ラプンツェル   作:朱緒

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第二十話☆斯くしてお帰りなさい

『さすがのロイエンタール提督でも、丸腰で発情期の雄ゴリラを押し倒す方を選びますよ』

 

 お前はもう少しわたしのことを心配するべきではないだろうか? アベルよ……そう言いたいところだが、アベルの意見に納得できてしまう自分がいる。

 なんの話かって? ロイエンタールと二人きりだから身の危険を感じると冗談で言ったら、雄ゴリラと比較された上に「そんなこと、あるはずない」とため息交じりに呆れられたのだよ。

 

『花も恥じらう十七才の乙女なのですから、最低でも三日に一度はシャワー浴びてください』

 

 なんの話かというと、考えごとをしていたら五日間が過ぎていた ―― わたし自身、時の流れに気付いていないのだから、当然身の回りのことはなにもしておらず……。

 いやね、ロイエンタール艦隊でハイネセンを急襲することになったんだが、ラインハルトの名代的な感じで、わたしが総責任者☆まあ実際はロイエンタールが全て行っているのだが、先頃この色男はイゼルローン要塞を奪還した実績があるので、これ以上武功を与えると不公平感とかNo.2不要論がどうとか、猛禽類は手元に置きましょう☆駄目だったら遠隔攻撃(フューラー)で殺してください ―― 等々の問題があるため、わたしが監視役的な意味で付いてきた。

 なによりわたし自身も狙われる可能性があるから気を付けるようにと ―― そう言えばヤンが原作で「ラインハルトが独身だから勝てる」と繰り返していたのを思い出した。そして妻子や後継者たる男児がいないのが狙い目だと。そのように考えるヤンからすると、わたしが狙われる可能性が出てきてしまう。

 万が一ラインハルトが倒れて、わたしを盟主に仰ぐとか、全銀河をヨブに任せたほうが、幾らかマシな気がする世界が到来してしまうと思うのだ。それは避けたいので、全力を尽くすわけです。

 別れれば全て済むんじゃないかな☆とは思うのだが、世の中はそれほど単純でもない。

 なによりラインハルトには面倒くさい時期に色々と世話になったし恩もあるし、この先の人生の餞別という意味も兼ねて、この位の仕事はしておこうと。

 そんな訳でラインハルトの妻であるわたしは、ヤン・ウェンリーとそのお仲間に狙われている可能性もあるので、ロイエンタールの旗艦(トリスタン)内でも、行動が制限されている。あまり出歩かないように、人と会わないようにと言われたので、室内で三次元チェスのボードを見ながら脳内で一人試合をしていたところ ―― 気が付いたら五日経ってたって訳だ。

 ロイエンタールも声かけろよ☆

 思ったのだが、声を掛けるのが躊躇われるような難しい表情を浮かべていたと。五日間にやにやし続けているよりはマシだろう? なあ。

 さすがに五日目に突入したところで、ロイエンタールですら不安になったらしく、ブリュンヒルトにいる下男に連絡を取り、対処方法を求めたんだとか。

 下男は「お声をかければ、直ぐに戻ってこられますよ」と ―― 下男は定期的に声を掛けてくれるからな。

 

「公爵夫人。食事の時間です」

 

 以来ロイエンタールがわたしの時計になって、三度の食事と寝る時間に声を掛けてくるようになった ―― 果ては寝ているかどうかを確認すべく、深夜に部屋に入って……ベッドの中で検死報告書読んでました☆一晩中読んでたのは認めるよ☆メインコンピュータにアクセスしての閲覧なので、閲覧時間がバレバレで……IDはロイエンタールなので(保安上、わたしのIDは使用しないことになっている)部下が「閣下のIDで不正アクセスが行われた可能性が」と報告にきやがった☆職務に邁進している部下を持って、本当に幸せ者だなロイエンタール☆

 

 という経緯で、ロイエンタールと一緒に食事をしなくてはならないという、素で拷問じみたことに ―― ロイエンタールと食事って、まあ会話ないんですわ☆自分から話せって? 最初は話し掛けたんですが「そうですか」という相づち以外返ってこなかったので、話し掛けるの止めました。だって「ロイエンタールは幾つ?」の答えが「そうですか」だぞ! これはもう、全身全霊を持ってわたしと話したくないと語っているのですよ☆

