時間軸が少し戻ります。
表側に通じる穴に突入した黄金の船。孔を通った瞬間、アルカの視界を眩い光が覆い尽くし、気がつけばギルガメッシュや自分が乗っていた黄金の船が消滅。
周囲に広がるのは、先の見えない白いだけの空間。上も下もわからず、自分がどこにいるかもわからない。
突然のことにアルカも困惑しながら、周囲の様子をうかがう。いつの間にか自分だけが異空間に囚われたのかと、根源から現在の状況を入手しようとする。しかし、根源に接続した瞬間、白い空間が突如黒く染まり、背後に巨大な力の渦が発生する。
「?」
アルカは、その背後に現れた渦を見て首をかしげる。それが何かをアルカは知らない。だがアルカは知っている。むしろ、見た瞬間に理解したと言える。七色の魔眼でそれをじっくり観察していると、渦の名から二人の人影が現れる。
気配もなく表れた二人は、最初は靄が掛ったような不安定な姿から輪郭がはっきりしていく。徐々に人型になった二人のうちの一人は、青く輝く瞳を持った和服の女性。彼女が先に話しかけてくる。
「それは根源の渦。君や私の正体であり、全ての因果の始まり。過去と未来と現在、そしてあらゆる可能性が此処にあり私達はそれを見る事が出来る。そうでしょう?」
和服の女性は、青く輝く目でアルカの七色の目と向き合う。彼女の語る言葉に、アルカは同意する。この場所はまさしく根源の渦。物質、法則、時間、平行世界、ありとあらゆる全ての元締めだ。セレアルトの力、その正体でもあり、今は自分もその一部である。根源に繋がるとは、すなわち全知全能を意味する。
悪用すれば、セレアルトの言うに現在ある世界を握りつぶし、新たな世界を築き上げることすら可能。そして、目の前にいる女性も同じ存在だという。
「ん。貴方達が此処に私を呼んだ理由は、セレアルト?」
全知全能の存在が、アルカを、正しくはアルカの魂だけを根源に繋がるパイプを通して引きよせたのだと理解する。彼女の問いに和服の女性は、静かに頷いた。
「そう。私達はもう一人の根源(私達)の行いを見て、此処に貴方を呼んだのよ。本来なら私は傍観しているだけで表に出てくる気なんてなかったのだけど、貴方と彼女の争いは、傍観に徹することは難しくなってきたの」
「そんなに遠まわしで言ったって根源に繋がっているんだもの、意味はないと思うわよ」
和服の女性がアルカと見つめ合うようにしていると、ようやく姿を現した少女の声。声を主を見て、アルカの無表情な顔にも驚きが浮かぶ。アルカ自身、理解はしていたが対面してみると驚くしかない。セレアルトと戦い、体を乗っ取られた際に消滅したはずの沙条愛歌がそこにいた。
アルカの表情の変化を見た彼女は、邪悪な笑みを浮かべる。アルカの知っている彼女とは違う、気を抜けば殺されそうな恐怖。その目を見るだけで、通常の魔術師なら絶望の果てに自ら命を絶つであろう圧力が襲い掛かる。
そして彼女の背後に、存在する邪悪で黒い気配。この世全ての悪と似たような意思を持った呪いを感じ取り、アルカも魔術回路を起動させる。
「……愛歌、平行世界の沙条愛歌」
「えぇ。貴方の中にいたのは平行世界の私。けれど同じ沙条愛歌として見てもあれは、不具合というしかなかったわ」
「……本当に同じ存在?」
「そうよ。信じられないというのは、私も同意するわ」
アルカの味方であり最期まで彼女と妹を守ろうとした愛歌と目の前の愛歌は別人だ。平行世界ということを理解していても、沙条愛歌がコレ(沙条愛歌)になる経緯を根源を見ても理解できない。アルカは自分の関わったことを検索できないと知ってか、沙条愛歌が説明してくれる。
