ラプンツェル   作:朱緒

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第三話☆大佐の娘

 宇宙は広いな大きいなー……日は昇らないし沈みもしないけど。

 わたしは従卒ライフを満喫しております。

 この二年間でラインハルトが好むものを、キルヒアイスやアンネローゼから教えてもらっているから、良いタイミングでその時に適した味の珈琲や菓子を出せる。

 他の仕事はシーツや枕カバーを取り替え、部屋の掃除。着替えの用意など……下宿でしていたことなので、全然苦にならない。むしろ暇なくらい。

 というわけで、空いた時間は資格取得に励んでいます。

 なにせ従卒になったことで立派な軍人に。よって、軍の資格試験を受けることが可能!

 年数などの制限があるのは無理だが、それ以外は取るぜ! 八級航海士の資格はもう取ったよ! 八級とか……って笑うなよ! 実務経験のない軍人が取れる航海士の資格としては、これが上限なんだからな!

 四級航海士の資格くらい持ってると、民間船でも働けるらしい。

 他には戦艦以外では、役に立たないが上級砲撃手の資格も取ったよ。これは八時間の講習と、三時間の実技を受け砲撃手の資格を取得してから、上級試験を受けて取った。

 相手の動きを予測して撃つの得意なんだぜ! 軍鶏に比べたら、相手は人間の動きだから読みやすい! コンピュータ以上の読みくらい、当然のこと。

 あとは調理師免許を取得すべく、調理場をうろついて実務経験を積みつつ、荷物の積み卸しクレーン作業の資格とか、射撃講習を受けたりとか、戦車の操縦講習を受けたり、戦艦内は他に娯楽もなにもないから、資格取得するには持ってこい!

 

「公爵夫人どちらへ? 艦内の散歩ですか。もちろん問題はありません。お供いたします」

 

 ただ好き勝手できるわけでもない。

 女性のわたしを一人きりにしておくのは不用心だということでギュンター・キスリング大佐なる人物が付けられた。後のラインハルトの親衛隊長、その人……らしい。多分。きっと。だって髪の毛、銅線っぽいから。きっらきら☆してますがな。

 親衛隊長になってないから分からないけど、多分きっとそう。

 ご迷惑おかけいたしますな親衛隊長……まだ親衛隊長じゃないから、親しげにギュンターとでも呼ぶとするか ―― もちろん内心だけでな。

 ところでギュンター、すげー悪い目つきでわたしのこと見てるんですが?

 あれか? 裏切るんじゃないかと疑っているのか?

 うん……まあ、賊軍は血縁だらけだよ!

 二年前に独りぼっちになったとき、誰も手をさしのべてくれない類いの血縁だけどね!

 そんな奴らに有利な情報を送ると思われているとは……いいけどさ!

 好きなだけ見張るがいい! ……とか一人で思っていたところ、全然違った。

 

「大佐にはお世話になりました」

 

 ギュンター、母さんの部下だったんだって。

 ギュンターの年齢と、母さんが戦死した年を照らし合わせると ―― 母さんが死んだのはわたしが九歳のころだから、今から六年前。

 となるとギュンターが新兵のころかな?

 

「新任のころ、大佐に色々と教えていただいたおかげで、こうして今まで生き延びることができました」

 

 やっぱり、母さんが率いていた最後の部隊の生き残りか!

 よく生き残ってたな。

 ……ってことは、母さんをお持ち帰りしてくれた人、知ってる? え? ギュンターが! どこどこ? 頭か! ありがたいな……で、なんで膝を折って頭下げる。

 

「左目を途中で落としてしまったこと、ここでお詫びもうしあげます」

 

 ええ! そんなこと詫びなくていいよ。

 母さんが戦死した戦いは、ラインハルトが「無能どもが!」と吐き捨てるであろう戦いで、帝国同盟双方の地上部隊の八割が戦死したのに、どちらにも何も手に入らなかったというばかげたものだった。

 更に戦死者の九割の遺体は未回収という、酷い有様だったんだから。

 その中で、母さんの遺体で残ってた部分、全部拾って持ってきてくれたんだから! 感謝の気持ちしかないよ。

 

