「――停止解凍、全投影連続層写(フリーズアウト、ソードバレルフルオープン)---!!」
イリヤの使い魔を足場に、大聖杯の頂上まで最短距離で登った士郎は、余所見をしていたセレアルトに投影した剣を発射した。
昨夜のうちに説明を受け沙条愛歌が体を乗っ取られた可能性が高く、クラスメイトを殺すしかないと納得した。
納得はしても、いざとなれば、士郎は傷付く彼女の姿を見て急所を外してしまう。その躊躇は命取りだ。
アーチャーの腕から知識を取り出そうとも、使い手がへなちょこでは意味がない。僅かに発生した隙をついて、セレアルトが体を起こす。傷口からは血ではなく、聖杯の泥が流れだし、瞬時に傷を消す。
そして口許に笑みを浮かべ、周囲の空間に巨大な炎を纏う槍を作り出し、士郎の足場を作るイリヤへと射出しかえされる。
士郎の投影した剣はセレアルトではなく、イリヤに向かう槍を打ち落とそうとするが威力は槍が上回り、軌道を僅かに反らすだけだった。
そしてイリヤの目へと槍が突き進む。さらに士郎達も襲いかかり、巨大な爆発を起こす。
「ズルは、メッ!よ。うふふ」
流石に空を飛んでショートカットは、考えてなかったセレアルト。一瞬だけ驚いたが、すぐに対処し終えた。空中で回避など出来ず、直撃を受けた士郎とイリヤは木っ端微塵だろう。
宝具クラスの攻撃を受けたのだから。
「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス )」
だが爆発の中心から、赤い花びらのような盾が現れる。そして士郎の声が聞こえ生存が明らかになる。
「うふふ、そういえばアーチャーの腕を繋いでいたのね」
セレアルトは、生意気にも展開されたアーチャーの盾を貫くため、空想具現化によって新たな宝具を生みだし始める。
10mもの巨大な槍が完成し、おまけにと言わんばかりに青い魔眼と赤い魔眼を左右の目で発動する。
「歪れ」
青い魔眼で、熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス )の死の線を目視、さらに死の点を見極め、赤い魔眼で城の城壁に匹敵する盾をねじ曲げて破壊していく。
其所に槍を発射すれば、鉄壁の守りは紙以下の効果しかない。だがセレアルトは、熾天覆う七つの円環の背後には、イリヤの姿しか捉えられず、士郎が居ないことを知る。
「ハァアアアア」
「うふふ、……痛い痛い」
爆発に乗じて、飛び上がっていた士郎は落下の勢いに任せて両手に干将・莫耶を投影。腕力任せた斬撃は、セレアルトの槍を掴んでいた左腕を切断。
一度躊躇してイリヤを危険に曝すハメになった。故に切り返しの刃は鋭く容赦なくセレアルトの首に向かう。
「チャンバラ? 私これもはじめてよ」
「く、まだまだ!!」
セレアルトは、瞬時に士郎の剣を真似て空想具現化で魔力を帯びたレイピアを作り出し、士郎の持つ剣に浮かぶ死の線に沿って切り裂く。
例え宝具であっても、存在そのものを殺されれば強度に関係なく砕け散る。しかし、衛宮士郎は剣を二本持っている、片方が壊されてももう一本振り払うように振るう。
だが、その動きを先読みしていたのかレイピアの切っ先が残った莫邪の刃先に命中、一切の抵抗なく砕け散る。飛び散った破片が、士郎の頬を切り裂く。だが、衛宮士郎にとって剣を失うことは、戦力の低下につながらない。
衛宮士郎は、投影によって失った剣を再び手に取り、アーチャーの経験を元に更に練度の上がった二刀流でセレアルトへとたたみかける。
「ハァ! ウォオオオオ!」
「うふ、うふふふ。思ったより楽しいわ」
剣を振るえば、未知の力で砕かれ、それでも何度も何度も剣を創りだす。既に砕かれた剣が数えきれない数になろうとも、セレアルトに対して攻撃の手を緩めない。干将莫邪を持つことで、憑依経験から技術が磨かれ、人間離れした動きを可能とする現在の士郎に、余裕を持って対応するセレアルト。
