香霖堂始末譚   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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深海にいるからって静かだとは限らない

 

 頭上に在った天は徐々に傾き、紅に染まって落ちていく。それに伴い雲も空も赤くなって行く様は酷く心を落ち着かせ、反面寂しくもさせた。

 そんな空を、香霖堂の小さな窓を開け、店主――森近霖之助は何をするでもなく眺めていた。

 

 枯れ木を凪ぐ風は冷たいのだから、日が落ちれば窓を閉めなければならない。賢者の気まぐれか、それともただ忘れているだけなのか、未だ足されぬ灯油では、ストーブも赤々と灯る事も許されず、せめてと用意した湯飲みの中のお茶も、既に冷めて久しい。

 

 それと分かっていても、心持つ生物の一人として、霖之助は窓を閉める事が出来なかった。幻想郷に許された小さな人里から離れた、温もり少ない寂寞たる世界――香霖堂という彼の自身の居で、彼は一人息を吐いて沈み行く天を見つめ続ける。

 

 ――寂しいのだろうか。

 

 空にある紅い色の消え行く太陽を眺めていなければ、時間も潰せないほどに、寂しいのだろうか。

 

 自身の問いに、自身が答えられない。恐らくそうなのだろうが、それをそうだと認めるには、彼は未だ若すぎた。

 何より、その寂しさが、本来彼自身好ましいと思っていた物であるとすれば、ますます認められる訳がない。

 

 ――五月蝿い巫女と魔法使いがここ数週間、来ていないだけの事じゃあないか。

 

 もう冷め切ったお茶を軽く嚥下し、喉を湿らせて尖り気味の顎をつるりと撫でた。

 いつも通り。五月蝿い妹分と、その友人が店に来ない。

 そんな、数年前なら当たり前だった静かな時間が、店内の中にあるだけの事だ。

 

 ――認めたところで持て余した時間と感情は消えやしない。

 

 ならば認めないほうがまだ有意義だ。と考えてしまうのが森近霖之助と言う天邪鬼な男の性質であるから、彼はやはり自身の感情の如何を決められない。

 だから彼は。

 

 ――明日、暇だったら無縁塚にでも行こう。

 

 仕入れと暇つぶし。一挙両得だと一人頷き、自身の考えに迷い一つなく賛同したのである。暇でないとしたらどうするか、彼は考えない。わざと、迂回し、触れない。

 

 が。

 

 そんな彼の無聊を神か仏か隙間妖怪が憂いたのか。香霖堂の扉に着けられた懈怠なカウベルが、音を鳴らした。

 

「すいません、幻想郷のち●こ係の小屋ってここでしょうか」

 

「帰れ」

 

 寂寞に、騒音来る。

 

 

 

 

 

《深海にいるからって静かだとは限らない》

 

 

 

 

 

 何やら意味不明な事を口にして入ってきた女性を、攻性に過ぎた瞳で睨みつけながら、霖之助は開け放たれたままの扉を指差した。意味としては、先程言葉にしたまま、即帰還命令である。

 が、今しがたあけた扉を背にした女性は、自身に突き刺さらんばかりの霖之助の指先を不思議そうに眺めた後、ぽん、と手を叩き

 

「申し訳ありません、東方界の大神ソ●マ様のウサギ小屋はここでしょうか?」

 

「良く分からないが不快だ。不快なんで帰ってくれないか」

 

 とりあえず思ったままを返す。何故か背中が一気に寒くなったとか妙な眩暈がした等と言う事はない。

 ないのだ。

 百合百合しい世界で苦労だけを与えられる男に同情したなんて事は、霖之助には一切ないのだ。邪魔だから視界に入ってくるな、なんて言われたこともないのだ。

 

「うちの総領娘様が元祖西遊記スーパーモンキー大冒険を突如プレイしたいとダダをこねまして……胡散臭い隙間賢者に聞けば、なんですか、こちらにもしかしたらあるんじゃないかと面倒臭そうに唾と一緒に吐き棄てられたものですから」

 

「ながいたびがはじまる」

 

「突然放り出されて、何をしろというのでしょうね、あれも」

 

「とりあえず、そんな物はないから出て行ってくれないか」

 

 女性は霖之助の言葉に、なるほど、と頷き、再び口を開いた。

 

