明日の光とつがいの二羽   作:雪白とうま

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第一話

 薄暗い青色の中に、橙色の光が混じり初め、

夜明けが見えてきた。

その中に小さな人影が元気に走っている。

アイドルの卵、南条光は走っていた。

吐く息はリズム正しく、足も力強く、アスファルトを踏みしめていく。

 

 光の頭の中にはいつものヒーローが浮かんでくる。

例えば仮面で怒りや悲しみ、自分の恐怖を隠して戦う孤高の戦士。

宇宙人と合体してしまい、地球から来る怪獣、異星人と戦う光の巨人。

何かの運命に惹かれ、集まり共に悪と戦う戦隊。

光が走る時、自分が何かのヒーローになっているのを夢想しながら走る。

右に曲がる時には音速で走る戦士を、

左に曲がる時には光速で飛ぶ超人に、

そして、いつものレッスン場にたどり着く時は変身が解除される時だ。

アイドルの卵としての自分に戻る時だ。

冬の冷気とともに体の芯から熱いものが湧き出てきた。

「ターイムアップ……ってね」

光はひとり呟くと頬を小さく叩き、大きく息を吸い、レッスン場のドアを開く。

「おはよーございまーすっ!南条光、入ります!!」

 

 

「1、2、3、1、2、3」

トレーナーの手と声に合わせて光の足が動く。

あまり軽やかではないが、しっかりとした足取りでステップを踏んでいく。

ステップを踏んでいく中で、急に羽音トレーナーの声が止まった。 

 

ーそして

「3・5・7!」

右足、左腕、回転。

「2・5・4!1・2・6!9・4・6!」

数字が言われると同時に光のステップが変わる。

それはダンスというよりもアクションシーンに近い動きだった。

正拳突き、右フック、左前蹴り。その攻撃は本物のそれとは違い、

オーバーアクションに振られていたが、見ている人からは痛みが伝わるような動きだ。

光の練習は続く。殴り、蹴り、受け、さばき、かわす。

一回やられたかのように倒れて、立ちあがる。

「光ちゃん、フィニッシュ!」

「おーりゃぁっ!」

トレーナーの言葉に光は左に半回転しながら蹴り脚を回す。大きく鳴る着地音。

「ととっ……」

若干バランスを崩しながらも自分が決めたカッコいいポーズを取り、息を大きく吐いた。

 

「んー、まだバランス感覚悪いわね」

「えー!でも、前よりよくなっただろ、羽音さーん!?」

「そうねぇ。まぁ、アクションの基礎は出来てきたのじゃないかな?」

「そうだよね!」

光はアイドルを目指す際、どうしてもしたい事があった。

それは自分が好きな特撮に出演する事だった。

自分にはただの一般人やかよわい子は似合わない気がした。

どうせなら、ヒーローの一人として戦いたい。

それならばと、トレーナーの羽音は光にアクションの練習をを課した。

ただのダンスと並行してアクションの演技を行う事は、光には疲れはあっても、楽しさがあったのでむしろ好都合だった。

「ただねぇ。光ちゃんの場合、激しく動きながら歌う必要もあるから、歌の基本もちゃんとしないとね」

「大きい声ならまかせろ!」

「大きけりゃいいってもんじゃないわよ。この前、資料で貸したミュージカルのDVD見た?」

「見たよ!何かすっごく感動したけど、でもアタシがヒーローショーの方が好きかなあ」

「最近のヒーローは歌いながら戦っているのもあるわよね?」

「う!それを言われるとなぁ」

苦笑を浮かべる光の頭にそっと羽音は手を乗せ、軽く撫でられた。

「ヒーローもアイドルも千里の道も一歩からよ。あせらず、歌も練習しましょうね」

「うんっ!」

光は元気に返事をした。

「それじゃ、ボイストレーニングいくわよ」

「どんとこーい!」

この後、光の元気な声がトレーニングルームに響き渡った。

 

「ううっ、寒い。でも気持ちいい!」

12月の寒さの中、光はカツサンドと牛乳を手にビルの屋上へと来た。

パンをかじり、牛乳を飲みながら少しでも小さい身長が大きくなればと願い、食事を取る。

それがいつもの光の日常だった。

口の中のパンを牛乳で飲み下すと、リュックから最近立川トレーナーからもらった少し古めのウォークマンを取り出す。

画面の音楽リストには

『戦隊ものメドレー』『孤高のヒーロー集』

『最近のアニソン』『昔のアニソン』

と光の趣味が見る者には分かるものがあった。

「さてと、今日は何をきこうかなー?」

と、リストをいじってると

どこからか中性的な声が聴こえてきた。

 

「すまない、少し静かにしてくれないか」

 

