明日の光とつがいの二羽   作:雪白とうま

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第十四話

 夏の暑さも薄れ、夜が早くなっていく中『Tomorrow Bright』はその輝きを増して行った。

13歳、という括りがある以上20時以降の音楽番組には出られない。そのかわり子供番組やヒーローショーのタイアップ。

会社のネットラジオ等で音楽の紹介や二人は活躍してきた。

 

 

そして

「……きたね」

「ああ、アタシの夢の一歩だ」

二人の目の前には秋から始まるヒーローのポスターがある。

「来たね。光の夢である、『ヒーローものの主題歌』を歌う事が」

「でも、全部じゃないどうせならテレビの主題歌として歌いたかったな」

「映画版だけでも充分じゃないか。ボクはバディに先に一歩進まれた事がちょっと悔しいよ」

「でも、飛鳥も緊張してない?」

「するさ。ボクにとっても大きな舞台の一つであるもの」

二人が歌うのはショートプログラムの映画だが秋から始まるヒーローの

前日譚ともいえるストーリーの主題歌だ。

映画の若いディレクターが、ほぼミュージカル仕立てのヒーローものの歌を歌っている

『Tomorrow Bright』をどこかで耳にし、オファーが来たらしい。

「お前らには今、一番ぴったりの作品だ。しっかり歌えよ」

月島がいつもの野獣のような笑みを浮かべて、楽譜とイメージを書かれたものが渡される。

「プロデューサー、この曲作ったの宮形さん?」

「おう、あの婆さん二人がこの話を持ってきた途端、すごいワクワクした顔しててなぁ、三日で曲を上げてきやがった」

「それはそれは……こっちも頑張らないとね」

飛鳥は苦笑しながら、耳にイヤホンをつけ再生ボタンを押す。

光も慌てて片方のイヤホンを耳につけ曲を聴き始めた。

 

 

「……へぇ」

「……うわあ」

二人がそれぞれの感嘆の声を上げる。曲は口笛から始まり、静かな始まりかと思うとハイスピードなギター、ベース、ドラム音が聴こえてくる。

雷雲がうずまく荒野の中、主人公が走って行くそんなイメージが光には浮かんできた。

飛鳥はボロボロの外套を纏った長身の男が目の前の敵を前に不安を隠すために、不敵に笑っているイメージが浮かんでいた。

 

二人は曲を聴き終えると同時にため息が出た。

「なんとも……」

「熱い曲だね」

「宮形のばあさん曰く『お前ら向きに作った』曲だそうだ。この曲を歌って映画も人気にしてしまえ」

「もちろん!」

「わかってるさ」

二人は互いに笑顔を浮かべ、拳を突き合わせた。

 

その後、二人は曲を聴き続けた。学校の休み時間、ダンスレッスンの間、寝る前も聞き続けた。

二人で屋上にいる時、レッスンの後、互いの部屋を訪れた時、この歌を歌い続けた。

 

 

 

「どう思う?」

「どう思うって?」

二人でファーストフード店でお互いにハンバーガーを食べ合いをしていると、飛鳥は不意に問いかけた。

「今回の曲についてだよ」

「熱いな!そして、歌いやすい!」

「言うと思ったよ」

苦笑を浮かべながら、飛鳥はコーラで口の中のハンバーガーを飲み下す。

「でも、少し心配なんだよね」

「何が?」

「光」

「へ?」

エクステをいじりながら飛鳥は心配そうに言う。

「君の事だ。ずっとこの歌を歌い続けているんだろ。それなら余計に心配なんだよ」

「どうしてさ?」

「ずっと歌い続けて困って無いかい?」

「え?」

「いつもの光ならどこかで悩んでたりテンパってるんだよ。それなのに今回はまったく言わない。逆にボクは不安だね」

「大丈夫!」

光は自分の胸を叩いて自信を持って言った。

「正義の味方はアタシが息をするように、この身に宿っているんだ!歌を歌うくらいへーきへーき!」

「だといいけど……」

飛鳥はコーラを飲み干すと、光をじっと見た。普段の光は平気とかいうだろうか。

いつも限界のところから、それを踏み越えて素晴らしいのを見せるのが光のいつもだと飛鳥は思っている。

でも、どこか光の輝きに影がある。そんな気がした。

 

 

 

その不安は的中する。

レコーディング当日。

収録スタジオに、光は来なかった。

 

 

 

 

羽音は各スタッフにお詫びを入れ、飛鳥は光に電話を入れる。だが、出てこない。

月島は光のマンションに向かってみたが、鍵が閉まっており、事情を説明して中に入ったが誰もいなかった。

ただ、何回も聴いたであろうウォークマンと色んなメモにヒーローについて書かれてあった。

 

「そんな中、あいつらしく無い言葉が書かれてあった」

月島が光が書いたと思われる何枚ものメモ用紙を机に出した。

飛鳥はある一文を見て、驚く。本当に彼女が書いたのだろうかと思う一文

 

