。内側と外側から光で焼かれた彼女は、顔の左半分を残して消滅を始めている。

 そんな一瞬で満身創痍となった彼女が見た光景は、病弱な少女の傍に寄りそう両親の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 病弱な少女は、腕と頭に包帯を巻き痛々しい姿をしていた。

 

――――パパ、ママ。お姉ちゃん、ロナアルカ嫌い?

 

「違うわよ。お姉さんはとても優しい子なの。本当にできた子で、とっても思いやりに溢れた子なの」

「ロナアルカ。どうかセレアルトを……お姉さんを嫌わないでやってくれ。大丈夫、すぐいつものお姉さんに戻るはずだ」

 

 両親は、幼少のロナアルカに話しかけていた。三人の話は、セレアルトの事だった。セレアルト自身には、ない記憶。根源に繋がる彼女は特別記憶を必要としなかった。全知全能の彼女は欠陥を抱えた事に気づかず。運命に翻弄されるまま壊れていった。

 記憶を保てない幼少のセレアルトは、思い出を作れず求めた愛を感じた傍から失う。それこそが彼女を怪物に変える原因だった。だが、今セレアルトが見せられているのは、ロナアルカの目線からみた両親の記憶。少し視線を逸らせば、たくさんの写真立てに両親とセレアルトがピクニックに行ったであろう写真。その横には海の写真、さらには妹(ロナアルカ)を抱っこしたセレアルトの写真。当時は存在しない写真という技術だが、両親は少しでもセレアルトに思い出をあげたくて根源に至る魔術師としての使命を放棄してまで完成させた魔術だった。

 セレアルトが欲した愛に溢れた思い出が其処にはあった。そして両親は、姉との思い出を交えながら妹を宥めていた。彼らがアルバムを開けば、幸せに包まれた家族の姿。幸せの中には間違いなくセレアルトも含まれていたのだ。

 

(嘘だ。私にあの親達との記憶なんてない。ずっと一人ぼっちだった。これはロナアルカの見せた幻に違いない)

 

 残った眼を大きく開き、その光景を否定する女神セレアルトの傍らに記憶の宇宙から脱出したアルカ。そしてアルカが抱っこした幼子のセレアルト。彼女も女神セレアルトと同じく過去の映像を眺めている。既に泣き止み幸せそうな両親に手を伸ばしていた。

 三人は、過去の記憶を眺める。

 

「……違う。これはまぎれもない真実」

(嘘だ。私が欠陥を抱えている? そんなことあるはずがない!! 根源に繋がる私が……う、ふふふ。騙されない。騙されるものか!!)

「お父様、お母様」 

「……私が今あなたに嘘を言う必要がない。そして、私が最初に触れた祈りは、貴方の事だった」 

 

 アルカが指を弾けば、時が大きく進む。それは日に日におかしくなっていくセレアルトと彼女に付き添う両親。大きすぎる魔力を出鱈目に使用し、周囲を傷つけるセレアルト。しかし両親は彼女を見捨てはしなかった。必死に愛し、護ろうと日々を過ごしていた。

 いつも苦しみに嘆く愛娘が泣き疲れると、両親はセレアルトを寝かしつける。その眠りから覚めた時、娘はその事を忘れると知りながらも傍を離れなかった。その姿をロナアルカはずっと見てきた。

 

 

――――もし奇跡があるのなら、セレアルトに明日を与えてあげてほしい。

――――セレアルトの心に、どうか救いを。

――――私達の命を捧げてでも、娘達を。

 

 体の弱いロナアルカと脳に障害のあるセレアルト。当時の時代背景なら見捨てられてもおかしくない二人を両親は愛し続けたのだ。悲劇によって命を奪われた直後、散りゆく命の中でもロナアルカの中に流れ込んできたのは祈りだった。

 胸に溢れる両親からの贈り物。それを600年の月日をかけて姉と共有するアルカ。明らかにうろたえる女神セレアルトの傍で、幼児のセレアルトは涙を流す。ポロポロと七色の瞳から涙がこぼれおちる。そして、過去の映像となった両親目がけて駆け寄る。だが、彼女の小さな体を映像が受け止める事はなく、両親の体を通り抜けこけてしまう。

 

「うぅう、うぅううう。お父様、お母様……ううううううぅううう」

(やめろ、やめろ!) 

