明日の光とつがいの二羽   作:雪白とうま

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※今回病を持つキャラが出ますので苦手な方は読むのをお控えくださるようお願い致します。また、そのような方を差別するためでない事を明記しておきます。


第十二話

 南条光と二宮飛鳥は蒸し風呂のような暑さにさいなまれていた。

遠くからは潮騒の音が聴こえてくるのに海には入れない。

それがますますうらめしかった。一応、涼んでもらうためとはいえ扇風機があるが涼風どころか熱風が吹いており、

余計暑さに対してのいらつきを増していた。アイドルイベントの待機中とはいえ、アイドルの卵には辛い環境だった。

「これも修行……そう、ヒーローに、アイドルになるための修行なんだ……」

「そんな苦行を重ねてもいい事は無いよ、光。ボクらにはあの紅い太陽が憎いくらいに輝いているだけさ」

「あー……月島さん、早く戻ってこないかな」

「色んなアイドル達の出番の最終チェックをしているからね。まだだろうさ」

飛鳥はもうぬるくなってしまった清涼飲料水をちびりと飲むとため息をついた。

光はしばらく頭をかきむしっていたが急に立ちあがると

「我慢できない!ちょっと外で風に当たってくる!」

「待ちなよ光。ボクらは一応アイドルだよ。ファンの人が見たらどうするのさ?」

「それを対応するのが、アイドルでありヒーローだ!」

と、無茶ぶりをいい光はテントを開け外へ駆けだした。

「……まぁ、君らしいけどね」

と飛鳥は扇風機の首振りを止め、自分だけに向けるようにしてため息をつくのだった。

 

 

砂浜ごしの道路で光は海を見ながら大きく伸びをした。

「かーッ!海!!海といったらアクアスタイルとかのヒーローいたよなー!それに冷やしてくれないかなー!!」

海の風が頬を撫でて行く。

さっきのテントの中より涼しいかは分からないが、気持ちはいい。

「あ、でも怪人の冷凍ガスとかで凍らされた方が涼しいのかな」

 

「そんな事してると逆に寒くなっちゃうよ」

後ろから急に声が聴こえてきた。光が振り向くとそこには光より少し小さい女の子がいた。

特に、違っていたのはこの暑い時期なのに長袖の服を着て大きな麦わら帽子をかぶって日傘をし、大きなサングラスをしていた事だった。

「君は」

「私、藤枝希実。お姉ちゃん『Tomorrow Bright』の南条光でしょ?」

「へ?」

「うん、私知ってるもん。この前アニメの曲歌ってたの見たから」

光がまごついていると笑顔を浮かべながら希実はいつものファンの人達よりも近づいてきて

「あくしゅ、してくれる?」

「お、おう!希実ちゃんだっけ!ありがとうな!!」

希実の小さな白い手を光はしっかりと握り、強く振った。

「光ちゃん、痛いよ」

「あ、あぁごめん。いや、でも……こうファンの子と二人っきりで話すって何か興奮してきた」

「光ちゃんって面白いね。あ、そういえばもう一人の飛鳥ちゃんは?」

「ちょっと色々あってね。希実ちゃんはどうしたの?ひょっとしてアタシ達のイベント見に来てくれたとか」

「うん、そんな感じ」

「やったぁー!!」

光は天を仰ぎ大きく叫んだ。そうして希実を抱きしめると

「絶対、アタシ達のステージ見てくれよな!きっと面白いから!」

「うん、分かっている」

「後、もしよかったら飛鳥達とも海で泳ごうよ!アタシとだったら楽しいぞ!」

そういうと希実は光から静かに抜けるように、離れた。

「……ごめんね、光ちゃん。私、泳げないんだ」

「泳げない?だったら、アタシが練習を」

「そうじゃないの」

希実は長袖をそっとめくると右腕を見せた。光は少し怖気づいた。希実の腕は白い、そしてその白さは病みを抱える灰色に近かった。よく見ると帽子の隅からのぞく髪も灰に近い金色に近い。

「私、おひさまがだめなんだ」

 

