79話、魔の手の真相になります。
英雄王の丸薬のおかげで、記憶の海に沈むアルカ。意識を保たなくては一気に持っていかれると気合を入れる。何故か、精神世界にブレイカーの宝具であるナイフが手元にある。
そして、記憶の海の最底辺までたどり着くと、ブレイカーの宝具が輝き始める。そして、周囲の空間を照らすことで以前夢で見たことのある場面が映る。
イギリスでみた屋敷に似た様な作りの建物があり、自分を見下ろす
「■■■■■、僕等の娘だ。僕等の天使だ。□□□□□□、ありがとう」
「この子は、一杯愛を与えて育てましょう」
――――この人達が、お父様とお母様と言うのね。私を愛してくれるのね。根源が愛はいいものだと教えてくれたもの。私も大好きよ。
(そうこれを一度見たことがある。やっぱりこれはセレアルトの記憶だったのか。けれど、酷くノイズが)
夢で見たことがあり、その時も何かが阻害するように詳細が読み取れない。声をかけてくる男女の姿にもやがかかり、声はノイズがかかる。けれど、再びブレイカーの宝具から、白と黒の魔力が漏れ出し、記憶に掛った靄を消し去る。
そして鮮明になった記憶が再び、流れ始める。
「セレアルト、僕等の娘だ。僕らの天使だ。生まれて来てくれて、ありがとう」
「この子は、一杯愛を与えて育てましょう」
はっきりと視界に映るのは、金髪の長い髪と七色の瞳をした高校生の自分より、少し大人っぽい姿の女性と、眼鏡をかけ灰色の髪をした男性。男性は女性に抱かれた自分を抱き上げながら心の底から感謝をしていた。
この二人が、自分の両親だとセレアルトの階層から学び、始めてみた二人の姿に涙がこぼれそうになる。10年間ずっと会いたかった存在を見ることができて、二人に触れたくなる。けれど、彼らは記憶に過ぎず、二人の娘はセレアルトなのだ。
それが悲しくも、何故いっしんに愛を受けているセレアルトが、あぁなったのかがわからない。
「笑ったよ」
「言葉が分かるのかしらね」
――――えぇ。わかるのよ。少し頭が痛いのだけれど、分かるのよ。
生まれた直後から、セレアルトの意思ははっきりしていた。何故ならセレアルトは、根源に繋がっていた。魔術師の家系で、妖精を用いて根源に至る術を探していた一家の長女は、根源と一体化していた。
それは1000年にも及ぶ妖精の血を継続した結果か、運命の悪戯かわからない。ゆえに生まれ落ちた瞬間から万能にして全知全能の存在だった。本来なら根源に繋がった人間は、自己の損失や万能ゆえの虚無感、共感能力の欠如など、視点が人間でないゆえに問題を抱える。
けれどセレアルトは、根源接続者の中でも特に感受能力が高かった。母と父を見たとき、彼らの愛を知り、それに報いたいと思った。愛が素晴らしいと知り、自分が異常だとも理解した彼女は、奇しくもアルカと同じく力を制限することを決めた。
自分なら一族の本懐を叶えられる。だがそれは間違いだと知っていたからだ。人の可能性と夢を摘み取ってはいけない、それは力を持つ自分が守らなければいけないルールだと決めた。
(おかしい、今のセレアルトは他人の願いを無理やり叶えてる。そして絶望する様を笑ってる)
そう考える中で場面が進み始める。今度は、母も父もそばを離れてしまい。少しの時間が過ぎる。
―――――さびしいわ。すごく、すごくさびしい。お母様、お父様。
赤ん坊のセレアルトは、理性で悲しみを抑えることせず、本能のまま泣き出す。その泣き声がセレアルトと融合した時の泣き声と一致する。やはり泣いていたのはセレアルトだったのだと確信する。
「ふぇ、――ふぇえええん」
