Fate/make.of.install   作:ドラギオン

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紅蓮の聖女

 アルカが飛行しながら、最上階へと駆け抜け、雲を超えてようやく頂上にたどり着く。アルカの七色の魔眼が写した光景は悲惨なものだった。

 

 大量の呪いを吐きだす大聖杯。それを破壊に向かった衛宮士郎は、傷だらけで地に附し彼の体を必死に治療するイリヤスフィール。消滅寸前のペルセウスと全身が消し炭の慎二。その隣では、何もかも燃やしてしまいそうな災害の炎を、剣から放つ炎で遮っている聖処女。宝具を発動しているため、その場から動けず徐々に彼女の体が焼けていく様子が目に入る。

 既に勝敗は決していたのだ。その勝者は、その場に訪れた彼女に気がつくと、勝利を確信した笑みを浮かべる。

 

「ウフフフフ、アハハ。遅カッタワネ、あるかぁ」

 

 ほんの少しの間見ない間に、セレアルトは大きく変わっていた。アルカ(元々はセレアルト)の体を取り戻し、成長した彼女だが、今の姿は異様だった。黒きドレスを身に纏い、金髪は同じだったが瞳は黒に染まり切っており、体中に蠢く葉脈のような赤い刻印が刻まれている。そしてその葉脈にはアルカの目から見て、濃縮された聖杯の泥が循環しており、血走った目が狂気に支配された事を知らせる。

 そして、セレアルトの豊満な胸の谷間は大きな空洞が開いており、そこからおぞましい瘴気が溢れ出す。聖杯の呪いをさらに汚したような瘴気は空気を呪い、大気中に広がっていく。

 

 アルカの魔眼は、セレアルトの様子がおかしい原因を突き止めた。

 

「……セレアルト、小聖杯を食べたの?」

「エェ。ドンナ手ヲ使ッタカ知ラナカッタケド、オマエハ私ヲ邪魔スル存在ナンダモノ、切リ札ハ、オオイニコシタコトハナイワ」

 

 間桐桜から抜き取った心臓。その中に組み込まれた小聖杯。現在では抑止力すら浸食する呪いを産み出す大聖杯とリンクしたそれを、セレアルトは肉体に取り込んだ。それゆえに彼女の体は少しづつ変貌を始めていた。それは妖精となったアルカを殺すための苦肉の策。現在もイスカンダルの固有結界に囚われたことで弱体化しており、根源接続者になったアルカと戦うことになれば、負けは必須だったのだ。

 アルカが表側に帰還することを知って、咄嗟に取った行動なのだろう。実に厄介なのは、本来暴走してもおかしくないソレをセレアルトは制御化に置いているということ。

 

 衛宮士郎達が、敗北する要因となったそれは大聖杯の前に佇み、意思の宿らぬ目でアルカに弓を引いている。その存在、白髪と引き締まった褐色肌、黒き外套の上に灰色のマント身にまとい、無数の刀剣の弓を構える男性。

 

「……英霊エミヤ?」

「チガウワ。守護者エミヤ。抑止力ノ命令デ、人類存続ヲ阻止スル正義ノ味方」

 

 それは。第五次聖杯戦争のアーチャーだった。英霊としてではなく守護者として世界に召喚された存在という差異はある。故にアーチャー時の意思はなく、命じられるままに得物を殺す機械となっている。

 しかし、彼の雇い主である抑止力は狂っており、人類の存続を脅かす存在の排除ではなく、人類の排除へと機能を向ける。そして現在彼に与えられたのは、人類滅亡の阻止をたくらむ邪魔者達の排除。すなわち、大聖杯の破壊を阻止することが使命なのだ。運命というものはどこまで彼を追いこむのだろうと、凛がこの真実を知っていれば怒った事だろう。

 

 セレアルトが指を弾くと同時に、守護者エミヤから50近い矢が次々に発射される。一撃で人体をミンチにする必中の矢。人智を超えた速度で迫り来る矢だが、アルカは避けない。根源に繋がるアルカには、この未来が見えており既に対策済みだからだ。

 魔術は既に組み終え、無数の矢は一本たりともアルカに命中することなく、主導権をアルカに奪われ、セレアルトへと方向転換し飛来する。

 

 セレアルトも魔術を小聖杯からの魔力で組み上げており、出鱈目な出力で発動した炎が宝具を飲み込み、灰も残さず焼き尽くす。まるで初めから存在しない物体のように、贋作とはいえ宝具が消失する。