 わたしの母さんは、公爵令嬢で後々公爵夫人となった、由緒正しいお家柄の生まれ。士官学校を出て、軍に籍を置き、地上部隊を率いて前線で戦っていた人だったんですよね。

 とくに射撃が得意で、その腕前は軍でも一二を争う程。

 もしかしたら、キルヒアイスと良い勝負ができたかもしれない。

 母さんの実家は由緒正しいお家柄だったわけだが……普通は貧乏でも名門公爵家を乗っ取るチャンスだから、婿が大挙してきそうでしょ? 実際わたしがそうだったから。

 でも一人しかいなかったんだって……わたしの父さんだけ。だからわたしが生まれたんだけどさ。

 どうしてわたしの時のように、ハイエナ共が集まらなかったのか?

 

 それは母さんが、ゴリラだったから。

 

 悪口を言っているわけでもなけりゃ、比喩でもなんでもない。母さん、顔がゴリラだったんだ。どの角度から見てもゴリラなんだ。母さんのフェイスはパーフェクトゴリラだったんだ。

 体格もオフレッサーと並んで負けないくらいで、背筋力もゴリラ並。ざっくり言うと凄腕スナイパー・ゴリラ大佐。戦車の操縦もかなりの腕前で、敵の戦車をばったばったとなぎ倒したとか ―― 体当たりで横転させたわけではなさそうだが……通常の地上車くらいならタックルで横転させることは可能だった。まだわたしが物言えぬ赤子のころ見たことがある「むったーちょうcooooooool!!」などと内心で呟いていた。

 そんな母さんですが、ミサイルで体が千切れて死んでしまったんですよ。

 帰ってきたのは、左脳だけが残っていた頭と、逞しい左足。そしてごっつい左手には焼けて煤けた結婚指輪が、鈍い輝きを放っていたなあ。

 死んだ曾祖父さん(下男盗んだアイツ)自分が死ぬ前に、母さん用に大きな棺を作ってくれていたんだが、普通サイズで良いくらいにコンパクトになって帰ってきたよ。

 

 まあ良いんだ。父さんに至っては宇宙で蒸発しおって、遺体すらないから。父さんのために用意した棺? ああ、ばらして燃料にしたよ。

 

 ギュンターが言うには、胴体も半焼け中身入りで半分は残っていたらしんだが、

 

「大けがを負った同期を運ぶのを優先したため、お運びできず。……そいつですか? 今も生きており、軍に籍を置いております」

 

 死体を運ぶよりは、余程建設的な判断である。なにせ、母さんの体格は控え目にいってゴリラである。半分になっても、並の兵士よりもデカイ。

 ギュンター、少しばかり悩んでから語り出した ―― 大けがを負ったギュンターの同期。母さんはその同期を庇って死んだんだそうだ。

 

「大佐お一人でしたら、軽く避けられたでしょうに」

 

 母さん、随分と信頼されてんな……人外方向に。ミサイル避けると思われてるって、どんだけ人外能力を披露してたんだよ。いいけど。

 でも嬉しいもんだね。母さんが庇った新兵が、いまも生きているって。

 庇って命をおとしたものの、次の会戦で命を落としていたら……それならいいか。酒と薬に溺れて廃人なんかになったりしていたら、ちょっと寂しいじゃない。

 会えるもんなら会ってみたいねー。

 ミュラー? ナイトハルト・ミュラー? それが母さんが庇って九死に一生を得た兵士の名前。

 いまはラインハルトの部下……。あの鉄壁か。

 そう言えば、ミュラーは過去の戦傷で左肩が下がってるとか書かれてたな。

 もしかしなくとも、あの激戦で大けがを負ったのか。母さん、超重要人物守ったんだな。母さん、あなたはいつだってクールです。

 

 そんな母さんの話をして以来、ギュンターに母さんのことを聞くのも日課になった。ちなみに睨んでいたと思っていたのだが、ギュンターの眼力が半端なかっただけ。

 前世では「絶対に人を何人か殺したことがあるような」とかいう例えを笑って使っていたが、この世界じゃあ人を殺したことがある人間なんて珍しくもなんともない ―― 目つきが鋭くて当たり前。人殺しの目なんて、ごろごろいる。

 そんな視線鋭いギュンターに聞く、母さんの逸話は……ゴリラ大佐より人外少将のほうが、正しくねえか? と思うようなものばかり。

 

 母さんは戦死してるから、二階級特進して少将なんだ☆

 かつての部下たちにとっては、永遠に大佐らしい。わたしとしても、わざわざ訂正するつもりはない。大佐は大佐でいいんですよ。なにより慕われて……どちらかというと、敬われているというか、信奉されているような気がしなくもなくも……どうでもいいが。

 ちなみに父さんも中将で戦死して二階級特進して上級大将。二人の遺族年金と祖父さんの年金が、我が家の現金収入でした!

