改めて事務所に戻った四人は、月島の入れた紅茶を飲んで温まっていた。
「まずは、飛鳥には改めて詫びる。すまなかった」
「……プロセスが大事だから説明してくれる?」
いつもの飛鳥らしさが戻ってきた。月島にはそう思えた。
「そうだな、ここからは『大人の話』になるがいいか?」
「まぁ、その『大人』とやり合うための予行練習だと思うよ」
「そう言ってもらえると、ありがたい」
月島は小さな書類を置いた、
光や飛鳥もどこかで見た事あるプレゼンテーションというもので使うものだ。
「まずは……」
月島の口からゆっくりと出てきた専門用語に光と飛鳥は必死についていこうとした。
「以上だ。分からないところが多かったかもしれないが、
これでも噛み砕いて言ったつもりだ」
光は頭を押さえながら呟く。
「あ……アジャストとかサプライヤーとかよく分からなかったけど、アタシと飛鳥や音葉さんは美城プロに行った方がもっと大きくなれるって事なのか?」
「そうだな、特撮もテレビよりも劇場版の方が映えがいい。
そんな時もあるだろう」
「とはいっても、籠の鳥が出たくないと言ったら?」
「それは、困るな飛鳥。
ここより羽ばたける場所があるのはもったいないからな……だが」
月島は苦笑を浮かべる。
「正直、それは本人次第だろうな。
無理に羽ばたかせるのは鳥そのものを消しかねない。
本人のモチベーションとやりたい事があってこそのプロデュース。
少なくとも、俺はそう思っている」
飛鳥は目を少し動かし微笑を浮かべる。
「意外だね。暴君のようなプロデューサーにそんな考えがあったなんて」
「まぁ、俺にも失敗はある。
何もしたくない奴に色々言うのは、ただの押しつけにしか過ぎんさ」
月島は、苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「それにしても、何で月島さんのところに梅木さんがいるの?」
「その前に」
音葉は首をかしげる。
「光ちゃんは何で私の事知ってるのでしょうか?」
「それは、ほら!昔ファンタジーモノの特撮もので挿入歌を歌ってなかった?
小さいけど何かすごく声が綺麗なお姉さんがいるなぁって思ったんだ」
音葉は少し驚いた顔をして、微笑を浮かべた。
「あぁ……まだ光ちゃんや飛鳥ちゃんがと同い年の頃に歌った。懐かしい」
「そして、音葉は俺が初めてプロデュースしたアイドルでもある」
「え!?」
「驚いたな。本当にプロデューサーはどこにコネクションがあるんだい?
アナザーワールドから来たようだよ」
「そんなものじゃないさ。俺は一プロデューサーにしかすぎない。
……昔話なんか聴いても面白くないかもしれないが、
俺が初めて受け持った際に音葉のちょうど『変わり目』だった」
「……なるほど」
「?」
飛鳥が、何となく察したのかうなずく。光は首をかしげた。
「音葉のご両親はクラシック奏者。『音に育てられた』と音葉は言ったが、難しいところがあってな」
月島は目を閉じる。
「ある時期、音葉の耳に入る音が『全てノイズに聞こえる』と相談された。
耳がよいから……という問題じゃなかった。
音葉自身の声もノイズに聞こえるという最悪の事態だった」
光と飛鳥の目が大きく開く。
「俺にも、分からないジャンルだった。
フィジカル・メンタル・あらゆるものを調べ、
医者やセラピスト、占い師にも見てもらった。
それでも、ラチはあかない。
そこで、思いついたのは音の原点回帰」
月島は急に立つと窓を開けた。少し寒い風が吹いてくる。
「古来より音楽は自然の音のイメージ。
人が作った音ではなく、自然の音だけを聞かせた。
音葉が好きな音が自然の音と言ったので、色んな自然に触れさせた。
山、川、海……色々な。
生まれが北海道からか分からないが、森林浴が一番合ったようだ」
「あの時は、月島さんは今以上に無謀でしたね。
車に慣れてないのに夜道の坂を走って危ない目にあったり、
未成年の私を連れていたから警察に職務質問されたり……」
月島は目を大きく開けて唇をかんだ。
「よくおぼえてるよな」
「えぇ、おぼえてますとも。
自分の声が聴けるようになってからは、色んな曲をカバーを歌ったり
ロック、ポップ、海外の曲やアニメソング、
後、声優がベースのボーカル作成ソングも歌いましたし……あれは調律というより、調教と同じだったと思いますね」
音葉が冷たい声で言うと、月島は頭をかいた。
「否定はできないな。
ただ、あの時は色んな曲を知って歌って欲しかったって思いはあった。
そして、プロセスを踏んでオーケストラに戻した」
「ど、どういう事?」
光が身を乗り出して聞くと、月島は懐からメモを取り出す。
そこにはありとあらゆる曲と、その横に色が塗られていた。
「俺にはよく分からないが、音葉には音や声に色が見えるそうだ」
「すごっ!!」
「驚いたな……共感覚、本当にあるとは」
飛鳥が目を見張ってメモをじっくりと見る。
「いえ、私もこれは『当たり前』と思っていたのですが
……プロデューサーに言われて初めて気づきました」
音葉がうなずきながら微笑む。
「ちなみに、光ちゃんは橙色。飛鳥ちゃんは
……青みがかかった銀色の声をしてますね」
「そういうのがあるんだ」
「音葉にはそういうのが分かるそうだな。
話を戻すぞ。
その各ジャンルを知った上でもう一度、音葉の原点回帰という事で
オーケストラを聴いてもらった。
そうしたら、音葉が『他の人に音楽を教えたい』って言い出してな。
ちょうど光と飛鳥もいたし、
宮形さんに教え方の基本だけ習ってやってもらったのさ」
「じゃあアタシは特撮の先輩に教えてもらってたのか!すごいな!!」
「ボクも共感覚目の前で知るとはね。世界はまだまだ未知の事ばかりだ」
「いえ、私もこう歌というものを教えていくうちに歌やアイドルというのが分かったと思います……ちょっとだけかもしれませんが」
「それでいいさ、梅木音葉に戻れたのならプロデューサー冥利につきる」
月島はメモ帳をテーブルに置くと、棚からスケッチブックを出してきた。
そこにはステージと衣装のラフ、歌のテーマが書かれていた。
「移籍前の『三人』のユニットといこう」
「私たちで……ですか?」
「今回はミュージカルは無しだ。ファンのリクエストに応えて全部歌いきろう」
「そうだね。それが僕らとファンのカタルシスになるだろうさ」
「よっし!やるぞー!!」
「名前は……そうだな、久々に俺も中二病全開でいくか」
月島が、素早くスペルを書き終わる
「一度限りのユニットかも知れない。光・飛鳥・音葉。三人のユニット名は……」
メモに筆記体で書かれたスペルが大きくあった。
「『オラトリオ△エルピーダ』……ギリシャ語で『聖なる未来』
って意味だ。これでいこう」
全員が沈黙する。
月島は周りを見回すと小さく笑い出した
「おい、どうした?」
「いや、月島さん。本当に中二というか飛鳥よりすごいというか」
「あぁ、いや……そうか。プロデューサーは似て非なるもと思ったら『あちら側』の中二病でもあったのだね」
「まぁ、いつもの事ですから」
小さな笑いが事務所に溢れる中、月島は頭をかいた。
―これが、光と飛鳥と音葉の舞踏会に行く前のお話。