寂しさを伝えるように泣き出す赤ん坊のセレアルト、その声を聞いたのか両親が飛び出すように部屋の扉を開け、セレアルトを抱きしめる。その感触が何故かアルカにも伝わり、暖かさと優しさに震える。
あたふたする父は、頼りなく母は包容力のある女性で、優しくセレアルトをあやす。
「ごめんよセレアルト、さびしい思いをさせてしまったね」
「泣かないで、もうさびしくないわよ」
「ふぇええ、……うぐ。―――うふふ、ふへへへ」
母にかまってもらえて、寂しさがなくなったセレアルトは笑う。泣き止みご機嫌になった彼女を見て両親は安心する。
「セレアルトはかわいらしく笑うのね」
「本当だね、この子の笑い顔は、本当に愛しくなる」
「ずっと笑顔でいれるように、この子にとって楽しい世界であることを祈るわ」
「うん」
―――そうよね。私も笑うのは好き。泣くのはつらいもの。それにお父様達の笑顔もすごく好き。
(私は、愛されてた。間違いなく)
アルカがセレアルトの過去を見れば見るほど、幸せが胸から溢れ出る。そして、優しい時間が流れていく。両親は、仕事や研究で忙しいながらも、会いに来ていた。裕福な家庭らしくメイドを雇い、彼女たちの世話にもなって
いた。
だけど、セレアルトの様子がおかしくなり始める。
――――頭が痛いわ。どうしようもなく。でも根源が何も教えてくれない。
成長していくごとに、頭痛を訴え始める。両親も心配するが、心配させまいとセレアルトは通常通り振る舞う。
「お土産を買ってくるよセレアルト、では行ってくるね。たのしみにしていてくれ」
父と母が魔術教会での会合があると、ロンドンに出かけた。その見送りをしたセレアルトだったが、少し時間が経つとメイドに「お母様とお父様は?」と尋ねる。
先ほど見送ったはずですよと、窘められるが彼女は頭をひねって考え込む。だが、そういえばそうだったかと根源で確認して、昨夜出かける旨を聞かされていたと知る。
そして、部屋に戻って一人で遊んでいるとき、ふと頭が痛む
―――――――――――寂しいわ。最近会いに来てくれる回数が減った。根源で見れば忙しいのは分かった。我慢する。
そうつぶやくセレアルトだが、隣でそれを見ているアルカは疑問を抱かずにられない。
(待って、おかしい。ママとパパは毎日会いにきている。何を言っているのセレアルト)
それから何度も、父と母が会いに来たことを忘れる事が頻発する。そのたびにメイドに聞いたり、二人が会いに来ないと癇癪を起しては、頭痛に悩まされていた。明らかに幸せだったセレアルトの何かが壊れ始めている。
――――あれ? どうして会いに来てくれないのかしら? 調べなきゃ。あれ? さっきも調べていたの?
何を言っているのか、アルカはセレアルトの様子が怖くなる。そう考えている数分前に両親と食事していたではないかと。もはや頭痛は慢性的になり、生活の一部になりつつあった。両親もメイドやセレアルトの様子を見て、異変には気が付いており、症状を見て病気ではないかと考え始める。
当然、何か違和感を感じないかと聞かれていたが、全知全能の自分が病気と気がつかないはずはないと判断していた彼女は少し頭が痛いだけと告げる。全知全能のはずのセレアルトは、日に日に症状の悪化をたどるも自覚症状がなかった。ただの頭痛としか認識していない。
「セレアルト。アルト。今日も頭が痛そうね」
自分を心配して話しかける母親、母親の胸に抱きしめられ、その愛を受け止めるも。時間が経てば毀れていってしまう。求める愛と受け止められる愛の比率が、狂う。眠って目を覚ませば、セレアルトは昨日をほとんど覚えていない。とはいえ、知りたいことは根源から取り寄せるので、思い出が作れない以外は不便はなかった。
―――どうして、私の事を見てくれないの?