 将校二人の遺族年金なら、かなりもらってるんじゃない?

 貴様らの言いたいことはよく分かる! HAHAHAHA! 一般人なら充分だろうな!

 だが我が家は門閥貴族だぞ! 門閥貴族は金がかかるんだよ!

 母さんはゴリラ……ではなく、名門を継いだ公爵夫人だったわけだが、こちらのおうちも貧乏だった。

 そりゃもう、我が家と互角はるレベルで貧乏だった。

 その上、容姿もゴリラなんで ―― 結婚は諦めていたそうだ。

 最後の名門公爵家の当主として、貴族の責務を果たして、公爵家の名に恥じぬよう生きようと。そんな母さんの噂を聞いた提督をしていた父さん、嫁に来て下さいとプロポーズしたそうな。

 母さんはとしても家柄が同じ公爵家の嫡男である父さんのプロポーズは、願っても無いこと ―― 母さんは名誉と伝統を重んじる、名門貴族の名にふさわしい当主だった。父さんは微妙つーか……うん、きっと伝統重んじてたはず。

 なにはともあれ、こうして極貧名門跡取り子息提督と、極貧名門公爵夫人実働部隊隊長は結婚する ―― 家柄も血筋も家庭環境も職業も似合いの夫婦だったわけだ。

 実際仲良かったよ。

 あんまり家に居ることはなかったけど、仲は良かった。

 金があったら母さんとの間に一個小隊くらい子供が欲しいと言っていた父さんと、父さんの子なら一個大隊くらいなら産めると言っていた母さん……あの世で頑張れ☆死後、会ったこともない妹や、存在すらなかった弟に会えるのを楽しみにしているよ!

 

 ……で、金の話に戻るが、母さんが死んだことで、母さん公爵家をわたしが継がなくてはならない状況になったのだが、爵位を継ぐには相続税を支払わなくてはならないんだ。

 この相続税の捻出には苦労したね。マリーンドルフ家に金を借りに行ったのは、この時だ。もちろん返すアテはあったよ。母さんの遺族年金を全額そちらの返済に回せば、三年で完了できたんだ。

 じゃあ、遺族年金で支払えば?

 爵位の相続税は分割がきかないんですよ。一括納入以外は受け付けてくれないのさ。相続税が納められないと、爵位は没収です☆ 世に言う没落貴族ってやつだね!

 母さんは、相続税分は稼ぐから安心しなと言っていたのにも関わらず戦死。結果、相続税を前に、下男と祖父さんと共に青くなっていたら ―― 父さん、華麗にしてスタイリッシュにヴァルハラへとログ☆イン!

 

 戦死した上級大将の家族に支払われる弔慰金とか、戦死保障とか退職金なんかで、わたしは無事母さんの爵位を継ぐことができた!

 

 息子を失った祖父さんが体調を崩す……なんてことはなかった。

 なにせここで祖父さんが死んだら、父方公爵家相続税が支払えず没収になる。

 それは避けねばならぬので、祖父さんは自分が何年生きれば、自分の年金で爵位の相続税を支払えるかを計算して ―― 本当にわたしが公爵家を相続できるだけ生きて年金貯めて、ぽっくり死にました。

 そのおかげで、こちらは難なく相続できたんだが……祖父さんが死んだら、小娘なら御しやすいとばかりに、老齢愛玩動物共が群がってきたのさ!

