再び膠着状態となった倉庫街でようやく立ち上がる事が出来たウェイバーは、ライダーのマントを支えにしながら立ちあがって、前に出ていたアルカを引き寄せる。その様子を見ていたある人物がウェイバーに声を掛けた。
『そうか、よりによって貴様か』
発生源が特定できない声が、周囲に響く。その声はウェイバーには、忘れられない声であり、先程までと打って変わって顔が引きつる。声の主は、ランサーのマスターである人物のそれだった。
「ケイネス先生……」
『いったい何を血迷って私の聖遺物を盗み出したのかと思ってみれば……君自身が聖杯戦争に参加する腹だったとはねぇ。ウェイバー・ベルベット君』
師であるケイネスの声は、ウェイバーに恐怖を植え付けていく。自身に溢れ、ウェイバーを見下している事が声からもはっきり分かる。どこから声がしているのかわからないウェイバーは、周囲を見渡し怯えが顔に浮かぶ。しだいに、アルカの腕を掴んだ手に力が入る。アルカは心配そうにウェイバーを見上げる。
『君ついては、私が特別に課外授業を受け持ってあげようではないか。魔術師同士が殺し合うという本当の意味……その恐怖と苦痛とを、余すところなく教えてあげるよ。光栄に思いたまえ』
絶対的な強者からの、宣戦布告に俯き頭を抱えて震えるウェイバーの肩に、ライダーが大きな手を置いた。そして、皆を率いて世界を駆けまわった征服王の大きな声が、倉庫街に響く。
「おう、魔術師よ。察するに、貴様はこの坊主に成り代わって余のマスターとなる腹だったらしいな」
ライダーは、自分のマスターの強さを見たが故に、再び彼に奮起する勇気を与えるため、反論した。
「だとしたら片腹痛いわ。余のマスターとなるべき男は余と共に戦場を馳せる勇者でなければならぬ。余のマスターは、既に余を納得させるだけの雄姿を見せたぞランサーのマスターよ。未だに姿を晒す度胸さえない臆病者なぞ、役者不足も甚だしいわい、ぬははははは」
ランサーのマスターであるケイネスは、ライダーの自分を嘲笑うかのような態度に立腹して、声も出なかった。額に青筋を浮かべ、如何様に始末するかを考えていた。その勇気づける言葉と、彼を少なからず認めてくれる
「……ウェイバー、痛い?」
「……大丈夫だ。ありがとう」
ライダーのおかげで、再び勇気が湧いた。確かに自分は弱い、むしろアルカにだって魔力では劣る。けど、聖杯戦争に参加する事を選んだのは自分だ。なら、ケイネスとだって戦う事は想像してた。
(だから、言ってやるんだ……)
「ケイネス先生……、いや、アーチボルト! 僕はアンタだって、アンタだって倒して見せる!! 首を洗って待ってろハゲ!!」
声がかすれそうになり、言ったあとで後悔も湧き出た。けど言ってしまったものは消せない。腹水は盆に返らない。
「がはははは、良く言った。それでこそ余のマスター!」
「……ウェイバーの敵」
「期待できるマスターと組めて良かったよ。」
2人のサーヴァントは、ウェイバーの勇気を賞賛し、アルカだけが魔眼で認識阻害を無視して見つけたランサーのマスターを見つめる。感情がほとんどない彼女に初めて湧き出た敵意だった。誰にも聞きとれない声で「……ゆるさない」と呟いていた。
『き、さまぁああ』
サーヴァントだけでなく、出来の悪い生徒にまで馬鹿にされたケイネスは、酷くご立腹ですぐに八つ裂きにしてやると、怒りをあらわにした。
だが、ライダーはケイネスの怒りを無視して周囲に向かって声をかける。
「おいこら、他にもまだおるだろうが。闇にまぎれて覗き見をしている連中は!」
大音量の声に、隣に居るウェイバーは耳を塞ぎ、ブレイカーがアルカの耳を塞いでモロに音による攻撃を受けた。揺れる脳を如何にか元に戻したブレイカーが文句ありげな眼でライダーを見る。
「どういうことだライダー」
征服王は満面の笑みに親指を立ててサムズアップし、セイバーの問いに答えた。
「セイバー、そしてランサーよ。うぬらの真っ向切っての競い合い、真に見事であった。あれほどの清澄な剣戟を響かせては、惹かれて出てきた英霊が、よもや余とこやつの2人ということはあるまいて」
