お茶会は何事もなく終わった。結論としては『人狼』で間違いないと判断し、異変を起こすような人物であれば此方から動く、ということになった。
『紅魔館』、『文々。新聞』、『守矢神社』による同盟は誰にも知られず組まれた。
紅魔館から帰宅した文を待っていたのは負傷した椛だった。その左腕は痛々しいまでに包帯が巻かれている。驚いた表情を見せる文だったが、冷静に何があったのかを椛に聞き出す。
「酷い怪我ですね。何があったんですか?」
「……外来人に攻撃されました」
そんなことは分かっている、と言いたげな文の表情に気付いた椛は部下として何があったのかを最初から説明した。
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紅魔館では、レミリアがパチュリー・ノーレッジがいる大図書館へと足を伸ばし、今後の作戦を考えていた。
「相手が人狼である可能性が高い以上、こちらもそれなりの準備をしなくてはな」
「銀製の武器でも用意する?」
人狼の弱点である銀だというのは有名なことだ。しかし、それは吸血鬼にも効いてしまう。レミリアは渋い表情を浮かべている。屋敷内に自らの弱点を置いておきたくはないのだろう。
「咲夜の使っているナイフは銀製だっただろう。それで十分じゃないか?」
レミリアは咲夜に絶対の信頼をおいている。逆に咲夜はレミリアに対して絶対の服従を誓っている。そうでなければ咲夜に銀製のナイフを持たせないだろう。
「確かに咲夜なら間違いなく人狼を殺せるでしょうね。でも、その咲夜が先に倒されたらどうするつもり?」
パチュリーが考えるのは最悪の事態だ。咲夜の能力ならば人狼がいくら速かろうが関係なく殺せる。だが、その咲夜が不意打ちされ、戦力とならなくなった可能性を考えなければならない。
「そのための同盟だ。守矢神社の神格三人は大きな戦力となる。情報収集なら文々。新聞の面々に任せればいいだろう」
「じゃあ、私たちの役目は?」
「何だろうな? 参謀や戦力の増加じゃないか?」
ケラケラと笑うレミリアに対してパチュリーはため息を吐く。今朝の新聞を見たときのレミリアの慌てようからは想像ができない。
「今後の行動方針は?」
「とりあえずは様子見だ。無闇矢鱈に人狼を怒らせるのは得策じゃない。それに、もしかしたら案外良い奴かもしれないしな」
「随分、楽観的ね」
未だ自分の運命を視ることができないでいる親友にパチュリーは呆れながらも従うことにした。こういう時のレミリアは本心では焦っていると知っていながらも。
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邪魔な監視を片付けた大尉は知らず知らずの内に人里近くまで来ていた。情報を集めたいところではあったが、喋ることのできない彼にはどうすることもできない。ドイツ語なら書けるが書いたところで理解してくれるかも分からない。
此所が日本にあるということは分かっていた。文や椛の服装からして推測していた。加えて椛が持っていた刀にも似た刀剣で推測は確信へと変わった。
だが、理解しきれていない部分もある。何故、自分は日本語を理解しているのだろうか。口の動きと聴こえてくる言葉に違和感を感じていた。明らかにドイツ語とは違う口の動きをしているのにも関わらず、自身の耳にはドイツ語として言葉が入ってくる。まるで耳にフィルターが掛かっているようだった。
ならば、文字はどうなるのであろう。大尉はドイツ語しか読めない。この場合、日本語をドイツ語として読めるのであろうか。それを知るためにも大尉は人里へと歩みを進める。人のふりをするのは昔から慣れている。
しかし、大尉の知らぬところで出回っている新聞には大尉の写真が載っている。その新聞は人里にもくまなく配られていることなど大尉に知るよしもない。
――――――
椛の説明が終わると文は優しい表情を向けた。
「ご苦労様でした、椛。今は傷を癒してください」
「……はい」
不服そうな表情を浮かべる椛だが、無理もない。敵に情けをかけられた椛は今にでも飛び出して外来人とまた戦おうと考えていた。文はそれを許すほど甘くはない。
「白狼天狗が攻撃されてしまった以上、あの外来人の問題は私たちだけの問題ではなくなってしまいましたねぇ」
「……」
「悲しいことに彼は『妖怪の山』という組織を敵にしてしまいました。私はこれから大天狗様のところに行き、これまでの経緯を報告してきます」
「……はい」
悔しそうな椛を尻目に文はすぐさま妖怪の山本部へと飛び立つ。良き友人に無茶な任務を与えたこと、良き友人があそこまで心を折られたこと、外来人の危険さを見抜けなかったこと。沸々と沸き上がる激情に身を任せないようにと自分を落ち着かせる。
腰の重い上層部はきっと警戒するだけで済ませるだろう。所詮は白狼天狗の一人が怪我をしただけなのだから。だからこそ、レミリアたちの同盟が役に立つ。
思ったよりも早い展開だが、こうなることは分かりきっていた。ならば、自分なりの役目を果たそうではないか。