 

 人智超えた怪物同士が対立した瞬間だった。人類史だけでなく、宇宙の命運をかけた争いが始まった瞬間だった。

 

 

「……邪魔。くだらない籠手調べはいらない」

「ウフフフ」

 

 

 

  

―――――アルカが辿りつく前。

 

 

 先行していた衛宮士郎達は、大聖杯の破壊という名目でセレアルトと対峙していた。だが、苦しい戦いを想像していた士郎達は、戦う前からセレアルトが満身創痍の状況に困惑する。

 

「な、なんだよ、既に疲労困憊じゃないか」

「そのようだな」

 

 慎二とライダーが、肩で息をしながら苦しげに座り込むセレアルトを見て感想をこぼす。それは、ルーラーやイリヤ、士郎も同じ感想であり、真実だった。既にセレアルトには立つ力も残されていない。

 

「どういうことなんだ。何故、セレアルトは」

「おそらく、新たに召喚された征服王の固有結界でしょう」

 

 ルーラーは冷静に、士郎の質問に回答していく。現実世界では最強のセレアルトだが固有結界によって形成される深層世界では、一人の魔術師でしかない。得意の現実すら改変する空想具現化が発動できず、魔力供給源である冬木の土地から切り離された状況下は、彼女には、魚にとっての陸と同じだ。

 それでも魔力は豊富に蓄えているため、満身創痍のアーチャーを倒す事は出来た。しかし、現在彼女は抑止力を大聖杯の泥を注ぐことで汚染し、巨大な術式を起動して汚染された英霊達を次々に召喚してイスカンダルと戦争している。

 その魔力は何処から、供給されるのか。この巨大な術式を保つために必要な魔力は何処から。

 

 その全ての答えが、満身創痍のセレアルトを見ればはっきりする。セレアルトは一人の魔力を全て捧げる事で、この人類絶滅を行っているのだ。どれほどの苦痛がセレアルトを襲ったかは、魔力切れをよく起こす士郎ですら計り知れない。

 だが、それを平然と行う覚悟がセレアルトにはあるのだ。士郎は、両手に干将莫邪を投影。手加減無用で、ルーラーと共に聖杯の破壊に向かう。

 

 相手が弱っている今なら、容易に破壊できるはずだと駆けだす。当然、セレアルトを警戒したままだが、大聖杯を破壊すれば事態は好転する。そう考え、勇気を持って前に足を踏み出す。隣で走るルーラーも既に剣を掴み、宝具の真名開放の準備に入る。

 

 しかし、それを見たセレアルトは、起き上がるのではなく薄らと口角をあげていた。それが酷く恐ろしく感じた士郎の足が止まり、英霊であるルーラーが異変にいち早く反応した。

 

「士郎君!!」

 

 真名開放直前で、大聖杯の中から飛び出してきた剣群。それらは、狙ったように士郎達に飛来する。咄嗟に干将莫邪で打ち払う士郎。その隣でルーラーも攻撃を剣で払いのける。だが彼らは、この攻撃に心当たりがった。実際士郎は、何度もこの攻撃と敵対し生き残ってきた。

 故に、現在何本も飛来する剣を切り払ないながら、対処することが出来る。一本一本が『彼』の時と違い、確実に殺しに来る一撃。衛宮士郎の力だけでは倒せない強力な力、現在『彼』の腕に宿る経験を持ってしてどうにか捌ける連撃。

 剣を干将莫邪で打ち払うたびに、その剣の持ち主が脳裏に浮かび上がる。

 

「この攻撃! まさか」

「あぁ。間違えるはずがない。打ち出される宝具の全てが贋作、そんな奴は一人しかいない」

 

 士郎とルーラーが前で剣を振りながら、大聖杯の中で攻撃を仕掛けてくる相手を見る。しかし、大聖杯から毀れる泥に遮られて姿が見えない。

 しかし、突然聖杯の泥が縦に裂ける。そして、その隙間からこちらを覗く存在を視認した時。無数の剣を剣で切り払っている二人の体に、矢が何本も突き刺さる。

 

「ぐあああ」

「くぅ」

 

 右肩や脚などの戦闘に置いて活動する部位を、打ち抜かれた二人は苦痛に顔をゆがめる。宝具の剣の雨の間を縫うように、投影された矢が次々に飛来する。狙いは必中であり、直線ではなく変化する軌道を描きながら、次々に発射される。