光が回りを見回すと、ちょうど浄水タンクに隠れるように少女が座っていた。

明るい茶色に近い髪なのに、何故か白い髪が生えている。

白髪のように思えた。

でも年の近い子に白髪がはえてるのは、光は見た事ない。

黒一色に染まった服を着た、彼女はその衣装に反して微笑が花のように咲いている。そんな感じを光は受けた。

「ご、ゴメン!いつも一人だったから、誰かいるかわかんなかったよ!」

光は詫びをいれるとその少女に近づいていく。雪が降り出してきた。

光は寒さに震えながら、ジャンパーの前を閉め、マフラーを首の内側へ入れ込んだ。

少女はそのまま、白い息を吐きながらどこか遠くを見ているような表情を浮かべていた。

「何をしてるんだ?」

光が問いかけると、少女は空を見ながら笑みを浮かべ答える。

「冬を、聴いているのさ」

「冬を聴く?」

どこか分からない言葉に光は首をかしげる。

少女は目を閉じ、手を耳にあてる。

「聴こえてこないかい?風の叫ぶような声、雲がちぎれゆく断末魔のような叫び。そして」

空を指差すと雪が降ってきた。

「雪の静かなささやきを……」

「ささやきかぁ」

光は雪を手に受け止める。雪の結晶は静かに解けていった。

「アタシはわくわくするかな。雪が降っていると」

「そうか。キミは雪の中に童心を見出しているんだね」

少女は雪を手に受け止める。その手を胸に当てると

「こうは思わないか?はるか北、異国の空を旅し、極東へといたった。そして、名も知らぬ場所で身を朽ちる」

少女は光を見て少し切ない表情を浮かべる。

「どこか悲しいと思わないかい?」

「……そうかなあ?」

光は首をかしげた。

「その雪が外国から旅をしたんだろ。そこは楽しい事も辛い事も色んな事があったと思うんだ。それなら、たとえ知らない場所で消えても寂しくないとアタシは思うぞ!」

それに、と光は空に向かい手を広げた。

「こんなに仲間がいるし、みーんな空を見上げている。これは皆に取っての明るい希望だと思うけどな!」

光は振り向くと、そこに少女はいなかった。既に階段を降りようとしている。

「な、なあっ!」

光は慌てて階段に向かって叫ぶ。

「『冬を聴く』ってかっこよかったぞ!!」

少女は脚を止めて、片手を光にあげると冬の静けさに消えるように降りて行った。

光はしばらく階段から目を離せなかった。

「なんだろう……」

今までの中で出会った事の無い少女。自分が見ている特撮モノでもあんなキャラクターはめったにいない。

「なんか、カッコよかったな」

光は楽しそうにつぶやいた。外ではまだ、雪が降ってきている。

 

 

 光は夕方までトレーニングをしていた。とはいっても、ずっと同じトレーニングをしていても飽きる。

ましてや普段は13歳の子供だという事を羽音も分かっているのだろう。夕方頃には『演劇鑑賞』と称して特撮の映画を二人で見ていた。

「このブルーの『俺はあきらめない!』って表情がいいんだよね!」

「私にはわかんないなあ。ほらブルーって、変身前でもクールで表情あんまり変わんないじゃない」

「羽音さんもよく見ればわかるよ!いつもクールなブルーがこの時だけ正義感を表に出してるんだ。ほら、ここのレッドのスーツのえりを掴むとことか!」

「うーん、やっぱりわかんないなぁ」

その後、ロボの動きが固いとか、最後の未来へ帰っていくシルバーを見送るシーンで二人は泣いたりした。

 

そんな中、トレーニングルームのドアが開く。

「相変わらずやってるな、光」

20代後半ぐらいのスーツを着た男が笑みを浮かべていた。

だが、眼光は鋭くどこか獲物を狙っている獣のように見える。

「月島さん、おはようっ!!」

「おう、おはよう」

光は手をあげて挨拶を返した。

月島は目を細め、手を上げて挨拶を返す。

眼光がさらに強くなった。

戦隊ものの司令官のような、或いは隠れた悪の親玉のような人、光にはそう思えた。

「で、今日はどうしたの?事務所唯一の練習生見にきたりして」

「事務所社長兼プロデューサーの俺が来るのは、一つしか用事が無い」

口を横に細め、月島はその名の通りのような笑みを浮かべた。

光はちょっと考えていたが、やがて目を輝かせて

「も、もしかして!」

「当たりだ、喜べ光。お前のデビューが決まった」

「やったぁ!!」

天井にも届かんとばかりに飛びあがる光。月島は光の前に、静かに一本立てた。

「ただし、条件がある」

「何?ヒーロー希望のアタシに悪役やれとか言わないよね」

「有名になって、そういうオファーがきたら考えるかもな。お前はこいつと組んでもらう」

入れ。と月島が短く言うと後ろから女の子が少し気だるそうな感じで入って来た。

「いざ入って見ると、あまり代わり映えしないものだね、プロデューサー。無機質の固まりだ」

「トレーニングルームというのはそんなもんだ。でもそこから無限の可能性が出てくるものだろう、飛鳥?」

光は飛鳥と呼ばれた少女を見た。そこには

「ああっ!さっきの、えーと……冬!」

「冬とはまた、単調な覚え方をされたものだね」

 

 

これが、南条光と二宮飛鳥の始まり。




いかがでしたでしょうか。
ご感想意見等あればお送り下さいませ。
※立川の名前を羽音(うおん)に変えます。

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