「5、4、3、2、1」
「ゼーロッ!」
けたたましい音と共にクラッカーが跳ねる。
「新年あけましておめでとうっ!」
「おめでとう」
お互いに光と飛鳥は手を合わせ叩く。二人が入っているこたつの上にはさっき食べた年越しそばのお椀が置かれていた。
テレビでは新年の祝いと共に芸人の司会の人や同じ同業者、アイドル達が拍手をしている。
「ボク達もいずれはこういうのに出るのかな」
「今は無理かもしれないけど、そのウチ出るかもしれないな。でも飛鳥はこういうの合わないと思う」
「へぇ、じゃあ光はどういうのが似合うと思うんだい?」
「飛鳥はどちらかというと、こうワイワイ騒ぐというよりも、一人で話しているのがあってそうかな。前に見せた戦隊モノでレッドだった人が、
今色んなドラマに出てるじゃないか」
「あぁ、あの。今じゃ戦隊モノがデビューとは思えないよね。暗い役多いし」
「それは余計だ!あの人が深夜ラジオずーっとやってるの聞いててさ。色んなファンの人からラジオのメッセージ答えてて何か飛鳥に似ているなって思ったんだ」
「成程、それは光栄だ。じゃあこういう明るい仕事が来たら光にまかせるよ」
「まかせろっ!!でも、出る時は飛鳥も一緒だからな」
「そうだね」
苦笑いをすると飛鳥はお椀を持ち、洗い物に出た。光はテレビを見続ている。さっきまでは年末恒例の歌番組をしていたところだ。
女性でちょっと自分たちより年上。特に10代後半から二十代前半の歌手が出てくるとやはり意識をしてしまう。
自分たちはヒーローであり、アイドルだから。どこか嫉妬めいたものが出てきた。そういうのは良くないと思っていたが、飛鳥には人として当たり前だから気にしなくていいと言われた。どうしてもというのが気になっていたが、それでちょっといいのかと思った。
ただ、もっと色んな事を学ぼう、体験しようとは思った。
「この後どうする、光?」
飛鳥の声で考え事から意識を戻す。
「近くの神社までいって、お参りしてから事務所挨拶にいこう」
「そうだね。そうしようか」
二人は、さっと着替えると寮を出た。
「さすがに、多いね。この日は。人が嫌になるよ」
「飛鳥、そういう事言わない。この人達がアタシ達のファンだと思えばすっごく嬉しくないか」
飛鳥は眉をひそめると肩をすくめた。
「嬉しいけど、ちょっと困るね。ここで囲まれたら大変な騒ぎだ」
「確かにそうだな」
二人は笑うと自然と手をつないだ。
「離れちゃだめだよ、光。特に君は小さいんだから」
「そういう飛鳥だって、エクステ落してパニックになるなよ。ここで落したら大変だ」
「なら、光につけておこうか。両方ともボクのものだって」
「なんだよ、それ。アタシは飛鳥の持ち物じゃないぞっ」
声を出して、笑うと二人は握った手を繋いで神社の奥へ奥へと進んでいった。
「何拝んだ?」
「もちろん、二人がもっともっと上へ行けるように」
「ボクも同じだ。でも、ちょっと一つ違うかな」
「何が?」
光が怪訝そうな顔をしていると指を一本飛鳥は立てて片目をつむった。
「二人の仕事と同時に、一人でも一本立ちできるようにって。あぁ、誤解しないでくれ。光との仕事はもちろんだけど、プロデューサーが前にソロの
仕事を持ってきたじゃないか。あれが、二人とも増えて、それぞれ自分のセカイが作れて溶けあって……そういうのが作れたらと思っているのさ」
「すごいな!そういうのが出来たら、また違うのができるかな!?」
「出来るとも、ボクら二人ならね」
飛鳥に少し引っ張られるように、光はおみくじを引いた。飛鳥は少しうなづいていた。光は自分のはどうなんだろうか。そう思って引いた。
―顔がゆがむのが分かった。
「どうしたんだい、光?」
「あ、飛鳥……これ」
苦笑を浮かべながら、光は自分が引いたおみくじを相棒に見せた。そこには黒い文字で大きく『凶』と書かれていた。
飛鳥はポンポンと光の肩を叩き、
「まぁ、神様が今年は引き締めろって言ってるんだよ」
「で、でも……」
「こういうのは書いてある事が大事でね。ほら、『仕事:難有れども、新たに開く道あり』結構いい事じゃないか」
「そ、そうなのか?」
「そうだよ。こういう時はいい方向に捉えるんだろ、ヒーロー?」
「そ、そうだな……!うん、よしっ!アタシの新しい道を開くぞーっ!」
「あ、でも『待ち人:来たらず』ってのは光らしいね」
「飛鳥ーっ!!」
その後、二人は甘酒を飲み、屋台を一通りぶらついていた。
「ん……」
まぶたが重いのを感じる。甘酒に酔った。という訳ではないのだろうが、眠気を光は感じていた。
「どうしたい?まだ、眠い」
「むぅぅ、ここで我慢するのもヒーローの務め……」