 仕方ないと言えば仕方ないか。アベルに雄ゴリラのほうがマシと言われる程度の女子力ですからな☆もはやそれは女子力0、いやマイナスでは……それはともかく、このような状況なので話し掛けるのは止めることにしました。

 三次元チェスで考え過ぎても駄目、夜通し検死報告などを見るのも駄目。ということで、参謀らしく過去の戦闘をなぞって……あれ? ちょっと待って、ロイエンタール! お前イゼルローン攻略していた際、ローゼンリッターの襲撃受けてないの? えっと……嫌な予感がしますな☆

 もっとも嫌な予感がするだけで、これといった根拠はないが。

 

 こうして根拠のないわたしの想像はさっくりと外れ、何事もなくハイネセンを陥落させました☆

 

 あとは、ヤンたちが無条件降伏命令に従ってくれるだけ。長い戦いだった……別に長くないかー。下男が良い仕事をしてくれたかどうかは今のところ不明だが、あいつのことだ間違いはないだろう☆

 そして、無条件降伏に従いました! ラインハルトが勝利したよ!

 やったね☆

 これでラインハルトともお別れですな☆

 さすがに四年も一緒にいたので ―― 実際一緒にいた年数は二年くらいだが、とにかくちょっとは寂しさを覚えるものですね☆

 

「おめでとうございます、公妃」

 

 おう、ロイエンタール。嬉しいもんだな! お前も良かったな!

 

「はい」

 

 そう言えばロイエンタールが宇宙で一番格好よく「マイン・カイザー」って発音するはずだったな。側で聞けないのは残念だが、それも仕方のないことだ。

 ハイネセンにやってきたラインハルトと再会し、全力でお祝いを述べた……んだけど、ラインハルトの表情が微妙だった。

 やっぱりハイネセン強襲しないで戦って勝ちたかったのかねえ。

 そしてラインハルトはエルウィン・ヨーゼフ二世の捜索は命じなかった。ありがとう! あとは執事が上手くやるはずだ。やれなかったら許さんぞ!

 

「御前さまのご命令通り、同盟元帥(ヤン・ウェンリー)には紅茶を淹れました」

 

 よし、よくやった下男。

 それで、どうなった?

 

「御前さまのご推察の通り不満分子は潜んでおり、同盟元帥旗艦にて混乱を生じさせることに成功いたしました。救国軍事会議議長の娘(フレデリカ)は意識不明の重体で治る見込みはほぼないとのこと」

 

 ヤン艦隊を混乱させるべく、情報操作でフレデリカに対する不満を煽って、戦闘中という絶妙なタイミングで暴行事件を引き起こしたのだよ☆

 ドワイト・グリーンヒルさん、それなりに恨まれているからね。こいつが暴走したせいで軍首脳部の発言力が弱まるわ、軍備はがたがたになるわ、そして同盟が瀕死になるわ ―― 子供に罪はないと言われても、被害にあった者たちが全員それを受け入れるのは違うとおもうのよ。恨む自由だってあっていいはず。ヤンと婚約したよというのもいい引き金になったようだ。

 どれほど正論吐こうが犯罪者の娘は嫌い、幸せになることなんて許さないという層は、一定数いるわけですよ。ヤンの側にいる人たちは、みな清廉潔白でそんなこと考えないようですが ―― ヤンファミリーさんとやらは、誰も身内が被害に遭ってないから実感ないんだろ☆

 だがヤン艦隊には被害に遭った人の身内もいるわけで、その乗員による婚約者フレデリカ襲撃が発生。その事件によりヤンが結構崩れたらしく、ラインハルトの喉元まで来ることはなかったとのこと。ヤンのことだから、一切崩れないで戦い続けるかもしれないと心配していたのだが……ヤンも意外と人間だったようである。

 