 一発一発は威力も込められた魔力も低い矢。故に宝具の剣に埋もれてしまい、見落としがちになってしまう。黒い弓から次々に放たれる弓矢の厭らしさが、士郎とルーラーの体に傷を増やしていく。

 そして一息つくことも出来ずに、弓矢と剣に押される士郎達。

 

(アーチャー、お前まで)

 

 士郎は、冷酷に矢を放ち続ける狩人を睨みながら奥歯を噛みしめる。眉一つ動かさず、人類滅亡の片棒を担いでいる。本来の英霊エミヤならそんなことはしない。何らかの手段を講じるはずだ。しかし、彼は機械のように確実に士郎達を殺そうとする。慢心はなく、持てる力全てを行使する。

 数日前の衛宮士郎の心を折る戦いではない、一方的な狩り。自由意思を奪われた始末屋。アーチャーの言っていた世界に裏切られた存在が、目の前の彼なのだろう。

 

「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス )!! レティシア、こっちに、!?、ぐあああ」

「士郎君! これは、本当にマズイ」

 

 自分の眼前に、七つの花弁を持つ盾を投影。それらによって黒いアーチャーの攻撃を遮った士郎。すぐさまルーラーを傍に引き寄せようとするが全面に展開された盾を迂回する軌道で、背後から迫ってきた矢を背中に受けてしまう。

 ルーラーも防御の要である旗を失い、防御力に欠けている。だが、生身である士郎に降りかかる矢と剣を出来うる限り叩き落とす。

 そして士郎もレティシアの背後で、アーチャーの剣群を撃ち落とすために剣を投影する。

 

「―投影、開始(トレース、オン)―憑依経験、共感終了―工程完了。全投影、待機(ロールアウト、バレットクリア)。―停止解凍、全投影連続層写(フリーズアウト、ソードバレルフルオープン)!!」

 

 魔術回路を全て起動、ラインを通して供給されるイリヤの魔力を用いて黒いアーチャーの剣を剣の射出で撃ち落としていく。だが、士郎の剣とアーチャーの剣が空中で衝突するなり、爆発が発生する。既に発射された剣を迎撃した士郎達の付近で爆発が発生。

 

「ぐああああ、く」

「うっ」

 

 それはアーチャーが意図的に『壊れた幻想』で起こしたものだった。飛散した剣の欠片が士郎達を襲い、身体を引き裂く。士郎はとっさに剣をいくつも投影した盾で致命傷を避けるが、傷は深い。ルーラーはそんな士郎を庇って爆発を受けてしまい、重傷を負う。

 

 ボロボロになったルーラーと士郎。そして、アーチャーの攻撃が士郎達ではなく後方に控えるイリヤ達に向けられ始める。黒い弓をイリヤの脳天目がけて放つアーチャー。

 迫りくる魔弾だが、ペルセウスが贋作のハルペーで切り払い、続いて放たれた弾丸も同様にして弾いていく。しかし、埒が明かないと天馬の手綱を引きながら空へと飛び上がる。

 

「ひぃい」

「シロウ!!」

「口を開くな、舌を噛む」

 

 案の定慎二が驚きの声をあげ、イリヤが血まみれの士郎を見て悲鳴を上げる。しかし、現在弓矢で狙い撃ちされているペルセウスに余裕はない。天駆けるサンダルを消し、天馬に跨りながら弓矢の攻撃を回避する。天馬の機動性を駆使して、弓矢を回避し続けるペルセウス。

 しかし、彼が時間稼ぎをしていおる間に、セレアルトが怪しげな行動を取り始める。疲れ切った体で立ちあがり、彼女は慎二達を見ながら高笑いを始めていた。

 その彼女の手には、桜から抜き取った心臓らしき臓器。何をするのかわからない3人だったが、碌でもない事が始まる事だけはわかる。

 

卓越した騎乗スキルを持ってしても英霊エミヤの放つ矢の追跡を振り切ることは叶わない。しかし、回避行動を取るペルセウス達の稼いだ時間で士郎がどうにか起き上がる。体内にある聖杯の鞘の効力で、どうにか起き上がった士郎は左手に陰剣を掴みながら、英霊エミヤに声をかける。

  

「アーチャー、やめるんだ。お前は、こんなこと」

 

 一度彼と全力で魂と魂でぶつかった士郎。彼の意思を知っている士郎は、英霊エミヤを止めようとする。だが衛宮は答えず冷酷な目でイリヤ達を射ぬこうとする。

 