 祖父さんは若い頃は、憲兵でならしていたので独特の怖さがあったらしい。

 

 なにしてた、祖父さん! ……うん、なんとなくは分かるんだ。祖父さんが教えてくれた、人を縛る際、絶対に解けない縛り方とか、逃げようとすると首が絞まる縛り方とか、急所にダメージを与える縛り方とか、人間は電気ショックに弱いとか……憲兵になってその技を会得したのか、その技を会得していたから憲兵になったのか? わたしには分からない。

 下男は知っているが黙して語らず ―― あいつは本当に下男の鏡だ。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「大佐から教えていただいた技術を、公爵夫人にお伝えしたいのですが」

 

 母さんの部下だったギュンターから、そんな申し出を受けた。

 母さんの技か………………(回想中)………………筋力的な問題で無理ではないかな? わたしも結構筋力はあるほうだが、母さんは別物だったからなあ。

 まあ、習って損することはないだろうということで、教えてもらうことにした ―― 基礎っぽいものは、母さんから習っていたのである程度はできた。

 

「やはり筋がよろしいですね」

 

 ギュンターにとってわたしは、元上官の娘にして、現上官の妻なので、お世辞も言う。

 

「お上手です」

 

 ……だが、

 

「大佐を思い出します」

「大佐のお姿に重なります」

「大佐に似ておられます」

 

 ギュンター。それはわたしに対する挑戦状か?

 母さんに似ているって、それは「あなたはゴリラです」と言っているも同じなんだが。えーもしかして母さんに似てる?

 わたし、自分は父さん似だと思ってたんだけど。

 だから使い物にならない愛玩動物が、婿に入ってやるって言って来たとばかり ―― あれか? 爵位一個じゃあ容姿を我慢することはできないが、爵位二個なら難ありでも我慢できるとでも……。まあ母さん似でも、困りはしないってか、父さんの容姿も別になあ……制服だから間違いないと思うんだが、もしかしてファッションセンスが父さん似? ソレは嫌だなあ。あの人、格好に関しては永遠の中二病だったからな。

 

 あの伊達政宗風のアイパッチはなあ。本人がアイデンティティだ! と、力説していたが……いや、似合ってたけどさー。

 

 そんなこんなで、資格取得の他に狙撃やラペリングやクライミングなどの技術に磨きをかけて ―― 気付けば帝国歴四八七年の七月。キルヒアイスがキフォイザー星域会戦にて完全勝利の報が届き、ラインハルトは上機嫌。

 オーベルシュタインの機嫌は下降気味……なんじゃないかな?

 表情からは読めないけれど、No.2が武功を上げまくると、あまり気分良くないらしいから。お疲れさまですNo.2排除ドライアイス。だがその努力、徒労に終わらせる!

 ヴェスターラントの核攻撃は八月ですので、残りは約一ヶ月。

 計画を見直し、上手く言えるようシミュレートを繰り返す。ふふふ、ここが運命の分かれ道。何がなんでも阻止する!

 ヴェスターラント核攻撃が遂行されなかった場合、内戦の期間が延びて、兵士が一千万人くらい多く死ぬことになるらしいが ―― ぶっちゃけ兵士が一千万人死のうが、知ったことじゃないんです。利己的なのは重々承知しておりますが、正直知ったこっちゃねえ!

 従卒の特権を生かして、ラインハルトが個室にいる時は様子をうかがい、特にオーベルシュタインがやってきた時は、聞き耳を立てまくって ―― ついに来ました、核攻撃!

 

 核攻撃を阻止しようとするラインハルトと、実行させて宣伝し、兵士を貴族側から離反させるよう語るオーベルシュタイン。

 被害総額とか期間の短縮による効果だとか……いい声でいいプレゼンするな、オーベルシュタイン!

 

 だ・が! それらの知的なプレゼンを全て、このわたしが感情論のみでぶちこわす! アンネローゼを使ってな!

 

 突然現れたわたしに、ラインハルトは驚き、オーベルシュタインは不快そうに……その不快で人を蔑むような表情も、慣れれば問題ない。むしろ、その冷徹そうな眼差しは、ある種の趣味を持っている人にはご褒美になるだろう。残念ながらわたしには、そんな趣味はないが!

 

 

 狩ったぞー! じゃなくて、勝ったぞ! 祝☆ヴェスターラント核攻撃回避成功!

 

 

 どうやって説得したかって?

