明日の光とつがいの二羽   作:雪白とうま

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第八話

『君が望む正義などありはしない。しょせんは人それぞれの正義という名のエゴにしかすぎない』

『それでも!アタシは信じる!誰にもまげられない正義があるという事を!』

『それがエゴだ!君には分からないか!?』

 

 

「止めろ」

月島が片手をあげ、二人の演技を止める。

「光、何度も言わせるな。声だけデカけりゃいいというものじゃない、

 体全体で演技をしろ。お前がいつもヒーローを語っている時は手も脚ももっと動いていたぞ」

「はい!」

「次に飛鳥。台詞回しはいい。だが、下手にカッコつけすぎだ。

 無駄に歩くな。止まっているからこそ映える演技もある事を忘れるな」

「……分かった」

「10分休憩だ。暑いから、給水と塩分補給はしっかりしておけ」

そう言い残すと、月島は外に出て行った。光と飛鳥は肩で息をしている。

春だというのに気温は夏に近く、トレーニングスタジオの床は二人の汗で水たまりができそうだった。

 

 

 

 

セカンドシングルお披露目とバトルミュージカルという案が決まった後、月島はすぐに計画を発表した。

「夏にアイドルが集まるイベントがある。そこそこメジャーなイベントだ。

 そこで、次のシングルをお披露目する」

「夏か……何かあっという間に過ぎそうだね」

「飛鳥の言う通り時間は有限だ。その間、二人には徹底して『Tomorrow Bright』のキャンペーンを行う」

同時に、と言って月島は机に投げたファイルを広げる。

「『Tomorrow Bright』がただのアイドルユニットでは無い。戦いながら歌う、という印象をこの春から梅雨にかけて、徹底的にファンにイメージをうえつけるぞ」

「イメージ……アタシ達がミュージカルをするの?」

「それに近いものだ。舞台は小さいが俺と宮形さんのコネでそれなりの人数が入る場所を準備する。それまでに光、飛鳥。お前らには歌も、ダンスも、演劇も嫌という程やってもらうぞ」

「分かった」

突き刺すような月島の眼光を受け、光は震えながらうなづいた。武者震いだ。自分でそう思う事にした。

飛鳥はエクステをいじりながら書類をずっと読んでいたが、手を上げると

「プロデューサー、これの脚本って出来てるの?」

「光が正統派ヒーロー、飛鳥がダークヒーローを演じる。そこまでは案にある」

「ならさ」

飛鳥は上げていた手の親指を自分に向け

「ボクに脚本を書かせてくれないかな?」

月島の眉間に皺がよった。

「宮形のおばさまに言われる前から描き続けてきた漫画があるんだ。それを原作にできないかと思ってね」

「……どんな話だ」

話を促すと飛鳥は指を一本立て、タクトのように振りながら語る。

「光が演じるのは正義の渡り鳥。悪を倒すために、笑顔を守るために戦う正義の味方。悪人でも善の方向へと向かわせるヒーロー。

 そして、ボクが演じるのが光の『正義』を否定するダークヒーロー。例えば改心した悪であろうとも倒し、良い人でも悪い事をしていたら容赦なく倒す。その二人が『正義』とは『笑顔』とは何かを命題に戦うのさ」

指の動きが止まったところで、月島の目が細くなる。同時に眼光も鋭くなったように飛鳥には見えた。

「そんな細かい設定、子供がついてこられるか?」

「子供の学習能力を甘くみてはいけないよプロデューサー。例えば、光」

飛鳥は光にむけて指を教師のように差す。

「おばさまの前で話していたバードブレイバーだっけ?あれのあらすじ覚えているかい?」

光は腕を組んで目だけ頭を向けしばらく考えると

「確か、悪の帝国が空から来て空を地面で覆うんだっけ。そこで宇宙から光の鳥が現れて、それに選ばれた五人のヒーローがバードブレイバーに選ばれて、空を覆う地面を支配する悪の幹部を倒していって、空を少しづつ取り戻して行く…だっけ」

月島はスマートフォンを少しいじると、動きが止まる。そして、信じられないといった顔で光を見ていた。

検索してみるとストーリーがそのままだったのだろう。飛鳥は見た事かといった顔をし

「ほらね。結構子供は好きなモノを結構覚えているものさ」

「でもアタシはちゃんと覚えてないぞ。レッドブレイバーと悪の王子が最後二人だけで戦うのが印象に残っていたけど」

「『印象に残った』それが正解さ。プロデューサー、ボクの話も印象に残ればいいんだろ?」

「……いい方にな。なら、一度原案を全部吐き出せ、俺が添削する」

「そういうの出来るの?」

「プロデューサーだぞ俺は。それくらい出来ないでどうする」

少し納得がいかない表情をする飛鳥に羽音が耳打ちをする。

「社長は、あれでも高校からずっと劇団に入っていたから劇の基礎は分かっているわよ」

「そうなの?人に歴史ありだね」

「えぇ。だからまかせても大丈夫よ」

相変わらず苦味走った顔をしている月島に飛鳥は両手を広げ、降参したような仕種をすると、

「分かったよ。プロデューサーの隠れた才能ってのを見せてもらうよ」

「一週間以内にまとめろ。それで俺が添削する」

 

 

そして、月島が添削をしたシナリオが来た。

シナリオは飛鳥が考えたものとほぼ同じだったが、歌の量が増えていた。

持ち歌は一つしか無いので、他にはカバー曲を使うと二人は聴いていたが、

それも少し前にちょっとしたヒットを生み出した曲ばかりだった。

よく許可が下りたと二人は思ったが、月島にとっては

「コネさえあれば誰でもできる」

と言う事らしい。自分達の社長はどこまでコネクションを持っているのか不思議には思ったが、考えない事にした。

 