「また、おでかかけしましょう」
娘の様子を見ながらも、自分達では救えない両親。どうにか彼女に思い出を創ろうとするも、セレアルトは、次第に自分達の顔すら忘れ始める。
止まらないずれが、亀裂となっていく。
――――お母様も、お父様も、どうして私に会ってくれないのかしら。もう顔も忘れてしまったわ。私を愛してくれるって言ったのに。
(待ってセレアルト、貴方は、私は――)
そうして一年がたった後、母は次第に大きくなるおなかを何度もセレアルトに見せ、何度も家族ができると伝えた。彼女はそのたびに知識を汲み取ることで、妹という存在を知る。だが、自分の事を愛してくれないのに、と喜べなかった。
真相は、分け隔てない愛を受けながらも、記憶として残らないのだ。
そして、母が妹を生み落とし、その子をセレアルトに見せてきた。幼く無垢な存在は、セレアルトに手を延ばす。自分と違い、妖精の血が薄く根源にもつながっていない普通の赤ん坊。それがセレアルトは羨ましかった。
「この子は、”ロナアルカ”、貴方の妹よ」
――――どうして、どうして妹なんて作ったの? 私の事すら愛してくれなかったくせに。嘘つき、嘘つき。
嘘なんて付いていない。でも、誰であってもセレアルトの悩みを解決はできない。今すぐにでも過去のセレアルトを止めたくなった。だが、妹の名前が自分に似ているのは、偶然なのだろうかと頭をひねる。
「明後日は、セレアルトの誕生日だから、早く帰るね」
「私も、美味しいケーキを焼いてあげるわ」
――――――目の前に居るのは誰? え、お父様? お母様? それは何? あ、そうね。わかった。
誕生日になり、両親が彼女の誕生を祝おうと決めた。けれど、セレアルトは壊れていく一方で、目の前の人物がだれかも記憶が難しくなっていく。それでもすぐに検索することで詳細を理解できる事だけが救い。もはや頭痛の感覚すらなくなり、瞬きするように自然に脳を抉るような痛みが走る。
そして、遂に来るべき悲劇が来てしまう。
――――もう何年も二人に会ってない。どうして? 声も顔も、ぬくもりすら思い出せない。全部、アイツのせいだ。
全ては勘違い。しかし、その間違いに気がつくことは一生なく、運命そのものがセレアルトを正しく呪っている。与えられたものが自分の意思に反して、受け皿からこぼれ、それでも欲しいと嘆き続ける。受け止める器がないと気がつかない愚かな少女は、呪ったのだ。
自分の代わりに愛を受けていると感じる妹という存在を。だが、殺すなんて考えてなかった。でも悔しさと憎しみがないかと言えば嘘になる。
「キャアアア!」
「セレアルト、なにをやっているの!」
―――――どうして、私を地下に閉じ込めるの? 私が何をしたの? どうして私はこんな場所に居るの? それにさっきの声は誰なの?
セレアルトは、誰もいない妹の寝室に忍び込み、その腕の骨を折った。当然泣き叫ぶ妹、あわてて駆けつけてきたメイドに抑えられ、母が泣きながら彼女を叱る。だけど、怒られて悲しいという気持ちも、すぐに消えてしまう。あるのは恨みの気持ちのみ。
そんなことが繰り返し続いたことで、セレアルトは別室に軟禁される事になった。両親はセレアルトの治療法を探し続けたが、現代医学では見つけられない。
けれど、セレアルトを少しでも救おうと資材を投げ打って、治療を探し続けた。しかし、それが悲劇を加速させる。
徐々に心に異常をきたし始めたセレアルトは、医者達を人と認識できなくなり、部屋に入ってきた人間を攻撃し始めた。不完全な全知全能は、セレアルトの心を削ぎ落していく。そして医者達が欲に駆られた存在であり、自分の治療など形だけだったことを根源で知ったことも、彼女の暴力を加速させる。
魔力回路が優秀で、根源の知識を使わずとも魔力本を読むだけで使役できた彼女は魔術で惜しみなく自分を守った。
(……これがセレアルトの歪み)
―――私は誰を待って居るのかしら。
そして、遂に手に負えなくなった両親は魔術協会に恥を忍んで助けを求めた。それによって招かれた集団がセレアルトの最後の箍を外すきっかけになるとは思っていなかった。
――――なにかしらこのゴミ達は。魔術師? 時計塔? 執行者?