 

『ヒーローって、何だっけ?』

 

 

 

「これを光が書いたっていうのかい?」

「だとしたら、あいつは今相当な悩みの中にある。気づいてやれなかったのが……悔やまれるな」

歯を噛み鳴らし月島が拳を握った。

「警察には連絡しましょうか……」

羽音が心配そうに声を掛けた瞬間、飛鳥の電話が鳴った。

光だ。

「もしもし、光?」

飛鳥が声をかけるが、返ってくるのは無言。

「光?ボクだ、飛鳥だ。今、どこにいるんだ?」

無言。

「返事をして」

「あす……か」

光のかすれた、どこか泣きそうな声が聴こえてくる。

「光!?」

「たす……けて……よ」

その声が聴こえるとしばらく無言。遠くで何かが聴こえると同時に電話は切れた。

 

「飛鳥、今のは」

「光から……まったくしょうがないな。プロデューサー、車今から出せるかな?」

「場所が分かるのか?」

「遠くの声からね。もう、光が行きそうな場所と行ったらあそこしかない」

 

 

光は遠く、海を見ていた。

海の前には小さなイベント会場がある。そこではご当地ヒーローのイベントをしており、

どこかTV等で見ていたヒーローにご当地の名産品を加えたヒーロー達が原産のイベントのアピールをしながら悪と戦っていた。

「悪と戦うのが……ヒーローなのかな」

光には分らなかった。人を助けるのもヒーローだし、ご当地を支えるというあんな形のヒーローもあるのだろうと

何となく、光は理解した。

 

でも、今の南条光にヒーローの定義は分らなかった。

 

歌を聴く度に問いかける。アタシのヒーローとは何なのだと。そして、昔のヒーローものや今のを見た。

答えは出なかった。そして、いつの間にか遠くにいた。

 

「……アタシ、ヒーローになれないのかな?」

「それは君がそう思った時に止まるものだ」

不意に後ろから声をかけられる。

左頬に衝撃が走った。

飛鳥が涙を溜めた目で光を見ていた。そして小さな体を力強く抱きしめられた。

「辛いのなら、辛いっていっていいんだよ……!泣くヒーローだっているじゃないか。

そう教えてくれたのは光だろ……!」

「あす……か」

「言いたい事は山ほど、あるけど今の一発でおしまいにする。どうしたんだい、光?」

飛鳥から小さく離れると、光は体が震えだした。涙も止まらない。

「飛鳥……ヒーローってなんだっけ?」

「光」

震えが止まらない。目からも涙が止まらない。止まれ、止まれと心が命じても何故か体が拒否するのだ。

「アタシは、アタシのヒーローがわかんなくなった。アタシは」

「光!」

飛鳥は光の手をそっと握りしめる。飛鳥が優しい目で光の目を見つめた。

「光、キミはまぎれもないヒーローだ。まだ、成り立てかもしれないけどヒーローなんだよ」

「飛鳥」

「光、キミの歌は、言葉は、ダンスは世界を律動させる。ボクには出来ない事なんだよ」

飛鳥は握る手の力を強める。震えは止まっていった。

「でも、アタシは……一人じゃたてないよ」

しばし無言、風の音と波の音が静かに聴こえてきた。

飛鳥は決意を固めた顔で光を見る。手の力も強くなった。

「それでも分からないなら、立てないなら」

「分からないなら?」

母親にすがる子供のような顔をする光に飛鳥は言い切る。

 

 

「ボクがヒロインになってやる」

「ヒロ……イン?」

 

 

「あぁ、ヒーローのずっとそばにいてあげられるヒロインだ。ヒーローよりかずっと弱いけど、ヒーローが弱くなった時、

 苦しくなった時に助けられるたった一人の人だ」

その言葉を聴いた時、光の心は暖かく包まれ、同時に決壊した。

「飛鳥ぁ……」

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をハンカチで拭きとり、飛鳥は強く光を抱きしめた。

「光が誰かを救えるように、ボクが光を救ってあげる……だから」

「うん……もう一度ヒーロー……目指す」

 

遠くからご当地ヒーローの名乗りが聴こえる。

それに合わせて二人の繋いだ手も強くなっていった。

 

 

数日後、月島と羽音はスケジュールを再調整し、二人のレコーディングを再び始めた。

時間は無い。

しかし光には迷いは無かった。自分にはヒロインがいる。そう思うと心強かった。

飛鳥もまた、光というヒーローが戻ってきた事に柔らかく包みこまれるような強さがあった。

 

「それじゃ、レコーディング開始します」

『お願いします』

スタッフの声にキューのサインが踏みこまれる。

そして、飛鳥はささやく。始めの歌詞の一部を

 

「Braver」

 

 

これは、二宮飛鳥が南条光のヒロインになると決めた日-

 




誰かが支えてくれるってつよいですよね

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