セレアルトと同化したとき、全てが悲しみに染まった。恨みや憎しみ、殺意などではなく心に溢れたのは、自分の体を内側から溶かしてしまいそうなほど、悲しい涙。全ての存在を恨みながら、悲しみ。何もかも裏切りながら悲しむ。他者を嘲笑い、泣き叫ぶ。
ほんの一瞬、セレアルトとアルカが融合したわずかな時間、そこでアルカの感じたのは少女の泣き叫ぶ声だ。まるで迷子のように誰かの名を呼びながら、泣き叫ぶ。けれど声は届かず孤独が彼女を包みこみ、永遠に泣き叫ぶ。
何故か判らない。そしてその鳴き声をごまかすように「うふふ」と笑い、ケラケラ笑う声が聞こえる。幼い少女が暗い闇の底で、涙を流して笑おうとする歪さ。手を差し伸べそうになった、がそれは無理。
その少女に纏わりつく闇は、呪いそのものだから。この世全ての悪が、セレアルトに手をさし述べたから。そして、手を掴んだのは少女ではなく私(?)だった。
そして、互いの溶けあうように合わさり、復讐の鬼となったセレアルトが生まれた。
(悪であれ? 素敵ね。この世の中は悪しかいないもの)
(殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ)
(わかってるわ。けどただ殺すだけなんてつまらない。私の邪魔をしたもの全てを消しさり、全てなかったことにしましょう。私だけの世界を創りなおすのよ)
(呪え、呪え、呪え、呪え、呪え、呪え、呪え、呪え)
(当然よ。世界は私を裏切ったのだもの。私のは正当な復讐よ)
(死ね、死ね、死ね、死ね、死ね)
(そうね、皆苦しみながら死ねばいい。そうだ、そうしましょう。世界なんて言わず、根源を通して何もかもを呪いましょう。何もかも殺しましょう、これまでの命、まだ生れぬ命、希望、絶望、何もかも呪いで汚しましょう)
(……)
(あら、怖気ついたというの? この世全ての悪なのでしょ? 世界だけといわず、全ての世界を呪ってやるくらい言ってほしいわ)
セレアルトは、視野が広すぎた。その規模と恨みは、この世全ての悪ですら想定の範囲外。この世全ての悪すら呪ってしまう呪い。セレアルトの起源は、昇華。魔術属性は内包。全てを受け入れ、昇華させることに特化した存在。混ざり合ってはいけないものが、混ざったっ結果。
形容しがたい怪物が生まれたのだ。けれど、アルカはセレアルトと融合したことで、その呪いの中に、誰かを求める鳴き声を聞いた。
そして、突然流れ込んできた恐怖の感情の津波、それによってセレアルトと切り離された。
私は死んだんだろうか。体の感じがおかしい。何より体が軽すぎて、空気に溶け込んでしまいそうな感覚。ということは、セレアルトに負けた私は死に、冥界を彷徨っているのだろうか。綾香を救えず、ブレイカーを死なせ、アンを失った。
ウェイバーも狙われている以上、必ず……。なんて無価値な人生だったのだろうと消えゆく時間を待ちながら、アルカは悲しむ。
―――――ねぇ、お願いだから起きてくれませんか?