彼女も人間の肉体を疑似的に造り変えることで、士郎との剣戟を楽しんでいる。片腕のみで士郎の動きに対応しているセレアルトだったが、地面を強く蹴ることで無数の魔力の触手を発生させる。
「なに」
「ふふ」
突然、足元から現れた触手が腕に巻きつこうとする。それを後ろに飛んで斬り払う士郎だが、無数の触手が彼目がけて猛スピードで迫る。動体視力や反射神経全てがその一瞬だけ、その先を生き延びるために機能する。鋭い刃を持つ触手を、干将莫邪で軌道を逸らすように振るい、火花を散らす。
そして、額と心臓を狙った触手を逸らすことで致命傷を免れる。けれど、無数の触手は、体中を刻み血を流させる。
「ぐ」
だが痛みに打ち震える余裕はない。痛いと思う前に動かねば、更に迫ってくるセレアルトの刺突に反応できない。踏ん張るのでなく、体をのけぞらせてもう突進してきたセレアルトの突きを紙一重で回避する。
「おわかれかしら、うふふ」
(しまった)
しかしその回避すら読んでいたと、セレアルトの剣が急停止。士郎の眼前で停止した剣が急降下する。両腕は振り切っており、戻してガードもできない。
「シロウ! そいつは、普通の手段じゃ殺せない。時間を稼ぐから、はやく」
士郎のピンチを救ったのは、士郎に遅れて大聖杯の塔へと降り立っていたイリヤであり、彼女は鳥の使い魔を剣の形に変形させ、猛スピードで射出した、その攻撃をセレアルトはレイピアで弾き、死の線をなぞるようにして破壊していく。一匹また一匹とイリヤの使い魔が減っていき、イリヤは剣ではなく鳥型に戻すことで、全方位からの遠距離射撃を決める。
空想具現化を持つセレアルトに対して、聖杯の器であり理論を抜きにして結果だけを残す事が可能なイリヤは、士郎よりも魔術戦に向いていた。互いに自分にできると思うことで発動する能力であり、イリヤの使い魔とセレアルトが激しい戦いを始める。
その隙に士郎は、セレアルトから一定の距離を取る。傷は痛むが、足も手もまだ動く。イリヤが作ってくれた時間を無駄には出来ない。無数の触手と無数のイリヤの髪や錬金術で仕上げた針金で構成された鳥達が、しのぎを削る。
「桜とは違った聖杯の使い方なのね。でも、数が多いだけなんて芸がないわ」
見事なまでのイリヤの攻撃と防御だが、セレアルトはつまらないと評し、左目をつぶった後、大きく目を開いた。その眼は薄い青色で、その目で見られた使い魔達が突然発火し始める。
その火は瞬く間に、周囲を囲う鳥型使い魔達を飲み込んでいく。ただの炎ではなく、使い魔の精製した魔力ごと燃やしつくすオレンジの炎。100匹近い使い魔達が、10秒ほどで燃え散り、無防備なイリヤをセレアルトの魔眼がとらえる。
「私が使うこれらは、魔術じゃない。魔眼を変換することで疑似的に超能力を取り変えてるのよ」
「でたらめね」
しかし、イリヤは決して絶望しておらず、その目は勝利を信じている。何故なら彼女の目線の先には、左腕を前に突き出した衛宮士郎の姿があった。
「―――体は剣で出来ている」
「ふーん」
士郎の意図は理解できていた。固有結界を使うつもりだということ、何らかの方法でアーチャーが得た自分の弱点を得ることで対策としての行使を思い言ったのだろうとセレアルトは考える。
それは正解だ。魔力に制限が生まれ、空想具現化出来ない固有結界は、天敵だ。怪物を人に変えてしまうのだから。
だが、素直に相手の策に乗ってあげる優しさをセレアルトは持っていない。二度目の行動など目新しくなく、つまらないからだ。
「血潮は鉄で心は硝子、幾たびの戦場を越えて不敗、ただ一度の敗走もなく…ただ一度の勝利もなし(なんだ、体の中で何かが)」
魂に刻まれた呪文。未来に到達する結末を先取りする事で、衛宮士郎に許された魔術を顕現する。何度も見せられ、何度も体感したあの世界。
それを自分で使用する。魔術回路27本は全て起動し、イリヤから潤滑な魔力補給のバックアップ。準備は整った。