 まあオーベルシュタインから話を持ちかけられなくても、フレデリカを幸せの絶頂からどん底にたたき落とすつもりでいたけどね。だって父さん殺したのドワイト・グリーンヒルなんだもん☆

 フェザーンの同盟弁務官事務所に突進して、その時の戦いに関する情報を入手して精査した結果、間違いなくドワイトの野郎だったんですよ。それを知った時から、フレデリカを地獄にたたき落とす算段を立てていたのさ☆オーベルシュタインからの提案は渡りに船だったね。

 

 

 私怨以外のなにものでもないが、わたしは後悔などしていない。

 

 

 憎しみの連鎖だとかそういうのはどうでもいいんだ。単に父さんを殺した艦の司令がドワイトの野郎で、そいつはもう死んでいる。だから娘に復讐した。すげえ嬉しいし幸せだ☆もしもこれがヤンにバレたとしたら、わたしは笑顔で「復讐はなにも生み出しませんよ」と言える。もっともヤンはヤンである限り、復讐はできないだろう。わたしはヤンのそういう所が大好きだ。同じことをラインハルトにするつもりにはなれないのは、当然のことだろう ――

 

 父さんの戦死か……かれこれもう八年も前の話だなあ。父さんと母さんを見送って、母さんは欠片になったが帰ってきてくれたが、父さんは髪の毛一筋すら戻ってこなかった ―― なんだろう、父さんがやっと帰ってきたような気がするよ。

 帰ってこなかった父さんが嫌いだったんだな。なにがどう嫌いなのか、未だによく分からんし、永遠に分かりそうにないが、嫌いだったんだよ。

 嫌いならないと……

 でもこうして同盟制圧に立ち会ったら、なんか許せる気持ちになった。わたしも十七になったのだ、そろそろ思春期も反抗期も終わらせるとするか。

 聞かれることはないだろうが、誰かに父さんのことが好きかと聞かれたら、大好きだよと答えるとしよう。まあ誰も聞いてはこないだろうがな。

 

 だが中二病はどうにかして欲しい☆死んじゃってるから直しようないのが辛い。

 

 ……で、ハイネセンからオーディンに戻ってきて、空き家になってしまうローエングラム元帥府で一人佇んでおります。

 ラインハルトは即位して新無憂宮に住んで、いずれオーディンから出て行き、フェザーンに獅子の泉宮殿を造ってそこに住むと。この元帥府は一旦閉鎖されるそうです☆それも良かろう。わたしもここでやりたいのことは、一つだけ ――

 ロイエンタールに元帥に昇進する前に、元帥府に来てくれないかと頼んだ。

 

「失礼いたします」

 

 瞳しか似ていないし、父さんは死んで上級大将になったのだが、ロイエンタールを代わりにするのだ ―― お帰り、父さん。帰ってくるの遅いんだよ、父さん。

 

 ……そんなにファーター呼ばわりされるのが嫌だったのかロイエンタール。断ってくれて良かったんだぜ……。いや、ロイエンタールがなんか手で顔を覆って……泣いてはいないが耐えている感が。いや、ほんとに御免よ。嫌がらせするつもりなんてなかったんだ。

 

「公爵夫人。うかがってもよろしいでしょうか」

 

 答えられることなら答えるよ☆

 

「お父さまのこと、お好きですかな?」

 

 えっと……まさかロイエンタールがそんな質問をしてくるとは思わなかった。お前父親との確執とかえっと……まあいいや。大好きと答えると決めたんだ、大好きと答えてやるさ☆ああ、大好きだよ。

 

「そうですか。ありがとうございます。きっと…………」

 

 語尾がもにょもにょして聞き取れなかったのだが、どうでもいいや。

 わたしに付き合ってくれてありがとうな。

 では人事発表でも観に行くとするか! 元帥昇進おめでとう、ロイエンタール。ミッターマイヤーも、オーベルシュタインも良かったな。

 わたし? わたしの名前はどこにもありませんでした。これはクビになったってことだね! それに関して不満はない。資格を取るのに金が掛かってしまうが、それは仕方のないことだ。

