「はぁ、はぁ。――――アンお姉ちゃん……」
『貴方のことも決して嫌いじゃない。でも愛しているからこそ、私の中ではアルカのほうが大きい』
両手を剣に変形させたアンと綾香が対峙し、綾香は必死に彼女の攻撃をかわす。元々当てる気が薄いのか、綾香でもギリギリ回避できる攻撃。だが、何度も振るわれれば、綾香の体に生傷が出来上がっていく。
だが、サーヴァントの援護は、来ない。何故なら、ランサーと小次郎が相手している相手こそ、真の怪物だからだ。
真っ黒の鎧を身にまとい、兜をつけた闇色の聖剣を振るうサーヴァント。その重く早い剣を上手に逸らして、戦うのは佐々木小次郎。一太刀ですらまともに受ければ、刀が折れるほどの衝撃を神技で回避する。そして、出来た隙に対して己の最大の攻撃を放つ。
「く、秘剣・燕返し」
次元屈折現象による3つ同時に振るわれる刃。足場がしっかりしており、斬撃は綺麗に分かれて敵を打つ。だが鎧をまとった騎士は、全身からの馬鹿げた魔力放出による加速で前に踏み込み、刀を鎧と剣と兜で受け止め、斬った小次郎を勢いのまま弾き飛ばす。地面を踏ん張って耐える小次郎に、さらに追い打ちのように剣を振り上げる。
「オラオラオラ!!―――っ」
その危機に、赤い槍を持ったランサーがトップスピードで乱入。大きく振りあげた剣を構えなおし、連続で振るわれる神速の槍裁きを、小次郎に匹敵する剣技で受け流し、ランサーの間合いに入るなりけりを決める。蹴りが当たる寸前で後ろに飛ぶランサーだが、威力を殺すだけで、吹き飛ばされ膝をついてしまう。
だが、相手は追い打ちをやめない。全身を魔力放出による鎧で覆い、加速、怪力、防御を同時にこなす怪物は、ランサー達に攻撃の手をゆるめはしない。
「あの野郎馬鹿げた強さじゃねぇか」
「泣き言を言うのは、雅ではないが。これは苦言の一つも零したくなるものよな。願っていたおぬしとの戦いだが、どうやら剣の修行が必要のようだ」
生傷の絶えない小次郎とランサー。彼らが対峙する強敵は、綾香と契約していた騎士王、アルトリウスなのだ。彼とアンが綾香達に差し向けられた刺客だった。初めは、一対一で対処するつもりだったが、無限の魔力と契約させられ、聖杯の泥に支配されるセイバー(アルトリウス)は、強すぎたのだ。
サーヴァント一人では手に負えず、綾香が二人でセイバー(アルトリウス)の相手をするように命じ、戦闘能力が一番低いアサシン(アン)から時間を稼ぐと言ったのだ。
サーヴァント二人は、英霊の相手をマスターにさせる事に苦虫を噛み潰した顔をするが、瞬時にマスターの救援すら不可能になる。
対峙していたアルトリウスが突然聖剣を大地に突き刺した瞬間、炎の壁が綾香とアン、そして自分達とセイバー(アルトリウス)の間にそびえ立ち、それはランサーの宝具でも破壊不可能だった。何らかの宝具か概念礼装のようで、セイバー(アルトリウス)を倒さない限り、出られない。
強制的にデスマッチに参加させられたが、戦況は不利だった。第一にマスターが放置されてしまった状況がよろしくない。
令呪を使えとランサーが指示するが、その言葉をアンが否定する。この炎の壁は、聖剣でなければ突破できず、中にいるものを決して逃がしはしない。それは令呪による転移でさえも含まれると。
はったりの可能性もあるが、ランサーが一度宝具の解放を行うがそれでも貫けなかった。ゆえに信憑性は高い。
だが、セイバー(アルトリウス)は一切手を休めることなく、剣をふるい続ける。バーサーカーかと思える程の攻撃性だが、剣技自体は元の彼らしく精巧にして研ぎ澄まされている。無限の魔力供給で魔力放出に際限のなくなった彼の攻撃は、速くそして重い。
一撃受け止めるたびに、腕がしびれる。ランサーは槍の突きを最高速度でふるい続けるが、自分の最高速度に平然とついてくるセイバー(アルトリウス)。
「拙者を忘れてもらっては困る」
ランサーの攻めを防ぐセイバー(アルトリウス)を真横から、鋭いしなやかな小次郎の太刀が襲う。直感でそれを感じ取ったのか、セイバー(アルトリウス)は、ランサーの槍を蹴って軌道を逸らし、小次郎の刀と剣で受け止め、つば競り合いになる前に、小次郎が後ろに引く。
そして、仕切りなおす形になる。二人ならどうにか相手できるが、決定打に欠ける。
「早いとこ嬢ちゃんの所に行かなきゃいけねぇのによ」
「左様だな。戦いを楽しむ暇もないとは、これが戦場か」
「おい、侍。時間を稼げ」
