東方戦争犬   作:ポっパイ

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六十二話

 EXルーミアは霊夢に触れられそうになる一瞬の間に様々なことが頭を過る。

 

『初めまして。幻想郷にようこそ、お名前は?』

 

『……ルーミア』

 

幻想郷にやってきた時のこと。

 

『お前さんの能力はとってもいいな! どうだい? あたしと手を組まないか!?』

 

『死ね』

 

 怨霊に誘われた時のこと。

 

『貴方、弱いわね』

 

『いつか絶対ブチ殺してやっから覚えとけ!』

 

 花の妖怪に喧嘩を売って負けたこと。

 

『私の勝ちだ……!』

 

『クソがァ! テメェは絶対ブチ殺してやる!』

 

 先代巫女に封印される時のこと。

 

『……』

 

『大将はホント喋んねェな』

 

 大尉と手を組んだ時のこと。

 

 様々な事柄がEXルーミアの頭を駆け巡る様子にこれが走馬灯なのだと理解し、不甲斐ない自身に対して怒りが爆発する。

 

「アアアアアアアア!!」

 

 耳を塞ぎたくなるような断末魔にも似た雄叫びとともにEXルーミアを守るように一瞬で闇の膜が貼られる。そんなことは関係ないと謂わんばかりに霊夢が封印の札をEXルーミアに貼り付けんとするが霊夢の巫力を持ってしてもその膜を突破はできなかった。

 

 膜だったはずの闇が膨張し球体へと変わっていく。その様子はまるで怯えているようにすら感じられた。

 

「お? 殻に籠もったのか?」

 

 魔理沙が軽口を叩くが反応はない。咲夜も試しにとナイフを投げるも球体の中に吸い込まれていくだった。

 

 EXルーミアは球体の中で考えていた。どうすれば霊夢たちを殺せるか。どうすれば大尉とともに居られるか。どうすれば大尉のように勝つことができるのか。ぐるぐると廻る思考にEXルーミアは考えれば考えるだけ頭が痛くなる。

 

 そして、何かが千切れるような音がした。その音はEXルーミアの中だけではなく、外にも響いていた。警戒する三人を他所に球体がEXルーミアの中へと還っていく。

 

 闇を吸収し終わったEXルーミアの様子がどこかおかしい。虚ろな目付きで半笑いを浮かべ、両腕は力なくぶら下がっている。先程までの殺気と憤怒に満ちた雰囲気とかけ離れている。

 

「……気味悪ぃな」

 

「えぇ――――ッ!」

 

 咲夜が能力を使ったのは、本能が使えと叫んでいたからだ。何故、どうして、と考えるよりもその光景を見た咲夜は能力を使ったことに納得さぜるを得なかった。

 

 今にも自分の顔を掴まんとするEXルーミアがもう目の前まで迫っていた。異常な速度に加え、敵意も殺意も感じられなかった。だが、その手に纏わせた闇は獣を連想させるような鋭い鉤爪になっており、完全に殺意が消えたわけどはなさそうだ。

 

 EXルーミアから魔理沙を抱えて距離をとる。掴み損ねたEXルーミアは首を傾げると更にその身に闇を纏わせる。完全に闇を纏ったEXルーミアの姿を見て霊夢は忌々しそうに呟いた。

 

「真似か……」

 

 闇を纏ったEXルーミアのその姿はまるで――――というよりまんま大尉が巨狼化した姿そのものだった。大きな違いがあるとすればその色くらいだろう。大尉の白銀の巨狼に比べ、EXルーミアのは黒一色だ。

 

 考えるのが面倒臭くなったEXルーミアは身近な者の模倣をすることにした。重要なのは敵を殺すことだ。つまらないプライドを振りかざして殺されるのが一番しょうもない。考えすぎて頭がおかしくなったがそんなことは元からだ。

 

 魔理沙に狙いを定めた黒い巨狼が駆ける。

 

「さっきから集中狙いだな!」

 

 魔理沙は自身に魔法陣で結界を張り、その突進を受け止める。幸い、その力は幽香や大尉程ではない。その間に霊夢と咲夜が弾幕をEXルーミアに浴びせるも効果がない。

 

 結界に阻まれた黒い巨狼は三人から距離をとる。睨みつけているであろう黒い巨狼の背中が盛り上がり人の上半身へと変化していく。

 

「は――――ッ!? そんなんありか!?」

 

 最初は人形に見えたそれが細かい変化を遂げていく。全て黒一色ではあるがそのシルエットを見間違うわけがない。

 

「風見幽香……!」

 

 黒一色の風見幽香が巨狼の背中から上半身を出した姿で形成される。その手には黒一色の日傘も持たされている。表情なんて黒くて分からないが優雅に微笑んでいる姿が連想されてしまう。

 

 何かする前に止めておかねば厄介になると判断した霊夢は袖から大量の札を展開し黒い巨狼を囲うように配置させる。札は二つの円となり巫力で繋ぎ止められる。

 

「二重結界!」

 

