Fate/make.of.install   作:ドラギオン

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刺し穿つ死棘の槍

アルカの声と姿を見た綾香は、眼鏡を投げ捨てて未だに不安定なアンを見つめる。

 

「使ったことないけど、お姉ちゃんの知識は目を通して理解できる」

 

綾香は、魔術回路が完全に起動するのを感じた。自分に最も適した魔術は、彼女の潤滑な魔力を有効活用できる数くない方法。現に現在綾香の周囲は、炎が発生しており、次から次にそれらが魔弾としてアンに射出される。

 

『く、こんなもの』

 

 いくらアンがサーヴァントとはいえ、対魔力の低い彼女では綾香の攻撃でも友好打になる。直撃を避けるため、短剣を投擲、それで相殺する。だが、事前準備していた綾香のほうが手数が多いため、両手を剣にして斬り払うしかなくなる。

 炎がアンの傍で何度もぶつかり、巨大な火炎となる。だが、アンの変形した刃で斬られ、効果が薄い。

 

「まだ、まだ!」

『しつこい』

 

 止むことのない炎の弾丸、それらを対処するアンのスペックは、従来のものとは違う。正しくは、別の場所でセイバー(アルトリア)に倒された個体の分だけ強化されていた。

 炎を切り裂きながら、前に進もうとしたとき。目の前の岩の壁が地面から生える。それを拳を突き出して砕く、アンだが、焔で視界が悪い中で現れた壁を砕いた直後、無数の茨が体に巻きつく。魔力に制限のない魔術師、それは一種の怪物だ。

 瞬く間に拘束されたアン。

 

『黒魔術、やめたんじゃなかったの』

「灰は灰に、塵は塵に!」

 

 身動きのできないアンに綾香は最大級の火炎と竜巻を用意する。マスターとサーヴァントは同質のもの。相性のみで正なるサーヴァントを引き当てた綾香が、正道を歩めぬ道理はないのだ。そして、姉の優秀さから逃げるように磨いた黒魔術も決して失ってよいものではない。

 正しき魔術と黒き魔術の両方を操る魔術師こそ、今アンの目の前にいる沙条綾香なのだ。勝利に尽力し、死力を尽くす彼女が弱いはずがなかった。

 

 ブチブチと棘を腕力で引き裂くアンだが、次から次に綾香の茨が体を追い尽くし、振りほどけない。一本一本は弱くても束になれば、決して切れないのだ。

 

「これで!」

『綾香!』

 

 全身を刃に代え、どうにか抜け出そうとするアンの両足が、地面に沈み込む。さらに拘束され、逃げ場がなくなるアン。そこに、綾香の渾身の炎魔術と風魔術の両方が一斉に放たれる。魔力を込め続けただけの単純な魔術、だがそれゆえに威力はお墨付きだった。

 炎と竜巻が混ざり合い、棘を伝ってアンの全身を飲み込んだ。

 

『----!?』

 

 発生した火災旋風は、中心にいるアンの体を焼き焦がしていく。1000度を超える竜巻は、周囲の酸素を吸い上げ上昇気流となりながら燃え続ける。灼熱の檻にとらわれたアンは、焼ける体に苦しみながらも脱出ができない。そして、長く続いたアンの断末魔が、少しづつ止んでいく。

 

 そして彼女の声が聞こえなくなると、空にそびえ立っていた火柱が綾香によって消される。真横にそびえる炎の壁よりも高く聳え立った火柱が消えると、残ったのは熱気で炭になった木々と、半分ガラス化した土のクレータ―が残るのみだった。

 

 さすがに魔力を使いすぎているため、額の汗をぬぐう綾香は、アンの居た場所を見て、自分の攻撃によって彼女が消えたことを知る。後悔はない、だが、家族を自分の手に掛けるという行為は、彼女の心に突き刺さる。今は感傷に浸ってる場合ではないと、綾香は炎の壁の向こうで戦うランサー達に意識を向けた。

 その時、背後の地面から気配を消して赤熱化した全身で飛び出したアンが居た。右腕を鋭い刃に変え、綾香を背後から突き刺そうと迫る。アンも無傷ではない、水銀の体が蒸発し、後数分炎に包まれれば、消滅していた。そのせいで、体は縮んで、幼い姿となっていた。

 だが、他のアサシンの分の魔力がアンにあるため、時間があれば再生する。小さく幼い姿でも油断する綾香であれば殺せる。

 

『(綾香、これで)』

 

 真っ赤な焼けた鉄が綾香の胸を突き刺そうと迫るなか、しゃがみこんだ綾香が呟く。

 

「ごめんなさい、私はお姉ちゃんを超えていかなきゃ」

 