「それでこの子を連れてきたのか」

月島はため息をつきながらネクタイを締め直した。

この異常な暑さの中でも月島の顔には汗一つない。

かわりに背中が大陸を作るくらいのシミができていた。

「だって、この子かわいそうで……ヒーローなら助けなきゃいけないじゃないか」

「かといって個人のファンをひいきにするのは他のファンにとってのタブーだよ、光」

飛鳥にそう言われて黙る光。横から袖を希実が引っ張ってた。

「光ちゃん、怒られてるから私出て行くね。他にも日影はあるし」

「ダメだ、希実ちゃん!」

光は希実の肩を強く掴み、かがみこんだ。

「希実ちゃんはおひさまダメなんだろ!?だから、ここにいていい!」

「それはあんまり理由になってない気がするけど」

「お願いだ、月島さん、立川さん、飛鳥!この子の世話はアタシがするから」

「光ちゃん、私ペットじゃないんだから……」

希実の苦笑が聴こえる中、光は真摯に頭を下げ続けた。飛鳥はため息をついて横を向き、立川は月島を見る。

月島は腕を組んで、離すと大きく息を吐いた。

「立入り禁止区域内には絶対に入らせたり、見せない事、後他のアイドルの邪魔にはさせない事。そういう事ならお前の親戚扱いにしてやる。面倒を見てやれ」

「ありがとうっ!」

光はさっきより深く頭を下げた。

 

 

月島の許可を得た光と希実はさっそく二人で砂の城を作っていた。

「おおっ!上手だね、希実ちゃん!!」

「光ちゃんがおおざっぱすぎるんだよ。城山じゃなくて、お城を作るんだから」

と小さく棒で砂を削って行く希実を光は楽しそうに見ていた。

「すごいなぁ!飛鳥ー!一緒にやろうよ」

光は笑顔で飛鳥に手を振ったが、逆に振り返されテントの中に入っていってしまった。

「飛鳥ちゃん入っていっちゃったね」

「楽しいのになあ。さ、希実ちゃんも中入ろうか。ずっと太陽いたらダメなんだろ」

光は希実の手を握りテントの中に連れていこうとした。だが、希実の手が重い。

「希実ちゃん?」

「光ちゃん……わたしもいつか、おひさまの下で歌えるかな?」

光は無言。希実は幼い視線をずっと光に向けていた。

「……なれるさ」

「ん?」

「なれるよ!希実ちゃんも必ず、おひさまの下で、アタシ達みたいに歌って、踊って、劇みたいなのも出来るさ!」

「ホント?」

「アタシが言うんだ!間違いない!!」

「……」

今度は希実が無言、すると希実はサングラスを取った。目はどこか兎のような赤みを持っている。光はそう思った。

「ありがとう、光ちゃん」

戻ろうかというと希実が光の手を引きテントへと入って行った。

 

 

「光、ちょっといいかい」

テントでジュースを飲んでいる間、飛鳥は外へと光を連れ出した。

「飛鳥?何かあったのか?ひょっとして希実ちゃんにかまっている事で」

「違う」

飛鳥は断言して光を見た。その目は氷のように冷たかった。

「彼女に何を言った?」

「え?」

「分かっているのか、光。君が希実ちゃんに言っている事が」

飛鳥は光の肩を握りしめる。今まで見た事の無いような目つきだった。

「君が言っている事は希実ちゃんにはかなわない。いわば悪魔の契約だ。分かっているのか、その偽善の罪が」

「罪って……希実ちゃんに少しでも」

「それが罪だと言っている!」

飛鳥は語気を荒げ肩の握りしめる力を強めた。

光は茫然としていたが、飛鳥の両手を払って、

「分かっている!でも、希望を持つななんて言えるのか!?アタシは嫌だ!そんなのヒーローらしくない」

「優しい嘘は時として、真実より残酷だよ。

 ヒーローでも救えない事はあると知っているのだろう」

「それでも!アタシ達はヒーローであり、アイドルだ!!

 皆に笑顔と夢を見せないでどうするんだ!」

「それじゃあ、彼女が光の言葉を信じて太陽の下活発に動きだして、危ない目になった時に責任を持てるのか!?光の何気ない言葉のせいで!」

「じゃあ、飛鳥はどうするんだ!」

「……彼女には真実を伝える。どんなに残酷でも、どんなに辛くても。その中で生きていける強さを教えて上げるのが年上だし、アイドルじゃないのか。そして、辛い時に支えてあげられるから非日常を提供するのがアイドルじゃないのか」

「……」

光は押し黙っていたが

「それでも、あの子に夢を見せてあげるのも……アイドルで……ヒーローじゃないのかなあ」

少し涙ぐんだ声で光が言葉を絞り出す。飛鳥は光の泣き顔を見せないよう顔を胸に埋めさせた。

「あす」

「希実ちゃん、ちょっと光は疲れているみたいだから、羽音のお姉さんのところにいっておいで」

「うん……」

光が視線をちらとやるとどこか悲しそうな顔をしている希実がテントの中に入って行くのが分かった。

 