そして、協会から派遣された医療魔術の使い手を守るために、護衛として封印指定の魔術師たちが来たのだ。けれど、5人中3名は、セレアルトの特異な魔術の才能をあわよくば回収する命令を受けており、セレアルトが両親の命令で来たという彼らを恐れるのも当然だった。
――――嘘よ。お父様とお母様が私を封印しようと言うの? 何故? 私は何もしてないのに? ただ、お母様達に会いたくて待って居ただけじゃない!!
必死に否定しながら、封印指定の魔術師の相手をする羽目になる6歳のセレアルト。感情のままに、根源から取り出された知識を精霊の持つ空想具現化で持って惨殺する。今までセーブしていた力を使い、魔術師たちを殺しつくした、セレアルトは、外へと飛び出した。
両親は、きっと騙されただけなのだと。自分を愛してくれているのだから、自分のことを待っていてくれると。
根源から情報を収集し続けることで、まっすぐ母と父の居る部屋の前に辿り着く。全身帰り血で汚れながらも、屋敷中を走り回った彼女は扉を開けた。
最後の望みを託す。すでに頭にあるのは赤ん坊の時の記憶のみ。自分を愛してくれるといい、自分も愛していた二人だった。
「怖い夢を見たんだねロナアルカ。大丈夫、お父様達が傍にいるよ」
「そうよ。貴方は安心して寝なさい。愛しているわロナアルカ」
扉を開けたセレアルトの目に映ったのは、ベッドの上で自分とそっくりの少女に愛を向け、いつくしむ両親の姿。もう自分は、必要ないのだと胸の奥が痛みで気が狂いそうになり、涙がとめどなく流れる。小さな手で押さえる胸元は血が出るほど握りしめているのに、心が捩じ切れるような痛みが走る。
言葉が出なかった。悔しくて、悲しくて、そして寂しくて。
(だめ、セレアルト、それはダメ)
同じ痛みを味わうアルカは、必死にセレアルトを止めようとする。自分でも同じことをするかもしれない。いや、必ずするからこそ止めたかった。
「せ、セレアルト、どうしたんだ。その血は!?」
「まさか、あの人たち!」
二人はセレアルトの身を案じて、駆け寄る。だが胸の痛みが、頭の痛みが、心の痛みが限界を超えたとき、セレアルトは両親の背後にいた妹目がけて、魔力で作った触手をけしかける。それを見て母親はとっさに、妹をかばうように、父親はセレアルトを止めようとするが、触手に体を引き裂かれてしまう。
そして、絶命した二人の血を浴びて、セレアルトは、胸を押さえながら。よたよたと歩み寄る。
「お父様、お母様?」
二人の亡骸を触手で持ち上げた、セレアルトは、両親の亡骸を抱きしめた。ずっとこうしてほしかったと、冷たくなっていく生暖かい二人を抱きしめる。もしセレアルトが根源に繋がっていなければ変わったかもしれない。もし、セレアルトの記憶が保てば、変わっていた結末。
決して噛み合わなかった両親とセレアルトの思い。
「……おねえちゃん」
両親の亡骸を抱きしめながら、涙を流つつも、表情に笑いを浮かべて壊れていくセレアルトに、話しかけたのは熱に魘される様に、顔の赤いセレアルトと同じ顔、同じ目をした少女だった。両親を奪った存在である妹である彼女に対して、歩み寄る。
何故、自分ではなくこれ何のだろう。
(もうやめて、セレアルト)
――――うふふ、もういいわ。こんな世界いらない。全部全部、呑み込んで捻じ曲げて、消し去ってしまいましょう。憎いわ。全てが、この世界の何もかもが憎くて仕方ない!!