「うふふ無駄よ。彼は貴方の知る英霊エミヤではないわ。今の彼は私が触媒を用いて召喚した人類の守護者。とはいえ、抑止力の機能を反転させたことで、人類全ての敵となった存在。

 自由意思はなく、与えられた使命を遂行する殺戮兵器に過ぎない。貴方達が此処に来ると思ってあらかじめ用意しておいたの」

 

 セレアルトは、困惑する士郎相手に英霊エミヤのマスターは自分だと告げる。その右手に刻まれた令呪は、正に彼女がマスターである事を現していた。

 

「疑似的な召喚でなく、本来の形として守護者を召喚したという訳ですか」

「えぇ、そうよルーラー。この人類抹殺の術は、構造的弱点が多い。その点で言えば、守護者を召喚しておけば、自動で護ってくれるもの」

「しかし、英霊エミヤと貴方の縁は薄い筈。疑似的な召喚ならまだしも、正規の守護者として召喚する方法など」

「触媒を使ったの。衛宮士郎が未来の腕を移植して、知識を得たように……桜の持っていた衛宮士郎の左腕を触媒に召喚したわ。少しでも生身があったことで、英霊エミヤは受肉して人類悪の味方として、確固たる存在となった。貴方達に止める事は出来ないわ。うふふふふ、あははは」

  

 セレアルトは、英霊エミヤを駒にした方法を語る。セレアルトは、士郎の腕を召喚に利用し、ピンポイントで子の守護者を引き当てた。彼女なら別の守護者も用意できたが、この状況下で士郎達の心をへし折るためだけに彼を呼んだのだ。

 

 

「そんなことは、させない! 投影開始(トレース・オン)」

 

 血だらけだが、まだ動けないほどではない。干将莫邪を握りしめ、イリヤ達を狙うアーチャーに切りかかる。自分の左腕に宿る英霊エミヤの経験を引き出し、彼の注意を自分に向けようとする。アーチャーも視界の端で士郎を捉えたのか黒弓を消して干将莫邪を投影。

 すぐさま士郎に応戦する。二人の贋作同士が衝突した時、一方的に士郎の剣が砕ける。士郎は剣が砕けるたびに投影を続け、敵に対して双剣を振るい続ける。打ち合うたびに腕が痛み、身体が軋む。それでも自分に負ける事は出来ないと戦い続ける。

 だが当然、手加減なしの英霊エミヤを相手に士郎が押し勝てるはずはない。砕かれた剣の破片が士郎の体を切り裂き、受けきれない斬撃が彼の体を裂く。

 

 砕けいく干将莫邪に代わって士郎がヘラクレスの斧剣を投影する。しかし、士郎の目は絶望を直視する。士郎より先に、英霊エミヤが斧剣を投影。その真名開放を行っていたのだった。

 

「はやっ」

「――是、射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)」 

 

 英霊エミヤの持つ斧剣が9つの連撃を行う。高速で繰り出された先手必勝の技。士郎は迎撃に至る時間はなく、避ける事も不能。起こりうる未来はばらばらになった肉塊。聖剣の鞘ですら治癒できない避けられない死が士郎に迫る。もう新たな投影も間に合わず士郎は走馬灯を見る。

 どう足掻いても衛宮士郎に死を回避する術はない。この今一瞬の思考すら、瞬きするより先に無産する無意味なもの。 

  

「時間稼ぎ感謝する。騎英の手綱(ベルレフォーン)!!」

 

 そう士郎には避けられない。だが士郎の稼いだ時間を利用し、慎二とイリヤを地面に下ろし姿くらましのマントを預ける事で自由となったペルセウスがエミヤに宝具を使用する。ペガサスの音速を超えた突進が、振り上げられたエミヤの斧剣を打ち砕く。

 危機を察知して、斧剣を捨て後ろに飛んだエミヤ。それが功を奏して直撃を避ける事は出来た。しかし、天馬の彗星は、すぐに方向転換し彼目がけて襲い掛かる。

 

「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス )」 

 

 すぐさま、アイアスを展開するエミヤ。魔力に際限がないためか8つも同時に展開されるアイアス。それを突破するには、ペルセウスが持つ最大火力の宝具でも至難の業。故に彼は笑みを浮かべ、突然激しい方向転換をしたままフリーになった大聖杯へと一直線に向かう。

  