「ここで我慢する必要ないよ、光。一度寮に戻って眠ってからでも事務所にいくのは遅くないだろう?」
「そうだけど……むむむ」
目をこする光を飛鳥は肩を寄せると
「こういう時にこそ頼ってくれていいのだから。さ、一度寮に帰ろうか」
「そうする……か」
眠気の中、光は半ば飛鳥にひきずられるように寮に帰った。
「あれ?」
光が目を覚ますと、ベッドの上に寝かされていた。ベッドの上に倒れこむまでは覚えているが、その後の事は覚えていない。
飛鳥が引っ張ってくれたのだろうか。テーブルにはトレーナーの立川が作ってくれた二人向けのおせちが置かれてある。
だけど、飛鳥はいない。
「飛鳥?」
声をかけるも、無言。先に行ったのだろうか、それにしては静かだ。
ふと目の前が真っ暗になる。
「だーれだ?」
「うわっ!」
後ろから飛鳥のいたずらっぽい笑顔が見えた。光は手を振り放すと、
「お、驚かすなよ」
「ごめんごめん、いい顔で寝ていたのでね。少しいたずらしたくなったのさ。さて、おせちでも食べて早く事務所に-」
飛鳥が言い終わる前に寮のインターフォンが鳴った。飛鳥が出ると怪訝な顔をして光のところに戻ってくる。
「プロデューサーがこちらから来たようだよ。珍しいね」
「月島さんが?何か料理でも持ってきてくれたのかな?」
「ひょっとして、お年玉かもしれないね」
「おおっ!それは期待できるかもな」
ドアが開く音を聞くと笑顔で二人は月島を迎えようとした。だが、途端に顔は曇った。
「月島さん……?」
「プロデューサー……?」
正月でも月島は背広だった。
いつもの眼光の鋭さは目の下のくまのせいでより冷ややかなものになっており、ほほもどこか痩せこけていた。
「あけましておめでとう、二人とも」
笑みを浮かべる月島。いつもの自信の強さよりかどこか弱さを感じるものが二人には取れた。
「お、おめでとう」
「どうしたのさ、月島さん。何か……らしくないというか」
「何、クリスマス前後からぶっ通しで働いてただけだ。昔ならよくやった事だ」
「でも」
月島は一度目をつむり眼光を元に戻すと手で止める。
「二人に話がある」
「それでも」
「いいから聴いてくれ。座ってくれ」
二人は月島の柔らかではあるが強い圧力に顔を合わせ、テーブルに座った。
少し時間が立った。
月島は自分が持ってきた日本酒を手酌で少し飲み、二人にはノンアルコールカクテルを振舞った。
「……もう一年か」
「まだ、一年だよ。プロデューサー。酔ってるの?」
「酔わないとキツイ時も大人にはあるのさ、飛鳥。それは俺の様に色んな事をやった人間の分そうだ。
俺の先達も皆、そうだった。
あの人もあの人も……な」
「月島さん、どうしたのさ。ただ単に酔っ払いに来た訳じゃないんだろ?」
「……」
月島は立ち上がり、コップに水を一杯飲んだ。背広のネクタイを締めなおし、一度スーツを着なおす。
そして、二人の前にどっかと座った。いつもの月島に戻った。そんな気が光にはした。
「二人に話しておく事がある。今後の事だ」
「正月そうそういい事だね。どうしたの、ライブ会場でも決まった?」
「それとも、アタシ念願のヒーロー単独ライブとか?」
「あぁ、ひょっとしてインターネットラジオがついに電波に乗るとか?」
「違う」
月島は首を横に振った。
「そんなんじゃないんだ。全部、違う」
「それじゃあ、一体」
「二人には美城プロに移籍してもらう」
「……え?」
「美城プロってあの大手の?一体」
「このプロダクションは解散する。俺は美城プロの一プロデューサーになり、羽音もまた身の振り方を考えてもらう」
「あぁ、じゃあ何も変わらないじゃないか。でも、そんな大手に」
「違う」
月島はもう一度首を振った。
「俺は、もうお前たちのプロデューサーじゃなくなる」
二人の背筋に冷たい何かが走った。
「え、で、でも?」
光は現状が飲み込めずにいる。月島さんは何を言っているのだと。アタシのヒーローの道しるべであるこの人は。
横の飛鳥を見る。うつむいている。まさか、自分だけ。いや、分かっているのだ。聴きたくないと。
月島は息を吸って、気を吐き出すように言った。
「『Tomorrow Bright』は、三月を持って解散だ」
聴きたくなかった。
その言葉だけは、聴きたくなかった。
光は、反論の声をあげようとした瞬間。
飛鳥が立った。そして、月島の頬を打つ。
「飛鳥!」
「……じゃあね、ヒーロー」
涙目で飛鳥は外に飛び出した。
そして、数日。二宮飛鳥は行方知れずとなる。
―これが、『明日の光』が壊れた日。
お久しぶりです。長らく時間がかかった事をお詫びします。
いきなり、暗い話で再開しましたが、果たしてどうなるか。
よろしければ、最後までお付き合いください。