アルカの知る沙条愛歌。彼女は目の前の沙条愛歌と違って、生まれながらの根源接続者ではなかった。ただの人間として冬木の地に生まれ、華族と共に平穏な人生を送る少女だった。本来なら何事もなく人として死ぬはずだった彼女だが、聖杯戦争によって運命が大きく変わる。キャスターに綾香が誘拐されたことで、家族で旅行に行く計画がなくなり怯える妹と家で過ごしていたときだ。
聖杯の泥による災害が発生。両親の死と火災による煙で気絶した妹を逃げたとき、聖杯の泥を浴びた。足元から呪いが浸食したことで愛歌の眠っていた才能が開花。根源に繋がる。
根源に繋がった愛歌は、現在の状況とこれからの未来を知ってしまう。どうやっても抗えない未来が訪れると知る。それは人間性の欠落によって人類悪となった自分が妹を殺す未来。
沙条愛歌という存在に与えられた役割であり抗えない性質。
平行世界の沙条愛歌が既にそれを行っていることを知り、人として生きた期間で培った価値観と家族に対する愛情がある決断を下した。
「……それが」
「そう。聖杯の泥による死を受け入れ、あれ(綾香)を貴方に預けた」
自分が生きていればやがて目の前の沙条愛歌のようになり、綾香を殺してしまう。だからこそ愛歌は、聖杯の泥など無効にできたのに自殺した。その直前にアルカに妹を託す形で。愛歌がアルカを頼った理由は、二つ。根源接続者の資質があり、どの次元の沙条愛歌にとっても天敵となる特異点と契約するマスターだからだ。
そして、もし別世界の沙条愛歌が綾香を殺しに来た場合、彼女を守れるように守りを施していた。
「護り?」
「そう。よりによって私のセイバーを、……憎いわ。自分だけど自分が殺したいほど憎い」
愛歌が綾香に施したのは、平行世界で聖杯戦争を勝ち抜き、沙条愛歌を殺した事のあるセイバー(アルトリウス)を命の危機に瀕した際に召喚する術式。綾香の味方となり、彼女を守り抜く騎士。その召喚の術式を組みこんでいたのだ。
奇しくも綾香の術式は、平行世界の愛歌ではなく愛歌の遺体を利用したの根源接続者(セレアルト)によって発動した。
沙条愛歌にとって想定外だったのは、この世全ての悪に同化したセレアルトが自分の遺体を利用し、魂をアルカが吸収したことだろう。
その事によって発生した誤差がセレアルトにチャンスをもたらし、アルカに人らしさを与えた。同じ根源接続者に身体は、セレアルトに馴染む。逆に愛歌の魂は、アルカの心に大きな変化をもたらした。
やがて運命に導かれるように、二人は争うことになった。その戦いに綾香が巻き込まれ、あらかじめ用意しておいた術式が彼女を救っているのは何たる偶然か。だが目の前にいる愛歌は、なんてつまらないと吐き捨てる。
本来の沙条愛歌はそうなのだろう。他者に興味はなく、ただ一つの目的にのみ動く人類悪。経緯が変われば、アルカとセレアルト、そして愛歌とも戦う未来があったかもしれない。それこそ悲劇だろう。
「貴方達の目的はセレアルトだとして、私に接触してどうしたい?」
「本来なら私も彼女も関与しない些細な暴走だったが、セレアルトは人理滅却を始めている。それは私達へも影響を与えてしまう。でもセレアルトは根源に繋がる存在を干渉できないよう妨害している」
和服の女性が説明するには、セレアルトは10年の間に他の存在に、自分の邪魔をされることを拒み手を打っていたという。そのせいで古い世界を握りつぶし新しい秩序や法則すら書き変えてしまう彼女達がセレアルトの干渉した世界に手を出せなくなっている。
なのにも関わらず、セレアルトの行った抑止力の暴走と人理滅却による世界の消失は、彼女達の世界にも影響する。強引な手段を使えば愛歌はセレアルトの妨害を突破できるというが、セレアルト本人を倒せないという。
「本当に用意だけは周到な子」
「全てを知る私達には無い発想ね。何でもできるんだもの。行動の簡略化は発想にあっても、年月をかけた下準備をする全知全能の考えは分からないわ」