 

光と飛鳥はコップに水を入れ、椅子に座りお互いに目を伏せた。

「どうすればいい……飛鳥。アタシ、ヒーローとして間違った事言ったかな」

「間違ってないよ、光。でも、ボクから見たら間違っている。現実を教えるのはヒーローじゃなくて」

 

「それは俺達、大人の役目だ」

テントの中に月島が入って来た。眼光はいつもより鋭く、そして止めたはずの煙草を吸っている。

「月島さん、どうして」

「どうしても何もあるか、光。一人の少女の心を救えずして何がヒーローだ、何がアイドルだ。

 そんな事に腹が立ったんでな。どうしても一本吸いたくなったんだよ」

天に向かって、紫煙を放つ月島。

「飛鳥もそうだ。

 現実を教えるのはいい。それは正しい年長者だ。

 だがな、お前らはアイドルだ。悪魔の契約だかなんだかしらんが希望を持たせ、お前がいつも言っている『くだらない日常』を忘れさせるのもお前らの役目じゃないのか?」

二人は押し黙ったまま、下をうつむいている。

 

 

「個人的な事を話す。

俺はプロレスが好きでな。今でもたまに見に行く時がある」

二人はふと、顔を上げた。月島がこんな時に何を言っているのだろうかと。

「一人、華がある選手がいた。だが、彼は試合途中にアクシデントに合い、それ以来体が動かなくなった。

 下半身から下は二度と動かない。医者にそう言われたそうだ」

「……」

二人は黙ったまま話を聞き続けている。月島はゆっくりと煙草を燃焼させ味わっているようだ。

「だが、彼は必死にリハビリを続けた。十年後、レスラー25年のキャリア記念試合があり、彼はリングの上にもう一度立った」

「治った……の?」

飛鳥の言葉に月島は静かに首を振る。

「完全に治った訳では無い。だが、彼は自分の脚で花道を歩き、杖をつきながらロープを握りしめリングに上り、十年前と同じ相手と戦った。

……お粗末なものだったよ。昔の派手な飛び技も職人のような関節技もなくチョップと張り手だけでわずか1分30秒での決着だった。だがな」

月島の眼光が鋭くなる。

「最後に決めたのはボディスラムと言って相手を持ち上げてリングに叩きつける実にシンプルでフィニッシュには使わない技だ。

その選手の渾身の技に涙したものもいた。

拍手も起こった。おかえりと叫んだ奴もいた。

対戦相手も泣きながら生きててくれてありがとうといいながら礼をした。

そして、選手もマトモに喋れない口で待っていてくれてありがとうとマイクで叫んだ。

……奇跡はな。自分と回りの人間の後押しさえあれば起こせるんだ」

吸い終わると携帯灰皿に吸いがらをもみ消すように叩きこむ。

「お前達、アイドルは夢を見せるのが仕事だ。

ならば、あの子がいつかこの病を克服し夏の海で遊べる事が出来る。

そう思わせるくらいの舞台を見せて見ろ!!」

机を大きく叩くとそこには今日の舞台の流れと振り付け、そして新しい歌のスコアが描かれていた。

 

 

 

光は目をごしごしと拭くと、予定表に目をやった。

飛鳥は自分の衣装に目をやり、動きを真似していた。

「光」

飛鳥は目をあわさずに言う。

「これはもう一度ボク達は戦わなければならない。ステージの上で、どちらも正しいという事を知りながら、どちらの正しさが受け入れてくれるか、戦おう」

「分かった。それまでは相棒だけど、友達でも仲間でもないんだな」

「ああ、勝負だ、光」

「こい、飛鳥」

視線が合わない中、二人はお互いの拳をぶつけた。

 

その頃、別のテントで希実は二人のやり取りを羽音と一緒に見ていた。

「おねえちゃん……わたし、悪い事しちゃったかな」

泣きそうになる希実を立川は抱きしめ、頭を撫でる。

「大丈夫よ。でも、人はお互いの正しいところが譲れない時があるのよ」

「おねえちゃん、わたし、光ちゃんも飛鳥ちゃんも好きだよ。二人の歌うとこや戦うとこみていると心が熱くなるの。そして、この病気に負けたくないって思うの」

「それは希実ちゃんの勇気よ。でも、あの二人が押してくれたのなら嬉しいわ」

羽音はそっと希実の首に許可証をかけた

「今日は一番近くで見てね、希実ちゃん。あの二人の姿を」

 