 

 両親を求める純心セレアルトの心の変化によって、女神セレアルトが苦しみ始める。アルカの前で顔を抑えて叫ぶ彼女の姿が、徐々に砂に変わり始める。そして、泣き続けるセレアルトをアルカが抱きしめる。両親の幻に触れられず何度も転倒し、傷付いた少女は、アルカの腕の中でもがく。

 幼い少女の姿をした姉を常時にあやしながら、アルカは彼女の耳元で呟いた。

 

「……パパとママはお姉ちゃんの事本当に、本当に愛してた。だから一緒に帰ろ? 大丈夫、もう苦しまなくていい」

「でも、私、私、悪い事たくさん」

「……ん。だから、私も一緒に償ってあげる。だから、パパとママの所に行こう。今度は迷わずに」

「……うん」

(ああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!)

 

純心セレアルトが自らの消滅を望んだ事で、女神セレアルトが不知火のように内包世界から消滅する。アルカの説得と600年にも及ぶ愚行から解放されたセレアルト。魂は穢れ、思考は悪に染まり、存在は人類悪となった彼女の魂を救う準備は整ったと深い眠りに就いたセレアルトを抱えなおすアルカ。

 純心セレアルトが長きにわたる呪縛から解き放たれ、セレアルトの精神にある内包世界が消滅を始める。徐々に空間が削れていく中で「……最後の仕事」とアルカが呟き目を瞑る。

 

 

 

 目を開いた時、アルカの目には大聖杯のあった魔法陣の塔の最上階が映り、目の前には死闘の末に気絶した衛宮士郎とアン、そしてアルカの戦いを見届けたブレイカー。そしてその傍らに片腕を失い、右手に聖槍を持ったアルトリウスと綾香がいた。

 彼らは円卓王を打倒し、最上階にいるアルカの応援に来たのだ。

 そこで二人が見たのは、何かをじっと待つ聖杯戦争から敗退したはずのブレイカーとピクリとも動かない女神セレアルトが居たのだ。

 

 

 

 

 

「……綾香。来たのね」

 

 アルカが驚愕の表情で固まる綾香に語りかける。アルトリウスとブレイカーはアルカを最大限の警戒を抱いていた。それは当然のことだった。

 

 今のアルカの姿は、怪物となった女神セレアルトそのものなのだから。

 

――――――

 

「どういうこと?」

 

 突然怪物からアルカの声が聞こえ困惑する綾香。綾香の反応はもっともだとアルカは理解。つい伸ばしてしまった腕を下ろして、一歩下がる。怖がらせないよう配慮する女神セレアルトの姿を取ったアルカに綾香が質問する。

 

「どうしてお姉ちゃんが、そんな姿に、それにセレアルトは?」

「……セレアルトの魂自体は、もう大丈夫。でもこの体は、放置すればこの世全ての悪が乗っ取り第二のセレアルトとなってしまう」

 

アルカの説明では、元々セレアルトの体だったソレは、この世全ての悪そのものと同化。セレアルトが消えたとしても元の体に戻る事は不可能だという。そして、現在体の支配権をアルカが制御しているが、内包世界すら飲み込むほど強大な呪いを長時間制御は出来ない。

 そして、アルカが内包世界の制御を止めれば、呪いは瞬時にしてこの世の概念に組み込まれる規模であり、全人類が呪いを受けてしまう。それを阻止する方法はただ一つ。

 

「……ブレイカー。私ごと女神セレアルトを破壊して」

「いいのか? お前の魂も消滅するぞ。お前とは言え二度と、帰ってこれない」

 

 腕を組みながら、自分に介錯を頼むアルカに忠告する。彼女の望みであれば、ブレイカーは無慈悲に彼女のを破壊する。だからこその最終勧告だった。ブレイカーの問いにアルカはコクリと頷き応える。

 

「……どのみち、私はセレアルトを倒した後、人として生きられない」

「妖精になったからか?」

「……違う」

 

 アルカは真相を語った。この戦いが終わった後、アルカはある運命を受け入れていた。その運命は、真に過酷で救いのない未来だった。平行世界全てに影響を出した抑止力の暴走。それを抑えるために、アルカはある決断を下していた。

   

 

「……私は、抑止力となる運命を受け入れた」

 