「実はうちの総領娘様が府立メタトポロジー大学付属女子高校に突然入学したいとダダをこねまして……兎臭い診療所の女医に聞けば、なんですか、こちらに入学希望書類等がもしかしたらあるんじゃないかと面倒臭そうに唾と一緒に吐き棄てられたものですから」

 

「類似品の蓬莱学園で我慢しておきなさい」

 

「あれの小説の続き、いつ出るんでしょうね?」

 

「とりあえず、そんな物はないから出て行ってくれないか」

 

 女性は霖之助の言葉に、なるほど、と頷き、再び口を開いた。

 

「さて、うちの総領娘様が稲川淳二のHelp Me!を歌いたくなったと俄然ダダをこねまして……酒臭い神社の神様に聞けば、なんですか、こちらにカラオケバージョンがもしかしたらあるんじゃないかと面倒臭そうに唾と一緒に吐き棄てられたものですから」

 

「ハングマンのモルモットおじさんでも見て我慢していなさい」

 

「ところであれ、稲川淳二台詞だけなんですけれど幾ら貰ってたんでしょうか?」

 

「とりあえず、そんな物はないから出て行ってくれないか」

 

 女性は霖之助の言葉に、なるほど、と頷き、再び口を開いた。

 

「貴方の店には、何も無いのですね?」

 

 心底がっかりだ、と肩を落として見せるわざとらしい女性の姿に、霖之助は眉間の皺を一層深めた。 

 

「貴方の言う意味不明な物ばかりを求められても、如何ともし難いと言っているんですよ」

 

「帰ってくれと言われましたが」

 

「そうとも言いました」

 

「それはそうと、うちの総領娘様がメタモルパニックDOKIDOKI妖魔バスターズをプレイしたいとぬかしやがりまして」

 

「いや、無いから。そんな無駄に豪華な声優陣起用した初期PSゲームはうちには無いんで」

 

「……ないんですか」

 

 先程まで比ではないほどに、女性は肩を落としがっかりした。まるで自身が欲しかったような素振りにも見えたが、霖之助はそれを無視した。

 無視するより外無い。これ以上のメタな会話は、彼だって嫌なのだ。

 

「ところで……」

 

「なんでしょうか」

 

 それまでの空気を一掃し、女性は生来のものであるのか、それなりに生真面目な貌で霖之助を見つめる。空気に当てられた、という事もないだろうが、霖之助はその貌と相対するに相応しい相で応えた。

 

「前述したお三方の前に出る時、\ババァーン/ と言いながら扉を開けたら即弾幕が飛んできたんですがどう思われますか?」

 

「君はもっと上手に生きた方がいい」

 

「なるほど……」

 

 女性は自身の柔らかそうな顎に右手を拳にして当て考え込み、

 

「年下少ないですよねあなた方(笑)、の方が良かった、と?」

 

「泉下に沈みたいのなら実践するといい」

 

 霖之助は小さく息を吸い、姿勢を正してから最早香霖堂に必要不可欠となってしまった自身の椅子、その背もたれに全体重を預けるつもりでもたれかかる。そのまま、疑問を口にした。

 

「で、今日は?」

 

「ジンギスカンでしたが、何か?」

 

「…………何が?」

 

「今日の朝食ですが何か?」

 

「朝から……重い物を……」

 

「若いですから」

 

 そういいながら、何故か\ババァーン/と言いながら扉を閉める女性。やってくる為に開けられた扉は今閉じられ、香霖堂の中には霖之助と女性だけが佇む異界へと変わり果てた。

 つまりそれはなんなんだ、と彼自身思ったが、思っても意味の無いことである。

 

「僕は、貴方の朝食なんかに興味は無いんだ」

 

「三時のおやつはみかんの皮でした」

 

「食糧事情には興味を抱かされたけどもだな」

 

 そうではなく、と彼は首を横に振り、正面に佇む自然体の女性をにらみ付けた。

 

「今日は、どんな御用で来られたんですか、と僕は聞いたんだよ」

 

「珍しい道具屋があるから、偵察にいって来いと言われまして」

 

「総領娘様、とやらにかい?」

 

「はい」

 

 霖之助の問いかけに、にこり、と微笑むその姿は、実に可憐な物である。先程まで意味不明な言葉を繰っていたとは到底思えない。

 だがしかし、そこは幻想郷である。

 