 簡単だよ。

 ヴェスターラントを見殺しにしたのは、きっとどこからか漏れる。

 実際、ブラウンシュヴァイク公の攻撃命令を聞き、離反し、こうして助けを求めにやってきた者がいる。

 その者一人だけではないはず。

 家族がヴェスターラントに居ない兵士でも、知っている兵士もいるはず。

 ブラウンシュヴァイク公についている平民兵士を全員殺すわけにも行かないでしょう? ということは、遠からずバレる。

 白日の下にさらされたらどうなるか?

 作戦とかじゃなくて、感情論が渦巻き、恨み辛みをぶつけられ、ついには暗殺対象となる。

 

 ラインハルトだけじゃなくてアンネローゼも。

 

 アンネローゼが狙われると聞いた瞬間、ラインハルトの表情が一気に強ばったね。

 

「姉上に危害を加えるだと? 姉上はこの作戦には無関係だ」

 

 いやね、ラインハルト。

 ヴェスターラントの領民は、もっと無関係でしょ。

 アンネローゼは弟であるラインハルトが政争に身を投じているから、狙われても仕方ない。

 下手にラインハルトが平民の味方だと売り出したから、貴族を襲撃してもきっと大丈夫、助けてもらえると希望を持ってしまったようなもんだ。

 それでも核攻撃を見逃すというのなら、アンネローゼさんの人生はやっぱり籠の鳥。

 その状況から助けたくて、帝国を奪おうと思ったのではないのですか?

 

 みたいな言ったらラインハルト、陥落しましたよ。やっぱりアンネローゼが襲われる可能性が高く、不自由を強いることになる。一生命を付け狙われる。

 お前さんがベーネミュンデ侯爵夫人にされたことを、大勢の人から受けることになる……兵士の命よりアンネローゼだよね! オーベルシュタインのプレゼンなんて、アンネローゼの「ラインハルト(咎める口調)」の前には無力。

 

 

 ひゃひゃひゃひゃひゃ! ……引き笑いしてごめん。いや、でも良いプレゼンだったぞオーベルシュタイン。自分自身が核に焼かれますというのなら、作戦通ったかもね☆でも残念。核は投下されないのだよ。水の泡、徒労、無駄足、それら全てを詰め込んで、この言葉を贈ろう ―― プレゼンテーションご苦労様、と。

 

 

 核攻撃阻止に方向転換し、このことを大々的に報じた結果「平民を守ってくれるのは、ローエングラム侯だけ」となり、門閥貴族側からの離反者が続出して、討伐は順調に進んで、気付けば記憶通り八月でガイエスブルク要塞攻防戦に。

 

「ラインハルトさま」

「キルヒアイス」

 

 辺境を平定して戻ってきたキルヒアイス。それにそこらの乙女では、太刀打ちできないどころか足下にも及ばないというか、比べるのも烏滸がましい笑顔で駆け寄ってゆくラインハルト。

 目の保養とは、こういうことを言うんだね☆

 わたしももちろん、一言声かけるよ。帰国したらお祝いしようと。希望があれば料理も作るよ ――

 

「ではオムライスを」

 

 オムライスを作ってやったら、ラインハルトとキルヒアイス、二人とも気に入ってくれたんだ。

 ただし……

 

「しっかりと卵で巻かれたのが希望です」

「いや、ふんわり乗せだろう、キルヒアイス」

「いえいえ、ラインハルトさま。それだけは譲れません」

 

 チキンライスをかっちりと卵で包むか、ふんわりを乗せて切って広げるかで、主従が微妙に対立してる。ヤメテーワタシ(が作ったオムライス)ノタメニアラソワナイデー。

 …………そりゃともかく、希望されるとは思ってたけどね。

 本当はここで出したかったんだけど、米はあれど、嗜好品扱いのため軍の食糧品リストになくてさ。個人的に用意しても良かったんだけど、宇宙空間にあって土鍋で米を炊くというのは、なかなかに難しいんです。なぜだか芯が残るんだ。水の分量とか、漬けておく時間とか、出来ることはやったんだが……。残るは土鍋そのものなんだろうけれど、そもそも土鍋作ってるところないし。でも土鍋じゃないと、炊きあがりが微妙ってかマズイし。

 

 もちろん、わたし手製の土鍋だ。この時代に、土鍋なんて使うやつ、わたし以外にいるわけないだろ。

 

 ま、二人には帰国まで待ってもらおう。

 

 久しぶりに再会した二人に、珈琲を淹れて部屋から去って ―― わたしのミッションは終わり。

 二人は変わらぬ仲の良さを保ったまま、リップシュタット戦勝の記念式典……とかいう、罪人検分会へ。さあ、キルヒアイス! ブラスターでアンスバッハを撃ち抜いて終わってください! ブリュンヒルトから応援してる!

