東方戦争犬   作:ポっパイ

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六十一話

 大尉たちの戦いは拮抗していた。相手を

殺すことに特化した近距離だけでなく斬撃を飛ばし中距離までカバーする妖夢。それを援護するように鈴仙の遠距離射撃や軍隊仕込みであろう体術、そして、狂気の眼が大尉の感覚を狂わせる。

 

 互いが互いをカバーし合っている。それは信頼関係から生まれる無意識のことだろう。大尉はそれを賞賛していた。だからこそ、早苗という覚悟の決まっていない存在が勿体ないとすら思っていた。先に潰してしまうかと考えたが、折角の鈴仙と妖夢の連携に水を差すのも勿体なく思えてしまう。

 

「シィッ!」

 

 大尉が何より気に入ったのは妖夢の一撃一撃だ。明確な殺意を刀に乗せて斬り掛かってくる姿はとても素晴らしい。何故、この初対面の少女がここまで殺意を向けてくるのか大尉には心当たりがありすぎて見当がつかない。

 

 殺意には殺意を以て応えなければならない。でなければ失礼極まりない。どれで恨まれているかは知る必要もない。

 

「出張りすぎよ、妖夢!」

 

 大尉の間合いにわざわざ実体化した瞬間を狙って斬り込むその姿は危険としか言いようがない。大尉が実体化するという事はそれは大尉が攻撃をするという事だ。タイミングを一瞬でも間違えれば吸血鬼を叩き伏せた攻撃をくらうことになる。

 

 だが、鈴仙がそんな事にならないように能力を駆使して大尉の攻撃を逸らさせる。少し掠めただけでも血が滲むような拳などまともに当たればどうなるかは想像に難くない。

 

 大尉も大尉で攻めあぐねている。殺せれたであろう一撃も逸らされてしまう。こちらの攻撃は掠りはすれど芯には当たらない。見えているのに当たらない。これではつまらない。主に大尉自身が。

 

 霧化し二人を取り囲むように展開する。かつて、美鈴にやったことを妖夢と鈴仙の二人に再現する。絶え間無く動く霧に死角から放たれる拳。あの時は気を使う美鈴だったからこそ破られてしまった。この二人であればどうなのだろうかと気になって仕方がない。

 

「背中は任せたわ!」

「背中は任せました!」

 

 妖夢の死角を鈴仙が、鈴仙の死角を妖夢がカバーする。背中合わせに対処する二人の様子はまるで踊っているようだった。互いが互いに信頼しているからこその動きだ。心の底から素晴らしいと思えてしまう。

 

「的がでかくなって有り難いわ!」

 

 二人を取り囲み霧として高速で移動する大尉は否が応でも鈴仙と目が合う。それは鈴仙の能力条件を満たすのに十分だった。霧の中にいた筈の二人の姿が消える。鈴仙の能力により大尉の視覚が狂わされた結果だ。一瞬の戸惑いの内に霧から脱出した二人を大尉は見逃してしまう。

 

 匂いが移動したのを察知した大尉は霧化を止め、移動した方に構えようとするがそれよりも速く妖夢が斬り掛らんと迫っていた。

 

 妖夢の剣戟は素晴らしい。鈴仙の援護も素晴らしい。だからこそ、大尉は本気を出す相手に値すると考える。つまらないのは自身の所為だ。相手を少しでも侮った自身の所為だ。

 

「■■■■■■■■■■■!!」

 

 白銀の巨狼の咆哮が鳴り響く。妖夢と鈴仙の背筋に嫌な脂汗が流れる。話には聞いていたが想像の何倍も恐ろしく、そして――――美しい。

 

「狼狩りもこれからが本番ってわけね……!」

 

 霧となって駆ける巨狼の狙いは鈴仙だった。感覚が狂わされるのであれば逸らされても掠りはするまでに範囲を広げればいい。

 

――――これはまずい!

 

 振り下ろされる鋭い爪を持つ前脚を見て、そのことに気付いた鈴仙は能力を発動させつつ跳び避ける。間一髪のところで避けるのに成功した鈴仙の視界が白銀に染まる。それが巨狼の体毛だと気付くのに時間は掛からず、反撃も防御も回避もできぬまま巨狼の巨躯を駆使した突進が鈴仙を襲う。

 

「ガ――――ッ!」

 

 弾かれるように何度か地面にバウンドしながら飛ばされた鈴仙はその衝撃によって肺の中の空気が全て吐き出される。

 

「鈴仙さん!」

 

 早苗の切迫した叫びを聴き立ち上がろうとする鈴仙だが思うように力が入らない。せめてもの抵抗として駆けてくる巨狼に対して銃の形にした指から弾幕を放つが通り抜けてしまう。能力を駆使し巨狼の感覚を狂わせようとするが目が合わない。

 

――――もう対応されたか!

