「お目覚めになりました？」
８時間も眠り続けていたアルカが目を覚ますと、いつの間にかベッドの上で眠っており、その隣で黄金の玉座に腰掛ける子ギルが居た。眠った時は、外だったはずだが今居る場所は、黄金と宝石に包まれた室内。
実は、中々目を覚まさないアルカを守るのも難しくなった子ギルが、残っていた飛行船の宝具を取り出し、それに載せて竜や怪物がひしめく世界の裏側を飛び続けていた。
「……」
「おやおや、これは驚きました」
目覚めたばかりのアルカは、幼少の姿ではなく成熟した女性の姿だった。妖精の姿は、心によって変化し、高校生のアルカの姿そのままになる。だが自分が衣服をまとっていないことに気がついたのか、瞬時に普段着を魔力で編み、身にまとう。
そして子ギルは、自分を見るアルカの目を見ながら素直に驚く。
「僕はてっきり、セレアルトと互角になるだけだと思ってたのに。今の貴方は、セレアルトとは違う存在になった。見た目が成熟したことも、精神の安定の証なんでしょうか。何があったんです？」
「……なにも。ただ、私が私だと理解できただけ。何か問題ある？」
「うーん、大人になった僕との相性がどうなんでしょうね。まぁ丸薬の対価は払っていただきますよ」
それはすなわち契約ということだろう。アルカとしても地上での戦力は必要。ブレイカーが消滅した今、ギルガメッシュが契約するなら十分すぎるほどだ。ただ英雄王である彼と自分の相性を考えると頭が痛くなる。根源が執拗に「よせ、やめておけ」と訴えるようで頭が痛い。
アルカは、手のひらを子ギルに伸ばす。それを理解した子ギルは、その手を取る。彼もこの裏側から抜け出したうえで、自分に潤滑な魔力供給のできるのはアルカのみ。ブレイカーと戦い、ぼろぼろになった未来の自分が消滅しない方法はそれしかない。
ギルガメッシュも人類悪そのものであり、全てを滅ぼす怪物を許容するつもりはなかった。なにより、自分の戦いを邪魔されたことが許せなかった。子ギル個人は、醜い怪物と恐ろしい怪物の食い合いが、この世にどう影響するかという興味が少しだけ浮かんだ。
セレアルトというこの世全ての悪と根源に繋がる怪物と、アルカという根源と未知の力を宿す精霊。両者の違いはひとえに、不幸を望むか幸せを望むか。周囲に対する配慮はなく、どちらが勝っても冬木は無事では済まない可能性がある。
「告げる。汝の身は我がもとに、我が命運は汝の剣に、聖杯の寄る辺に従い今宵この理に従うのなら……めんどう。契約に従うならば、汝が剣に我が身を預けよう」
「此処に契約は完了しました。マイマスター。でも英雄王である僕と契約をおざなりにして、殺されてもしりませんよ？」
「……問題ない。これで私はマスター」
アルカは、子ギルと契約を果たすことで体に令呪が浮かび上がった。だがその位置は両手の項ではなく、うなじに令呪が刻まれていた。契約が規格外のマスターと結ばれたことで、潤滑以上に洪水のような魔力供給が始まる。
「これだけあれば、十分ですね。ですが、裏側から抜け出すまでは僕が貴方に従いますよ（ここで相討ちなんて笑えないですし）」
「ん。助かる。――――この船をこっちに飛ばして。表と裏を繋ぐ楔へ向かう。こちらからは外に出られない、だから向こう側から開けてもらう」
アルカは、自分の右側を指差し、指示を出す。それに伴い子ギルは指を弾いて船を動かす。こちらから出来ることは少ない。ゆえに万全の状態を整えなければと、やけにふかふかで寝心地のいい寝台に腰掛けながら、目的地に向かうまで裏側の世界を眺める。
文明はなく、幻想種や精霊などに溢れた世界。まさに野性が広がっており、未知の世界だった。
「どうしたんです、呆けて」
「……気にしないで。ただ、美しいと感じただけ」
聖杯戦争が激化して、何日絵を描いてないのだろうかと思った。全てが終われば、再び世界を回り描きたいなと思う。それが叶わぬ望みだと知りながら。
「たどり着いた後、貴方には私を守ってもらう。こちらから表に干渉するには集中力が不可欠だから」
「人使いが荒いですねマスターは」
「ん。そうね」
アルカの命令に肩をすくめる子ギル。二人は世界の表側に最も近い場所を目指し、聖杯戦争の行く末を見守る。アルカにできるのは、綾香達に少しだけ力を貸す事だけなのだから。