全知全能でありながら、してやられた二人。その理由は、人間性の欠落だろう。セレアルトは根源接続者でありながら、非常に感受性の高い人間だった。人として育ったゆえに、思考が目の前の二人とは大きくずれている。
「確かにね。私は、全てを知っているから世への干渉を止めた。退屈だし、無意味だから」
「私は、目的があるのよ。愛しい私の王子様のためよ。あぁ、会いたい今すぐ会いたいわ、私のセイバー」
悦に浸りくるくる躍り出す愛歌を放置し、和服の女性が続ける。
「目的があるのなら、私達にも察知できた。けれどセレアルトは、おかしいわ。一度混ざった貴方なら分かると思うのだけど」
「ん」
和服の女性の問いに、アルカは肯定する。アルカにはセレアルトの歪みがはっきりと理解出来ていた。両親を何より愛し、彼らのために人として生きようと決めた幼い少女。不幸と現実に絶望し、壊れてしまった。泣くことを知らず、悲しみの中でも笑うしかなかった哀れな存在。
自分が悲しむ事をしていても、笑みが浮かぶほどに壊れた彼女。
「……セレアルトは、自分が望まないことを必死に行っている」
「それが正解。自分自身で判断が付いていないんじゃないかしら。だから私達にも発見が遅れた」
人の痛みのわかる全知全能。なのに自分の心の痛みを理解せず、破壊を振りまいては自分を傷つける。自分が笑っているのだから楽しいはずと星を滅ぼす矛盾の化身。笑みは悲しみの裏返しであり、苦しみの表現でありながら、それを誤認。
故にセレアルトは決して止まらない。自分を見失った彼女にブレーキはないのだから。
「……」
「私と彼女は、あなたに力を渡そうとおもって」
「力?」
「セレアルトを殺す事は、そっちに介入できない私達には不可能。だから貴方にやってもらう。世界の表と裏、その狭間でしか受け渡しできないけれど」
和服の女性と沙条愛歌が、アルカに向かって手を伸ばせば魔力の塊のようなものが現れる。その光は、アルカの持っているブレイカーの宝具へと宿る。
ソレが何かは、見ただけで理解できた。これからセレアルトと殺し合う彼女に力添えとして託されたのだ。死力を尽くして戦う以上、根源接続者の協力はありがたかった。
世界に干渉しない和服の女性、自己の目的以外興味のない愛歌、彼女達がアルカに力を託すほど、状況は切迫しているのだ。
「さぁお行きなさい」
「表側も慌ただしいわ」
青い瞳を持った和服の女性と沙条愛歌が、根源の渦に出口を作る。そこを通るように道を譲る。
「……ん。ありがとう」
アルカは開かれた出口から、表側へと飛び出した。背後で自らを見送る二人の同族へと振り返らずに。
再び光に包まれたかと思えば、景色が一変。砂漠に広がる広大な台地。その中央で巨大な魔方陣が塔のように天へと延びる。
そして地上では、汚染された英霊と通常の英霊達が軍勢となり宝具を解放しあっていた。
数えきれない規模の英霊同士の戦争が行われていた。その光景はまさに表側の戦場だった。ついにアルカは地上へと帰還したのだった。人類の存続と人類の抑止、それぞれの目的を持って争う英霊。地球上で行われた度の戦争よりも過激で美しい戦争。
戦況は、人類の存続側が敵の圧倒的な数と尽きる事のない魔力におされぎみになっている。ギルガメッシュの操舵する黄金の船から地上を見下ろし、そう判断したアルカ。下の軍勢は、ウェイバーと彼の召喚したイスカンダルの軍隊。人類絶滅に抗うただ一つの軍勢、それを失えばセレアルトを止める事は難しい。
「ギルガメッシュ、イスカンダルの軍勢の援護を」
「ふん」
アルカの命令に、心底不機嫌に答える英雄王。だが千里眼を持つ彼は、全てを見通す事が可能。故に、アルカの意図やそれを突っぱねた場合、先にある未来を知っている。黄金の船の先頭で腕を組みながらも、地上目がけて王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の宝具で、人類滅亡側の汚染英霊達を蹂躙していく。