英霊4人が魔力を偽らず、垂れ流しているのだ。同じ英霊であれば、その気配に気がつかない筈がない。特にセイバーとランサーの戦闘は激しく、誰であっても察知できるレベルだった。
「聖杯に招かれし英霊は、ここに集うがいい。なおも顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れぇ!」
(挑発は、いいが鬼が出るか蛇が出るか)
ライダーの大熱弁は、とんでもないものを呼び寄せてしまった。このような誘いに、プライドの高い人物が見過ごせる筈など無かったのだ。
近くの街頭の上に眩いばかりの黄金の光が現れた。
「あいつは!」
『アサシンを倒したサーヴァント』
街灯の上に立ったのは全身を黄金の鎧に身を包み、黄金の髪と威圧感に溢れた赤い瞳を持つサーヴァントを、使い魔で見ていたウェイバーとケイネスが同時に声を出す。
「我を差し置いて王を称する不埒者が一夜のうちに二匹も涌くとはな」
ウェイバーやケイネスは、その光景をハッキリと記憶していた。無数の宝具を射出する絨毯爆撃のような攻撃で、アサシンを瞬時に消し去った遠坂邸での英霊。
圧倒的な存在感と威圧感、なによりも己以外すべてを見下す目に周囲の空気は飲まれた。
何ものかはわからないが、自分よりも傲慢そうな英霊に、ライダーは顎を掻きながら、手を伸ばす。
「難癖つけられたところでなぁ……イスカンダルたる余は世に知れ渡る征服王に他ならぬのだが」
「たわけ、真の王たる英霊は天上天下に我ただ一人。あとは有象無象の雑種に過ぎん。わきまえろ雑種」
恐ろしく傲慢で、唯我独尊の英霊だとブレイカーやライダーは、面倒な奴だと考えた。その性格に比例して、恐ろしく強い英霊だと、彼に見下される4人の英霊は感じ取った。
「そこまで言うんなら、まずは名乗りを上げたらどうだ?貴様も王たるものならば、まさか己の威名を憚りはすまい?」
「問いを投げるか? 雑種風情が、王たるこの我に向けて?」
その場の空気を全て蹂躙した傲慢な王を名のる英霊。宝具を射出するさまからアーチャーだと断定する周囲の人間。その姿をアルカが魔眼で観察し続けていた。アルカの中にある何かが、その存在の在り方を取り入れようとしていた。傲慢さとは、自己の確立がなくては現わせない。明確な自我が欲しいアルカにとって黄金の英霊は、模範解答のように見えた。
「我が拝謁の栄に浴してなお、この面貌を見知らぬと申すなら、そんな蒙昧は生かしておく価値すらない」
アーチャーの背後に、黄金の輝きと共に二本の宝剣が現れる。遠坂邸でアーチャーが見せたのと同じく、其処から宝具を射出する気なのだろう。その標的は、ライダーだった。その一本一本から感じ取れる魔力の濃度は、宝具のそれだった。それどころか生半可な宝具よりも上質で、威力のありそうなそれが、彼の気まぐれで発射される。
「うわ」
「……ぶれいかー」
だが、射出された宝剣がライダー達を傷つける事はなく、チャリオットから跳躍したブレイカーが剣の腹を両手の甲で弾き飛ばし、背後のコンテナに突き刺さる。突き刺さったコンテナが爆発するが、けが人はいなかった。
「雑種」
「申し訳ない偉大なる王よ。征服王とは、同盟を結ばせてもらってる。あの男も悪気があった訳ではない、どうか貴方様の慈悲にて許していただけないか? こうして話すのも不敬なのはわかっているが、礼節を学ぶ環境がなかったので、許容して頂けるとありがたい」
「……」
「どうしても我慢ならぬと言うなら、俺の命を持って償おう」
平然と自身の攻撃を弾いた英霊。すぐに殺してやろうと考えていたアーチャーだが、自身を王として、拙い礼節を尽くすブレイカーに止まる。眼は相変わらず殺気だっているが、王としての慈悲を直々に求める輩に、どうしたものかと彼の中にある天秤が揺れる。
「どうやら貴様は、多少なりとも立場をわきまえているようだな雑種」
「貴方様と、今敵対する事は望まないので、頭だっていくらでも下げますよ」
そう言って平然と首を垂れるブレイカー。先程もセイバーに対して頭を下げていた所を見るに、この英霊にはプライドが欠けているように見えた。英霊とは誰しも、それぞれの時代で英雄と呼ばれた物たち、マスターにこそ礼節は尽くせど、敵に頭を下げる英雄などめったにいない。
