明日の光とつがいの二羽   作:雪白とうま

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第十話

「かんぱーい!」

「乾杯」

グレープ味のサイダーを入れたコップを盛大にぶつけると光は一気に飲み干した。

飛鳥はそれを横目に見ながらちびちびと飲んでいる。

「いやー、見に来てくれる人が増えてきて嬉しいな!」

「そうだね。で、どうだい気分は?」

コップを置くと光はうつむいて少し考える。やがて顔を上げると

「嬉しいけど、もっと多くの人に見てもらいたいかな」

「そうだね。ボクもだ」

飛鳥は微笑を浮かべると残ったサイダーを飲み干した。

 

春からずっと小さな舞台で二人は演じ、歌い続けた。

話は同じヒーローである光にダークヒーローである飛鳥が挑発するその流れは変えなかった。

ただ、何度かアクションを変えたり歌の順番を変えたりして若干の工夫は変えた。

アクションは本場のものよりレベルは低いものだったが、光がずっと真似を続けていたものは体に沁みつき

それを飛鳥に叩きこんだ。ライブのアンケート用紙にも

『アクションがかっこかわいい』

という感想を多くもらった。

 

「それにしても、光が本気で殴ってくるとはね。ヒーローの狂気を見たようだよ」

「それはもういいだろ。アタシが悪かったからさ」

「そうだね。まぁ、ボクも光に何発かかすったのを入れたしね」

笑いあう二人にはバンドエイトが多く張られていた。

アクションを出来うる限り本気でしたいと思った二人は、当たるスレスレのところで攻撃を繰り出した。

だが、どうしても当たるもので、時には二人とも相討ちになり、

次の台詞が二人とも出ず、痛みにのたうちまわっていると会場から笑いと声援が起こった。

 

また、二人にもそれぞれ固定ファンが付き始めた。光はヒーローを目指していると公言しているからか子供はもちろん、その親や一部の特撮マニアと言われる年齢を重ねた男性のファンが増えた。

飛鳥は同類を呼ぶのか同じ感じの『中二病にかかっている』中学生、特に女の子のファンが多かった。

また、言い回しがかっこよく光と同じく男の子のファンが増えてきたように思えた。

「いっつも来てくれる親子がさ。いまやっているヒーローのおもちゃ持ってきてさ。ポーズ取っててせがまれるんだよな」

「大変だね、光も」

「別に大変じゃないさ。そのポーズのかっこ良さはどこなのかとか考えてやると楽しいぞ」

「成程。模倣は大切という訳か」

「飛鳥こそどうなんだよ。中二……だっけ。ファンの子が集まってどんな話するのさ」

飛鳥は少し考えて、あごに手を乗せると

「価値観の否定と創生かな」

と答えた。

「何だよ、それ」

「ありていにいえばガールズトークのもうちょっと尖ったもの。そう思ってもらえればいいよ」

「ふうん」

光は曖昧にうなづくとサイダーをコップに入れた。ブドウの色を模した液体がコップに入り、爽やかな音を立てる。

外は静かに雨が糸のように降っていた。二人はサイダーを少しづつ飲みながら黙っている。

 

 

「そういえば光は」

飛鳥が沈黙を破り、口にした。

「何でウチの事務所にいるようになったのかな?」

「あれ、話して無かったっけ?」

「ああ。あのプロデューサーが徳島まで脚を運んでスカウトしたのかい?」

「スカウトか……うん、そうだな。月島さんがアタシを選んだのは―」

サイダーをもう一杯飲み干すと光は静かにコップを置き、目をつぶった。

「あの夏のヒーローショーが始まりだったんだ」

 

 

 

 

 