 そうつぶやいたとき、綾香の拾おうとしたメガネのレンズに、空からの水滴が掛る。 

 

ーーーー

 

炎の壁の向こう側で、セイバーと戦うアサシンは、背後で準備するランサーを守るため、一撃で一刀両断されるような剣圧を前に、あえて捨て身で前進していた。

だがそれは自殺ではなく、己の技量を元に行われる命を懸けた一時の戦舞。

剛剣としなやかな刀の剣戟。互いにトップスピードで振るわれる剣。動体視力、反射神経、心眼。それらを使い、綾香との契約で強化されたステータスを限界以上に酷使する小次郎。

 

決して真っ正面からセイバーの攻撃を受けず、軌道をそらしつづける。だが、限界は近い、腕がしびれ足が震え、刀も疲労している。

 

(やはり重い)

 

アサシンも痺れをきらしそうになったとき、槍の構えを解いたランサーが失踪してくる。

 

「上等だ侍。狙うは必中、その心臓、貰い受けるーーーー」

 

アサシンがセイバーの横に回避した背後から、ランサーの槍が心臓を必ず穿つという呪いを纏って迫る。

距離は十分、因果逆転の呪いにより、既に防ぐことは不可能。

だが直感によって死を理解したのか、セイバーは全魔力を魔力放出で後ろに飛び、槍の有効射程から後ろに遠ざかろうとする。

 

全身全霊の回避だが、ランサーはさらに一歩踏み込む。

 

「回避不可能の槍か、生憎拙者の剣もまた不可避の剣だ。

 

ここが勝負どころとみた。秘剣、燕返し!」

 

ランサーから逃げるセイバーの先回りをしたアサシンが、必殺の魔剣を構え、迫り来る彼の背後から鎧の隙間を狙う。

しかし流石はセイバーと言った所で、背後から迫り来る3つに別れた斬撃を体を捻ることで鎧で受け止める。だが、背中から強引に押し込んだアサシンによって背後に下がれないセイバー。

 

踏ん張りセイバーを通さんと立ちはだかった彼のせいで、ランサーの槍は効果を発した。

 

「刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

赤い槍は、因果逆転によって心臓に刺さるという未来を強制的に履行する。それによって黒い鎧に包まれたセイバーの胸を貫いた。

 

「ーーーーーがは」

 

必殺の槍に貫かれた途端、セイバーの動きは止まり、禍々しい魔力が澄んだ魔力へと代わり始める。そしてポロポロと黒い鎧が槍の刺さった胸から砕け、本来のセイバー(アルトリウス)が姿を表す。

胸からかなりの血を流すが、それと同時に彼を汚染していた聖杯の泥が流れ出す。

聖杯の泥に汚染され、操られていたセイバーだったが、ずっと抗い続けていた。汚染から魂を守れたのは、一重に聖剣を封じる鞘の効果だった。聖剣を封印するだけでなく、使用者を守る効果が完全に変異するのを封じた。

だが体はセレアルトの支配下であり、今解放されたのはセイバーの中にあった聖杯の泥が外に流れ出て、聖剣の鞘が効果を発揮したからだ。

 

「正気に戻ったかよ?」

「ーーあぁ。おかげで、助かった」

「助かったという体ではないな。風前の灯だ」

 

セイバーが正気に戻り、口から血を吐く姿を見てアサシンが語りかける。そしてランサーも慎重に槍を引き抜けば、セイバーが苦痛の声をあげる。

セイバーから引き抜かれた槍は、血に染まっているが、抜かれたセイバーは死んではいなかった。

 

「ーー外してくれたのか」

「馬鹿いえ、必殺の看板背負ってる技だ。まぁ看板は下ろすけどな」

 

必殺の槍は、セイバーの胸を貫いたが心臓から外れていた。それはセイバーの幸運がもたらした奇跡であり、ランサーには有り難くない結末だった。

だが結果的に幸運だったと炎の壁を見るアサシンがセイバーの剣を見て言う。

 

「瀕死の人間に言うのも憚られるが、あの壁を破壊して貰いたい。聖剣でなければ、破れぬと綾香嬢の姉が言っていた。

状況がわからない以上、急ぐ他ない」

「すまない、運んでくれ」

「まだ魔力が流れてるってことは、無事だがサーヴァントに狙われて何時まで持つかわからん。急ぐぞおい」

 

ランサーがセイバーに肩を貸し、彼を炎の壁に近づける。そして、胸を抑えながら剣を炎に突き刺し、すると周囲を覆っていた壁が消えた。

 

「「「な」」」

 

外に出た三人は、目の前の光景に唖然とした。

 


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