現実は違う、だがセレアルトの生きてきた世界にとっては真実であり、ある意味運命そのものに裏切られたセレアルト。ただ愛したかった、普通の子供として愛されたかっただけなのに、運命の悪戯は彼女をほんろうし続ける。
愛が、誰かを愛したい思いが狂気のよって反転し、憎しみ、全てを憎く感じるようになる。二度となくならない胸の痛み、心の叫びを狂気の笑みで仮面をして。自分は愛されなかった、自分は裏切られた。希望を持たされた上で裏切られた。
それがひどく悔しくて、恨みが増す。妹に近寄った。セレアルトは、すごく無表情な妹の首を触手で締め上げる。だがかすかに息ができるよう手加減はしていた。
「……」
「ねぇ、貴方は私の妹なのよね。うふふ、ねぇ教えてよ。愛ってどんなもの? 私じゃダメで貴方な理由は何?」
「……ん」
「貴方を食べれば、少しは味わえるのかしら。うふふ、そうね、そうしましょう」
「……おねえちゃん、かなしいの」
「うふふふ、あははは。そうね、とってもーー」
悲しいなんてものじゃない。セレアルトの心は死んだのだ。
第三者視点からみえれば、ただの自滅。けれど人の人生など他者視点で見れば、そんなものだ。
「install」
「は?」
首を締め上げていた妹が突然、魔術を用いた。根源に繋がるセレアルトですら、知らない魔術?を。
呆気にとられたセレアルトだが、何をされたのか検索できない。自分の一部になったそれを、セレアルトは調べられない。だが、妹から伸びた魔術回路がセレアルトの全身を巡り、セレアルトの内部で何かを作り上げた。
「何をしたの」
「……いのり、かなえた。ママとパパの」
セレアルトの妹は、普通のはずだった。けれどセレアルトと並ぶ不思議な力を持っている妹を彼女は恐れた。
(これは……私の魔術?)
「呪いでもかけたのかしら、ロナアルカ。けど、私は呪いなんか苦にならない。さようなら、私の妹」
セレアルトは、妹の体を触手で突き刺した。無表情の妹は、口から血を流すも、弱々しい手の動きでセレアルトの頬に触れる。
そして、体が消滅する。遺体は残らずセレアルトの前で魔力となり、その魔力をセレアルトは吸収した。
けれど彼女の記憶は奪えず、セレアルトは悔しさを感じる。
ーーー私を裏切った世界を許さない。弄ばれた自分が許せない。何もかもが許せない。皆裏切られれば良い、裏切られて苦しんで、死んでしまえば良い。
(セレアルトは、復讐して……)
復讐に取りつかれたセレアルトは、まさに邪神だった。根源から災厄を取り出し、世界を改変することで地獄を作ろうとした。
生きながらに腐敗していく男達。虫達に貪られる女性達、消えない炎に焼かれる子供達、津波の如き水で全てが流される街。あらん限りの災害を引き起こしていた。
当然、人類や地球にとっての驚異となったことで抑止力に阻まれた。守護者となった存在に何度も殺されかけ、それでも止まらなかった。英霊や抑止に後押しされた人間や魔術師、はては第一法の使い手すら、殺した。
そして半年ほど猛威を振るった時、セレアルトは敗北することになった。
「貴方は?」
「知っておるくせに聞くな。残念じゃよ。此処まで拗れた例はお前さんがはじめてだ。もう少し早ければ」
突如セレアルトの側に表れた老人。高齢でありながら、目には精気が宿り、人間ではない。強大な力を持つ存在。
(……時計搭のお爺さん)
ブレイカーの次に出会った人物が現れる。
「何が望みだ」
「うふふ、人理の破棄よ。それが終われば、星の破棄、その次は宇宙かしら。思い付く限り全てを滅ぼすつもり」
「儂がこう思うのも珍しいがな。可哀想に」
老人の名はキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。現存する魔法使いの一人であり、5つしかない魔法の中で第二魔法の使い手。また死徒二十七祖第四位の吸血鬼。朱い月を倒した人間である。
彼は幼い姿で、狂気を振るうセレアルトと対峙した。第一魔法の使い手との戦いで消耗した事もあるが、あらゆる平行世界に通じ、無限に等しい魔力を持つ怪物。それを相手取るにはセレアルトは幼すぎた。