「悪いが、お前の相手をしている暇はない。本丸を一気に叩くぞ慎二」

 

 ペルセウスは、大軍宝具で全ての元凶である大聖杯へと進んでいく。それは慎二の指示だった。慎二達足手まといを置いた事で最高速度での宝具を使用できる利点を活かした作戦。英霊ペルセウスとはいえ、汚染された大聖杯に突入すれば、汚染されるの必須。そして、宝具の火力も一撃で大聖杯を破壊は不可能であると談じる。

 だからこそ、ぺルセウスは自決覚悟で特攻した。彼に慎二が与えた使命は、大聖杯に突入後、宝具を破棄しろというもの。壊れた幻想を用いた内包魔力の爆発で持って一気に大聖杯を破壊しろといった。 

 

(慎二、君の選択をワタシは激励しよう)

 

 慎二の令呪は、綾香と同じ特別製。彼のサーヴァントが消滅すれば同時に命を失うもの。それを理解しながら、念話でペルセウスに指示する。この場所に来た段階で慎二は死ぬつもりだった。元々無理な魔術回路のせいで寿命がほとんどなくなっていた慎二。 

 自分の死に場所としてこの場を選んだ。年若い彼にとってその選択はどれほど重いものだったか。決して慎二は心が強くはない。今だって諦めにも似た境地で命令を下した。

 だが、だからこそ英雄ペルセウスはそのなけなしの勇気を評価する。その勇気を、意思を、自分がこの世界に刻

むために最大威力の宝具を放つ。

 

 流星になった彼の後姿を見て、間桐慎二は透明なマントにイリヤスフィールと身を隠しながら、恐怖でふるえる。右手にはペルセウスから渡されたハルペー(贋作)。それを握りしめながら、笑う膝を必死に抑える。その様子はイリヤからはっきり見て取れ、彼女も慎二の様子に疑問を抱く。

 

 虚を突かれたエミヤが、後方から矢を放つも音速を超えたペルセウスに矢が追い付かない。直撃まであと少し、大聖杯を破壊すれば抑止力の汚染は止まり、セレアルトの計画も破綻する。

 

「仕方ないわ。まだ使うつもりはなかったのだけれど」

 

 好機が一転。ふらついていたセレアルトが不穏な言葉を漏らす。既にぺルセウスは、大聖杯に直撃する一歩手前。この語のに及んで何をするつもりだとペルセウスが危惧した時。彼の前方からにある大聖杯。その黒い泥から強力な炎が発生。

 その炎は意思を持ったかのように、騎英の手綱で突進する彼に迫る。いまさら止まれないペルセウスは、焔を掻い潜って突入する。しかし、その炎はただの炎ではなかった。

 

「馬鹿な。こんなことが」

 

 膨大な魔力を持って突撃する天馬。その魔力の防御力と速度で城を直接ぶつけるかのような堅牢な攻撃。その攻撃が炎に接触した途端。天馬の纏う魔力を燃やし始め、瞬時に天馬の体も炎で包み始める。あまりの熱量に天馬はコントロールを失い、装着していた宝具である黄金の手綱すら髪のように簡単に燃焼。

 膨大な炎の勢いにペルセウスの体が吹き飛ばされ、彼の体が落下の後、地面のステンドグラスに横たわる。横たわったペルセウスの体は、右腕と左足の先が炎によって消滅していた。ただの火傷ではなく、サーヴァントである彼を構成するエーテル自身が消失。まるで紙が燃えた後のように、焦げ目も何も残っていない。

 

「ライダー! なんなんだよ、今の炎」

「あら、何を驚く事があるの慎二」

 

 つい声を出してしまった慎二。その方向を見て七色の魔眼が怪しげに歪む。セレアルトはその声だけで慎二の喉元に纏わりつく蛇のように彼の動きを封じる。そして、彼に見せびらかすように聖杯の泥からあふれ出した炎を手元で操って見せる。

 

「この炎は、人理焼却を行った際に発生する炎」

 

 セレアルトは自分の操る炎をあえて語る。その場にいる全員に終止符を打つために。セレアルトの起こした人類滅亡。それはこの時代だけでなく、抑止力の存在するあらゆる時間、世界で発生。それぞれが世界を滅亡に導く運命を巡る。

 それによって歴史そのものが歪み始め、人理定礎すらも歪んでいく。意思なき時代そのものが牙をむいて、人々の歴史を否定する。そして人理が滅却されることで過去が否定される。それは過去の偉人である英霊達の行いや存在すら否定する現象。

