大聖杯の塔。その頂上で、全ての流れを見通していたセレアルト。頂上は巨大な器のような形になっており、天から滴る呪いの泥を受け止めていた。
「一捻りだと思ってたのに、マスター達も結構粘るわ。それに綾香が想像以上に厄介だし、私もあの子とあの子の契約する英霊の未来が見えないのよね」
目を何度もかきながら、全知全能であるはずの自分が彼女の未来や情報を一切手に入れられない事に、疑問を感じる。だが根源はずっと検索拒否をしており、まるで自分のことを調べているようだと感じる。
「刺客も全滅したし、腹が立つわ。もう、まとめて皆殺しにしちゃおうかな、うふふ、どう思うアーサー?」
「……」
セレアルトは、自分の背後で物言わぬ黒い騎士を見つめる。兜の隙間からのぞく目には、強い意志があるが、それでもセレアルトは我関しない。聞いてみたのも気まぐれだ。
ただ、時間をおいて塔に凛達が侵入してくるだろう。下の階には、空間を捻じ曲げた広大な地形が用意され、全てを溶かす怪物である桜が構えている。影の使い魔と、この世全ての悪(セレアルト)と契約した桜の力は無限だ。その悪意と欲望のままに、世界を蝕んで、しゃぶるだろう。
コントロールが効かなくなり、面倒になったセレアルトが、彼女を出迎えに行かせたのだ。
「まぁ下の桜が殺されても、全く問題ないんだけどね。既に大聖杯からは呪いが溢れ出している。後は、小聖杯を使えば全て解決なんだけど。なかったら、調達すればいいのだし。貴方は私が呼ぶまで消えていていいわ」
セレアルトにはある目的があった。そのため、桜達の行く末を見守る必要があった。彼女の見立てでは、下層で侵入者は全滅するだろうと。背後にいた聖剣を携えた黒騎士が霊体化し、その場から消える。既に彼女には敵はいない、敵だった3名はほぼ同時にこの世からいなくなった。そして唯一現段階でセレアルトを殺せる可能性がある桜は、御執心の衛宮士郎を迎えに行くと、居なくなる。
妖精の力を失い、ただの人間の体になろうとも根源と繋がるセレアルトは、桜よりも強い。それこそ冬木にいるサーヴァントやマスター達よりも圧倒的に。だからこそ、待てばいいのだ。
ただ癪に障るのは、自分の思惑を邪魔し、こちらを嘲笑ったブレイカーと裏側に逃げたアルカだった。アルカと一体化していれば、自分はこんな後手を取る必要はなかった。すぐにでも目的を果たせたというのに。過去に彼女を邪魔した究極の存在を、消し去ることが。
不安要素は、沙条綾香のみ。それでも自分が行った令呪を刻んだ際に竜脈と繋がった事と、未来が一切検索できないくらいだ。アサシンを一人で倒したのは、驚きこそあれ、警戒には値しない。だが、彼女の姿を観察すればするほど、自分に似た特徴を持っていると感じる。そして根源に繋がる自分ですら、察知できない能力を持つ相手、それがセレアルトは恐ろしい。
こんなことなら、アサシンに綾香のことを聞いておけばよかったと後悔する。だが推測はできる。
「この目が、原因かしら。私達と同じ魔眼を持つ……もしかして、綾香の目は私自身の目を移植したの? そうすればアルカとの間に繋がりが出来、必然的に私とも繋がりを持つ……うふふ、そういうことね」
セレアルトが唯一知れないことは、自分のこと。根源に繋がる彼女ですら、自分の未来や過去、そして深く関わった人間の未来を知ることができない。自分(とアルカ)の目を宿す綾香も、いつの間にか自分の一部になっていたのだ。
何の事はなかったと、セレアルトは、今すぐにでも綾香の目を抉りだそうと考えた。アルカが居なくても、綾香の眼さえあれば、自分は完全になれると考えてのことだった。
「だったら、綾香の目を抉りましょう。うふふ、うん、とてもいい考え」
――――――だったら、俺はそれを阻止する!
だが、転移しようとした瞬間。塔の外側から声が聞こえる。
「――投影、開始(トレース、オン)――憑依経験、共感終了――工程完了。全投影、待機(ロールアウト、バレットクリア)。
――停止解凍、全投影連続層写(フリーズアウト、ソードバレルフルオープン)---!!」
「ぐ」
その声が遥か高さの大聖杯の頂上付近で聞こえるのだ。声の方角に振り返れば、そこには、無数の鳥型の使い魔を足場に空を飛ぶ衛宮士郎とイリヤスフィール。そして彼の背後に展開された無数の投影宝具。それらが有無を言わさず士郎の意思に従い、魔弾と化してセレアルトの体を貫いた。
止まない雨のように、次々に高速で飛来する剣が、セレアルトの体をズタズタに引き裂いていく。セレアルトを貫いたのは、下層をショートカットして一気に登ってきた正義の味方(衛宮士郎)だった。
悪(セレアルト)の前に正義の味方が現れるのは必然。運命はさらに加速しながら、未来をかた作っていく。完全に虚を突いた奇襲は成功し、士郎の先制攻撃は見事に入った。