「貴方の様な存在は、本当に困る」

 

 心底疲れた顔で、霖之助は溜息と共に零した。

 紅白の巫女にしても、あの白黒の魔法使いにしても、隙間妖怪にしても、悪魔の召使にしても、黙っていれば可憐であるが、その中身がどうであるか……言うまでも無い事だ。中と外が合致していない事は幻想郷では良くあることで、しかもそれらがどうにも彼と相性が悪いとなれば、自然に疲れた顔で溜息も出てしまう。

 

「……で?」

 

「でっていう?」

 

「いや、そうではなく。で、偵察した限り、どうだい? この店は?」

 

 一応、強がって鼻で笑いながら自身の店を指差してみたが、内心の疲労は隠しきれて居ない。そんな霖之助を不思議そうに眺めてから、女性は店内をぐるりと見回し……

 

「道具屋ですね」

 

「そりゃあ……どうも」

 

 完全に根元から折られ、霖之助は白黒調で項垂れた。

 分かりきった事をこうも爽やかに言い切る存在を、霖之助は多く知らない。これ以上知りたくも無いだろうが。

 

「外の物がある、とは聞いておりましたが……余りそれらしき物は見当たりませんが?」

 

「……ふむ」

 

 その程度は分かるらしい女性の言葉に、霖之助は気を取り直して背を伸ばした。

 

「だっこちゃん人形とか無いものでしょうか?」

 

 また項垂れた。

 

「……あったとして、どうするんだ……それを」

 

「前述したお三方にそれぞれ無理矢理装着していこうかと」

 

「君は冒険心が強すぎる」

 

「少年の様な目をされた貴方にそういわれたとなると、照れてしまいます」

 

 本当に嬉しそうに、口元を手で隠しながら微笑む女性に、霖之助は根こそぎ何かを奪われた様な気がした。気力やら体力といった物を、ごっそりと、だ。

 

「あぁ、そうだね、秘密基地に僕の大事なものは全部隠してあるんだよ」

 

「えぇ、そうだと思いましたよ、私」

 

 実際には秘密基地ではない。ないが、しかし。

 偶にお気に入りの道具を並べた倉庫に行っては、それらを眺め触れて時間も見失うとなれば、そこは霖之助にとっての秘密基地だ。おおよそ、間違いでもない。

 

「そうですね、総領娘様に報告できる内容も出来ましたので、今日は戻らせて頂きます」

 

「台風一過だ」

 

「お兄様」

 

「それは一家だ」

 

 自身の眼前に突如無言のまま手を差し出してくる女性の、その柔らかそうな手のひらを一応握り返す。もっとも、疲れた顔のままではあったが。

 

「いずれ、秘密基地を見せてくださいましね?」

 

「お断りだ」

 

 霖之助のそんな言葉に、ふわりと微笑んだまま女性は出入り口まで歩み、扉に手をかけて口を開いた。

 

「\ババァ――」

 

 隙間に飲み込まれた。

 

「……」

 

 突如現れた視界の片隅に浮かぶ空間の切れ目から、何やら生々しい打撃音が響いてくるが、霖之助はそれを無視して、未だ開けっ放しだった小さな窓を閉めて溜息を吐いた。

 

「だから言ったじゃないか……上手に生きた方がいい、と」

 

 どうでも良い事なのだろうが、心底からそう呟いた。

 

        ●

 

「今月分の灯油、確かに」

 

「えぇ、どうぞ」

 

 赤々と灯るストーブに両の手をかざしながら、霖之助は彼の隣で静かに佇む賢者の姿を眺めた。

 

 いつも通り、胡散臭いまでに美しい胡散臭い賢者がそこに居るだけだ。それ以上でもそれ以下でも無い。

 ただ――

 

「……あら、何か?」

 

「いいえ、何も」

 

 常より若干草臥れて見えるのは、霖之助の気のせいであるのか、それとも先日やってきた女性客による物か。聞くわけにもいかない以上は、拙くとも咳の一つもして目を逸らすと言う演技しか選択肢は無いのである。

 巻き込まれては溜まった物ではないからだ。

 