アタシはあの時、いつもの様にヒーローショーを見に行っていた。

友達はもう、特撮とかアニメとかそういうのは見なくなっててさ、いつも一人だった。

アタシより年下の子らと一緒に混じって大声で応援していたもんさ。

で、アタシ背がその子供らと同じ……だったんだよな。悔しいけど。

応援してくれた子はヒーローのサインとか写真一緒に撮ってもらえる事が出来るのでアタシも一緒にやっていたんだ。

そんな時だった。

「そこのお嬢さん」

急に男の大人の声が聴こえたから振り向いたら、眼光が鋭い男がいてさ。始めあった時は怖かったよ。

「な、何……」

おそるおそる聴いたらさ、急に座り込んでアタシの視線と同じ高さで見てきたんだ。あのいつもの鋭い眼光で。

そしてしばらく黙ってたら

「お前は、ヒーローになりたいのか?」

いきなり聴いてきたんだよ!?無茶苦茶だよな!?でもズバリ、アタシの夢を言い当てたその兄さんに思わずうなづいた。

「なりたい……アタシはいつも夢見ていたんだ。皆の笑顔を守れるヒーローになりたいんだって!!」

その兄さんはうなづくとアタシの肩に手を乗せると

「なら、今すぐそれにならしてやる。インスタントだがな」

「アンタ……誰?」

「月島という芸能の世界に身を置くしがない奴さ。来い、今人手が欲しいとこだったんだ」

と、アタシを腕を掴んでちょっと強引にステージの裏へ連れて行ったんだ。

 

「こいつが代打?」

「そうだ、ちょうど背丈もいいしいいだろ」

「月島の旦那。でも素人を連れてやるのはちょっと……」

「いつも悪役やってる時は会場の子をさらっては悲鳴を上げさせてるだろ?

 それに比べればこいつは充分素質がある」

月島さんはヒーロースーツを半脱ぎにしているおじさんと話をしていた。

アタシはちょっと嬉しかったのとショックを受けていた。だって俗に言うヒーローの『中の人』が目の前にいるんだよ。

あのアクションをしているのがこんなゴツい人がしているのかという楽しさとやっぱりヒーローの中の人は演じている人と違うんだって残念に思ってた。

月島さんはアタシの方を見ると、手で招いた。

「そういえば、名前を聴いてなかったな、お嬢さん、名は?」

「光、南条光だ。」

「光か。成程、人を導くヒーローにはいい名前だ。そうだとは思わないか、皆?」

と回りの人に笑みを浮かべて話した。スーツを半脱ぎにしてたおじさんはため息をつくと

「月島の旦那が言うと後に引かないからなあ……うし、やるぞ」

と言うと回りがそれぞれの声を上げながらスーツを着ていた。ヒーローに変身したおじさんはアタシの視線のとこまでかがみこむと

「いいか、お嬢ちゃんは悪役にさらわれるヒロインだ。大人しく捕まって助けてーとか言うんだぞ」

「ええー、アタシヒーローがやりたいのに」

「最後まで話を聴け。で、俺が助けに入る。で、俺が途中やられそうになったらかけよってきて

 思いっきり手を握れ」

「うん」

「そこで、『不思議だ……この子の思いが力になる、俺は戦えるッ!!』っていって怪人にとどめ刺す」

「おお、何かアタシかっこいいな」

「後、ちょっとしたヘマしても大丈夫だから、ま、後はプロにまかせろって。何せ、俺はヒーローだからな」

と肩を軽くポンと叩くとマスク越しに笑っているのが分かったんだ。

 

 

「そんな過去があったとはね。光のヒーローデビューはその作品って事かな」

「まぁ、それになるかな……ちょっと恥ずかしいけど」

と、光はサイダーを一気に飲み干し、少しむせた。飛鳥は蒼のエクステをいじりながら

「で、上手くいったのかい、そのショーは?」

「いやぁ……それが」

 