 通常であれば、人理焼却が行われても英霊達の魂は、人理とは切り離された英霊の座に保管されている。だがその座すらも脅かす抑止力の汚染と歴史の否定が重なった結果。

 

「サーヴァントすら瞬時に燃えつくす炎が生まれたのよ」

 

 この世の全てを否定する炎。現代にあるものは何であれ消滅させる炎。そして、現世に存在しない英霊などの生身を持たない存在で過去の存在となれば、抵抗すら許さずに焼き尽くす。炎の前には、英霊達は燃料に等しい。元々この時代に存在しない英霊は、焔に触れるだけで存在を否定。

 果てには、焼き尽くされるのだ。現在もペルセウスの焼かれた腕や脚は、延焼しながら彼の存在を燃やしていく。後数分で英霊ペルセウスは焼滅する。

 

 だがそんな炎を固有結界の中で、弱っているセレアルトが扱える事にイリヤが疑問を覚える。

 

「そんな力、今の貴方じゃ使えるはずないわ。だって、その力を操るなんて奇跡でも起きない……まさか」

 

 そこまで言ってイリヤは、セレアルトが聖杯の器を持っていた事に気がついた。そして、視線を手に向ければ、先ほどまで持っていた桜の心臓がない。なれば心臓がどこに行ったかといえば。

 

「うふふふ、御馳走様。おかげで魔力は漲るし、奇跡の体現が固有結界の中でも可能よ」

 

 セレアルトは舌なめずりしながら、心臓を食ったと告げる。心臓の中にあった小聖杯を直接取り込み、彼女はそれを自分の一部とした。願望器を取りこんだことで、理論を無視した魔術の行使が可能となっている。それは奇跡の体現であり、人理焼却の炎すら手中に置くことが可能。

 だが、イリヤには不可能。イリヤにはそれが可能だと思う事が出来ない。

 

 そして恐ろしいのが、セレアルトに弱点がなくなったということだ。

 

「でもこれ、なんていうか、体の内側から、変化していく感じ」

 

 セレアルトは、身体の奥底から創り変わっていく感覚に違和感を覚えている。この世全ての悪を受け入れているセレアルトだったが、今彼女が取りこんだ小聖杯から溢れ出る呪い。

 それは、セレアルトの人間としての肉体を変異させるほど高濃度になっていた。魔術回路は暴走、細胞は何度も再生と崩壊、腐敗と新造を繰り返していく。自分の体を自分の腕で抱きながら、セレアルトは苦しみに「アハハハハハハ」と笑い声を上げる。

 

 内側から柔らかな肉を食い破ろうと暴れるこの世全ての悪。その牙を受け止めながら、生身の肉体に巣食う呪いを消化していく。徐々にセレアルトに消化され一体化していくこの世全ての悪。それらは過剰な力として人間の肉体を改造。

 人の形をした怪物へとセレアルトを変化させていく。

 

 実際の所、セレアルトは追いつめられていた。次から次に予知できない部分で不都合が起こり、少しづつ攻められる現状。あらゆる絶望を叩きつけてもなお、運命が沙条綾香や衛宮士郎に味方する。仕方なく計画を前押しにして魔力供給がないまま術式を起動。

 英霊の軍勢で押しつぶそうとしてもウェイバー・ベルベットの介入でおじゃんになる。そして、彼女は察知していた。己の片割れであり、妹であり、得体のしれない女が世界の裏側から戻って来たと。

 

 それを察した時、形振り構ってはいられなかった。

 

「お、おい。なんか、様子が変じゃないか? や、やっぱり無理してたんだよコイツ」

「あえて暴走した聖杯を体内になんて、こうなってもおかしくないけど」

 

 セレアルトがうずくまり、狂ったように笑う様を見てイリヤと慎二が取りみだす。だが、その隙をついて自立起動している英霊エミヤが慎二達の背後に現れる。

 

「ひぃいい」

「キャ」 

 

 無情にも振り下ろされた干将莫邪。咄嗟に慎二がペルセウスから預かったハルペーで受け止める事で直撃は回避。しかし、膂力で英霊に勝てるはずがなくイリヤと共に吹き飛ばされる。完全にへっぴり腰の慎二は、ハルペーを取り落とし恐怖から後ずさる。

 しかし、英霊エミヤは戦えない慎二とイリヤに手加減を加える事はない。一度目は、慎二に防がれると想像していない故に、勢いがなかった。だが、二度目はない。

 

