夕方になり、衛宮邸ではイリヤと遠坂凛が作戦を練り終えて、工房から出てくる。
事前に魔眼で影と対峙した綾香から、影の特性を聞いていたおかげで、凛は桜の操る力が、聖杯の魔力で引き起こされていると知ることができた。
そしてイリヤとの話し合いで、消滅したサーヴァントが本来ならイリヤの心臓に集まるはずが、桜の中にある聖杯へと横取りされているという。何故桜の中に聖杯があるのは謎だが、凛は間桐臓硯が御三家の取り決めを破り、自らで聖杯の作成をしていたと予想する。
そして桜の存在はサーヴァントにとって天敵であり、唯一対抗できるのはルーラーくらいだと判明する。セイバーの対魔力すら意味をなさない影の怪物。あれに触れるとエーテル体のサーヴァントはすぐに融解され、聖杯に取り込まれてしまう。
そして、桜はそれを何体も作り出して使役する。宝具に匹敵するレベルの使い魔を苦も無く操る様子から、桜の中にある聖杯から魔力を引き出していると想定された。
となれば、魔力量はイリヤですら比べ物にならない。対抗するには無限の魔力が必要となる。そしてセレアルトが精霊の持つといわれる空想具現化というふざけた能力を持っている。どちらも魔術の世界では、考えられない怪物であり、その両方が敵なのだ。
そして、敵陣営には宝具を二つ失い弱体化したとはいえ、ライダー(ペルセウス)と慎二。いくつもの分身を創りだせるアサシン、そして綾香のセイバーが向こう側にいると思われる。
サーヴァントですら癖者ぞろいなのに、マスター達が異常の一言。それにセレアルトは他にも何かしそうな予感がするとランサーが言っていた。ああいう手合いは、絶対何か隠し持ってると女を語らせれば、衛宮陣営にて最強のランサーが言うのだ。
女に殺された逸話を持つ彼の言葉は非常に重い。
だが、ある程度の戦略を整えた凛達は、サーヴァントやマスターを全員居間に集める。
対抗するには、サーヴァントの総力戦とセレアルトと桜を止めなくてはいけない。セレアルトの対抗策は、固有結界、つまりは衛宮士郎がカギとなる。
「私達の方針が決まったわ」
「それで、俺たちはどうすればいいんだ遠坂。桜のことも」
士郎が凛に問いかける。サーヴァント達もマスター達の意見に耳を傾ける。
「まず、サーヴァント戦での主戦力は綾香に担当してもらう。綾香は二人と契約しているし、突破力が一番強いから。士郎には二つやってもらうことがある。ルーラーは、士郎とイリヤの護衛をお願い。
セイバーは私と一緒に行動してもらう。
それと私達の勝利条件は、セレアルトの打倒でも、桜の打倒でもないとだけは言っておくわ。もちろん、戦うことになるだろうけど」
「ちょっと待ってくれ遠坂。勝利条件っていうのは?」
「既に聖杯戦争は、破綻している。そして、暴走した聖杯が災厄を振りまくってんなら、この地を管理するセカンドオーナーとして、大聖杯の破壊を行うわ」
それは実質、冬木での聖杯戦争の解体を意味している。御三家の一角である遠坂がそれを決行するということは、魔術師としての根源に至るという目的を捨てるに等しい。けど、それを理解しているのは、イリヤくらいだった。
「桜の馬鹿げた魔力も、聖杯から引き出されているなら、力の源を破壊すればあの子を無力化できる。そして、セレアルトだけれど、未だに聖杯戦争の枠組みで戦ってるということは、あいつも聖杯を必要としている可能性が高い。
たぶんだけど、セレアルトと桜は、大聖杯から膨大な魔力を引き出し続けているのよ。桜ほど顕著じゃないにしても、セレアルトの弱体化は出来るはず。
けれど、大聖杯を中途半端に破壊すれば、10年前位以上の大災害が発生する可能性が高い。だから一番火力のあるセイバーの宝具で跡形もなく吹き飛ばす」
相手が無敵なら、その無敵の原因を力技で吹き飛ばすという豪快な策。サーヴァント達は、どう考えても無謀だろうと思うが、遠坂凛ならやってしまうのではないかという勢いを感じ取れた。
「でも、相手は絶対、聖杯を守ってるよね?」
綾香が手を挙げて質問する。それは当然だろう。自分の心臓を守りなく放置しない。その守りを桜とセレアルトにされている場合、どのように突破するのか。それが問題だった。
綾香はアルカが負けた相手に負けるつもりはなかった。だが、自分が全力で戦っても勝つとは思えなかった。
「セレアルトの相手は、悪いのだけど衛宮君にお願いするわ。固有結界を使える貴方にしかあいつの力を削げないのよ」