二人は練習を重ねている。

月島の演出は機微に渡り、二人にとっては次の一歩を踏み出す事さえも考えなければいけない程だった。

休憩している今でも月島の指示が、今でも聴こえてきそうに思えた。

スタジオを見渡すと羽音が床をモップでふいている。それを見ながら二人はスポーツドリンクを飲んでいた。

味は濃く、少し冷たいと思う程度だ。これも羽音が家で粉末から作ったものだそうだ。

一気に飲み干してしまいたいところを我慢して二人はゆっくりと飲む。

体の温度が冷え、小さな窓しかないスタジオでも涼しく感じた。

「演技って」

飛鳥がつぶやく。

「自分のペルソナを引き出すだけじゃないんだね。

 プロデューサーの練習を受けていると、

 ボクの全てを丸裸にして出しつくす。そんな感じを受けるよ」

「よくそこまで考えられるな、飛鳥は。アタシなんか台詞を言うだけで精一杯だ」

「光は元々裸のようなものなんだよ。だから、演技の細かいところには何も言われないだろ。素を出しているからね」

「でも、よくヒーローを語っている時と違うって言われるぞ。何が違うのかわかんないよ」

「ボクも分からない。でも、自分の体を鏡で見ないと分からないように、自分では分からないのがあるんだろうね。そして、プロデューサーはそれが分かっている」

飛鳥は流れてくる額の汗をぬぐう。

「アイドルの誓い五つ、アイドルは自分も皆も笑顔にする事……だよね。楽しもうか、この厳しい練習も」

「そうだな。皆の笑顔が見られるのなら、な」

二人は立つとタオルを放ると、スタジオのまん中へと向かう。

今はあそこが自分達のステージなのだと思って。

 

 

『また逢おう、渡り鳥のヒーロー。君の正義が真実の夢にたどりつけるのならね』

『アタシは負けない!アタシの夢も!お前の夢も!皆の夢も叶えてみせる!!』

スタジオに光の叫びが響く。月島は静かに目をつむった。

少しの沈黙の後、月島の声が響く。

「……よし!」

その声を聴いた瞬間、光と飛鳥は、お互いの手を打ち鳴らす。羽音は小さな手で大きな拍手をしていた。

「良かったわ、二人とも!いつも見ている舞台と同じくらいの、いえ……それ以上の迫力があったわ。何か綺麗な色が見えた」

「褒めすぎだよ、トレーナー。ボクらはいつも通り、歌を歌い、そして吐き出すように演技をしただけさ」

「でも、羽音さんにそう言われると嬉しいな。アタシ達の演技もまんざらじゃないって。でも、演奏は出来ないってのは残念かな」

「多くを望むな、光。演奏をするにはまた別の舞台がある」

月島は立ちあがり、笑みを見せた。いつものように何かを狙う野獣のような笑みだ。

「舞台の経験を踏み、しっかりとした場所を獲得したら演奏も出来る場所を用意してやる。それまでは、お前達の歌と演技でファンに見せつけてやれ」

 

 

 

数日後、二人はライブ会場で出番を静かに待っていた。

ちらと幕ごしに客席を見たが、始めのイベントよりも多くの人が来ていた。

立川の話だと月島の案で『Tomorrow Bright』のホームページやSNSアカウントを作り、フレーズだけを乗せ、

深い意味があるのではないかと思わせるような演出をほどこしたらしい。

ネットで立川が新人アイドルで検索をしてみるとちょっとした噂になっていたようだった。

「来てるなー。アタシ、ワクワクしてきた」

「そうだね。これほどの人が来ると思っては無かったよ。ちょっと楽しみだ」

「でもさ……」

光は自分の衣装を見て、少し頬を染める。黄色を基調とし、オレンジ色がポイントで輝く近未来のバトルスーツのような衣装だ。首にはマフラーのように薄い緑色の長い布が巻かれている。

「こういうの嬉しいけど……ちょっとこそばゆいな」

「それを言うのかい、君が。目指していたヒーローの衣装じゃないか」

飛鳥は網目がかった紫色のインナーに腕や肩に金色のワンポイントを置いた黒の長いコートを着ている。

エクステもそれに合わせて白に近いものと紫色のをつけていた。

「いや、でも……わきがスースーしてさぁ。飛鳥は着てて平気なのか」

「慣れだよ、光。それにこういった服は嫌いじゃない。日常への反逆にぴったりだからね」

「よくわかんないなぁ」

光は衣装の端をつまんだり、飛鳥の衣装と見比べていたりした。

飛鳥は、そんな光を面白そうにみていたがやがて思い付いたように光に顔を近づける。

「そうだ、光。このライブはバトルだ。戦おう」

「戦う?」

「そうさ戦いだよ、光。ボクと君、どちらがより輝けるか」

「アタシ達はコンビだろ?戦ってどうすんだよ」

「そう不安な顔しない。例えの話さ。劇中でボクらは戦うのだから、ユニット内でも競い合っても良くないかい?」

そう言われると光は何度かうなづくと笑顔を見せる。

「そうだな。ヒーローも一号、二号がいたら共に悪に向かって戦うよう競い合うもんな」

「だろ。だからボクらユニットで友達でもあり、ライバルだ、いいね?」

「勝つぞ、アタシが」

「どうかな?」

開幕の時間が近づき、幕の向こうでざわめきが立っている。二人はお互いに手を強く握り合うと勢いよく離した。

そして、お互いに手をぶつけ合い、鳴らす。

「じゃあ、お先に。ダークヒーロー」

「見ているからね、ヒーロー」

光は飛鳥に軽く手を振ると幕の向こうへと走り出した。

 

 

 

これが南条光と二宮飛鳥の戦いの始まり。




次回は劇中劇を書ければと思います。よろしくお願いします。

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