Fate/make.of.install   作:ドラギオン

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エミヤ

 暗い闇の中、延々と沈み込むような感覚。この闇に溺れれば、二度と這いあがってこられない。それだけは理解できるのに、体が全く動かない。

 

―――――全てが終ったのだと感じる。

 

 記憶に残るのは、守護者と化した未来の己の刃によって敗北したという事実。戻らなければいけない、そう思うのに身体が動かない。そして意識が薄れゆき、記憶すら徐々に闇へと消えていく。

 

―――――ダメだ。もう、俺に、出来る事は……。

 

 思い出すのは、10年前のあの火災。衛宮士郎の始まり。走馬灯を体験している衛宮士郎は、己の人生の原点へと再び帰ってきてしまった。周囲は炎に包まれ地獄が広がる。そんな中で多くのものを見捨てて、自分だけが生き残った。

 いつのまにか、子供の背丈になっていた衛宮士郎は、あの時のように炎の中を彷徨う。だが、アーチャーとの戦いで乗り越えた。始まりである地獄を再び歩むことになるとは思っていなかった。

 

 死の後に訪れるのが、10年前の災害ということは、自分にとって地獄とはやはりこの場所だったのかと納得してしまいそうになる。

 

 どれくらい彷徨ったかわからないほど、地獄を歩み続けたとき、ふと立ち止まる。

 

「ここで、切嗣と俺は」

 

 意図したわけではなかったが、衛宮切嗣と初めて遭遇。その後の運命に大きな影響を与えた場所へとたどり着く。だが此処は地獄だ。生前は衛宮切嗣に救われた士郎だが、死んでしまった今では義父の姿はない。なら、一度は考えた事のある……あの時死んでおけばどうなったのだろうというIFが見れるのだろうか。

 

 そう考えがよぎった時、その場にあった炎が突然一か所に集まり始め、人の形へと変化していく。

 

 

――――士郎。

 

 誰かが彼の名を呼ぶ。その声を聞き間違える事は、一生ありはしないだろう。炎が片付くった人影は、次第に形を正確に表し、彼の良くしる男のものとなった。

 

 

「じ、じいさん」

 

―――――あぁ。久しぶりだね士郎。こうして、また話せるようになるなんてね。再会を祝したい気持ちと、士郎が此処にいる理由に対して、悲しみが渦巻いている。

 

 士郎の前に現れたのは、黒いコート姿の衛宮切嗣だった。しかし、士郎の知る衛宮切嗣と違い、何処か殺伐とした気配を漂わせ、くたびれたように瓦礫に腰掛ける切嗣。そして士郎にも立ち話もなんだからと座るよう言う。炎で焼けた地面に座る事に抵抗を士郎が持っていると、彼は指を弾く。

 そうすると、冬木の大災害の現場が、瞬時にして真夜中の衛宮邸へと塗り替えられる。そして、衛宮切嗣の格好も甚平と変わっていた。

 

――――これで少しは話しやすくなったかな。

 

「あ、あのさ。切嗣が居るってことはここは、やっぱり」

 

 士郎の言いたいことは理解できたらしく、切嗣は月を眺めながら頷く。ここが死者の行く場所だということを肯定された衛宮士郎は、自分の死を改めて認識する。自分は、セレアルトを止められなかった。正義の味方を貫き通すと決め、前へと進み続けたが、途中で力尽きたのだと。

 そんな士郎の心境を察してか、衛宮切嗣が子供になった士郎の肩に手を置く。

 

――――士郎。君はもう死んでしまったんだ。だから、正義の味方に囚われる必要はもうなくなったんだ。

 

「そんな」

 

―――――士郎、僕はね……正義の味方なんて言う呪いを君に課してしまった事を……後悔していた。

 

 衛宮切嗣の口から語られるソレ。衛宮士郎の根幹をなす部分を否定するような一言。しかし、切嗣はそれを理解していながらも口を閉じない。衛宮切嗣から正義の味方を託された夜、今回語られるのは、正義の味方に対する彼の後悔。初めて切嗣から直接、彼の成してきた事を聞かされる士郎。

 彼の正義の味方の在り方、そして犠牲にしてきた人々、その犠牲者のうちの一人が衛宮士郎であると。

 そして、士郎は十分戦ったのだから、死んだ後くらい後悔から解放されるべきだという。自分の罪を懺悔するように語られる、切嗣の言葉。

 

――――だから、もういいんだ。もう君は戦わなくていい。

 

「……」 

 

 切嗣が士郎に懺悔し、懇願するように頼みこむ。己の残したちっぽけな呪いが息子の一生を変えてしまった事実。故に彼を解放しようとしていた。アーチャーとは違った後悔の形。未来の士郎は自分の過去を呪った。だが切嗣は、士郎の歩んだ未来を憂いた。

 自分の残した言葉のせいで、士郎は英霊にまでなり永遠に魂を囚われる。そんあ未来を我が子に望む親はいない。少なからず衛宮切嗣という男は、望みはしない。

 

 彼の言葉を聞いた士郎は、目を閉じながら縁側から立ちあがる。

 義父との最期の語りの光景。再び訪れたこの時間の中で、彼は衛宮切嗣に向き合う。

 

「じいさん。……切嗣の言っている事は、よくわかった」

 