次々にゼルレッチの魔術や魔法を攻略するも、数で圧倒され最終的には、敗北した。
「ふふ、ふふふ」
「泣くことも出来なくなったか。お前の両親は知っているが、残念だ。
儂にお前を救ってやることはできん。だがもし……」
そのあとの言葉は聞こえない。セレアルトの意識は封印され、輪廻を廻ることなく肉体ごと保管された。さらに世界を恨み、世に災厄を振り撒く存在として、二度と目覚めぬように。
ーーーー
そして200年の時を経て、聖杯戦争という魔術儀式がセレアルトの肉体を甦らせた。だが目覚めたのはセレアルト(復讐鬼)ではない、無色透明だったソレ。
それがアルカへと変化したのだった。
そこで記憶が途切れる。暗闇のなかでアルカは自分のルーツを知った。セレアルトの暴走の理由、全てがセレアルトに希望を与えた上で不幸に追いやった。
だからセレアルトは願いを叶えては、絶望させる。痛みを知っているからこそ、与える。
ギュッと胸に抱いたブレイカーの宝具を握る。溶け込みそうな程、暖かく悲しい記憶。
セレアルトの意思と融合はしなかった。それだけが救いだった。セレアルトの力は体感した。故に彼女に一方的に負けることはない。もう一度融合されることも、可能性は低い。
だが記憶は終わったのに、記憶の海から出られない。
「まだ何か……」
「おねえちゃんの記憶は終わり、けど貴方はもう1つ秘密を持っている」
「……」
自分の声が聞こえ、振り返ればパジャマ姿のセレアルトの妹。ロナアルカがそこにいた。
驚くアルカに手を伸ばして、両頬を掴む。そして額を合わせる。
「……おねえちゃんを止めたいなら、同じ力ではダメ」
額を会わせたあと、アルカから離れたロナアルカの姿は、妙齢の女性だった。姿は母親に似ているが気配が違う。何より感じるのは異質さ。
「お前の前世にこそ、答えはある。アルカ、いいえ、ロナアルカ」
「え」
「私はロナアルカの前世の残火。500年前に少しだけ現世に表れた精霊や妖精の類いだ。まぁ人間になったせいで寿命は短かったけどね」
急に前世と呼び、アルカの事をロナアルカだと呼ぶ。名前には意味があるというが、其処まで縛るものだろうか。
まず精霊がなぜ、人間にと考える。妖精の一族なのは知っているが、それがなぜ自分の前世なのか。
そして自分はセレアルトではないのかと。
「貴方はロナアルカの魂を元に、セレアルトの一部として生まれた。だからロナアルカが貴方の本名。
セレアルトとロナアルカのハーフとも言える」
「……貴方は?」
「私はロナアルカの魂に刻まれたものだから。セレアルトではない。
さて残された時間は短い、本来誰にも継承するつもりのない魔法だけど、全てを知った貴方には教えてあげられる。表側から消え裏側に眠っていた素敵な魔法をね」
魔法を教える。意味のわからないことだ。魔法はアルカやセレアルトですら体現できない。根源に繋がったセレアルトが第二魔法に敗れ、第一魔法に苦戦したのが良い例だ。
自分の前世を語る女性だが、アルカには信じられない。
「私も貴方と同じように、人間の家族を愛したの。私の魔法は大きすぎて、世界が滅茶苦茶になってしまう。でも誰よりも優しい力なのよ。
だからこそ、使い手は選ぶ。私が裏側に帰ったのはそれが理由。でも貴方は自分のために使えるはずよ。自分を含んだ誰かのために」
そう言いながら女性はアルカの困惑した顔を撫でる。
「我が儘に強欲に、それでいながら素直に。不幸ではなく幸せを。世界を捨ててでも救いたいと願うほど、貴方を愛し育ててくれた人達に、希望を。あわよくば……」
「……ん」
前世を名乗る女性は、ある言葉を告げソレを聞いたアルカが頷く。家族を救う力があるのなら、欲しいと。
「一度しか言わないから、質問もなしよ」
そう言いながら、女性はアルカにある優しい魔法を伝え始めた。現状を打破し、セレアルトを止める術を。
ーーー
アルカが目覚めたのは、眠りについてから8時間後だった。
セレアルトの症状を説明するなら、世界や宇宙一のCPUを持ちながら、HDDやメモリが全くないって感じですかね。知りたいことややりたいことはできても。記憶はできない。PCに詳しくないのであってるかわかりません。