「けど遠坂。俺はまだ固有結界なんて使えないし、魔力だって」
そうネックがあるとすれば士郎は、固有結界を使ったことがなく、それを維持する魔力がないのだ。未来の姿であるアーチャーが使えるのは、それだけ修練を積んだからである。
だが、凛は士郎の顔を指差す。
「やるのよ。衛宮君の左腕はアーチャーのもの、綾香に魔眼でチェックしてもらったけど、もう馴染んでるんでしょ?」
「そ、それはそうだけど」
「使い過ぎは、危険だけど。貴方の元々の魔術は固有結界、おそらくその左腕が補助してくれるはずよ。そして魔力の問題なんだけど」
凛がそう言葉をつづけるより先に、イリヤが士郎の膝の上にまたがる。綺麗な瞳で士郎の目を見つめるイリヤ。
「ダメダメなシロウにはお姉ちゃんである私が、魔力を供給してあげる」
「え」
何を言っているのかとイリヤを見るが顔は真面目だった。そして凛も、周りにいるサーヴァント達もそういうことかと納得している様子。そして、不意を突いてイリヤが士郎と唇を重ねる。口内で互いの粘膜の接触が起こり、魔力的なパスが繋がれる。
それから数十秒もの間、困惑する士郎を責め続けるイリヤ。ようやく納得したのか唇を離した時、士郎は顔を真っ赤にして唇をぬぐっていた。綾香は、顔を真っ赤にして二人から目をそらすが、ルーラーも同じく顔を赤くして目を手で覆うも、指の間から凝視していた。
男連中は、ニヤニヤ見守り、セイバーは困惑。凛はため息など、反応がばらばらであった。
「い、いりや」
「ごちそうさま。シロウ」
あわてる士郎を傍に、イリヤは満足げに笑う。こうして二人の間に魔力のパスが繋がる。士郎の貧弱な魔術回路を最強の魔術回路を持つイリヤがバックアップするのだ。これまでのように魔力切れなど起こさない。それは固有結界であっても同じで、士郎が固有結界を使えれば、長い間セレアルトを拘束できる。
本来なら凛がそれをしても良かったが、セイバーに全力を出させるために、あえてイリヤに頼んだ。イリヤは御三家としては複雑だろう。聖杯の器である自分が聖杯を破壊する手助けをする。
けれど、士郎とともに生活していたイリヤは、暇な時間があれば衛宮邸を見回り、父である切嗣の事を知った。なにより特徴的だったのがパスポートだった。その内容は何度も何度も、聖杯戦争終了後にドイツに訪れていた。
それが意味することと、士郎から聞いた切嗣がたまに居なくなる事があったと聞く。それが真実なら、彼は何度もアインツベルンに来たのかもしれない。
そして、切嗣の日記や、送り返された手紙をこっそりと見た。その瞬間から、イリヤは切嗣に対する恨みを忘れていた。だから、自分が彼の残した士郎を守ろうと、たった一人残った家族のために。
イリヤにはそれで充分だった。自分の聖杯戦争のために用意されたからだが、士郎を助けることになるならと。
「桜は、私が必ず食い止める。あわよくば、倒す覚悟よ」
「そんな、どうやって」
凛は優秀な魔術師だ。けれど、桜は聖杯から無尽蔵に魔力を引き出せる。そして影の使い魔を操り、サーヴァントすら食ってしまう怪物。
だが、凛は逃げるわけにはいかない。間桐桜が怪物となった経緯は不明だが、決して逃げるわけにはいかない。セカンドオーナーだからではない。
イリヤから桜の無限に近い魔力が、アインツベルンの求める第三魔法に近いといわれ、凛も本来使えないはずの裏ワザを使うしかなかった。
「桜の力は、第三魔法に近い。正攻法邪勝ち目はないわ」
「それじゃ遠坂さんはどうやって、桜さんを?」
「魔法には、魔法をぶつけるわ。これには衛宮君の協力が不可欠なの」
「俺の?」
「えぇ、剣に特化した魔術師であり、未来の知識を腕に宿した衛宮君に作ってほしい剣があるの」
凛はそう言いながら「それができれば、短期決戦で勝機がある」と告げる。
「綾香には、アサシン……お姉さんの相手をしてもらうことになるけど。大丈夫?」
「気を使ってくれてありがとう。でも私、もう逃げないから。まかせて」
「そう、だったら衛宮君、少し私の部屋に来てくれる? イリヤもよ」
綾香はすでに覚悟を決めている。何が綾香を変えたのかははっきりしている。守られる立場から、抜け出したことで、自分の方向性を持ったのだ。逆に少し迷っている自分が彼女を心配するのは間違いだと凛は士郎達を、連れて部屋に戻った。