 誰も何も話さない。

 元々、そう会話が多い関係でも無い。

 偶に霖之助の説を、正すでも無く認めるでもなく、ただ聞いているだけの隙間賢者の間柄でしかないのだ。霖之助としては、一応賢者と呼ばれる彼女に尊敬の念がないでもないが、それ以上に苦手意識が先に立つ。

 このような場ではない限り、会いたいとも思っていない。見目麗しい女性を前にした、そんな彼の在りかたは間違いかもしれないが、女性として見るには隙間妖怪――八雲紫は性云々を超えてしまっている。

 

 そんな霖之助の思考が透けて見えたのか、紫は珍しく常に相に浮かべている薄い笑みを払い、扇子で貌の半分以上を隠して霖之助の眼前まで、その顔を近づけた。

 

「……な、なんだい?」

 

 となれば、驚く。当たり前の事だ。

 常に無い事は、椿事だ。椿事が、美しい顔が、扇子に隠されて半分だけとは言え眼前に在るとすれば、しかもそれが八雲紫の少々冷たい瞳となれば、彼にしてみれば驚き以外何を相に出せと言うのだろうか。

 

「……女、でしてよ?」

 

「……はぁ?」

 

「……若い、美少女でしてよ?」

 

「……はぁ」

 

「まだまだ水を弾く珠の肌でしょ?」

 

「はぁ」

 

 気の無い霖之助の返事であったが、彼女はそれで満足したらしく、付き合わせていた顔を引っ込めていつも通り、薄い笑みで胡散臭い空気をまとって満足そうに頷いた。

 

「えぇ、"はぁ"で結構よ。その朱に染まった頬が、何よりも雄弁に語ってますもの」

 

 扇子に遮られた紫の口元に、からかいを過分に含んだ笑みを幻視して、霖之助はそっぽを向いた。

 

 弱い生物に見えた。

 

 視界一杯にあった紫の顔を、一瞬、そんな風に見てしまったのは事実だ。女性らしい物とも見え、美しいとも思え、柔らかそうだとも感じた。

 可憐だと、確かに、そんな気がしたのだ。それこそ、気の迷いである。

 彼は強く首を横に振り、迷いの一切を外へと放り投げた。その姿がまた、紫には面白い。

 くつくつと、くすくすと微笑む姿は、歳相応に見えるのだから、霖之助は自身の眉間を軽く人差し指で叩いた。

 

 そして、眉間を軽く叩く指先の音と同調して、

 

「\ババァーン/」

 

 叫びながら香霖堂の扉を開けた桃のついた帽子を被った少女目掛けて、紫はスペルカード置きっぱなし式霖之助抱き枕を放った。

 

 ぎゃばー、と吹っ飛んでいく少女の後ろで、先日やってきた女性の、総領娘様ー今夜スイカの皮ですから早く戻って来て下さいねー、とやる気の欠片も無く腕を振って見送っている姿が霖之助には見えた。見えてしまった。

 あとそれはカブトムシの餌じゃないのかと思ったが、もうどうでも良かった。自身の姿がプリントされた抱き枕の存在も、最早地平の遥か彼方向こうである。

 何の用途でそれが用意され、何故そんな物を八雲紫が持っているのか等、興味も無い。興味を持ってはいけないのだ。

 

「とりあえず」

 

「はい」

 

 いつの間にか、自身の隣に平然と、自然と佇んでいる女性に、彼は言った。

 

「その入り方は危険すぎる」

 

「幻想郷は本当に恐ろしい所です」

 

 そんな世界で平然と、天然に住まい過ごす彼女はなんであるのか、彼はもう考えない事にした。

 

「と、言いますか。本当に実践しながら入るとは思いませんでした」

 

 幻想郷は恐ろしい。

 視線を逸らした先から響き渡る生々しい打撃音をBGMに、霖之助は空へと視線を移した。

 

 天は傾き、色は紅に染まり、それでも寂寞はどこにもない。

 

「総領娘様ー、そこでトンファー置きっぱなし式ブレーンバスターですー」

 

「よしきたー!」

 

「やらせるか、小娘ぇッ!!」

 

 

「……」

 

 あるはずも、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日。

 霊夢と魔理沙が駄弁りにやって来た際、妙に優しい霖之助が居たと言う。




今使ってるPCを色々触っていたらかなり昔に書いた拍手用のとかサイトだけで公開してたもんが色々出てきました。さて、どうしたもんか……

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