「ようやく槍を使う気になったか、承知したが、あまり猶予はないぞ」
小次郎が前に出る。全身鎧に包まれ、得意の首すら守られているセイバー(アルトリウス)相手は、不利。燕返しですら、強引に突破してくる以上、ランサー頼るしかない。
その背後でランサーが必殺の構えをし、真っ赤な槍に魔力を込めていく。
――――
そして炎の壁の横では、綾香がアンに対して黒魔術による攻撃を行っていた。本当は戦いたくない、もとより戦闘は苦手な綾香の投げる棘は、全てがアンによって叩き落される。見るからにアンは、綾香を嬲っている。明白な実力差、アサシンのサーヴァントである彼女と魔術師でしかない綾香。
何度も何度も黒いバラを投擲するが、ダメージがほとんどないうえ手で払われ花弁が散るだけ。そして、何度もナイフを投擲して、綾香に傷を増やしていく。
『綾香、もう無駄だってわかると思う』
「……」
『お願い抵抗しないで』
「嫌」
綾香が首を横に振ると、アンが右手を剣に変形、そのまま突き出してくる。横に飛んで回避した先で、アンの蹴りが綾香の腹部に突き刺さる。
肺の中の空気が全て抜け、口から血が出る。痛みで感覚がマヒし、足が震えその場にうずくまる。
「がほ、けほ、ご、ひゅ、ひゅ」
蹴られた綾香の呼吸が乱れる。正しくは、呼吸ができなくなり、酸素を欲して口を動かすが空気を吸い込めない。口からわずかに漏れる音が徐々に小さくなっていく。地獄のような苦しみを味わう綾香の髪を掴み上げ、冷徹なアサシンは、痛みに呻く綾香の目を見る。
髪を掴みあげるアンお手を掴んで、どうにか引きはがそうとするが、びくともしない。強制的に立たされた綾香は七色の魔眼でアンを睨む。
『力の差ははっきりしている。アルカの時とは違う。私は優しくない』
「ぜひゅ、、、、がほ」
『綾香を殺したら、他のマスター達も殺さなきゃいけない。随分と暴れてるみたいだから』
戦況で言えば、思った以上に敵は優秀だった。セレアルトの用意した刺客を突破し迫ってきている。ゆえに綾香に時間をかけることはできない。そう思い、綾香に首を引き裂こうとした。セイバー(アルトリウス)は、戦闘能力は向上したが、宝具である聖剣を使用できなくなっており、二人相手に手こずっている。
故に猶予はない。アンは絶対にセレアルトの邪魔をされるわけにはいかない。
セレアルトは聖杯を完成させた時、世界の裏側へと道を作り、失ったアルカの魂を取り戻す計画に移行していた。
全てを相手するのに人間の体は脆弱すぎるとセレアルトがいい、アンはそれを承諾した。セレアルトの望むのはアルカの妖精の体で、アンが望むのは魂である。
だからこのまま綾香の首を引き裂けば良い。苦しいのだろう、呼吸もできず血ヘドを吐く妹の姿は、アンにもかなり抵抗を与える。
もう楽にしてあげようと、首に刃を向けたとき、それは現れた。
『あれ』
苦しみに染まった綾香の瞳が当然、強く意思を孕み、アンに綾香が微笑んだ。それは奇妙だった、突然綾香の雰囲気が一変して別人のようになる。
黒髪と金に変わりつつあったものが、金一色に。そして笑みは優しくも恐ろしく。
まるでそれは。
『ア、アルカ』
「……ごめんねアン。綾香は絶対に殺させない」
優しくアンの仮面に触れた綾香の手から、激しい炎が発生。油断と放心していたアンの体を吹き飛ばし、周囲一体を炎で染める。
突然のゼロ距離火炎放射に度肝を抜かれたアンは燃える仮面を脱ぎとって、綾香(アルカ)の姿を見る。
彼女の前にいるには、蹴られた場所を片手で抑えながらも立ち上がる綾香だった。そして幻のようにアルカの姿が彼女の側に寄り添っていた。
「お、お姉ちゃん?」
『幻?』
「……綾香、一度しか助けてあげられないから、次は自分で戦って。自分の殻を破りなさい」
一瞬だけ現れたアルカの姿は、瞬く間に消え去る。残ったのは混乱するアンと、言葉を聞いて、自分の使っている魔術を理解した綾香。黒魔術でなく、アルカの内包魔術でもない魔術。一度逃げてしまったそれ、綾香にとって最も適した魔術、元素変換(フォーマルクラフト)使いの綾香が其所にはいた。
『アルカは、なんで、今のは本当に、そんな』
「お姉ちゃん。……もう覚悟はできてた。でも背中を押してくれて、ありがとう」
敵になったセイバーが使ったのは聖剣集う絢爛の城"(ソード・ キャメロット)ですね。サーヴァント改造しまくってるセレアルトさんが別世界のお月さんの誰かさんから拝借してますね。