――――このままだと、ほんと危ないというか、命の危機なんですよー。
(すごく、周りがうるさい)
死んだはずの周りで子供の声と、獣の唸り声が聞こえる。そして、何度もガチャガチャと鎖の引っ張られる音が不愉快に感じる。もしや地獄なのだろうか? 地獄の番犬でもいるのだろうか。何も為せなかった自分にはお似合いだろうと、目をあける。
「やっと目をあけた。状況を説明するとですね、ピンチです」
自分の目の前には、金髪に赤眼の美しい顔の少年。年は十歳前後だろうか。その少年の背後では、英雄王の用いていた天の鎖によって、かろうじて封じられている七つの首を持った竜が居た。それは、口元から何度も毒を吐こうとするも、少年の周囲に展開する盾によって防がれる。
けれど猛毒によって盾が溶け始め、少年の表情が暗くなる。
「貴方の従者と未来の僕のせいで、宝物庫の中がスカスカなんです。これ以上はきついんです」
「……英雄王」
ふと、鮮明な視界で少年を見れば、黄金の輝きを持つ魂を透視できた。それによって答えがすぐに明らかになる。というよりもヒュドラを見るだけで、それが何か、どう殺せばいいか、何を考えているかなどが頭に情報として流れ込む。
あまりの情報量に人間の脳なら一瞬で熱暴走して蒸発するだろう。自分はどうしたのかと考えるが、それだけは情報として入ってこない。けれどこの場所が何処かと考えれば、瞬時に世界の裏側、妖精や精霊、幻想種の生息する場所であり、地理や空間の歪んだ場所、何がどこに生息するかなどが、『』から流れ込んでくる。
だがこれでは、自我を失ってしまう。情報に呑まれ、全てを知る先にあるのは自我と情報の融合。自己と他の境界線の崩壊。だからアルカは瞬時にその情報源とのリンクを絞った。
そんなことした事がなかったが、『』と繋がっていることは、目覚めた瞬間理解して制御も初めから知っていた。
考え始めたら宇宙の誕生から終わりまで、頭に浮かびそうで必死に『』とのつながりを弱める。
「正解ですよ。けど、早く逃げないと僕と貴方も食べられちゃいますよ」
何故か子供になっている英雄王。なぜと感じる前に、彼が裏側に堕ちてきた際、消滅を避けるために宝物庫にあった若返りの霊薬で子供に時を戻したと知る。
ほんの数十秒だが、不思議な力が自分にあることを体感する。なんというか、自意識を保つのが難しくなる。 ぎゅっと握っていたブレイカーのナイフを見つめる。ブレイカーが消滅しても残り続けるそれを。
「その様子、僕みたいな観測者にでもなりましたか? けど、そろそろ鎖も限界なんで」
「……ん」
子供になったギルガメッシュ、子ギルにせかされるアルカ。今までと違い、内包した魔術や知識を内側に感じないが、この場合必要な力を『』から汲み上げイメージすることで現実の現象として発生させる。
制限した時の魔力なら、10回魔力の枯渇で消えるような力の行使。9つの首を持った竜の周囲から、九つの炎の剣が具現化し始め、それらが一斉にヒュドラ、またはそれに連なる邪竜の首を切り落とし、傷口を豪華が焼き尽くす。
首を落とされた、邪竜の体は一気に燃え始め炭になっていく。体内の毒が熱で焼け気化する。その毒素を含んだ煙。子ギルは、有害だと理解していたので風上で毒消しの霊薬を備えているが、アルカはその毒を両手を胸の前で合わせ、杯にする。
そこに風を操りながら、毒を集める。数々の英雄すら殺す猛毒を手のひらで受け止めたアルカ。しかし、毒や呪いに対しての耐性は、以前より強化されているのか毒を小さな口で飲み干す。
「うわー、それ飲んじゃいますー? 正直、ひきますね。おっと」
潤滑すぎる魔力ではなく、空腹を満たすために邪竜の毒を飲むアルカ。七色の瞳は、毒を見て有害だが自分には無害だと解析、人間でない自分にとっては栄養素だと判断したのだ。
けれど英霊である自分ですら飲みたくない有害な部分、それも調理せずに、である。その分、竜でありさらに高密度の魔力を持つ毒の混じった血を飲む幼女。子ギルでなくとも猟奇的に感じるだろう。
だが、アルカがのどを潤した瞬間に、切り落とされた首が最後の抵抗として、首だけで噛みつこうとするところを子ギルが王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の中に残っていたヴァジュラを射出。それで串刺しとなり、邪竜は息絶える。