 札で構成された二つの円が急速に廻り始め黒い巨狼と黒い幽香に巫力弾を浴びせる。そして、その頭上から突如出現したナイフや炎弾、光弾が逃げ場を塞ぐように降り注ぐ。霊夢に合わせた咲夜が能力を使い配置していたのだ。

 

 だが、こんなことで沈むEXルーミアではないことを誰もが理解していた。その証拠に最初は怯んでいたEXルーミアもどうにか脱出しようと円の中を駆け回っている。

 

「なら、私も援護してやんなきゃな」

 

 魔理沙が指を鳴らすと黒い巨狼の前脚が爆ぜる。突然の事にバランスを崩し転ける。魔理沙は自身が突進された時にちゃっかり仕掛けていたのだ。そして、転けたところに巫力弾、ナイフ、炎弾が嵐のように降り注ぐ。

 

「畳み掛け――――」

 

 術を発動しようとした霊夢よりも前にEXルーミアが動く。降り注ぐ攻撃を無視して回転する札へと黒い巨狼が突進をし、それでも壊れぬ札を黒い幽香が日傘を乱暴に振り下ろす。それは本物さながらの破壊力で霊夢の二重結界を打ち壊してしまう。

 

「おいおいおい、まじにそんなんありかよ……!」

 

 ここに来る直前に幽香と一戦交えていた魔理沙が苦笑いを浮かべる。あの暴力性は幽香そのものではないか。そして、脱出した瞬間に大顎を開けて喰らいつかんとする黒い巨狼にうんざりしながらも魔理沙は無抵抗に両手を広げる。

 

 予想外の行動に驚く霊夢や咲夜なんて知ったことかと黒い巨狼の牙が魔理沙に襲いかかるも、その姿に実体はなく素通りしてしまう。

 

 魅魔の下で修行した際に教えられた魔法の一つ――――投影魔法は師曰く「不意打ちするのに最高の魔法」とのことであり師の十八番の魔法。その魔法により予め上空へと離れていた魔理沙はミニ八卦炉を真下にいるEXルーミアへと向ける。

 

「星符『ドラゴンメテオ』!!」

 

 竜を思わせる極太のレーザーが咆哮のような轟音を経てながら降り注ぐ。避けるのは不可だと判断した黒い巨狼の背中がさらに盛り上がる。またも人の形へと変えていくそれはどこか見覚えのある人物だった。

 

 その人物が魔理沙のドラゴンメテオを一身に受け止めさせられる。スペルカードとはいえ、受け止めた人物を見て誰もが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

 その姿は間違いなく比那名居天子のものだった。黒い幽香と同じように黒一色で表情なんて分からないが気持ち悪い笑みを浮かべているのだろうと想像が出来てしまう。

 

 巨狼の速度、幽香の破壊力、天子の耐久力の長所のみを活かした結果、巨狼の背中から二人の姿が生えているという歪な姿の異形が完成していた。

 

「本当に厄介ね……!」

 

 霊夢が忌々しそうに呟いた。

 

 

 

―――――――――

 

 

 EXルーミアの戦い方を見ていた大尉は表情には出さないものの感嘆していた。使いやすそうな能力だと思っていたが、まさか自分や幽香、天子を再現できてしまうなんて思ってもいなかった。

 

 まるで死の河から這い出る元同僚たちを見ている気分になり懐かしさすら感じてしまう。大尉としては真似されていることには何の感情も抱いていない。使えるモノは使い潰せばいい。例え、それが味方であろうが自分であろうが、すぐに使うべきだ。

 

 覚悟を決めた早苗の様子を見る。この場にいないはずの二柱の気配を感じる。不介入を約束したはずの神からの一方的な協定破棄に思えなくもない。EXルーミアの手が空いていれば処理を頼んでいたが、彼女もそれどころではなさそうだ。

 

 ならば、まずは厄介な眼を潰してしまおうと考えた大尉は鈴仙へと駆ける。目は合わぬように瞑り、気配と匂いのみで鈴仙の居場所を把握する。

 

 だが、突然、急激な空気の変化を感じた大尉はその正体を見るべく目を開く。

 

「………」

 

 大尉の目に写ったのは注連縄が巻かれた金属製の六角の柱――――オンバシラ。それが自分へと振りかぶられていた。

 

「させません!」

 

 この柱には見覚えがある。軍神を名乗る神――――八坂神奈子が使用していたものだと理解すると同時に霧化し通過させるが全身に小さな痛みが走る。

 

 霧化したまま距離を取り、自身の身に何が起きたのかを確認する。霧化した自分への予想外の事態だった。あの破壊の目からも逃れた霧化がダメージを受けている。

 

――――タイミングを見誤ったか? 否、あんな遅い振りでタイミングなど間違えない。

 

――――狂わされたのか? 否、そもそも相手の目と合っていない。

 

――――銀が含まれていたか? 否、含まれていたならば死んでいてもおかしくはない。それに霧化状態で銀が刺さっても傷はなかったはずだ。霧に刺さるはずがない。

 