士郎の使命は、セレアルトを大聖杯から遠ざけること。セレアルトがいなければ聖杯をセイバーの聖剣で破壊することで、思惑を阻止すること。
勝てなくても良い。時間を稼ぐことこそが使命なのだ。なのに、固有結界を発動する直前、体の何かが反応して、違和感を感じる。ふと脳裏に浮かぶのは、何かに共鳴して輝く黄金の鞘。こんな時になんだと、頭を振り払う。
「うふふ、残念ね」
セレアルトが士郎とイリヤに話し掛けたとき、彼女の背後黒い騎士が影から滲み出るように現れる。
騎士の登場で、イリヤと士郎はかなしばりに襲われる。
「!?」
その身に纏う魔力は、測る事すら馬鹿馬鹿しくなる程であり、その存在が其所にいるだけでイリヤと士郎を恐怖が襲う。恐怖は生命の危機として二人に認識されるのに関わらず、心臓が勝手に動くのを止めそうになる。
これと戦う、これと向き合うくらいなら死を勝手に体や魂が選びそうになる。それくら異質で異様で異常な存在。セレアルトの使役する騎士は、英霊ですら霞む領域に存在する怪物。
イリヤはへたりこみ、士郎は奥歯が噛み合わなくなってくる。
「お疲れ様アーサー、やっぱり桜は負けちゃったのね」
そしてその手には、先程まで動いていただろう新鮮な心臓が握られていた。黒騎士から心臓を受け取ったセレアルトは、それを握り混む。
さすれば、膨大な魔力が心臓に埋め込まれた、ソレに魔力注ぎ混む。
「何をしているんだ」
「聖杯の顕現よ。既に一度取り込んだ魂は4つ。使役するのに魂の半分を使ったから、まだ貯まってない。だから、聖杯の泥……この世全ての悪とそれに引き合わされた怨念を注ぐの」
手のひらの上にある心臓が、大聖杯の前上に開いた孔から溢れ出る呪いを浴びて燃え上がる。セレアルトの魔力とこの世全ての悪、そして世界に広まる悪性を集めた全てが注がれ、セレアルトの手のひらに黄金の杯が姿を表す。
「嘘、あれは聖杯……」
「あれが、聖杯」
「そうよ。万能の願望機」
聖杯がセレアルトの手に現れた瞬間、大聖杯の塔が、正しくは冬木中が激しい揺れに包まれる。大地震が発生し、イリヤの足場が崩れ、腰の抜けた彼女は下層へと落下していく。
「きゃー」
「イリヤ!」
落下するイリヤを救うため、士郎が黒い騎士の放つプレッシャーを降りきるために投影した剣で自分の手を切り、走り出す。
イリヤを抱えて落下する衛宮士郎を眺めながら、セレアルトは微笑む。
だがすぐに興味を失い、聖杯へと願いを託す。
「さぁ、私の願いを叶えなさい聖杯。もたらすのは全ての消失。この場にガイアとアラヤ……抑止の力を繋ぎたまえ」
セレアルトの願いを叶えんと、聖杯は願望器としての機能を発揮した。
セレアルトの願いに答え、強き輝きを発揮した途端。セレアルトの背後に二つの光の渦は発生する。眩い光の渦は、未知のエネルギーで構成された集合意識の安全装置。地球の危機と人類の危機に応じて、世界を滅ぼす要因に対し出現、その要因を抹消する存在、抑止力。ソレを呼び出したセレアルトは、それらに向かって、大聖杯の膨大な泥、この世全ての悪をセレアルトが改造した強力な呪いを注ぎ込む。
最初は反発する光の渦だが、呪いの規模と量が多すぎるため、徐々に色が黒くなり、形が歪になっていく。それはその場に顕現したガイアとアラヤだけでなく、その根底ですら時間差で汚染する。抑止力は、あらゆる平行世界や未来や過去にすら繋がっている。徐々に汚染され始めた抑止力は、想定外の外部圧力で不具合が発生する。
幾つかの平行世界ではガイアが、地球の終末を始め、特殊な粒子や地軸の傾きなどによる滅亡。アラヤも暴走を始め、何も起こってないない場所に守護者を送り込み、大勢を大虐殺など、セレアルトの世界以外の世界が彼女によって壊れ始める。
「抑止力が狂えば、私の邪魔をするものはなくなる」
世界は一人の少女の悪意によって、絶望の色に染め上げられる。