準備を整えるために。
――――――
円蔵山の内部に擁する大空洞「龍洞」に敷設された魔法陣で、冬木の聖杯戦争の要である大聖杯。
その前には、衛宮士郎の腕を大切そうに抱く黒い影を纏った間桐桜と黒いドレスを身に纏い蠱惑的な魅力を持つセレアルト。
二人は周囲を影の使い魔に守らせ、大聖杯に手を伸ばしていた。
「さぁこれで準備は整った。桜、皆を宴に招待しましょう。うふふ、きっと楽しいわ」
「はい。先輩もきっと喜んでくれる。そうですよね、先輩」
桜はセレアルトに答えながら、衛宮士郎の腕を撫でる。それを可笑しな事だと感じない桜は壊れていた。そして彼女の味方をするセレアルトですら壊れている。
二人がもたらすのは破滅であり絶滅。
人類種に対する天敵が、明確な悪意をもって現世に降り立つ。悪夢のような現実は今目の前に。
「くひひ、うふふ。あははは」
狂った人形のように笑い、大空洞の中でステップを踏みながら1人踊るセレアルト。そして彼女の躍りが止まったとき。
大空洞が激しく揺れ始め、空間が歪み始める。
「何してるんですかアルトちゃん?」
「場所が狭いんだもの。ガーデンパーティの方が好みなの」
その揺れはさらに大きくなった。
ーーーーーー
士郎にある武器を投影で作らせた凜達は、戦場に赴く前に腹拵えをしていた。腹が減っては戦はできない。日本の格言であり、真理だ。
サーヴァント達も最後の現世になるかもしれず、全員が食卓で士郎が用意した日本食と凜が用意した中華を食べていた。
そして、お腹一杯になり活力と士気が高まったとき、衛宮邸全てが激しい揺れに襲われる。
「「!?」」
「何強襲」
「ち、ちがう。地震だ。イリヤ机のしたに」
激しい揺れで家財が倒れ始め、周囲の家々も揺れに襲われる。皿が割れる音や悲鳴が相次ぎ、窓も割れる。咄嗟に士郎はイリヤを机のしたに潜り込ませる。
揺れは長く続いた。停電となり、真っ暗になった中でも揺れは収まらない。
「きゃ」
「おっと。綾香嬢、動かぬ方がよい」
「今結界を張ってる。此処は崩れねぇよ」
綾香がふと立ち上がろうとするが、よろけたところをアサシンが支え、霊体化して屋根に上ったランサーが揺れを抑え、補強するルーンを刻んで帰ってきた。
だが揺れ事態は収まらず、5分近く続いた。
「たく、なんだってのよ」
「凜、貴方も動かないで」
台所で洗い物をしていた凜は、セイバーによって助けられ、ルーラーは外に飛び出して、周囲を見張っていた。
そして揺れが収まると、士郎は明かりを求めて懐中電灯を探した。解析によって場所を当てた士郎は懐中電灯をつけると、衛宮邸がひどい有り様になっていた。
家具の少ない衛宮邸ですら、家財が散らかり大変なのに一般家庭では被害は甚大だろう。
「もう揺れない」
「かなり大きいから今のが本震だと思うけど、イリヤは其所に居てくれ。遠坂、沙条無事か」
「無事よ。セイバーが守ってくれたわ」
「私もアサシンとランサーが」
「ルーラーは、どこに」
唯一返事のないルーラーを探す士郎は、庭への窓が空いていることに気が付き、外を見る。
「揺れはないみたいだ。とりあえず外に」
「嫌な予感がする。様子を見てくるぜ」
士郎の指示にしたがって慎重に外に出た一行だが、屋根の上で冬木を見たルーラーの表情は凍っていた。そしてランサーは家を飛び越えながら、距離を取っていく。
ルーラーを見た士郎が何事かと思うと、冬木の至る箇所からサイレンが聞こえる。パトカー救急車、消防車。
あらゆるサイレンが静かだった冬木を廻る。何故ならあらゆる場所で地震による火事や倒壊が起こっており、街は大災害の被害を被っていた。人々は逃げ惑い、助けを求め出す。
だが魔術師とサーヴァントは、別の事に気がついた。
「冬木の魔力が、薄まった?」
「遠坂さん、違う。竜脈の位置がバラバラになって、無理やり集められてるみたい」
空気中のエーテルが不自然に消え、魔力の流れが見える綾香がそういう。
「この地震は人為的なもの……という事ですか」
「さしずめ、相手の挑発であろうよ」
災害そのものを引き起こした事に、セイバーは驚く。そして小次郎も冷静に燃え、騒がしくなった街を見ながら呟く。
「助けなきゃ」
「馬鹿士郎。今貴方がやるべきことは違うでしょ」
地震による被害に、トラウマを刺激されたのか士郎が向かおうとするも、凜が止める。
今士郎に出来ることは元凶を止めること。それをしなければこの災害が広がり続ける。