――――奇跡を起こす能力が原因か? 否定はできない。奇跡というのは曖昧で不確実だ。現人神を名乗る者であれば、そういったことも可能なのだろう。だが、確証はない。決めつけるのはよくない。

 

 大尉の中で行われる自問自答。それは未知のことに対する驚異を感じていた。

 

 だからこそ、だからこそだからなのだろう。大尉の中で一つの感情が沸騰するように沸き上がる。

 

――――愉しい。

 

 少佐が言っていた言葉を思い出す。

 

『もっと何かを! まだあるはずだ! またどこかに戦える場所が! またどこかに戦える敵が!』

 

『世界は広く! 脅威と驚異に満ち! 闘争も鉄火も溢れ! この世界には我々を養うに足るだけの戦場が確実に存在するに違いないと!』

 

 大尉は心の底から愉しんでいた。少佐の言葉通りだ。数多のモノたちと出会って来た。数多のモノたちと戦った。霧化した自分に傷を負わせるモノがいた。この世界には自分の知らないモノたちがまだたくさんいる。

 

――――これを喜ばずになんとするか!

 

 大尉の雰囲気が変わっていくのを早苗たちは肌で感じていた。無表情ではあるものの纏う空気は狂喜しているように感じる。そしてなにより、静かだった殺意が表に出てきている。研ぎ澄まし完成された殺意が自分たちに牙を剥いている。大尉の殺意が肌に刺さっているようにすら感じてしまう。

 

 大尉が動く。霧化もせず人狼という種族の膂力に任せ駆ける。その先にいたのは妖夢であった。完全に匂いを覚えたのか半霊には見向きもせず、確実に半人の妖夢を狙っている。

 

 今は半霊が無駄であると分かると舌打ちをしながら刀を戻し、二刀で大尉を迎え討とうとし――――――反応すら出来ずに大尉の容赦のない上段蹴りが妖夢の左肩に叩き込まれ、その衝撃に肩の肉が弾け飛び妖夢自身も地面に何度も打ち付けられながら転がっていく。

 

 妖夢が二刀を構えようとした瞬間に大尉の速度が上がったのだ。その速度に鈴仙も早苗も対応できなかった。地面に倒れる妖夢の左肩から崩れた赤い肉と骨が剥き出しになり、黒い地面に血液が流れている。

 

 倒れた妖夢を見ていた大尉の視線が別の者に移る。その視線の先には鈴仙がいる。半人よりかは頑丈な玉兎ではあるが、大尉の攻撃をまともに受けてしまっては一溜まりもない。

 

 狙われているのを察した鈴仙だが、妖夢の治療もしなければならないと考えていた。あれは間違いなく生命にも関わってくる重症だ。だが、先ずは大尉の攻撃をどうにかして防がねばならない。どうするべきかを考える鈴仙を護るように結界が張られる。

 

「こ、ここは私に任せてください! 鈴仙さんは妖夢さんの治療を!」

 

 少し離れた場所で早苗が吠える。護る覚悟を一瞬にして暴力で圧し折られても尚、味方を護ろうとする姿勢は健気なものだ。

 

「すまない! すぐに加勢するから耐えてくれ!」

 

 こうするしかないのは解っているが覚悟を決めたばかりの新兵のような早苗に頼んでしまったことが悔やまれる。

 

 大尉はとても愉しんでいた。弱者を虐める趣味はないが、綺麗に攻撃が決まるのはとても気持ちが良い。左肩を破壊された妖夢がこの後どうするのか、どうなるのか、とても気になる。まだ死んでいないはずだ、まだ右肩が残っているはずだ、まだ半霊が残っているはずだ。刀を握りしめろ。敵はまだ立っている。

 

 鈴仙が妖夢の治療に走るのを大尉は目で送り、早苗へと熱い視線を送る。覚悟を決めた力を見せてほしい。先程の柱で攻撃してみてほしい。殺したり殺されたりしたい。そんな気持ちで一杯だ。

 

「畏み畏み申す。神の御力をこの身にお貸しください」

 

 早苗に後光が差す。感じるのはやはりあの神々の気配だ。

 

「神奈子様、諏訪子様、一緒に彼をやっつけちゃいましょう!」

 

 呼応するように後光が変化をしていく。何匹もの蛇に変わり、絡み合い自身の尾を噛み一つの輪となり、早苗の背中に降臨する。それはまるで蛇で作られた注連縄にすら見えてしまう。そして、更にそこに四本のオンバシラが加わる。

 

 大尉がその姿から連想したのは神父だった。神に遣えた人間であり神の力に遣えた化物。彼女は果たしてどちらなのだろうか。人間であろうと化物であろうと関係なく平等に敵であるならば打ち砕く。

 

 四本のオンバシラの先端が大尉に向けられる。まるで戦艦の主砲を向けられているようでとても懐かしい気持ちになる。

 

「撃てぇぇぇええ!!」

 

 四本のオンバシラの先端から神々しい光とともに極太のレーザーが放たれ大尉を呑み込む。


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