早苗が帰ってくるや否や、八坂神奈子は早苗を呼びつけて紅魔館での出来事を説明するように迫った。
珍しく神様している神奈子におどおどしながらも事の顛末を説明し始める。
「―――で、レミリアさん率いる『紅魔館』と文さんとで同盟を組んだんです」
「あまり軽率な行動は止してほしかったが……仕方ないわね」
呆れたように溜め息を吐く神奈子に先程の剣呑とした雰囲気はない。純粋に早苗の心配をしていたようだった。
「しかし、あの吸血鬼が同盟を求めるまで警戒するとはね。どんな外来人なんだい?」
「新聞読んでませんか?」
「……忘れてた」
早苗は無造作に放り捨てられていた外来人について書かれている新聞を神奈子に渡すとすぐに読み始めた。
最初はつまらなそうな表情を浮かべていた神奈子だったが、ある部分に目が行くとその表情は真剣なものになった。
「か、神奈子様?」
「……早苗」
「は、はい!」
「同盟を組んでしまった以上、責務を果たしな。私たちも力になるから」
「はい!」
真剣な表情から今度は優しい表情へと変わるのを見て、百面相だ、なんて思いながらも神奈子が味方になるという事実から安心すらできる。
「じゃあ、私は人里へ行って情報収集をしてきます!」
張り切った様子の早苗は外来人の情報を集めに出ていく。早苗が出ていったのを確認すると神奈子は溜め息を吐いた。
「いい加減、出てきたらどうだ、諏訪子」
「バレた?」
地面から帽子が生えたと思えば、そこから少女としか思えない神様――洩矢諏訪子が這い出てくる。凝った演出に呆れるばかりの神奈子は諏訪子に新聞を投げ渡す。
「私は読んだんだけど?」
「写真を見ろ。こいつは危ない奴かもしれん」
「……ナチスだっけ?」
「そうナチスだ。しかも、あの『事件』の残党だ」
『事件』という単語に諏訪子の顔も険しくなる。幻想郷に来る前に外で起こっていた出来事を二人は知らないはずがない。
「今更、幻想入りを?」
「だが、そうとしか考えられんだろう」
「これは、レミリアに教えた方がいいんじゃない?」
二人は何となくだが、『事件』の裏側を知っている。決して表には出てこないはずの情報を偶然知ってしまった。
早苗がまだ幼く、自身の能力も不安定な頃、砂嵐が走ったテレビを叩いて直そうとしたのがきっかけで当時のイギリスの様子が写ってしまった。当然、子どもには見せられるような内容ではなかったので、すぐさま諏訪子が早苗を寝室へと寝かせに行ったが、神奈子はその内容に食い入るように画面を見続けていた。
吸血鬼と人間の闘争、火の海となり地獄と化したロンドン、遠く離れた地でリアルタイムで起こっている出来事を神奈子と諏訪子は息を飲みながら見ていることしかできなかった。
新聞に載っている外来人も間違いなくあの画面に写っていた。そして、幻想郷にいるということも間違いない。
「残党の残党なんて笑えないよ」
近いうちに嫌でも自分たちも動かなくてはならないと二人は吸血鬼でもないのに運命が視えるような気がした。
――――――――
人里を離れたところから観察している大尉は重要なことに気付いた。どうにも今の自分の服装と人里に住む人々の服装とでは大きな差があった。
主に着物を着ている人々の中に自分のように場違いな軍用コートを着ていっては怪しいどころか時代錯誤も甚だしい。
適当に捕まえて身ぐるみ剥ぐのも考えたが、自分に合うサイズの服を着ている者はそうそういない。
やはり日本であるのは間違いないが、それ以上は動きようがない。かといって情報も欲しい。
まだ日が落ちるには早い時間だ。行動するなら夜の方が動きやすい。最悪、霧になって素早く動けば誰にも発見されることはないだろう。
そうと決めた大尉は人里の規模を調べるために人目に付かぬように偵察を行っていく。
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大尉が人里を見つからないように遠くから偵察し始めた頃、魔理沙は未知の外来人である大尉について人里で聞き込みをやっていた。
だが、そもそも人の前に姿を現していない大尉の情報が集まるわけもなく聞き込み自体が無駄だ。
「外来人なら人里に来ると思ったんだけどなー」
魔理沙の勘は当たっているが、今の大尉としては人に姿を見られるわけにはいかない。人里の外にいる大尉に魔理沙が気付けるわけもなく、時間だけが過ぎていく。