「よい、今回ばかりは許そう。だが、次はないぞ雑種」
「王の慈悲に感謝しますよ。後、礼節は少しづつ改善しますよ」
プライド高き英霊であるアーチャーとの、戦闘は避けられた。ブレイカーとしては、相手の力量からマスターの命が関わる規模であると察知した。マスターが居ない場所でなら戦闘も可能だが、このアーチャーとマスターやライダーの傍で戦うのは御免だった。
ライダーも迎え撃つ覚悟はしていたが、ブレイカーが先に動き戦闘を避けたため、彼から口を出す事はない。この場合、この場所ではアーチャーこそが優位。戦友が勝ちとった不戦を、投げ捨てるつもりはなかった。
「だが、貴様は、別だ狂犬」
黄金のアーチャーが、視線を移した先に皆が同じ方向を見る、すると少し離れた場所に全身を覆う黒い鎧、そして暗い闇を纏う騎士のような男が居た。その闇が邪魔をして姿を視認するのが難しく、黒い鎧と赤く光るヘルムの覗き穴が特徴的な存在。身に纏う殺気は、通常の英霊とは一線を逸脱していた。
「なぁ征服王、アイツには誘いをかけんのか?」
ランサーが突然現れた黒い騎士を勧誘しないのかとライダーを揶揄する。
「誘おうにもなぁ、ありゃあのっけから交渉の余地なさそうだわなぁ」
目の前で、黄金のアーチャーとにらみ合う英霊から発せられる気から、理性を感じ取れず野生の獣のような殺伐としたものを感じる。そうなれば、英霊のクラスにあてはめた時、出てくるのは狂戦士のクラスである。狂戦士に言葉は通じず、話す事無不可能。そうなれば、交渉など無意味に他ならない。
「で、坊主よ。サーヴァントとしてはどの程度のモンだ?ありゃ?」
実は聖杯戦争に参加するマスターには、共通した能力が発現する。それはサーヴァントのステータスを視認する事が出来ると言う物だ。マスターはこれにより英霊のステータスを見定め、運用して行く。だが、ウェイバーはかぶりを振った。
「判らない、まるっきり判らない」
「なんだぁ、貴様とてマスターの端くれであろうが?得手だの不得手だのいろいろ、わかるものなんだろ、え?」
「見えないんだよ!あの黒い奴、間違いなくサーヴァントなのに……ステータスも何にも観えない」
しかし、例外的に黒い騎士だけは、何も見えなかった。姿すらはっきり見えない上に、認識阻害まであるとなれば、バーサーカーの宝具かスキルのせいである。だが、ウェイバーの袖を引いたアルカ。ウェイバーが振り返ると、これまでにない程眼に魔力を迸らせたアルカが、何かをつぶやいていた。
「筋力A。魔力C。耐久A。幸運B、敏捷……」
「視えるのか?」
「……ん」
アルカは、自分の持つ解析の魔眼とマスターの特性の両方をフル活用して、情報を読み取っていく。しかし、負担も大きいのか、何度も目を擦って、頭を抑えている。それを見たウェイバーが「無理に見なくていい」とアルカを制止する。制止を聞いたアルカが魔力を魔眼にこめることを停止する。幸い、アーチャーとバーサーカーに意識が集まっており、さとられる事はなかった。
「どうやら、あれもまた厄介な相手みたいね……」
「あの英霊は自らの素性を幻惑させるようです。特殊能力か呪いを帯びている様ですそれだけではない。四人を相手に睨み合いになっては、もう迂闊に動けません」
アイリスフィールを背に庇いながらセイバーは混沌とした現状を冷静に分析した。聖杯戦争は、バトルロワイヤルである。全員が相手の敵となって討ち滅ぼすことが前提だ。現状6人の英霊が集まり、ライダーと灰色の英霊は、同盟を結び、アーチャーとは不戦で決まっている。そして、後はアーチャー、セイバー、ランサー、バーサーカーであり、一番不利なのがセイバーである。ランサーとの戦闘で左手を負傷し、剣を握れない。もし、誰かが結託して攻めてきた場合、凌げない。
なおのこと、セイバーは慎重性を重視させられた。ライダー達に敵意は感じないが、バーサーカーとアーチャーは危険だ。
「誰の許しを得て我をみている。この狂犬が……せめて散り様で我を興じさせよ。雑種」
アーチャーは再び背後に槍と剣を空間を余が目て取り出す。それらは、彼の命令に従ってバーサーカーへ飛来する。そして、バーサーカーを中心に爆発が発生、周囲に爆音が響く。
