Fate/make.of.install   作:ドラギオン

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長いです。


反撃の狼煙

 衛宮士郎とセイバー(アルトリア)が凛奪還のために冬木中央公園の講堂へと向かった後、様子を見守っていた綾香たち。

 

 イリヤとルーラーと少し距離をとり、彼らの戦いの終幕を見守るしかなかった。木陰でアーチャーと衛宮士郎たちの魔力が消えてしばらく経つ。セイバー(アルトリウス)と一緒に綾香は、周囲に異変がないかを探る。妙な胸騒ぎから、眼鏡をはずし少しづつ慣れてきた七色の魔眼による解析で見張りをする。

 わずかな魔力の流れすら捉える魔眼での見張りは、サーヴァントや魔術師に有効的だった。けれど長い時間が過ぎてもこれといった変化はなく、意外な人物が現れた。

 

「綾香、あれは遠坂凛じゃないかい?」

「あれ? 本当だ。なんで遠坂さんが向こうから走ってくるの?」

 

 外側を見張っていたセイバー(アルトリウス)が、綾香の肩をたたき指をさした方向には全速力で走る遠坂凛が居た。彼女はこちらに気がつくと、駆け寄ってくる。

 

「ぜぇ、ぜぇ……あや、か。士郎と、あの馬鹿は?」

「すごい汗、というか遠坂さんは、アーチャーに捕まってたんじゃ」 

「あいつ、私の家に私を監禁したのよ。絶対にわからないばしょって……それより二人とセイバー(アルトリア)はどこ?」

 

 凛の質問にセイバー(アルトリウス)が、講堂を指差す。

 

「彼は、衛宮士郎をあの場所に呼び寄せた。少し前に固有結界らしき魔力も感知した」

「そう、……行ってくるわ」

「ちょっと、遠坂さ、--いっちゃった」

 

 綾香が止めるより先に走って行ってしまった。突然現れた凛の姿に、イリヤとルーラーも何事かと綾香の元へ来る。だが、ルーラーたちが迫る直前、綾香の目が異変を感じ取る。

 異変を感じ取った綾香の講堂は迅速だった。こちらに「凛がくるってどういうこと!?」と若干怒っているイリヤの足元に黒魔術の茨を投擲。

 突然の攻撃に驚いたイリヤが足を止めれば、イリヤの一歩進むはずだった場所を黒い帯のような触手が抉る。上から叩きつけられる触手は、地面を裂き、イリヤに恐怖を感じさせる。

 

「何、今の?」

「イリヤスフィール! 下がって」

 

 そして、触手の出所を見れば、突然その場所に現れた巨大な影の怪物。イリヤの体を抱き上げたルーラーが影の怪物の危険性を察知、すぐさま回避行動をとる。幸いにして怪物は、イリヤ達ではなく綾香やセイバー(アルトリウス)へと赤い瞳のようなものを向け触手を伸ばす。

 

 イリヤと同じく、セイバー(アルトリウス)に抱えられることで触手を回避する綾香。だが、時間が経つごとに影の怪物が木々の陰から一匹また一匹と増え始める。最初は応戦しようとしたセイバー(アルトリウス)を綾香が止める。

 七色の魔眼の解析によって、サーヴァント、特にセイバーのような英霊にとっての天敵だと察したからだ。

 

「このままではジリ貧だね」

「うん。けど、この影は触ったら本当に危険だよ」

 

 5匹以上の影に追い回される綾香たちをルーラーが助けようとするが、綾香が止める。

 

「ルーラーさん、イリヤさん、この影は私達を狙ってる。なるべく引きつけて撤退するから、衛宮君たちを」

「口を閉じるんだ綾香、舌を噛む!」

 

 ピンポイントで次々に10本の触手が迫る。それを直感と動体視力で回避しながら、中央公園の中を走るセイバー(アルトリウス)。距離を取った二人を追いかけるようにルーラー達から離れていく。

 

「セイバー、ある程度引き離したら、煙幕を使って離脱するね」

「わかった。しっかりつかまっていてくれ」

 