「けど」
「わかってる。私だって今すぐに駆け付けたいわよ。けど、この地震は魔力を根刮ぎ奪うために起こされた。だから、それを止めないと意味がないのよ」
恐れていた事態、それがこんなに早くに起こった。震度7クラスの地震が魔術によって町中を襲う。セカンドオーナーとしてあり得ない失態だ。
相手は化け物だが、節度はあるとおもっていた。けれどそんな甘えは否定された。冬木は悲鳴に溢れ、10年前より酷い災害に見回れた。それも何かの予兆だけでだ。
もうなりふり構ってられない衛宮陣営。綾香は地震のあと即座にマッケンジー夫妻に携帯で連絡した。
二人は奇跡的にアルカとブレイカーが張っていた結界で家が無事であり、避難している最中だと言った。
「うん、お婆ちゃんお爺ちゃんは避難してて」
そういって綾香は連絡をやめる。すると、屋根を飛び越えて、少しだけ遠くに行っていたランサーが戻ってくる。
「何が起こっているランサー」
「高台から街を見たが、まだ被害はすくねぇ。だが問題は1つだ。大聖杯のあった山が崩れてる。それも大聖杯そのものが消えてる」
ランサーの言葉を聞いて全員は理解した。敵はこっちの襲撃を見越して大聖杯を移動させたのではないかと。地脈をそのまま移動させるような行為のせいで、冬木に巨大地震が発生したのだ。
攻撃でもなんでもなく、場所を変えただけで災害を起こすのだ。
「だったら何処に行ったの」
「アヤカなら、わかるんじゃない?」
大聖杯が無いなら、どこに移動したのか。流石にランサーでもそれはわからない。だが携帯をしまった綾香を指差してイリヤが提案する。
魔力を目視できる綾香なら、痕跡を追えるのではないかと。だが魔眼を使いすぎれば綾香は人間でなくなる。そのリスクを今使うのかと凜が悩むが、綾香は承諾する。
「私が見つける。でも車は無理。交通機関が麻痺してるから、今の騒ぎに乗じてサーヴァント達に運んでもらう?」
外の騒ぎだ。多少目立ってもごまかせる。そう言った綾香の案は可決された。アサシンにおんぶされる綾香とセイバーに肩を借りる凜、ルーラーに抱っこされるイリヤ、ランサーに俵のように持ち上げられる士郎は円蔵山へと向かった。
正しくは街の人々が気になる士郎をランサーが無理やり担いだのだ。
そして円蔵山付近に迫ると魔力の明確な流れを目視する綾香が、方向転換。目指す方角は間違いなくアインベルンの跡地だった。
サーヴァントの足で進むことで、ショートカットできる一行より早い時間でアインベルンの森についた。
だが彼らの前に広がるのは、生命力が吸いとられ枯れ果てた木々と動物達。そして見るからに異界化している元アインベルンの森だった。
強力な魔力に包まれ、あえて戦いの場を用意したような雰囲気があった。邪魔する存在はいない。だから存分にあがけと言わんばかりに。
「良い皆、もう後には引けない。何がなんでも大聖杯を破壊して、全部終わらせる」
「わかってるわよ凜」
「私も」
「あぁ。わかってる。これはどうしても俺達がやらなきゃいけない問題だ。だから必ずやり遂げる」
マスター達は、決意を決めた。それを見てサーヴァント達も武器を取り出し、準備を整える。聖剣を構え鎧姿のセイバー、刀を腰に構えたアサシン、槍を両手で持ったランサー、旗を振り上げ、主に祈るルーラー。
「随分と派手な戦いになっちまったな」
「それだけ事態は深刻という事でしょう。改めて貴方達と肩を並べられて光栄です。クー・フーリン、佐々木小次郎、ジャンヌ・ダルク」
「それは此方もです英霊アルトリア。貴方達と彼らに主の加護があらんことを」
「聖杯戦争の冥利よな。生前出会うはずのない者が肩を並べて戦うというのも。悪くはないな」
彼らはマスターを死守し、大聖杯まで連れていく。そして勝つことが目的だ。ルーラーも世に災悪を振り撒くセレアルトと聖杯を破壊する事が使命となった。
「行くわよ。大聖杯はアインツベルンの森の中心。セレアルトと桜が罠を用意してるかもしれない、けど突き進む」
「あぁ遠坂。行こう」
「小次郎さん、ランサーさん、行くよ」
「承知した」
「任せときな」
「ルーラー、お祈りは終わったのかしら?」
「はいイリヤスフィール。貴方達に加護があらんことを」
8人は、そう言いながら元アインツベルンの森へと足を踏み入れた。
次回は不定期。感想など頂けたら嬉しいです。