 

 鈴仙の能力は強力だ。だが、それは相手と目が合って初めて発動する能力だ。大尉は戦っている内に自然とそれに気付いていた。ならば、目を見ないようにして戦えば良い。単純ではあるが理に適っていた。

 

 鈴仙に再度、突進を仕掛ける巨狼だったが背後からの殺気を感じ取り振り返る。飛ぶ斬撃が巨狼に迫っていたがそれを冷静に霧化し避ける。霧を通過した斬撃は鈴仙の頬を掠めていく。

 

 妖夢が小さく舌打ちを鳴らす。その表情は無機質なものだが、残念感がひしひしと伝わってくる。

 

――――私を囮に使ったな!?

 

 鈴仙の援護に回れなかったのは単純に妖夢が大尉の速度に追い付かないからだと思っていた。だが、それは違った。妖夢はチャンスを待っていたのだ。鈴仙という名の餌に喰らい掛かる瞬間を待っていたのだ。

 

 実に合理的な判断だと鈴仙は感心した。自分が囮にされているのは置いておくとして、攻撃する時にのみ実体化する敵を相手にするのであれば片方が囮になれば良い。そうすれば片方に攻撃のタイミングが生まれる。

 

 鈴仙なら囮にしても大丈夫だろうという妖夢なりの信頼だった。信頼されているのであれば仕方ない。鈴仙も妖夢を囮にすることを密かに決める。これは信頼の証である。

 

 霧化した巨狼が距離を取るのを見て妖夢は鈴仙の前へと立ち塞がる。

 

「大丈夫ですか?」

 

 顔は巨狼を見据えたまま鈴仙に問う。どことなく心配している風に感じられる。

 

「ガハッ……何とかね。妖夢は?」

 

「私はまだ無傷に等しいですから。……鈴仙は私の援護を」

 

 咽た息に血が混じっていたのか口の中が鉄臭い。無事ではないことを解っていた妖夢はそれ以上は何も言わずに実体化しタイミングを図っている巨狼へと刀を構える。

 

「……来ます」

 

 霧化し迫って来る大尉に妖夢は斬撃を飛ばす。分かり切ったことはではあるが斬撃は通り抜けてしまっている。斬れぬ物などあんまりない妖夢も流石に霧は斬れない。今のままでは勝てない。

 

「妖夢!」

 

 霧化した状態から急接近し実体化した大尉の拳が妖夢の顔面へと叩き込まれる。だが、その感触はとても軽い。まるで、靄でも叩いているようだ。殴られた妖夢は真っ直ぐと大尉を睨みつけている。

 

 同じような能力の持ち主だったのかと考えるよりも前に大尉の斬り離された右腕が宙を舞う。それに動揺するわけでもなく、大尉は霧化して妖夢と距離を取る。妖夢を見るとどういう訳かその隣にもう一人妖夢が立っていた。

 

 魂魄妖夢は半人半霊だ。生きても死んでもいない。生と死の両方に魂が存在している。普段は半霊を白い靄として漂わせているが場合によってはこうして戦闘に参加させることも可能だ。半端者故に使える戦法だ。

 

 妖夢が半人半霊であるなんて知らない大尉の思考は単純だった。要は刀を持ってる霧くらいにしか考えていない。人狼でさえ攻撃する際は実体化しないといけないのにこの霧は攻撃できてしまう。この世界の強者たちは恵まれすぎていると羨ましくなってしまう。

 

 二人の妖夢が交差し入れ替わりながら距離を取った大尉へと駆ける。外見だけではどちらが半人で半霊など判断ができない。そんな妖夢の様子を見ながら大尉は物思いに耽る。

 

 やれ闇だの、やれ植物だの、やれ大地だの、やれ風だの、やれ気力だの、やれ運命だの、やれ破壊だの、やれ魔術だの、やれ不死身だの、と思想によっては何度でも何度でも戦争をできる能力ばかりだ。

 

 羨ましがったところで自身には自身の能力しかない。そんなことは分かっている。そして――――。

 

「――――ッ!」

 

 大尉の再生を終えた拳が半人の妖夢の腹へと叩き込まれる。大尉には暴力的な身体能力と再生能力、そして人狼特有の優れた嗅覚がある。半人の妖夢には掠り傷を何度か負わせている。そこから香る血の匂いは間違いのないものだ。半霊の方からはその匂いがしなかった。如何に姿形が同じといえどそこまでは真似できまいと大尉は匂いのする方へと攻撃をした。

 

 だが、半霊の妖夢はそれでも大尉へと斬り掛かる。妖夢の統一された殺意に感心しながらも霧化し斬撃を通過させる。狙いは攻撃が通る方の妖夢だけだ。実体のないモノを殴ったところで無意味なのは自身がよく分かっている。

 

「開海『モーセの奇跡』!」

 

 早苗の宣言とともに顕現した海が波となり大尉たちを呑み込まんとする。急ぎ霧化した大尉は波に呑まれぬように侵食された高木へと降り立つ。

 

 覚悟なんてないものだと思っていたが中々どうして良い表情をしている。まるで、これから戦場に降り立つ新兵のようだ。だが、さっきの波に殺意は感じなかった。恐らく、スペルカードなのだろうと大尉は推測し、強敵が増えてくれたことに歓喜した。ただその表情は変わらない。

 

 

――――――――

 

 