 綾香に負担のかからないように回避を繰り返すセイバー(アルトリウス)。触手の攻撃をかいくぐり、中央公園の外側へと走る。そして5分ほど時間を稼いだことで、離脱を決めたセイバー(アルトリウス)と綾香は、風王鉄槌によって地面を抉り、土埃の煙幕を張る。それに乗じて中央公園を抜けだし、二人は遠坂凛達が戻ってくるであろう拠点である衛宮邸へと向かった。

 セイバー(アルトリウス)がお姫様だっこのまま、屋根や電柱を飛び越えていく。その移動にも馴れたのか、綾香も彼に捕まったまま、夜の冬木を眺めていた。

 

(こうしている間にも、お姉ちゃんは……考えちゃだめだってわかってるのに)

「もうすぐ、衛宮邸に辿り……」

 

 衛宮邸が見える寸前の場所で、セイバーが足を止める。なぜ途中で止まったのかと、綾香がセイバーを見れば、彼は額に汗を浮かべながらある方向を見ている。

 綾香もそれに従い、目線を向けると驚愕する。

 

 雲のない月の光が差し込む深見町。その中にある一軒家の屋根の上に、彼女が佇んでいたからだ。

 

「アンお姉ちゃん」

 

 戦闘装束をまとい、仮面をつけた姿だが間違えるはずはない。何年も一緒に過ごした家族を見間違えるはずがない。死んだと思っていた、その彼女が変わらぬ姿で立っていた。

 綾香の視線に気がついた彼女は、仮面の奥で笑う。そして、綾香に微笑みかけ“油断”させた。

 

 時間にしてコンマ一秒もない刹那、綾香を抱き上げていたセイバーの右足と頬を投擲された短剣が切り裂く。頬は直前で回避したため、切り傷のみだが右足が深刻だった。5本ものナイフが鎧の隙間を通して突き刺さり、彼の移動力を著しく奪ってしまう。

 

「ぐ」

「セイバー!!」

 

 その短剣は、目の前にいるアンが投げたものではなかった。なぜなら同時に50近い角度から同時に投げられたナイフだったのだ。完全に気配を消し、あえて神経を前方のアンに向けさせる手管、明らかにアサシンのものだった。

 他のナイフを回避し、鎧で弾きながら綾香に一本も命中させなかったセイバーの性能によって綾香は生かされている。そして、アンが指を弾くと自分たちを囲うように、何体ものサーヴァントが現れる。それらすべてが黒い装束をまとい、白いどくろの仮面をつけた者たち。

 10年前に存在した百の貌のハサンそのものだった。そしてアン本来の能力であり、冷徹な暗殺者が全て短剣を構え綾香とセイバーを狙う。そして恐ろしいことに、50近いアサシン全てが十全の力を持って現界しているポイントだろう。セイバーはこの数の正規のアサシン相手は不利だと察する。

 

「どうして、アンお姉ちゃん、なんでセイバーを」

「綾香、逃げるしかない。彼女の殺気は、君を狙っている」

 

 電柱の天辺に直立するアンは言葉を発することなく、腕を水銀の刃へと変形させる。そして彼女の行動に合わせて他のアサシンたちも短剣を綾香へと向ける。

 

「答えて!」

『単純。私は綾香、貴方が嫌いだった。だから殺す』

「え」

『私はアルカを愛してる。けれど、貴方が私たちの間に入ってきた。アルカが貴方を望んだから、貴方を愛したから私はあなたを受け入れた。実際に家族とも思っていた。でも、心の底ではずっとアルカを独占したくて堪らなかった。

 貴方だけじゃない、ブレイカーもウェイバーもアルカの心の中にいる全てが少なからず疎ましかった。愛と嫉妬、同時に感じていた』

 

 アンは仮面をつけたまま、綾香にこたえる。手で他のアサシンたちの動きを制する。それは情なのだろうか、十年過ごした家族に対する真実を知らせるという彼女なりの。

 

『でも私はアルカの一番で居たかった。私にとってアルカは全てだから。――けどそんなのは叶わない。私はどうやってもサーヴァント。……それでも良かった。アルカに必要とされ、あの子のために戦え、死ねるのなら。

 

 けれど、貴方は助けられてばかり。アルカの目を貰い、あの子を弱くした。聖杯戦争だってアルカが戦う必要はなかった。このままじゃアルカは戦う必要のない戦いで、命を落とす事になる。それが許せなかった』