「逃げなさい!」

 

 足に刺さった矢のせいで歩けないルーラーが声を張る。戦闘力の低い彼らに英霊の相手は不可能。

 慎二とイリヤに迫った凶刃。イリヤが自分の髪の毛を使い魔に変え、迎撃。慎二も咄嗟に影の魔術を発動してエミヤを拘束しようとするも英霊相手には無意味。

 一太刀で切り払われ、もう片方の刃が二人の体を狙う。そして、鮮血が二人の服や顔をぬらす。その血は、二人のものではなく我武者羅に割り込んできた衛宮士郎のものだった。

 

「衛宮!」

「シロウ!!」

 

 胸を斬り裂かれた衛宮士郎の体がイリヤと慎二の前に仰向けに倒れる。元々重症の上に、とどめの一撃とばかりに斬撃を受けた士郎の体は限界を迎える。慎二とイリヤに支えられる形で横たわる士郎。彼の心臓の鼓動は、友人と姉の前で停止した。

 物言わぬ衛宮士郎の姿に、二人は言葉を失う。しかし、英霊エミヤは過去の自分をしとめた事実に動じる感情は持ち合わせていない。すぐにイリヤ達に襲い掛かる。だが、英霊エミヤの斬撃を足に負傷、さらに片腕を失ったぺルセウスが斬りこんで弾く。

 

「くっ、慎二。すまない、長くもたない」 

 

 どうにか意識を取り戻したペルセウスだったが、人理焼却の炎に蝕まれ、片腕がない状況下で英霊エミヤの相手は不可能。10回もハルペーで彼の剣を弾けば投影された剣軍が彼の体を貫く。内臓はボロボロで、骨は砕ける。最早意地だけで立っているペルセウス。

 彼の守る背後では、心停止した士郎をイリヤが治療し、慎二が自分の頭をかき乱している。

 

「え、えみや、じょ、じょうだんだろ。こんな時に、笑えない。おきろよ、おきろったら! お前が死んだら誰が、桜を救うんだよ」

「シロウ、シロウ!! 目を覚ましてシロウ!!」

 

 必死に治療する中で、セレアルトの小聖杯の取り込みが完了してしまう。小聖杯を飲み込んだ影響で、少し人外の容姿となっていたが原形はとどめていた。その事実が余計に彼女の恐ろしさを表現していた。

 そして彼女の力の安定と共に、投影品であるハルペーが砕け、武器を持たないペルセウスの心臓を干将が貫く。それは彼の霊核を破壊するに十分で、ペルセウスノ最後の抵抗は、英霊エミヤの腕を掴んで消滅まで離さないことだった。

 

「ウフフフフ、ソロソロ貴方達モ、オワカレネ」

 

 人理焼却を自在に操れるセレアルトは、その炎をイリヤ達の方に向かって放出する。その勢いは早く、士郎の治療をするイリヤは決して避けられない。かろうじて慎二なら回避も可能だが二人を見捨てるしかない。

 

「そうだよな、そうさ。はは」 

 

 慎二は迫る炎を前にして立ちあがった。イリヤはそれを見て、士郎を守るように小さな体で彼を炎から守ろうとした。ルーラーは、必死に足を動かそうとするも間に合わない。

 

 終った。誰もがそう思った。セレアルトの放った炎は、イリヤ達を飲み込む……はずだった。

 

「ぎゃああああああああああああああああ!!!!ああああああああああああああああああああ」

 

 人理滅却の炎、その炎が飲み込んだのは士郎とイリヤの前に仁王立ちをした間桐慎二だった。彼は自分からイリヤ達の火避けとなるべく、誰よりも早く動いた。それはただの自殺行為。

 一度着いた火は消せず、間桐慎二という存在を人理から消してしまう。灼熱以上の炎に包まれ、苦痛に叫び、焼ける肌と呼吸すらままならない中で、慎二は無様に地面を転がる。

  

「あついいいいいいい、うあああああああああ、ちくしょう、ちくしょうちくしょう!」

 

 炎に呑まれ、慎二は苦痛に叫び続ける。既に下半身が消し済みとなり、ころげ回ることすらできなくなる。即死できない苦痛が間桐慎二を苦しめ続ける。サーヴァントと違い肉体のある慎二は、瞬時に消滅できない。通常よりも強力な炎に焙られる。

 だが、それで良かった。

 