 なんでガイエスブルクに降りないのかって?

 ガイエスブルク内って、まだ罪人がわんさかいる状態なんで、安全確保のためと、門閥貴族たちが挙って取りなしを頼まないようにするため。

 この進軍に付き従う際に、なんか取りなすとか、受け入れやすくするためとか、色々と言ったような気がする。

 そんな気持ち、さらさら無いから心配しなくてもいいのだが……仕方ないよね。今更口から出任せと言っても意味がない。

 あいつらもわたしに取りなしてもらおうなんて考えないだろう。

 なにせ交流ないから、話し掛けようがないんだ。

 なので、わたしは作業に没頭する。

 帰ったらなに作ろうかなあ。オムライス確定。お好み焼きも作るか……ということは、出汁を取るために……

 

「キルヒアイス提督が亡くなられました」

 

 帰国後、何を作ろうか? それを作るためには、何を採ってきたらいいか? のリスト作りに没頭していたら、頬に大きなガーゼを張ったオーベルシュタインがやってきて、キルヒアイスが亡くなったと……亡くなった……キルヒアイス、死んだの!

 なんで! 仲違いしてなかったじゃない! ブラスター持って式典に臨んだんじゃないの!

 

「ご同行願います」

 

 促され、ブリュンヒルトを降りてガイエスブルク要塞へ。この時点では、キルヒアイスが死亡したことが、外に漏れるのは困るので、できる限り平静を装って欲しいとのこと。

 ガイエスブルク要塞内の通路には、ほとんど人はいなかったのでバレはしなかったはず。

 人払いがされている区画の一室、ラインハルトと棺を離れたところから眺めながら、オーベルシュタインに事情を聞くと ―― キルヒアイスはブラスターを装備していたそうだ。

 ただアンスバッハが本気出してただけ。

 思えばアンスバッハはキルヒアイスがラインハルトの半身だと理解していたお人である。そこまで分かっているのなら、キルヒアイスが特別扱いされていることも、当然知っていた。

 何時でもブラスターを持っていることもね。

 ……そりゃまあ、あそこまで特別扱いしてたら、そのくらい簡単に調べつくな。

 なによりアンスバッハは有能だし ―― と言うことで、アンスバッハはブラウンシュヴァイク公の腹の中にハンドキャノンを。そして棺にはゼッフル粒子とばらまく装置と二段構えでやってきた。

 棺の蓋を開けたところでゼッフル粒子が謁見の間に放出されて、ハンドキャノンを構えるアンスバッハ。

 キルヒアイスがブラスターで射殺……する前に、辺りが爆発につぐ爆発。火元となったキルヒアイスは重傷。アンスバッハは負傷しつつハンドキャノンを構え直し ―― ゼッフル粒子が止まってないのは周囲の火の勢いで分かったキルヒアイス、ブラスターを捨てて素手で応戦。そして、目の前のこの光景。

 そこまで斜め上にいくと思わなかった!

 キルヒアイスには注意を促しておいたんだ。「ご忠告ありがとうございます」とか言ってたじゃないか! アンスバッハには注意しろと、あれほど!

 ゼッフル粒子引火により、その場にいた他の人たちは多少怪我はしたが、治療は終わり、対処策を考えているとのこと。

 ……で、わたしに何をしろというのかな? オーベルシュタイン。

 ラインハルトを慰め……なくてもいい?

 アンネローゼへの報告か? ……それでもないと。

 じゃあ、なんだよ。

 議長を務めて欲しい? 提督たちが集まって今後について話し合っているから、その進行役をしろとな? 取りまとめるNo.2、いませんもんね。でも会議とか面倒だなあ。引き受けはするがね。

 どうせ案を持ってくるのはオーベルシュタイン、お前だろ。

 

 こっちは知ってるんだよ!