「うっ、ひぐ」

 

 アンの語る言葉、全てが綾香の心をえぐる。愛していた家族は自分を愛しておらず、姉が戦う理由は当然自分のことだった。聞きたくなかった言葉、それを口に出す姉の声に嘘は感じられなった。アンが心の奥底に封じ続けていた負の感情。

 

『この数日でアルカは、疲弊した。身も心も、どうしてアルカが綾香のために苦しまなきゃいけない? 家族だから? アルカに助けられたくせに、ずっと頼ってるのに、あの子に嫉妬して避けた綾香を……どうして守らなきゃいけないの。

 

ずっと考えていた。そんな時、セレアルトに襲われた。けれど彼女は私に取引を持ち掛けた。この世全ての悪に与する事を条件にアルカを、消える運命だった魂を私にくれると言った』

「……」

『私はセレアルトに寝返った。一時的にアルカを裏切ることになろうとも、アルカを守るため。

魂だけになったアルカは私の中で苦しみからも、柵からも解放され生き続ける。私と一つになって』

 

ひどく饒舌に語られるアンの心の闇。綾香は涙が止まらず、言い返せない。

 

「心の闇に突け込まれたのか……君は、本当にそれが正しいと思って言えるのか」

『毒ナイフを当てたのに……アルカでは、セレアルトに勝てない。長く一緒にいるからこそ、わかる。アルカを救うには、これしかない。

だから胸を張って言える。私は正しい』

 

体に受けた短剣、それに付着した毒は確かにセイバーを蝕む。だが対魔力と従来の強靭な体が毒を押さえ込んでいる。

 

「誰かを救う、それは正しいと思う。僕も同じようにブリテンを救いたいと思った。けれど、願いでは救えないと知り、王ではない目線で人々を見た。故に言えることがあるさ。

救われる者にだって気持ちがある。それを考慮しない救いは傲慢だ。そんな当たり前の事を忘れていた。

同じくそれを忘れた君の行いは、破綻している」

『見解の相違です。さぁ綾香の最後の問いにも答えてあげたので、さようならしましょう。綾香』

 

 セイバーに守られる綾香に対する殺気が全てのアサシンから発せられる。セイバーも片腕で綾香を抱えながら、右腕で聖剣を構える。だが右足に食らった短剣の毒が、徐々に足のしびれを加速させる。

 

「綾香、衛宮邸に戻るのは無理だ。それに数が多すぎて、対応しきれない。何処か狭い場所なら」

「セイバー、アンお姉ちゃんは本物なのかな?」

「……それは綾香が一番よくわかっているはずだ。彼女は、君を殺すことに関しては最強のサーヴァントだ」

 

 何年も私生活をともにし、綾香の全てを見てきたアサシン。気の緩みや精神的な弱点、ありとあらゆるカードを持って綾香を殺せる存在。セレアルトという人間は見たことがない。だが、悪趣味で残酷で、なんて慎重な相手なのかとセイバーはまだ見ぬ脅威に愕然とする。

 

 綾香が動けない以上、サーヴァントである自分の行動は一つ。聖剣をじりじりと距離を詰めるアサシンに向け、殺気を叩きつける。歴戦の英雄の一切の手加減なき殺気は、セイバーの目の鋭さと相あまり、アサシンたちが警戒を強める。

 金縛りとまでいかなくとも、少しの時間を稼ぐことができる。そう考えていたとき、綾香がセイバーの裾を掴み、何かを伝えようとする。 

 

「綾香」

「……柳洞寺。あそこなら、数の優位……」

 

 最後はしゃくりあげることで聞き取れないが、綾香が指示した言葉をセイバーは理解した。確かにその場所なら、数の優位があろうと覆せるだろう。

 問題があるとすれば、自分の足だなと考えて、毒が回り切る前にと綾香を抱えたまま、柳洞寺に向かって走る。屋根と飛び越え、出来る限り最短距離をと進むが。

 

『逃がさないで』

 

 背後から他のアサシンに指示を出すアン。その命令に従い、統率のとれた挙動で終始短剣の投擲と、先回りをされ、明らかにこちらの目的を理解している。

 

(足をやられたのはまずかったか)

 