「おい、おまえ! ああああああああ。はやく、ぐううああああ、えみやをなおせ!!!! くぅうううああああああ」

 

 慎二は炎に包まれながら、イリヤに役割を果たせという。元々慎二は死ぬつもりだった。どうあっても逃げられない死が、死に場所を求めさせた。だからこそ柄じゃない桜や衛宮士郎と協力した。最後くらい、何時もと違う事がしたかった。

 どうせ死ぬなら、自分に感謝させて、士郎達が死ぬまで崇める様な死にざまがよかった。だが、実際は最後まで間藤慎二は無様だと、焼け死ぬ運命の中で悟る。

 

 けどペルセウスが、消滅すれば自分は死ぬ。なら、ほんの数分の命にすがりつく意味なんてなかった。だから咄嗟に体が動いた。自分の体で炎を受け止めようと。自分の命を捨てるなら、少しでも意味のある死に方がしたいと。

 

(僕は、道化だ。けどさ、こんな僕でも認めてくれる奴が居たんだ。なら、これも悪くないよね。衛宮、お前はまだこっちに来るんじゃない。お前が死んだら僕が馬鹿みたいじゃないか)

 

 慎二は最後に、そう心のつぶやき炎に包まれながら死亡した。黒焦げになった身体は、最後の姿を保ったまま、二度と動くことはない。やがて残った肉体すら消滅する。

 慎二の最期を見たペルセウスは、魔力の供給がなくなり消滅を始める。だが慎二の遺体を見ながら、イリヤに声をかける。

 

「ワタシからも頼む。慎二の意思を無にしないでくれ」

 

 その言葉が英霊ペルセウスの最期の言葉だった。ペルセウスが実態を失ったことで自由になった英霊エミヤは静かにイリヤスフィールの元に歩み寄る。その刃で終止符を打つために。

 

 

「コノ固有結界モ、焼キ払ッテアゲルワ」

 

 慎二に興味がないとセレアルトは、大聖杯から膨大な人理焼却の炎、不可逆の抹殺を燃料に燃える炎を汚染英霊達を食い止めるイスカンダルの固有結界に放とうとする。その熱は、地球全てを薪にした温度であり、星のエネルギーそのもの。

 そんな火力を固有結界に放てば、一瞬で結界は消え、イスカンダル達味方の英霊達も燃え尽きる。それは世界の終焉を意味している。無限にわき出す英霊の殺戮を阻止することなど不可能。だが、その炎を止める事は出来ない。

 

 そう、――――――――彼女以外には決して。

 

「我が心は我が内側で熱し、思い続けるほどに燃ゆる。我が終わりは此処に。我が命数を此処に。我が命の儚さを此処に―――――。

 我が生は無に等しく、影のように彷徨い歩く、我が弓は頼めず、我が剣もまた我を救えず残された唯一の物を以て、彼の歩みを守らせ給え。

 主よ、この身を委ねます―――紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)!」 

 

 両膝を床につき、十字架に見える聖カトリーヌ剣の刃を両手でつかみ血を流す聖女。彼女の祈りを持って宝具の真名開放を行うと共に、膨大な炎が人理の炎を覆いつくすように噴き出す。ルーラーの持つ最強の宝具、魔女として火あぶりにされた彼女が持つ心象風景を剣として結晶化したものであり、己の生命と引き換えに生み出す焔が敵対するあらゆる者を燃やし尽くす。

 ルーラー自身を犠牲に、彼女の倒すべき敵を焼き尽くす宝具の威力は、測定不能。今彼女の倒すべき敵は、まさに人理焼却という運命。ルーラーの命のともしびが、固有結界に広がる前に炎と互いに焼きあう。

 

 次第にルーラーの体も消滅を始める。彼女の宝具でも人理焼却の炎を放つ大聖杯を破壊は不可能。炎にさえぎられ、被害を抑え込むのが精いっぱい。だがルーラーはそれを理解した上で使用した。

 

 彼女の役割は、敵を倒す事ではない。絶望に負けず今を生きる少年少女達に力を貸す事なのだから。

 

(後は頼みます。主よ、どうか彼らに御加護を)

 

 ルーラーは、階下から現れたセレアルトと同じ姿をした少女、アルカを見てそう祈った。そして、アルカの到着まで時間を稼いだルーラーは、宝具の効果によって消滅。固有結界破壊に向けられた人理焼却の炎は、全てアルカとの戦いに利用されることとなった。

 

 


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