「やるな」
その一部始終を見ていたブレイカーが一番最初に呟いた。それは心からの関心と賞賛にを含んだものだった。彼の目線の先には、右手にアーチャーが放った剣を持ち、平然とたたずむバーサーカー。足元に巨大なクレーターが出来た意外には彼に外傷は見られない。
その一部始終を目に納められたのは、英霊しかいない。
「奴め、本当にバーサーカーか?」
「狂化して理性をなくしているにしては、えらく芸達者な奴よのぅ」
卓越した技術を持つランサーですら、驚かずにはいられない事をバーサーカーはやってのけた。彼が行ったのは、飛来する剣を空中で何なく掴みとり、遅れてきた槍を打ち払うという行為だった。そんな事は、通常不可能に近い、アサシンすら一撃で葬り去る必殺の一撃を前にして、冷静にそれだけの対処は難しい。しかも、バーサーカーの名を意味する狂化のなかで、それだけの技巧を行使できるとは考えられなかった。
「……ブレイカー、できる?」
「このマスターは、他人の英霊ばっかり……、可能だがそんな事すれば」
バーサーカーとアーチャーに巻き込まれないよう、アルカの傍に戻っていたブレイカーに同じ事が出来るかと聞くアルカ。先程彼も、素手でアーチャーの攻撃を捌いた事から、本人も可能だと告げた。だが、相手があの傲慢な英霊であれば、先はおのずと読める。
「その汚らわしい手で我の宝物に触れるとは、そこまで死に急ぐか犬ッ!!」
自分の宝具が奪われた事に激怒しているアーチャーが、背後の空間から16本もの剣や斧など宝具を取り出す。それら全てで持ってバーサーカーを殺すつもりのようだ。
「そんな、ばかな」
あまりの宝具の多さに、ウェイバーが驚く。多くても3つの宝具、それをアーチャーは合計で20本も取り出し、さらに余力を残している。それどころか実力を出しているとも言い難い。
「その小癪な手癖の悪さでもって、どこまで凌ぎ切れるか……さあ足掻いて見せよ!」
アーチャーの取りだす16の宝具が必殺の威力を持って解き放たれる。すさまじい威力にサーヴァントもマスターたちも唖然とする。ブレイカーはアルカの前に立ち、戦闘の余波や飛んできた瓦礫を丁寧に払いのける。
宝具による絨毯爆撃を受けたバーサーカーは、例に習って飛来する宝具を掴んでは、別の宝具を撃ち落とし、さらに強力な宝具を見れば取り替え、見る見るうちに全ての攻撃をしのぎ切る。神技とも言える武術を連続で行使し、アーチャー相手に無傷のバーサーカー。
爆発による煙に巻かれたバーサーカーは手に持った宝具を投擲。それらは真っ直ぐにアーチャーの足場にしていた鉄骨を斬り裂き、彼を地面に降ろした。
地面に降ろされた本人は、腕を組みながら怒りに肩を揺らす。その眼には殺意がこもっており、二つの真紅の瞳で持って眼力だけで人を殺せそうな迫力を持たせていた。
「痴れ者が、天に仰ぎ見るべきこの我を、同じ大地に立たせるか! その不敬は万死に値する。そこな雑種よ、もはや肉片一つ残さぬぞ!」
彼の背後の空間が再び歪む。彼の怒りを現わすかのように、彼の背後一面から宝具が顔をのぞかせる。それら全てが射出されれば、周りに居るサーヴァントやマスターも危険になる。
だが、アーチャーの宝具は発射される前に、別の介入者によって阻止された。
「貴様ごときの諫言で、王たる我の怒りを鎮めろと? 大きく出たな時臣」
彼を制止したのは、遠坂邸にて様子を見ていた遠坂時臣だった。アーチャーの宝具である『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を晒した上、相性の悪いバーサーカー相手にこれ以上暴れれば、時臣の考えた必勝のシナリオにひびが生じる。そこで、サーヴァントに対する絶対命令権、令呪の一角を用いてアーチャーを撤退させたのだ。
「命拾いをしたな狂犬」
仕留め切れなかったバーサーカーを忌々しげに見ながら、アーチャーは黄金の光として、霊体化して行く。
「雑種ども。次までに有象無象を間引いておけ。我とまみえるのは真の英雄のみで良い」
捨て台詞を残して、お騒がせで圧倒的な力を誇示したアーチャーは、その場から消えた。ようやく殺伐とした空気が終わり、少しの間静けさが訪れた。