 大尉の殺意の込められた拳を受けかけた早苗は相手にもされないことに憤りを感じる前に大尉の冷たい機械のような眼差しに耐え切れず離れたところで妖夢たちの戦いを見守ることしかできなかった。

 

 最初はただの異変だと思っていた。霊夢や魔理沙、妖夢といった友達と解決して宴会を開くものだと思っていた。だが、違った。

 

 最初の違和感はレミリアが自分たちを呼び寄せた時だ。面白そうなことがあると自身や従者を使って首を突っ込もうとするレミリアが他陣営を頼った。そして、起こったのは魔理沙への発砲、人里への襲撃だ。

 

 無惨に殺された者たちの最期の表情は今でも夢に見る。幻想郷に住む者として巫女として許せなかった。だが、どういう訳か早苗が人狼一派の件に関わろうとするのを家族同然の二柱の神は渋い表情を浮かべて避けさせようとしていた節があった。「どうしてですか?」と早苗が訊ねたところで口をへの字にするばかりだった。

 

 今ならなんとなく理解できる。早苗が二神を大事にしているように二神も早苗が大事なのだろう。大尉やEXルーミアの殺意にも臆することなく動ける自分以外の者が羨ましく思えてしまう。

 

 だが、同時に疑問も浮かぶ。何故、戦えるのか。何故、怖くないのか。何故、何故、何故――――。

 

「早苗じゃないか。大丈夫かい?」

 

 見ていることしかできない早苗にその場に似合わない声がかかる。同じく見ていることしかできない影狼が心配そうな声色で早苗に話しかける。

 

 最初、早苗は影狼も疑っていた。捕虜というのは嘘で同じ人狼である彼に賛同しているものだと思っていた。だが、早苗たちが到着した際に殺されかけていたところを見るにその疑いは晴れていた。

 

「影狼さんは……」

 

 「なんで逃げないんですか?」と訊ねる前に影狼が口を開く。その表情はどこか自虐的だ。

 

「私ら人狼ってのはさ、もう私とそこで殺し合いしてる馬鹿しかいないんだ。外の世界でも絶滅しちゃったらしい」

 

「……」

 

「外の世界の最後の一匹があいつだってさ。聞けば、最期まで戦って死んだらしい。私なんて恐くて恐くて逃げ回ってこの世界に辿り着いたのにさ」

 

「でも――!」

 

「正直、馬鹿なんじゃないかって思っちゃったよ。おとなしく逃げとけば生き残れたのにさ。そうすれば、こっち来た時に平和な世界が築かれてたかもしれないのにさ」

 

 影狼が思い浮かべたのは草の根ネットワークに加入しのんびりと幻想郷で暮らす彼の姿。時にルーミアたちと遊んだり、時に太陽の畑で幽香にお茶をご馳走してもらう。だが、そうはならなかった。

 

 各地で戦闘を引き起こし、敵を殺したり、味方を殺されたりしてきた彼に平穏は似合わない。

 

「私がこんなことを頼む資格はないと思うんだけど、早苗に頼みたいことがあるんだ」

 

 その頼みは酷なことだ。そんなことは影狼もよく分かっている。彼の殺意に当てられただけで怯んだ彼女には酷な頼みになるだろう。

 

 況してやこんなことを頼む権利が自分にあるのかどうかも分からない。ちょっと最後に牙を剥いただけでこれまで何もしてこなかった自分にその権利はあるのか。

 

「どうか、どうか、あいつらから皆を護ってやってくれ。倒してくれなんて頼まない。ここにいる皆を護ってやってくれ」

 

 侵食された地面に涙を流しながら頭を擦り付けてまで頼む影狼に早苗は気圧されてしまう。また一歩後退りしかけたところで――――。

 

『大丈夫だよ、早苗には私たちが付いてる』

 

『早苗は皆を護ってやれ。私たちが早苗を護ってやる』

 

 その聴き覚えのある二つの声は確かに早苗の耳に届いた。そこで早苗は気付かされる。自分一人が生き残ったとしてもそこに前のような光景がないことに。それでは意味がない。

 

 この異変を皆で解決しなければならない。そうしなければ、また皆で笑いながら宴会も開くこともできなくなってしまう。

 

 自分には二柱の加護が付いている。ならば、皆にも加護を与えなくては平等とは言い難い。それを与えるのは二柱の神ではない。自分なのだ。

 

「影狼さん」

 

「はい――――っ!」

 

 顔を上げた影狼が見た早苗の表情は一変していた。どこか頼りないものだったのが、今では決意と覚悟に満ちた表情だ。しかも、それは死に征く者の表情ではない。必ず皆で生き残ると決めた表情だ。

 

「私に任せてください」

 

 迷いも恐怖も消えた。後は皆を護るために現人神としての力を振るうだけだ。

 

「影狼さんも護りますので安全な場所にいてくださいね!」

 

 そういって飛び出して行った早苗を見送った影狼は大尉たちの戦いに目を向ける。

 

「ほんと、なんであんな楽しそうなんだか……」

 

 楽しそうに戦う彼の姿を見て影狼は悲しそうに呟いた。


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