 柳洞寺に向かう速度が徐々に落ち始める。そして、商店街を超え、以前葛木と士郎たちが戦ったガソリンスタンドの少し前で完全に囲まれてしまう。後もう少しという距離でセイバーの右足が動かなくなったのだ。当然動きを止めた獲物を囲むようにアサシンが展開し、セイバーと綾香は互いに背中を合わせて警戒する。

 こうなれば綾香も戦うしかないと、黒魔術の黒バラを構える。だがサーヴァントは通常人間が相手できる相手ではない。直接戦闘が苦手とはいえ、それは英霊同士の話。マスターの相手をさせれば最強なのがアサシンなのだ。

 

(何か突破口は……ルーラー達が救援に……いや、可能性は低い)

(戦わなくちゃ、戦わなきゃ……戦いたくないのに)

 

 セイバーも現状のまずさに気が付いている。しかし、市街地で聖剣の真名開放など出来るはずもない。かといって風王鉄槌の間合いには、アサシンが一体も入らない。アンの前で使いすぎ、有効射程を知られているからだ。

 

『殺れ』

 

 アンの指示に従い、50体のアサシンが一斉に短剣を構え投擲の前準備に入る。それを全て叩き落とす覚悟でセイバーが剣を構える。綾香を地べたに伏せさせ、剣で50本全てをなぎ払う。だが、全て弾き終えた瞬間を狙ったアンの投擲が、セイバーの直感を持ってしても回避できず、左肩に突き刺さる。

 ぽたぽたとセイバーの肩から流れる血が、伏せる綾香の頬に掛る。

 

「絶対に守る。君を必ず」 

「私のせいで、セイバー……」

『いいえ、セイバー。もう無理』

 

「何を言って、ぐ、あ、ぐあああああああああ!!」

 

 セイバーが剣を振り上げようとしたとき、左肩に刺さった短剣から夥しい量の呪いがセイバーをむしばみ始める。短剣に使われたのは、聖杯の泥の中でも純度の高い呪い。エーテル体のセイバーの体は、瞬時に魂ごと汚染されていく。傷口からあふれ出すように呪いの泥が噴き出て、徐々にセイバーの体を覆い始める。

 患部に近い左腕が最初に覆い尽くされ一切動かせなくなる。そして、泥が固まり、黒い鎧のようになってセイバーの体を覆い尽くしていく。

 それにはセイバーも耐えきれず、苦しみの声をあげる。

 

「ぐ、く、この程度……くあああ」

「何をしたの」

『聖杯の呪いを与えたのよ。彼も時期に汚染される。そうすればセイバーも私と同じセレアルトのサーヴァントになる。もう貴方に味方はいない』

 

 徐々に浸食していく呪い、それに抗い苦しむセイバーを見て綾香は何もできない。だが周囲を囲むアサシンたちが仮面の奥で笑う。無様に絶望していく獲物の姿に、猟奇的な部分を刺激されたのかもしれない。

 

「綾香、逃げるんだ」 

「そんな」

『逃がさない。第一、貴方が汚染されきれば、綾香との契約は解除される。そうなれば”サーヴァントと契約しない”綾香は令呪を失い死ぬ』

「それでもだ。綾香、頼む。―――――」

 

 セイバーは、既に半身を汚染された状況でも彼女を不安にさせないよう笑い、耳打ちする。その言葉を聞いた綾香は、少し悩んだ後、頷き胸に手を当てながら言葉を紡ぐ。

 

「セイバー、令呪を持って命ずる。出来る限り、時間を稼いで」

「あぁ。命に代えても……違うね、きっと生きて遂行する」

 

 令呪を使用し、綾香の生命線である令呪が一つ消費される。その効果は二重の意味でセイバーにブースとをかける。綾香の逃げる時間を稼ぎ、さらに浸食に耐えろという意味。普通の魔術師なら二つの意味のある令呪など、効果が薄い。

 だが、龍脈につながり魔力の爆増した綾香の令呪は、セイバーに力を与える。そして、振り返らず全力で駆けだした綾香。前にはアサシンが構えている。

 だが、止まらない。動かない足の代わりに魔力放出で飛び出したセイバーが鬼神のような斬撃で二体を切り裂く。そして、魔力で脚力を多少強化した綾香がジャンプ。その靴の底を押すように威力を弱めた風王鉄槌が放たれ、綾香の体が宙を舞う。