 

舞台は始まった。

二人は無言のままステージの上へと立つ。その様子に観客からもざわめきが聴こえて来た。

『……アタシは』

光は小さく言って、口を閉じる。

ちらと横を見て、ヘッドマイクをスタッフへと投げ捨てた。

 

 

「アタシは自分の正しいと思った事を曲げたくないッ!!例え世界がそれを否定しても!!」

腹の底から大きな声で叫んだ。ステージの外の海に泳ぎに来た人も何事かと視線をステージにやった。

『それをエゴだと何回言わせるんだい、ヒーロー?』

飛鳥のダークヒーローが光の耳元でささやくように呟く。

『どんなにヒーローでも救えない人はいる。君は悪人さえも救おうとしているが、結局は救えない。そして』

飛鳥は背中を向けスタッフと一緒にいる希実をちらと見た、

『一人の少女に嘘をついてまで希望を持たせる。その意味のない希望に何の意味があるんだい?』

「それでも!アタシは希望を持たせたい!何もできないなんて言わせない!!」

光のソバットを飛鳥は片手で受け止め、放る。飛鳥はちかづいて額にデコピン一発。

『それが残酷な真実を多い隠す事になったとしたら?少女は絶望するだろうね』

「そんな事はない!!」

光は飛鳥の肩を握りしめる。回りからは声があがってくる。これが始まったら歌の始まりなのだと皆知っているのだ。

「たとえ、失望し灰のようになっても。その灰をエネルギーとし、また復活してくる!そう、何度も蘇る不死鳥のようにもう一度」

光は太陽を指差した。

「あの太陽へ必ず、飛び上がるのだから!

 新曲行くぞ!!『Fly again phoenix!!」

歌が始まった。新曲のためか歓声はさらに上がって行く。

光は歌いながらちらと希実を見た。なんとなく肌が紅潮している。そんな気がした。

日はさらに照り返しが強くなっていく。その日に負けまいと、太陽に挑戦しようという気持ちで二人は歌い続けた。

 

 

―夕方

「よかったよ、光ちゃん!飛鳥ちゃん!」

希実は日傘を放り出し二人を抱きしめた。

「そうか、ありがとう。それならあれだけ、光と言い合ったのも無駄じゃなかったね」

「希実ちゃん、楽しかったのは良かったけど、その……」

「だいじょうぶだよ、光ちゃん。あれはわたしのために劇をしてくれたんだよね?」

通じたのか、光は力強くうなづいた。

「わたし、負けないから。おひさまの上で歌えなくても、踊れなくても、いつかは光ちゃんや飛鳥ちゃんのようになってみせるから」

「分かった。約束だ、アタシ達と」

「うん!わたし、頑張るね」

「君の歩いた道が、幸福である事を」

光と飛鳥は、希実の手をしっかりと握った。温かさがせめてうつるようにと

 

希実と別れた後、光はずっと黙ったままだった。飛鳥も空をずっと見ている。

「飛鳥。アタシは間違った事を言っていない。今でもそう思う」

「彼女の人生を歩くのは彼女自身だよ、光。ボクらが何かを干渉するのはおこがましいとは思わないかい?」

「でも」

「ああ、でも思うよね。願わくば彼女にとっていつか太陽が優しくなる事を、彼女の人生は豊かな道であって欲しいと」

「うん。だからアタシ。もっと歌とか、ダンスとか、トークとか上手くなりたいと思った。そうすれば、……そうすればアタシはもっとヒーローに近づけるし、大きく届けられる、色んな人の背中を押せるんじゃないのかなって思った」

「どこまで?いや、キミのことだから世界とかいうんだろうね」

「飛鳥には分かっちゃうか」

光は苦笑を浮かべ、飛鳥は無言で光の頭を小突く。そして笑った。

「当然だ。ボクはキミのバディなんだから。その単純さは尊敬に値するよ」

そして、と飛鳥は言葉を継ぐ

「ボク達のアイドル活動でセカイが動くのなら……大いに動かそう。ボク達が望む世界を」

どこか悲しさを含んだ笑みを飛鳥は浮かべた。

 

これが、南条光と二宮飛鳥。始めての衝突

 




言い訳のようですが、決して何か障害を患った方を貶めようと書いた訳ではない事を書かせていただきます。ただ、この二人がどんな人にでも愛と勇気を届ける事が出来る。そう思い書かさせていただいた次第です。

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