突然の援護射撃に英霊達も、空に輝く黄金の船、その先頭で王として君臨するギルガメッシュに目を向けずにいられない。
そして、いち早くギルガメッシュの存在を見つけたイスカンダルが操る戦車が、空を走りながら迫ってくる。
「ほお、久しいではないか英雄王」
「征服王か。裏側で見ておったが、何という体たらくだ。思わず我自らで制裁を下すところだったぞ」
「よさんか、今はお前との再戦を望むことも出来ん。おまえさんも、理解しておるのだろ。……ん、こりゃたまげた」
イスカンダルは、ギルガメッシュと対面した後、黄金の船に乗るもう一人の人物を見て、心底驚いた顔をする。それはそうだろう。イスカンダルの知るアルカは、幼い少女の姿なのだ。それが今は立派な女性であり、妖精と精霊の中間点のような存在となっているのだ。
そして、戦車に乗るロード・エルメロイ二世もアルカの今の姿に、驚きながらも彼女と向き合った。
「……遅くなって、ごめんなさいウェイバー」
「いや、元は私のせいだ。お前達を聖杯戦争に巻き込み、10年後の今も、こうして地獄が広がってしまっている」
ウェイバーは、10年前の責任を自分の責任だという。身勝手な大人達の争いが今こうして世界崩壊の歯車を噛みあわせてしまったのだからと。
そんなウェイバーの傍までアルカは、羽を静かに動かしながら飛行。妖精としての移動方法で彼に迫り、ウェイバーの手を掴む。
「アルカ」
「ん。私を此処に再び連れて来てくれてありがとう、ウェイバー」
アルカは、ウェイバーの背後に存在する輝く槍を見ながら、彼に感謝する。ウェイバーが用意し、イスカンダルを召喚、その後危険な戦場に身を置いてくれたことで魔力の重点が終わり帰ってくることが出来た。
全ては彼のおかげなのだ。彼のおかげで、アルカは綾香達を助ける事が出来る。そして、自分の半身であるセレアルトの所までいける。
「アルカ、私は……いや、おかえりアルカ」
「ん。ただいまウェイバー」
急に礼を言われたウェイバーが、昔のように取り乱すも、すぐさまアルカを優しく抱きしめ、彼女の帰りを喜んだ。愛する男性に抱きしめられたアルカは、ずっと待ちわびた瞬間に心が温かくなる。大人の男性であるウェイバーの胸に抱かれ、彼との再会を喜ぶように自分の彼の背中に手を回す。
だが、下では激しい戦闘が続き、上では綾香達が戦っている。10秒ほど抱き合った後、名残惜しさを感じつつも、アルカは彼から離れる。
「再会は終ったのか女」
「ん。ここからは手加減無用。全力で敵を倒すだけ。舟の高度を上げて、あの魔法陣の塔へ」
ギルガメッシュに命令を出すアルカを見て、イスカンダルは隣のウェイバーに耳打ちする。
「女子というものは、いつの時代も、まこと強いものよな」
「全くだ。だが、怖気づいた訳ではないのだろ」
「当然だ。余を誰と思っておる」
「なら安心だろう。私達はやれることをするまでだ」
黄金の船が高度を上げたのと同時に、魔法陣の塔から何かに吹き飛ばされたセイバー(アルトリア)が落下してくる。その姿を見たライダーが逸早く戦車を動かし剛腕にて彼女キャッチした。
「ら、ライダー!」
「騎士王よ、随分と苦戦しておるようだな。どうする、上に届けてやるのもやぶさかではないが」
ギルガメッシュの宝具の雨によって優位になった現状、イスカンダルは少しならその場を離れられる。アーサー王伝説、その代表的な宝具である聖剣が見るも無残な姿をしているのを見てイスカンダルが尋ねる。既にアルトリアに戦う力はない。
だが、アルトリアは「頼みます。私は行かなければ」と願出る。それを聞いてイスカンダルもギルガメッシュとアルカを追って、綾香達の戦う階層まで戦車で駆けあがった。