 

 かなりの距離を取り、包囲網を抜けた綾香は落下する際に、電波塔や木などに、黒魔術の茨の蔓を使って、落下の衝撃をトランポリンのようにして殺す。そしてがむしゃらに柳洞寺へと走り出す。足が痛い、心が痛い、けれど止まらない。

 痛い間は、まだ走れるのだから。

 

『追いなさい。半分は、私と一緒にセイバーを』

 

 アンが指示を出し、アサシンたちを嗾けようとする。だが、その移動を魔力放出で移動するセイバーがとうせんぼして、阻止する。

 

「一人たりとも通さない」

 

 その気迫にアン以外のサーヴァントは気圧される。しかし、アンの命令に逆らえないのか標的をセイバーに絞って投擲を繰り返す。彼らは焦る必要はない。ゆっくり時間をかけて、セイバーを始末すればいい。

 

 なぜなら、まだ50人のアサシンが、別のルートから綾香を追っているからだ。時期に追い付くだろう。

 

ーーーーーー

 

実際、柳洞寺に辿り着く少し前に、綾香は背後から忍び寄っていたアサシン達に殺される寸前だった。

背後に気を使う余裕はない。第一アサシンなのだ、暗闇に紛れる彼らを見つけるのは難しい。

なら、目的の場所へ。ただ歩みを進める。

 

その綾香の姿勢を見て、運は綾香に向き始める。綾香へと一気に距離を積めるアサシン達だった。

しかし。

 

「突き穿つ死翔の槍(ゲイボルク!!)!!」

 

突然空から赤き槍が幾重にも分裂。それが綾香を追うアサシン達を襲った。雨のように降り注ぐ槍に油断しきっていたアサシンの殆どが体を貫かれ、消滅する。

 

「!?」

「ち、全部とはいかねぇか」

 

投げた槍は、持ち主の元に自動的に戻り、それを受け止めたのは木ノ上に立ち、遠くから綾香の姿を見ていたランサーだった。

彼はある目的のため、綾香を観察しており、その手助けをしたのだった。

宝具によって綾香を二度救ったランサーは、自分の以前のマスター(言峰)の令呪を思い出していた。

桜に殺される寸前だった彼は、ランサーに全令呪を使った。

 

ーーー現界し続けること。

ーーー時を伺うこと。

ーーー黒幕の邪魔をすること。

ーーー黒幕の邪魔以外は、事態が動くまで傍観すること。

ーーー姿を見られるな。

ーーー凜や衞宮士郎は助けるな。

ーーー1つでも破れば自害しろ。

 

などに10以上の令呪を使いきった。それによりランサーは未だに現界しており、今しがた3つ目の命令にしたがった。黒幕は、探りをいれた事でわかっている。

ならランサーは、セレアルトの目的を阻むことを目的としていた。

 

(くそったれめ。妙な命令しやがって。最後までクズな野郎だが、義理は果たした。後は好きにさせて貰うぜ)

 

とは言ったもののランサーには時間がなかった。

 

ーーー

綾香はすでに柳洞寺の階段を駆け上がっていた。息は限界で、血の味が口内に広がる。でも止まれない。

背後で爆発があったが、常に感じるセイバーの弱くなっていく反応が綾香の寿命だ。

命を燃やさねば死ぬのなら、綾香は止まる選択はない。

 

自分は攻撃を受けず、動けるのだから。だがしかし、柳洞寺の境内に差し掛かると言った場面で、ランサーの攻撃から逃れた3体のアサシンに追い付かれる。

 

「キシシシシ」

「よく逃げましたね。ですが、ここで終わりです」

「主人格より伝言です。もう諦めなさい、苦しまずに殺して上げる情くらいはある。だそうです」

 

投げられたナイフを綾香どうにか避けた綾香だが、既に逃げられる状況じゃない。

階段には、女のアサシンと男のアサシンが二人。人間の綾香は逃げることなど出来ない。

「遺言があれば……聞きましょう」

「……アンお姉ちゃんの言葉は、ショックだった。今だって涙が止まらない。心が軋むように痛い。

でも、諦めない。私は戦うって決めて此処にいるの。絶対に諦めない。もう逃げない」

 