 先ほどまで子供の姿だった衛宮士郎は、彼の精神に引っ張られるように高校生の姿となって座りながら話す切嗣を見下ろす。

 

「けど、俺は既に決めたんだ。絶対に正義の味方になるって」

 

――――――だが、それで士郎は死んでしまった。僕が君を殺したようなものだ。

 

「そうじゃない。そうじゃないんだ。最初は、切嗣の俺を助けたときの表情に憧れた。あの時の顔が酷く尊いもので、俺もそうなりたいと思った。けどさ、今では俺自身の意思でなるって決めたんだ」

 

―――――……し、士郎。

 

「だから、切嗣。俺は何と言われようと、正義の味方を諦めるつもりはない。たとえ死んでしまってたとしても、俺は変わらない」

 

 明確な意思を持った瞳で見据えられ、衛宮切嗣は落ち込んだように視線をそらしてしまう。そして少しだけうつむいてしまう。両手を組んで、酷く悩むように……。

 そんな養父の姿を見て、士郎は「ごめん切嗣。心配してくれたのは分かってる。けど、それでも」と自分の選んだ道を疑いはしない。

 そして、正義の味方であると決めたのだから、死んだ後であっても出来る事を探さなければいけない。まだイリヤ達が必死にセレアルトと戦っているのだから。

 

 パァン。

 

 衛宮切嗣という思い出を後に、背にして歩み始める士郎。だが背後の銃声と共に、咄嗟に振り返ってしまう。

 

「き、きりつぐ」 

 

 城の振り返った先には、衛宮切嗣がいた。甚平姿ではなく、赤いフードをかぶりボディーアーマーを纏い、褐色肌と白髪という姿は、未来の自分(英霊エミヤ)をを思い出させる。右手に発砲したばかりのコンテンダーを握り、士郎を見る目は、どこか寂しげだった。

 突然の変容に驚く事はあったが、自分や彼の姿が変化する光景はこの場所で何度もみている。

 

―――――行くな。士郎。

 

「……いいや。俺は行くよ切嗣」

 

 決意の証明。衛宮士郎の心に呼応するように、彼の姿が死の直前(英霊エミヤの左腕を移植した姿)となり切嗣の制止を振り切る。

 そして、士郎は生きて戦っている皆の事を思い出しながら、一歩一歩進んでいく。死んでもなお、地獄の道を進む息子の後姿。それを目にした切嗣は、銃口を彼目がけて構える。これは警告ではないと殺気が物語る。

 

 しかし、驚いたのは切嗣の方だった。いつの間にか士郎の後姿が変化し、赤き外套を身に纏う男性のものになる。当然ながら衛宮士郎の辿りついた先である英霊エミヤの姿となった士郎は、切嗣と振り返り告げた。

 

「大丈夫だよ切嗣。俺は、後悔だけはしないから」

 

 あまりにも眩い光を見たように感じた切嗣。そういって遠ざかっていく背中。かつて自分が追い求め、諦めざるをえなかった正義の味方の背中。それは確かに彼の息子の背中に宿っている。

 一度諦めた己が、託した息子を止めていいはずがないと思いなおす切嗣。すでに敵意はなく、ただ過去(切嗣)を超え、前に進む一人の男を止める事は野暮だと理解できていた。

 

――――――僕の負けだ。出口は、今僕が開いた。行ってくるがいいさ。

 

 コンテンダーを下ろし、英雄へとなろうとしている士郎を見送る覚悟を決める。そして切嗣の言葉通り、彼の発砲した弾丸が空間を突き抜け、そこからひび割れるように裂け目が広がる。そこに飛びこめと支持する切嗣。そして士郎はそれに頷き、迷う事なく飛びこんで見せる。

憧れが示してくれた道、衛宮士郎が躊躇するはずはなかった。

 

「ありがとう切嗣。俺、頑張るよ」

 

―――――あぁ、頑張っておいで。

 

 息子の背中が見えなくなり、その身体が再び炎へと変質を始める衛宮切嗣。最後に見られたのが、自分には成しえなかった可能性であり、希望。現世で渦巻く絶望に対して今最も望まれる象徴。

 

 本来はあり得ない衛宮士郎との再会。死後の世界であったものの、もう一度だけ語らう事が出来た奇跡。それはアルカの起こした奇跡の一つだった。衛宮切嗣は、突然振り返って目を優しげに細める。

 

 

――――君にも苦労をかけたね。

 

 切嗣が振り向いた先には、清純なる白き衣を身に纏った銀色の髪の女性が立っており、彼女の胸の前には、眩い光を放つ聖杯が顕現していた。彼女は肩をすくめる切嗣に頬笑みながら口を開く。

 

―――――貴方の望みだもの。貴方の望みは私の望み。  

 

 女性はそういうと、空間の裂け目を見て、そこに飛びこんだ一人の少年の事を考える。そして、切嗣の安心した顔を見て彼女も胸を両手で押さえながら「それに」と続ける。

 

――――あの子も、私達の子だもの。母親として、これくらいはしてあげなきゃね。

――――ありがとう。では僕らも行くとしよう。

―――えぇ。子供たちが頑張っているんだもの。私達もね。

 

 フードをかぶり、コンテンダーを握る手に力を込める切嗣。そして、彼についていくように傍に寄りそう女性。二人は、焔に包まれると同時に、別の次元のある戦いへと赴いたのだった。子供たちの未来を守るために……。

 

 


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