 ガイアとアラヤの両方がセレアルトによって狂わされた今。アルカは己の存在を第六魔法にて抑止力とする手段を選んだ。人類存続を司る抑止ではなく、抑止力に対する抑止力。セレアルトのような存在と戦う際に、奇跡と言う形で助力する。

 誰にも知られることなく、認知すらされない奇跡として自分を人柱に捧げる。既に第六魔法は発動し、アルカの運命は決定されているため、彼女に迷いはなかった。

 

 アルカの覚悟を置きいたブレイカーは、右手から黒と白の魔力を放出し始め、一撃で女神セレアルトを消滅させる準備を整える。

 

「待って!! お願いやめて!!」

「綾香!」

「おい」

 

 ブレイカーがアルカを殺そうと一歩踏み出した瞬間、慌てて綾香がブレイカーの前に立ちふさがる。綾香は必死に首を振りながら、ブレイカーを阻止しようとする。

 

「お姉ちゃんがまた死ぬなんて、そんなの、そんなのって」

「お前がマスターを大切に思っている事は理解できた。だが、あれは既に限界だ」

 

「う、ぐう。ブレイカー、はやく」

 

 

 ブレイカーを押し留めようとする綾香。だが彼女の背後で制止していた女神セレアルトの様子が急変。突如体を抑え始めると、全身から無数の刃の突いた触手を生成して綾香目がけて発射する。悪寒を感じた綾香が未来視を発揮して、己が切り刻まれる姿を見る。

 その光景に恐怖した時、聖槍を持ったアルトリウスが迫りくる刃の触手を振り払い、綾香を守る。

 

「綾香、彼女を解放してあげよう。これ以上苦しめるのは、酷だ」

 

 アルトリウス達の前で、女神セレアルトとなったアルカは苦しみ始める。この世全ての悪を取り込んだ体の制御が難しくなったのだ。次々と体が腐敗し、再生を繰り返す女神セレアルトの体は吸収した人理焼却の炎によって内側から発火する。燃える体を必死に制御しながら、耐えるアルカ。

 セレアルトの魂が眠った事で、この世全ての悪が新たな寄代を求めている。アルカを完全に取り込むことはできないため、セレアルトの目を持つ綾香を狙っているのだ。10年近く魔眼を宿し、妖精化(セレアルト化)の進んだ綾香の魂を取り込めば、第二のセレアルトとする事が出来るとこの世全ての悪が暴れる。

 

 次々に女神セレアルトから手の形をした触手が差し向けられるが、それらが綾香に触れる前に、聖槍に籠った魔力を解放したアルトリウスに消し去られる。聖槍を床に突き刺し、光の魔力を解放し一種の結界を形成。それによって綾香を守る。

 

「他に方法は本当にないの?」

「あれば、あいつは実行している。お前やお前の周りの奴らを守るために、あいつは自分を捧げる決意をしたんだろう。

 

 自分を失っていた人形が、最後に持った願いはお前達の平和だ。これは犠牲じゃない、あいつの本当の願い、だからこそ俺が叶える」  

 

 ブレイカーは、力無く崩れ落ちる綾香を避けて、この世全ての悪と戦うアルカへと歩み寄る。遺恨なく彼女を殺せるのは、自分の宝具だけ。ブレイカーは、自分の使命を果たすために進む。

 

 

「お願い……お姉ちゃんを、救って……」

 

 綾香が不安定ながらも発揮した未来視。アルカを救う方法を求めて視た未来は、綾香が躊躇した事で苦しみの中でこの世全ての悪になる姉の姿だった。そんな未来を見てしまっては、綾香も現実を受け入れるしかない。 

 

 

 

「了解した。全てを終らせよう」

 

 背後から懇願する綾香の言葉にブレイカーが答える。そのまま一歩一歩前に進むブレイカーは、右腕から膨大な魔力を放出し、女神セレアルトの前で立ち止まる。醜い怪物へと変貌していく女神セレアルトの頬に触れ、その呪いに蝕まれようとも、彼は話しかけた。

 

 

「俺はお前と出会えてよかった」

「……ブレイカー?」

「壊す事しかできない俺に、意味を与えてくれたことを感謝しよう。お前が俺のマスターになってくれた事で、俺は初めて生きる事が出来た。護ると言う事の意味、失う絶望、あらゆる感情を、その全てをお前は俺に与えてくれた」