アサシンに囲まれる、恐怖に打ち勝ち、綾香が吠える。七色の魔眼に確かな光が宿り、魔力が満ち始める。

このままでは、不味いとアサシン達が短剣を綾香に向けて投げる。

避けられる速度でないそれ。だが綾香に短剣が届くことはない。

 

キィンと3つの短剣は、同時に弾かれた。

 

「よもや、消えるだけだった我が定め。それがまさか、このように美しき花の開花に引き合わされようとは……人の世は面白い」

「貴様」

「まっこと強く美しい花よ。今宵の月夜にも負けぬ雅さだ。それが見れただけでも行幸よな。

名をなんと言ったかな」

 

現れた陣羽織を身に纏い、長い刀を持った美丈夫。キャスターによって召喚されたアサシンの佐々木小次郎が綾香に訪ねる。

まさかキャスターが消え契約が切れた後も現界していると思わなかったアサシン達が警戒する。

 

「綾香、沙条綾香」

「ふむ。綾香嬢か、良い名だ。

良いものを見せてもらった。女狐に遣わされて門に縛られていたが。この時代に喚ばれたのも意味はあるのだな。

暗殺者よ。この花を刈り取るなど、無粋な真似はさせんよ。

些か雅さに欠ける首だが、何もせずに消えるよりはましか」

 

そう言いながら綾香を背に刀を自然体で持ちながら階段を降りる小次郎。だが魔力が尽きたのか、体が何度も透明になり消滅が始まっている。

 

「死に損ないですか」

 

女アサシンが既に魔力のほとんどない小次郎を甘くて見て、他の2体と一気に攻めいる。実際消滅寸前で魔力がゼロのサーヴァントは、脅威でない。

 

だが小次郎は、長い刀を顏の高さに横に構える。

「死に損ないか。確かにそうであろう。だが、拙者の剣は、死ぬ間際に云ったものよ。

秘剣・燕返し」

 

3人のアサシンが、迫ったとき。小次郎の振るった刀が次元屈折現象のよる分裂で3つに増える。その刃は神業といえる剣の腕前でもって、油断しきっていたアサシン達の首を切り落とす。

首を斬られて現界できる筈もなく、悲鳴すら上げる前に消滅する。

 

「ふむ。どうやら時間切れのようでござるな」

 

最後の太刀で3人を切り殺した小次郎は、現界を保てず消滅を始める。

 

「最後にあの小鳥や騎士と仕合たかったが……今生はこれで締めとしよう」

「佐々木小次郎さん」

 

刀を鞘に納め、消滅を待つ佐々木小次郎だったが、綾香が彼に話し掛けた。

 

「もうすぐ消える亡霊に何用かな」

「貴方の願い、強い相手との戦いを条件に、私と契約してください」

 

突然の綾香の言葉に小次郎は目を開く。だが綾香の目を見れば本気だと確信する。

「ははは、何やら事情がありそうだが。女狐の件で契約には懲りている。魅力的な話ではあるのだがな」

「私ももうすぐ死ぬ。サーヴァントを失えば、私は死ぬ呪いを掛けられています。

それじゃ死んでも死にきれない。貴方もそうでしょう」

「……ふむ。だが」

「時間がないの! 男ならハッキリして」

 

まさか怒鳴られると思っていない佐々木小次郎は、呆然と綾香の気迫に押される。

 

「私は門番はいらない。戦える刀が欲しい。やるからには絶対勝つんだから」

 

綾香が啖呵を切る。そして、契約の呪文を唱え始める。嫌なら消えろ、契約するなら共に戦おうと。

 

「告げる! 汝の身は我がもとに、我が命運は汝の剣に、聖杯の寄る辺に従い今宵この理に従うのなら!