ヒュドラを殺せる宝具は、ブレイカーに砕かれてしまったので、その主に後始末を頼んだのだが、アルカは何処かへ飛んで行こうとする。人間ではなく妖精として分離したため、羽根を持っている彼女は空を飛ぶことができる。
けれど彼女は、元の世界に戻る考えは、なかった。自分での脱出は不可能だと知識として理解し、セレアルトや自分のこと、そして綾香の関わった事象や人物の情報は『』から引き出せない。すでに自分は脱落し、この世界にいることでセレアルトの力を削ぐことしかできない。
アンを失い、ブレイカーを失い、愛歌を失い……残った綾香とウェイバーや祖父祖母。彼らもセレアルトは狙っている。
けれど手出しできない。世界の裏側に侵入した段階で、抑止力に目をつけられ、表に干渉すればどんな影響が出るか。
そして表に影響を与えるのは難しい。
手詰まりだ。セレアルトと融合した恩賜か『』と繋がる力を得ても、身を隠すので精一杯。セレアルトの完全な復活を阻止するため、干渉されない裏側で隠れる以外、選択地がない。
何よりセレアルトに負けた自分に、生きる目的が見つけられない。大切なものを守れず、それを奪ったのは自分自身(セレアルト)。
そんなアルカ(セレアルト)に何が出来るのか。
「ちょっと、ちょっと待ってください」
宛もなく世界の一部になり駆けているアルカを空中に浮かぶ階段のような宝具を取り出し、アルカを追い掛けた子ギルが呼び止める。
「……何」
「未来や過去を見通すものとして言いますが、囚われたら終わりですよ」
「……」
「感情を失えば、あなたは星の触覚に成り下がる。それを望んでる節がありますが、君は」
「……わからないの。何が自分なのか、」
子ギルに振り替えるアルカ。幼少期の姿で酷く落ち込んだ顏をする。今のアルカはセレアルトとアルカの間。悪意に呑まれず善意に目覚めていない透明な状態。
内包した記憶や知識は、肉体に残ったが思い出や心は妖精となったアルカが持ってきた。
けれど思い出に居場所を見つけた場合、アルカは思い出のなかで生きる弱さがある。今は自分という意識が薄れていく。セレアルトとの融合がアルカの意識を良い意味でも悪い意味でも改編した。
思い出だけが自分の存在であるが、思い出に溺れれば、自我が消える。
「消えたいか、消えたくないか。ですね。ですが、僕は此処を出なきゃいけないので、少しズルをします」
「……鏡」
子ギルが王の財宝に手を突っ込み、取り出したのは黄金の鏡。それを覗き込んだとき、そこには黒い騎士と戦う綾香の姿が写っていた。
その姿を見たとき、アルカの胸は痛み始める。
「これは、使用者の考えを写し出す鏡。僕が千里眼で選択した未来を写し出せます。そしてこれが明日の夜の出来事」
「……綾香は、死ぬの?」
「さぁ、圧倒的にセレアルトは強いですから。大人の僕ですら、あれは苦手です」
セレアルトと戦って勝てる人間や英霊は冬木にいない。『』が衛宮士郎や凜達が戦った場合、勝てそうもないと告げる。セレアルトにどう負けるかはわからない。
セレアルトの詳細を調べると途端にエラーが出る。そして綾香も同じく未来が見えない。けれど勘が告げるのだ。
セレアルトを止められるのは、セレアルトだけだと。
「……でもギルガメッシュ、貴方でも」
此処を出るというギルガメッシュ。子供の姿とはいえ、彼の目的もセレアルトだ。
そしてギルガメッシュでもセレアルトを止められないと感じる。
「ーーもし大人の僕が此処にいれば、セレアルトの一部である貴方を殺しているでしょう。
ですが僕は認めます。僕ではセレアルトに勝てません。止める機会を逃しましたからね。まったく慢心しなければ、止められたのに。
ーー話が反れました。大人の僕が、僕に君との交渉を任せたのは、君を殺さず表側に行くため。本来交渉などするタイプじゃないですからね、あれ。
けれど、それほどまでに勝負に水を指したセレアルトに怒りを覚えている。大人の僕の条件は、君が英雄王である僕と契約し表に出ること。セレアルトを消滅させた後に契約を破棄。譲歩する部分は、戦闘と出る方法、そしてチャンスを与えると」
子ギルの出した条件、それは魔力切れに近い英雄王と契約して命を繋ぎ、表へ出ること。