 

 ブレイカーは、内側から人理焼却の炎に焼かれる彼女に礼を言う。脳裏に浮かび上がるのは、決して薄れる事のない彼女をマスターとした日々。人を育て共に成長していく日々の想いを、全て感謝した。

 

「礼を言う。お前との契約は、かけがいのないものだったぞアルカ。……忌まわしい魔力よ、その力で因果を断ち切れ”この世全ての終わり(ブロークン・ファンタズム)”」

「おねええちゃーーーーーん!!!!!」 

 

 ブレイカーが女神セレアルトごとアルカに向かって宝具”この世全ての終わり(ブロークン・ファンタズム)”を真名開放。至近距離で放たれた魔力の光が女神セレアルトごとアルカやセレアルトの魂、この世全ての悪と抑止力の断片、人理焼却の炎……人類悪としての彼女を構成した全てが消えていく。

 巨大な爆発の光で決戦の場であった空まで届く魔法陣の塔は倒壊を始める。その光が輝くなか、綾香の悲痛な叫びだけが響いた。

 

 

「このままでは塔が崩れる。脱出しよう綾香」

「――――――うん。衛宮君やアンお姉ちゃんを連れ出さないと」

 

 崩れゆく塔から脱出を決めた綾香。振り返ることなく衛宮士郎とアンを光の帯のような魔術で持ち上げると、風を操作しセイバー(アルトリウス)と共に塔から飛び降りた。その時、綾香の胸に刻まれた命を奪う令呪が消えてなくなり、綾香の手に正しい令呪が刻まれる。そして、妖精化していた体が徐々に綾香自身の物へと戻り始める。

 自分の掌に令呪が現れた事と姉との繋がりが切れた事を感じ、元凶であるセレアルトと姉が本当に死んだと知る。自分の令呪が刻まれた手を抑えながら、綾香は下で自分達を待っている仲間や家族の元へと戻った。

 瞳に涙を溜めながら。

 

 地上に降り立った綾香達を迎えたのは、ウェイバーだった。

 

「無事だった、か。だがアルカは」

「ごめんなさい。わたし、何も」

 

 泣く綾香に「お前はよくやった」と慰める。彼も冷静でいるようで心境はアルカの死に深い悲しみを覚えていた。綾香からアルカの最後を聞いている間、取り外していた眼鏡を悔しさから握りつぶしてしまった。

最後にアルカと会ったとき、あの子の目は覚悟に染まっていた。それを理解してしまったために止めることができなかった。

守るべきものを守りに来た筈が、結局は幼かった少女に守られた。命を賭けて世界を救うというアルカの最後の行動、あれほど他者に捧げるだけの人生を送らないよう教育したはずだったのに、結果は同じだった。

だがウェイバーは、涙は流さない。アルカの望みを最も理解しているからこそ、あの子の残した家族を支えねばならばいのだから。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 ここにイレギュラーしかなかった全人類を巻き込んだ第5次聖杯戦争の終戦が決まった。

 

 優勝者はおらず勝者は……。

 

 沙条綾香と彼女と契約する英霊セイバー(アルトリウス)、アサシン(佐々木小次郎)、ランサー(クー・フーリン)で構成された沙条陣営。

 衛宮士郎と遠坂凛、英霊セイバー(アルトリア)の遠坂陣営。

 一度脱落したイリヤ・スフィール・フォン・アインツベルンと彼女が第六魔法によって召喚したバーサーカー(ヘラクレス)。 

 世界規模の破壊を阻止するために途中参戦したウェイバーと召喚されしライダー(イスカンダル)。  

 

 

 彼らの奮闘と多くの犠牲を伴った神話にも勝る戦いは、幕を閉じた。

 戦いの傷跡は大きく、失うものも多かった。

 大聖杯の消滅による事実的な聖杯戦争の消滅、人類全ての抹殺計画、それに伴う影響は計り知れなかったが、幸いにも被害が冬木という地方都市に留まっていた事で情報の隠ぺいは可能だった。エルメロイ派の活動と、何処からともなく現れた人理継続保障機関と名乗る勢力によって情報統制が為された。  

 

 そして、誰にも語られる事のない世紀の英霊大戦は、歴史の闇に葬られたのだった。

 彼らに未来を与える形で。

 

 


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