我に従え! ならばこの命運、汝が剣に預けよう!」

 

それに対するアサシンの佐々木小次郎の答え。

 

「野の花かと思ったが、刺の鋭い花であったか。アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。この契約を受けよう。そなたを我が剣の担い手として、認めよう」

 

美しい花に刺があるのは必然。自分を守る力のある花もまた尊いのだと。

 

契約をしたことで綾香の胸に新たな令呪が刻まれる。そしてほぼ同時にセイバーの令呪が消滅する。

 

「ほお、死に体から力が此処まで。今ならば4つに刀が増やせそうだ」

 

消滅する前に再契約をした小次郎。綾香の魔力が彼のステータスを軒並み向上させた。

だが二人に時間はない。セイバーが消えるより前に此方に向かっていた20近いアサシンが階段を駆け上がってきている。

それを察知したアサシンが階段を下りながら綾香を見上げる。すでに山門の縛りはなく、自由に活動できる彼は主の指示を待つ。

 

「アサシン……佐々木小次郎さん」

「小次郎でいい。アサシンではややこしいのでな」

 

刀を背負う彼に体力が限界の綾香は石の階段に座りながら、命令を出す。

 

「好きに戦って」

「心得た」

 

そう言い残し、佐々木小次郎は凄まじい速さで階段を下っていく。それは滑るように。集団の利点を殺され、正面突破しかないアサシン達を目で捉えた小次郎は、刀を構え、すれ違い間際に5人一刀両断する。

 

(体が軽い。刃がいつになく切れ味があがる)

 

今までと違う感触を感じながらも、小次郎の刀は鋭く、そして正確にアサシンの群の首を飛ばしていく。

短剣の投擲を始めるアサシン。しかし、必要最小限の動きで回避し、鋭く早い刀がアサシンの首を飛ばす。

相手の血で陣羽織は、よごれずに死者の山を築く。

 

「随分巨大な体躯でござるな。鬼と見間違うほどだ」

 

バーサーカーより巨大なアサシンの一体が、小次郎に巨大な腕を振るう。階段を素手で砕く威力だが、反応速度の早い小次郎に当たりはしない。

だが首が高くにあり、段差を考慮しても届かない。とはいえ、瞬時に足元に入り込み、腱を切ることで無力化。膝をつき、悪足掻きに小次郎を両手で捕まえようとしたアサシンに対して。

 

「秘剣・燕返し」

 

首と両腕を分裂する3つの刃が切り裂き、侵入した全てのアサシンを殺し終えた。圧倒的な技量で数を圧倒した小次郎。

彼の力を感覚共有で見た綾香は、ギリギリで切り札となるサーヴァントと契約できたと感じる。

階段を腕を組んで上ってきた小次郎に綾香は「ありがとう。ご苦労様」と告げた。

 

そして彼の背を借りて、おんぶされながら柳洞寺を降りる。アサシンの気配はなく、アンを含んだアサシンは、セイバーを相手したのだろう。

セイバーも必ず取り返さねばと考えていたとき、小次郎が何かに気が付く。

 

「綾香嬢よ。客のようだ」

「何やら視線をと感じたが、ソナタだったか槍兵よ」

「お前、自由になったのか。嬢ちゃんはこいつを狙ってたのか」

 

小次郎の前にランサーが槍を持たずに現界。まさかこのタイミングでと焦る綾香を落ち着かせようとランサーが両手を上げる。

 

「戦いに来たんじゃねぇよ。どっちかといやぁ、そいつと同じだ」

 

ランサーは、そう言いながら体の至る箇所が消滅を始めていた。魔眼で見る限り魔力切れによる消滅。綾香を援護するために宝具の使用が響いていた。

本来なら別のマスターを探す時間が欲しいが、余裕がなかった。事態が好転するまで姿を現せないのだから当然だ。

しかし今こそチャンスなのだ。彼も全力で戦える戦場を求めて召喚に応じたが、結果はマスターを殺され、次のマスターは戦わせない方針。

そこに舞い込んだのは戦力を求める魔力が豊富なマスターだ。

 

「枠は空いてるか? どうせ組むなら良い女と組みたくてな」

「男の性よな」

 

綾香は「つまり、ランサーも契約してって事?」と現実を受け入れられなかった。一度は助けられたけど、綾香を殺そうとした彼が味方になるなど。

でも彼の強さや、心強さは知っている。

 

「絶対に、私に槍を向けない?」

「マスターになって戦わせてくれるなら、文句はねぇよ」

 

戦力を増強するなかで、彼の誘いに綾香は乗ることにした。

今、反撃の狼煙が冬木の土地で上がり始める。

 

 


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