対価として自分は、ブレイカーと互角の英雄王を一時的に協力体制を結べる。だが加えられたチャンスとは、なんだろうか。
「君とセレアルトは同じ存在。ですが君と彼女の差は大きい」
「……ん。私は勝てない」
「それは何故か。ーーセレアルトは君の知らない自分を知っていて、君はセレアルトを何も知らない」
「……つまり」
子ギルの言いたい事は何となくアルカは察した。セレアルトはアルカを理解した上で、上回る。同じ自分であり弱点を熟知しているのだから。
ならアルカもセレアルトを知ればいい。奇しくもセレアルトの力の源にアルカは手が届いている。セレアルトと五分になれれば、他の不確定要素次第で勝利できる。
「僕の宝具で、君の封じられた記憶をこじ開けます。そこでセレアルトだった自分を知れば良い」
王の財宝から、丸薬を取り出した彼は、真っ赤な瞳でそう告げる。簡単に言うがアルカはその代償を知っている。
「……失敗したら」
「えぇ。セレアルトが二人になっちゃいます。本当の破滅って奴ですね」
セレアルトだったアルカが、セレアルトの記憶を体験すれば、意識がセレアルトに変異する可能性がある。何より全てを呪い、この世全ての悪を取り込む怪物誕生の経緯。恐ろしいと感じるのが普通だ。
「どうするかは、あなた次第です。丸薬を飲んでアルカさんであれば、僕と契約してもらいます。違った場合は、僕か貴方が死ぬ羽目になる」
誘惑とも言える。破滅と現状の打破。それが同時に訪れ、魅惑的であり破滅的なギャンブルだった。裏側にいればセレアルトの復活は阻止される。
人類滅亡はするだろうが、他の世界に被害はいかない。けど自分が動いて負ければ、全ての世界が消えてしまう。セレアルトの望みを少し垣間見たからこそ、理解できる。
安定をとれば、家族や皆の死で他の世界は救われる。けど自分が動けばセレアルトの消滅か世界の消滅。
すぐには選べず、頭の中である人物の名前を呼ぶ。
(貴方ならどうするウェイバー、……とっても怖い)
子供の頃、アルカが間違えば教え、過ちを犯せば叱り何かを為せば誉めてくれた彼。弱いのに自分を守り、支えてくれた人。他者に奉仕する形でしか、自分を保てないアルカに、自分を愛する事を教えてくれた人。
彼ならどうするかを考えたとき、自分が人間を選択した日を思い出す。
自分が妖精の血を継ぐ存在だと知り、寿命の差や人間離れした力に、悲しみ。それを封じたアルカに彼は言ったのだ。魔術回路を閉ざし、寿命を大きく削り、人として生きようとした愚かな子供を抱き上げながら。
「お前がお前のためを思って決めた事なら、僕は信じる。僕や家族はお前の味方だから。
お前が本当にしたいことなら、怖がらず前を向いて進めば良い。
もし背負いきれないなら、僕が一緒に背負ってやる」
その言葉にどれだけ救われたか。そして家族もアルカの自分の幸せを望んだ故の行動を受け入れてくれた。
そこから胸に暖かさが戻る。そしてアルカは右手にブレイカーのナイフを持ちながら、左手で丸薬を受けとる。
「覚悟はできましたか?」
「ん。世界のために綾香を、家族を犠牲にして良いはずがない。だから私はセレアルトを止める。世界を天秤にのせることになっても、私は私のために、家族との幸せのために戦うと決めたから」
「随分と俗世に染まった理由ですね。小さな幸せのため世界を犠牲に、ですか。悪役ぽいですよ」
茶化すように言う子ギルを無視して、アルカは丸薬を飲み込む。正義の味方を目指す人間とは対極の思考。一のために全を殺す覚悟。
4次マスター達や愛歌を学習したアルカではない、アルカ自身の心の叫びからの決断。罪深くも尊く、清らかなそれをアルカは選んだのだ。
「……後を御願い」
「はい。行ってらっしゃい」
急に眠気が襲いかかり、子ギルが寝台を取り出しアルカを寝かす。深い眠りに入ったアルカを見ながら子ギルは呟く。
「さてと、君達には悪いんだけどね。僕の邪魔はさせないよ。眠り姫を叩き起こすなんて無粋な真似は決してね」
髪をかきあげて、子ギルは空中に浮かぶ寝台。そして眠る妖精であるアルカと英霊の自分を食いに来た竜や怪物達を凌がねばならない。
アルカの目覚めを待ちながら。
子ギル登場。アルカの目覚めた力は、根源接続ですね。