 

 会議室となっているサロンへと行き、オーベルシュタインから議長を務めるように言われたと伝えて、円卓に座っている彼らとは少し離れたカウンターに腰を下ろした。

 会議の進行の仕方なんぞ分からないので ―― これからどのようにして、権力を維持しますか会議なんて、経験あるはずねえ。そして目の前で腕を組み、難しい表情を作っている三十路たちもあるはずねえ。

 それが普通だよな!

 でもこの重苦しい空気もなんなんで、参謀長閣下ならこうすんじゃね? と、オーベルシュタインが彼らに語る案を「予想した」という形で語ることにした。

 ラインハルトの屈折した心理と黒幕リヒテンラーデねつ造説して、これを機に実権を奪う! ―― おい、野郎共、ぽかんとした顔すんな!

 むさい髭面の三十オヤジがしていい顔じゃねえ!

 

「たしかにあの(・・)オーベルシュタインならば、そのような策を提案してくるかもしれませぬな」

 

 ミッターマイヤーは腕を組み直し、ロイエンタールと視線を交わし……全員がざわざわしているところに、オーベルシュタインがやってきて、決まったかと聞く。

 

「……と議長殿が予想されたのだが」

 

 ロイエンタールが先ほどの案を語り、最後にわたしが言ったと付け足し、オーベルシュタインはわたしをちらりと見てから頷いた。

 

「補足するところはない」

 

 そういうことで、みなさんオーディンに向かいました。

 わたしはその後、ラインハルトのところへ。アンネローゼとは話終えていた。

 わたしの顔を見たラインハルトは、ぽつぽつと状況を語り ―― それなりにキルヒアイスの死を受け入れていた。

 仲違いはしていなかったから少しはマシ……普通に泣かれて抱きしめて慰めるはめになったがな!

 まさにでっかい子供。

 心が少年でも、象牙細工であろうとも、体格は180cm越えの立派な男だから。

 泣きながらわたしに抱きついてくる、腕力が! 腕力が! ちょっと苦しい!

 だがこの状況で苦しいなどとは言えないので耐えつつ、抱きしめ返す。

 頭を抱きしめて肩とか背中とか、ぺちぺち叩きつつ、ひたすら「うん、うん」と同意して同意して、泣いてなにを言っているのか分からない状態でもひたすら……

 

 くーるーしーいー!

 

 みんな! 号泣している軍人男性には近寄らんほうがいいぞ! 軽い気持ちで慰めようなどとは思うなよ! 女性にしては筋肉質なわたしであっても……そのうちなんだか、わたしまでつられて泣いてしまい、二人で大泣き頂上決戦みたいな感じに。果ては二人して泣きつかれ、床に座ったまま爆☆睡。

 

 誰か寝室に運べよ! わたしは放置しておいてもいいが、ラインハルトはお前らの大事な主君だろうが! 床に放置しておくって何事だよ!

 

 わたしの仕事はこのくらい。

 オーディンに帰国後、祝いとも弔いともつかぬ食事会を開き、二種類のオムライスを一つづつ作って、ラインハルトと半々で食べた。

 

「やはり、卵は柔らかいほうが美味い」

 

 

 それに対して言い返す人は、もういなくなってしまったけれどね ――

 

 

 ラインハルトは帝国宰相の座につき、帝国のほぼ全てを手中に収めた。わたしとの契約は満了になったので、お世話になりました……したのだが、ラインハルトがまだその契約書に記された状態にはなっていないので、契約は続行すると。えー! 原作ではもう完全にあなたの天下ですがな、ラインハルトさん……と、思ったのだが、立ち会っていたオーベルシュタインが契約書に目を通し、書かれているような状況ではないと言ったので ―― 契約続行と相成りました。

 

 おかげで将来設計が……でも、計画修正するのは簡単だし、わたし自身も将来設計少し変えようと思っていたから、それはいいんだが。

 従卒になったことで、軍に興味が湧いてきた。だからこのまま士官学校に進学しようかなーと。

 もともと士官学校には入りたいなと思っていたんだ。

 なにせ我が家は代々軍人の家系だし。母さんの家も代々軍人の家系だしさ。

 わたしが士官学校に通っている間に、メイン会戦は終わるし……でも、それはそれで勿体ないか。安全圏から同盟が滅びるさまを見れる立場なんだから。

 

 従卒のまま行ってみるか、自由惑星同盟。

 


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