『不思議だ……少女の手から力が流れ込んでくる……!俺はまだ戦えるッ!!』

ってヒーローが復活して立ちあがったんだよ。

でも、怪人に必殺のキックを入れて終了って時に

『……!』

急に、ヒーローのおじさんがかがみこんで動かなくなったんだよ。怪人の人も慌てて、アタシもどうすりゃいいのか分からなかった。

ただ、見えないようにおじさん腰を押さえててさ、アタシも

『しっかり!!』

ってアドリブ言って耳元まで近づいて小声で喋った。

「……すまん、腰を痛めた」

「腰!?どうすんのさ!?」

「良い考えがある。俺の背中を踏んであの怪人に向かって飛び蹴りをかましてやれ」

「無理だよ!アタシそんな事したことないよ!」

「ヒーローになりたいんだろ?お前の初ヒーロー舞台がここだって事だ。さぁ、見せてやれ!」

と懐からバイザーを取りだしあたしの目に装着させた。もうここまで来たら後には引けない。

「おのれ怪人!アタシが相手だーッ!!」

って走って行ってヒーローのおじさんの背中を踏んでジャンプ!

そして、思いっきりドロップキックを怪人に入れたんだ。もちろん、怪人の人も何か分かったらしくて自分から当たりに来てくれたけど。

で、回りの男の子や女の子から歓声が聴こえてくるんだ。あの女の子すげえ!とか、ちょっと嬉しかったかな。

『ありがとう少女よ。さぁ、とどめだ!!』

とヒーローのおじさんに肩車してもらってダブルキック。無事怪人も倒されてそのショーも上手くいったわけ。

 

 

「ごめんなー、あんな事になっちまって」

「まったく兄貴も年なんすから気を付けてくださいよー」

「わーってるって。でもこのお嬢ちゃん、スジは良かったぜ。ちゃんとお客さん沸いてたしな」

「一時はどうなるかと思いましたねえ。子役の女の子が熱出すとか」

と、後で知ったんだけどヒーロー役のおじさんと怪人役のお兄さんは兄弟で、ずっとやってたんだって。

大きなヒーローショーやる時は月島さんが準備してこの二人を呼んでるのも後で知ったんだ。で、急遽来るはずだった女の子が来られなくなったのでアタシがする事になったんだって。

「どうだった。初の舞台は?」

月島さんが後ろからジュースを持ってやってきた。

「ドキドキしたけど……楽しかった!」

アタシは答えた。月島さんは満足そうにうなづいてジュースを手渡すと

「ならば、もっと大きなところで楽しい思いをしないか?」

「え?」

「勿論、誰しもが必ず出来ると言う訳じゃない。だが、お前なら努力と才能と少し考える事によって最高のヒーローになれる」

「最高のヒーロー?」

「アイドルともいうがな。お前は俺に会った時皆を笑顔にしたいといった。それが出来るんだよ。だから俺と一緒に来い」

あまりにも不思議な出会いだと思った。うさんくさいというのも分かる。でも、アタシは皆を笑顔に出来るという事に、そしてあの舞台に立てるワクワク感に頭がいっぱいになって

 

 

 

―月島さんの手を取ったんだ。

 

 

 

「そして、ここに来たと」

「大変だったぞー。父さんも母さんも勿論大反対でな。月島さんが何ども足しげく通って

『娘さんの才能をここで埋もれさせておくのは勿体ないです。必ず、アイドルとして人として育ててみせます』って

 あの月島さんがふかーく礼をしたしな。で、おじいちゃんが光はどうしたいかって聴いて、月島さんのプロダクションに入ったわけ」

「あのプロデューサーが礼か……ちょっと見てみたいね。それで始めはどうだった」

「仕事も何にも無かったから羽音さんとひたすら練習したり、月島さんとTV局やラジオ局、制作会社巡りとかしてたね。で、しばらくして飛鳥が来てようやくってところ!」

「成程ね。そしてここにヒーローの卵が殻を破ろうとしているわけだ」

「アタシはまだ殻つきか?そういう飛鳥はどうなんだよ」

「ボクはね……」

 

これが南条光の原点

 




少々体を壊し、投稿に時間をかけました。
暑いさなか皆さまもお気を付け下さい。

次は飛鳥過去編予定です。

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