 ほんの一年程度しか務めていないから年金はもらえないだろうけれど、僅かな退職金くらいは出るんじゃないかなーと、オーベルシュタインに尋ねたところ「ちょっとお待ちください」とのこと。

 退職金出るのか! 出るのか! 出してくれるのか! 給与の三分の一くらいでもいいんだぜ! 退職金出たら、外で食える軽食を買って、下男と元皇女を連れどこぞの公園でそれを食べながら、ルドルフの像が撤去されるのを笑顔で眺めようじゃないか。

 でもわたし、ルドルフの像嫌いじゃないんだよね。

 下男と瓜二つだからさ。下男って本当に下男なもんで、一緒に写真に写ったりするの嫌がるんだよ。だから家族写真を撮る時は、できるだけルドルフの像を入れるようにしていた。こうすると下男も一緒に写ってるような感じがするから。

 ちなみにルドルフの像は、現物よりかなり足が長く作られている。だが下男はその像よりも足が長い ―― 「大帝足短ぇなあ」って、下男より脚の長い曾祖父が笑ってたことがあった。五百年近く昔の人だ、脚が短くても許してやろうよと、その時だけルドルフに優しい気持ちになれたのは、懐かしい思い出だ。

 

 でも実際のルドルフ、本当に脚短いなあ。いや短くはないか。長くないだけで☆

 

 ルドルフの脚の長さはいいとして、ラインハルトの戴冠式にアンネローゼも参列してくれるんだって。良かったね、ラインハルト!

 アンネローゼ、どんなドレス着るのかなあ。美女だから、どんなドレス着ても場が華やいでいいよねえ。……ラインハルトのほうが可憐さでは上回っているとか言わない、言わない。新銀河帝国の皇帝なんだから、そんなこと言ったら不敬罪で捕まるわ!

 

「ワルキュ……公爵夫人」

 

 ”ワルキュ”まで言ったら”ーレ”までつけてしまえ、アベル。それで、なんだよ、アベル。

 

「上級大将に昇進したので、祝っていただけませんか」

 

 祝うって、なんか食いに行きたいってこと? ま、昇進したんだからでお祝いの一つくらいくれてやるべきだろう。

 で、なに食いたいんだ?

 

「食事に関しては、これからしばらくパーティーがありますから」

 

 お・ま・え・と・い・う・お・と・こ・は!

 まあいい。じゃあなにして欲しいんだよ……と言ったところ、付き合って欲しいと言われて、やってきたのは戦没者墓地。あれだよ、宇宙で蒸発して、尚且つ家族の居ない人の名前が刻まれる石碑がある場所。

 で、なんでお前はここにわたしを連れてきたのかな?

 

「戦死するつもりはありませんが、戦死することもあるでしょう。この通りわたしは独り身で家族もいないので……」

 

 アベル曰く、その場合は気が向いた時でいいので足を運んで欲しいと ―― いやアベル、お前は国葬してもらえるから大丈夫だよ。そこは心配すんな。蒸発ルートだけど、ちゃんと国葬だから。合葬だけどさ!

 

「国葬をしてくださいますか」

 

 おう! ラインハルトが出してくれるよ! わたしは……そうだな。波打ち際の砂浜に般若心経でも書いておくよ。すぐに消えゆく諸行☆無常。

 

「戦乙女がそう言ってくださるのでしたら」

 

 さて六月二十日。あと二日で新帝国歴が始まるその日、わたしは統帥本部の会議室に呼ばれた。議場にはラインハルトと……なんか目の下に隈作ってる感のある直参将校たちが勢揃いしていた。みんなの前で発表するのか☆そうだよね、そうしないとちょっと訳が分からなくなるもんな☆いままでありがとう、ラインハルト……ん?

 

「あなたは、わたしが最も愛している女性が誰なのか、知っているか?」

 

 いきなりクイズですか? ラインハルト。即位前で忙しいんじゃないの……意外と当事者は暇なのかもな。即位したことないから知らないけど。

 でも質問の答えは知ってますよ。アンネローゼでしょ☆

 

「くっ……あなたは、素晴らしい女性だ」

 

 よく分からんのだが、この質問に答えただけで帰された ―― なんだったんだろう?


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