世界の裏側で時を待って待機していたアルカ。地上で家族や友人が危機にさらされ、世界が終りへと向かっていることを感じていた。
その影響を感じてか、世界の裏側に生息する幻獣や妖精たちが騒ぎ始める。人間よりも世界の危機に敏感な生物たちは、これから起こることを知っているのか徐々に世界の楔である光の柱に集まり始める。ドラゴンやグリフィン、セイレーンやゴブリンなど、表側から裏側に移り住んだ生き物たち。
彼らは何のために集まったのか、それを理解するアルカは子ギルに攻撃をやめさせる。既に縄張りに入り込んだ子ギルとアルカに対する敵意はなく、ただ世界の行く末を見つめているだけだからだ。
やることがなくなり、黄金の椅子に腰かけながら事態の進展を待っていた子ギル。その隣で光の柱を見つめるアルカ。
「本当に、向こう側から道が開けるんですか?」
「……」
子ギルの問いにアルカは答えない。ドレスの胸元の記事を握り締め、ただ祈るのみ。その祈りは、地上で戦う大切な人たちに向けられている。
根源と繋がることで、地上の様子を把握したアルカは、信じる彼らの奮闘と託した希望が芽を出す瞬間を待ち続ける。
そして、遂にその瞬間は訪れた。待ちわびた瞬間は、突然光の柱が輝き始める事から始まる。光の柱に異変が起こると、巨大な幻獣達が世界を揺るがす咆哮を上げる。神獣、魔獣など数える事も馬鹿らしくなる数の怪物達の声に応じて、空に孔が開いた。
その孔は、表側で奮闘していたウェイバーの持つ鎌。その性質は周囲の魔力を奪い貯める事にある。イスカンダルの固有結界で英霊達が消滅するたびに最前線に置かれた罐が魔力を吸い続け、ある段階を超えたことで真の姿である最果てに輝ける槍へと変化する。
ウェイバーがそれを持っている理由は、時計塔にて彼の弟子をしているグレイという少女が原因である。フードを被り顔を表に出さない少女だが、彼女はアルトリアと同じ顔を持つ騎士王の末裔と思われる血筋。その彼女の所持物を拝借している。綾香のサーヴァントがアーサー王と聞いた時、彼はすぐさま弟子にそれを借りる事を考えた。戦力の増強目的であったが、その用心深さがアルカを表側に連れ出す道具として機能する。
これは抑止力による後押しなのかと彼も思案したが答えは出ない。
戦車の御台で、消滅する英霊達の魔力を吸い続けたソレが、世界の裏側と表を繋ぐ光を地面に放った。
それにより一時的に世界の裏表を通る事が出来る孔が開いた。
僅かだが表側に通じた孔から、天に浮かぶ人類悪の塊。この世全ての悪を体現する大聖杯とそれを起点に汚染された抑止力が発動した巨大な魔法陣が映る。そして、開いたはずの孔に壊された抑止力からの刺客がなだれ込んでくる。表側から溢れ出た呪いが、英霊としての形を経て世界の裏側にすら浸食を始める。
無数の汚染された英霊達が落下しながら、裏側の生物たちを襲っていく。
「ギルガメッシュ、突破する。舟を」
「いいでしょう。振り落とされないでください」
表側への道は、正面しかない。なだれ込む英霊の大軍を突破する指示を出し、子ギルが舟の操舵を行う。直角に方向転換した船。アルカは、重力に逆らいながら舟の淵を掴む。
黄金の船の周囲には、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)が展開されて英霊の群れを宝具の雨が貫いていく。加速する船のために航路を開く。
「く、有象無象が集まるだけでここまで」
子ギルの王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の連続掃射でも削り切れず残った英霊達が次々に舟に攻撃を仕掛けてくる。
次々に衝撃が舟を襲い、軌道が逸れる。
「……退いて。流転の星・穿て!」
子ギルだけで突破は不可能と感じ、妖精の空想具現化で創りだした槍を次々に発射していく。流星となった槍は、落下してくる英霊達を貫くが、面相手に点での攻撃は効果が薄い。
(こんな所で第六法を使う訳にはいかない)
この危機を脱する術はある。しかし、それを使えば次の使用まで、タイムラグが生じてしまう。セレアルトと決着をつける切り札がなくなる。現状でもアルカはセレアルトに負けはしない。だが勝利も出来ず、最悪の場合も存在する。
だが、アルカに根源が使用しなければ突破不可能と告げ、気を抜いた瞬間。汚染されたアーチャー達の弓や宝具がアルカの使用した結界に衝突。激しい火花を散らしながら、彼女の体が反動で投げ出される。
「しま」
さすがに危機を感じ、自分を置いて上昇する黄金の船に手を伸ばす。しかし、アルカの手は届くことなく、遠ざかっていく舟を見ることしかできない。
「天の鎖よ」
危機的状況に陥った時、振り落とされたアルカの体を鎖が巻きつくことで、支え引き上げる。その鎖を手繰るのは、いつの間にか青年の姿になりエアの剣を右手に握るギルガメッシュ。アルカを殺すと言っていた彼がアルカを助ける事が想定外だった。
ギルガメッシュの天の鎖によって拘束されたアルカは、船へと戻される。
「我が直々にお前を殺すと言ったはずだ女。それを有象無象に殺されるなど、俺をこけにするつもりか」
「……」
「つまらぬ。だが、今しばらくはマスターとして認めてやろう。王たる我に魔力を渡せ女!」
「ん。好きなだけ使えばいい」
乖離剣の真名開放。それを繰り出すことで表側に乗り込もうとするギルガメッシュ。既にアルカと繋がったラインから好き勝手に魔力を引き出す。しかし発射までの間に汚染サーヴァントによる攻撃が過激になる。ブレイカーとの戦闘によって激減した英雄王の宝物庫。
防御用の財宝をことごとく破壊されたことから、舟を守る術が少ない。
「聖杯の泥に汚染された雑種共」
「ギルガメッシュ、宝具に魔力を貯めておいて」
アルカがそう言ったのと同時に、巨大な咆哮がそこかしこで響く。そして天に昇る舟、それに襲い掛かる黒き英霊達に向かっていくつもの巨大な生物が襲い掛かった。それは幻想種最強の竜だった。巨大な翼を広げ、巨体を持ちあげながら英霊にまで昇華された彼ら相手にブレスを吐きだす。
幾重の首を持つ竜や邪竜、ワイバーンなども揃い、ブレスを吐くことでアルカ達の邪魔をする汚染英霊達を焼き払っていく。
世界の裏側で生物たちは、共通の目的を持って侵入者をなぎ払い、表側に行かんとする妖精の少女を守る。本能で理解し、その行動を取る幻想種達。抑止力が機能しなくなったことで、生命が持つ遺伝子に刻まれた生存本能がそうさせるのだ。
「ふはははは。見ろ女。獣どもの方が、世の道理を理解しているとは実に良い皮肉だ。実に我好みだ」
「ん」
竜達のブレスによる援護によって一気に天に空いた孔へと迫った舟。その舵を取るギルガメッシュは、乖離剣を振り上げ、渦巻く原初の地獄を前方に向かって解き放つ。
存在自体が伝説の生物たちに、人類最古の伝説である自分の栄光を見せびらかすように。それは自らの存在の誇示と獣でありながら、自分達の手助けをしたという大義に報いる彼の心意気。
「拝むがいい、天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!」
赤い魔力の竜巻が、孔からあふれ出す汚染された英霊達を吹き飛ばしながら押し返し、活路を開く。そして急加速する舟が遂に世界の表側に通じた孔へと突入した。