東方戦争犬   作:ポっパイ

60 / 62
六十話

 

 時は戻り、霊夢たちと対峙する大尉は歓喜に満ちていた。自分を殺すためにこれだけの人数が集まってくれた。全く知らない人物もいれば見知った顔も数名いる。なんて素敵なのだろうか。最悪、霊夢一人が乗り込んで来るものかと思っていた。彼女たちの敵意と殺意が心地良い。

 

 今すぐにも戦いを始めたい気持ちだが、霊夢の相手はEXルーミアに譲ってある。そう約束をしてしまった以上、それを破るわけにもいかない。大尉はEXルーミアに合図を出そうとするもそれよりも早く霊夢が祓い棒を大尉に向ける。

 

「やっぱあんたは後!」

 

 その一言で霊夢の視線から大尉が外れ、EXルーミアへと向けられる。どうやら霊夢もEXルーミアと先に戦いたいようだ。それは願ったり叶ったりだ。だが、霊夢の周りの反応は意外そうに霊夢を見詰めている。

 

 霊夢としては優先順位の問題だった。この侵食する闇をまずは止めなければならない。そうしなければ、本当に幻想郷が滅びてしまう。大尉の相手はその後でさっさと決めてしまえばいい。

 

「やっぱ巫女ってのはムカつくなァ!」

 

 霊夢の不遜な態度にEXルーミアから可視化される程の妖力と闇が溢れ出す。それはまるで憎悪と殺意が溢れ出しているようでもあった。そんなEXルーミアの姿を見て大尉は表情には出さないものの喜び、そして嫉妬していた。

 

 最初に霊夢と戦う権利を譲ったものの羨ましいものは羨ましい。そんな大尉の熱視線に気付いたのかEXルーミアが頬を僅かに紅くして大尉を睨む。

 

「……絶対に譲んねェかんな」

 

 それは照れ隠しなのか悪態の中に普段のような刺々しさがない。そんなつもりはない、と伝えようとしたが肝心の通訳を解雇したばかりだったのを大尉は忘れていた。霊夢たちばかりに意識がいってしまっていたことを反省し影狼にもう一度銃口を向けようとする。だが、先程までいたはずの影狼の姿が見当たらない。その匂いを辿ると誰か別の者に救助され離れた位置にいるようだった。

 

 恐らく時間を止めるメイドにでも助けられたのだろうと推測した大尉は影狼から興味を失い、全ての神経を敵へと向ける。敵の数をその嗅覚から六人だと判断する。やはり嗅ぎ覚えのない匂いを持つ者もいる。

 

「貴様が人狼だな?」

 

 二本の刀を携えた白髪の少女――魂魄妖夢が大尉へと問い掛ける。通訳がいなくなってしまった大尉はその問い掛けに頷くことで肯定しようとして、その身を大きく後ろに反らした。ちょうど首があった部分を妖夢の刀が空を斬る。

 

 なるほど、これがサムライか。なんて呑気なことを考えながらも大尉は一度霧化し距離を取る。侍というよりは辻斬りの方が正しいのだろうが大尉に違いは分からない。だが、殺意を隠そうともせず攻めてくる姿勢はとても素晴らしい。今すぐにでも殺したくなってしまう。

 

「あまり一人で先行しないでください、妖夢さん!」

 

 声のした方に巫女の格好をした緑髪の少女――――東風谷早苗が心配そうな表情を妖夢に向けていた。守谷神社の現人神であり、厄介な二柱の神様への取引材料。それがこうして戦場に現れてくれるとは大尉としては複雑な気持ちだった。

 

 大尉としては約束をした以上、それを守りたい気持ちがある。約束のお陰で妖怪の山や人里への侵略がスムーズに行えたことを考えると手を抜いてもいいだろう。

 

 だが、同時に現人神を名乗る早苗の実力にとても興味があった。前の世界において、現人神を名乗る人物と戦ったことがない。思い出すのはあの吸血鬼を追い詰めた神父だ。自分では到底敵わない相手を連想し大尉の気持ちが昂ぶる。

 

 早苗に狙いを定めた大尉が駆ける。大尉の殺意の籠もった視線を感じた早苗は思わず一歩怯んでしまう。その行動がいけなかった。

 

「――――ッ」

 

 妖夢の剣戟を霧化することもなく掻い潜り早苗の眼前に立つ。そして、早苗の顎を掴むとその表情を確かめる。この決戦の場において相応しい顔か、あの神父のような強者か。否、答えは出ていた。こうして敵である大尉が射程圏内で巫山戯た行動をとっているのにも関わらず呆けた表情を浮かべるなど答えは論外だ。殺してしまっても良いだろう。そして、その首を持って新たな戦争の布石へとしようと思い付く。

 

「早苗さん!」

 

 早苗の顔の横を大尉の拳が打ち抜く。外す予定のなかった大尉はその現象に違和感を感じていた。早苗の顔を打ち抜く直前に何者かによって手元を狂わされた。大尉が疑ったのはあのニ柱の神だ。とても大事にしている様子から何かしらの加護を与えていたのだろうか。

 

 早苗の顎を掴む腕を妖夢が斬り落とさんと割って入るのを霧化することで避ける。また距離を取ると自分と対峙する者たちを見渡す。霊夢とEXルーミアの戦闘は既に始まっているようでそこに魔理沙が加勢しているのが見える。咲夜は影狼を逃がすために着いているのか影狼と同じ位置から匂いを感じる。ならば、自分と対峙しているのは妖夢とうさ耳を生やした少女だろうか。早苗は最早敵とすら見ていない。

 

「……」

 

 うさ耳を生やした薄紫色の髪をした少女――鈴仙・優曇華院・イナバは自身の能力が間に合ったことに安堵していた。大尉のあの拳は間違いなく早苗を殺せていただろう。鈴仙は自身の持つ『狂気を操る程度の能力』で大尉の認識を狂わせていた。だが、相手もこれで警戒はするだろう。鈴仙は自身が能力によって大尉の攻撃を反らしたことも早苗にも伝えず大尉に対して臨戦態勢を取る。

 

 鈴仙としては本当は来るつもりはなかった。だが、天子による局所的地震の被害に遭った永遠亭の主人――蓬莱山輝夜の琴線に触れた。八意永琳による強靭な結界に守られた永遠亭の被害など些細なものだ。棚から瓶が一つ落ちた程度である。問題なのはその棚から落ちた瓶が輝夜の頭頂部へ当たってしまったことだ。

 

 主からの命令は二つだった。

 

『必ず見つけて、必ず殺しなさい』

 

 無茶な命令を突き付けられたと感じながらも鈴仙は戦う覚悟を決めていた。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

「大丈夫ですか、影狼さん」

 

 影狼の救出を果たした咲夜は懸念を抱いていた。もし、影狼が捕虜としてではなく同志として大尉に忠誠を誓っているとしたら。捕虜がそうなる可能性も決して零ではない。かつての自分がそうであったように影狼がそうならない保証はない。

 

「あ、あぁ、ありがとう」

 

 気付けば大尉から離れていた影狼は助けてくれた張本人である咲夜からの問に対して間抜けな返事をする。その様子から影狼に敵意がないことを察する。

 

 そして、助けられたと気付くや大尉に視線を向ける。もはや、影狼のことなど眼中すらない。その眼は真っ直ぐ敵を見据えている。

 

「――――ッ!?」

 

 影狼は目尻から水滴が一つだけ流れる。これは何の感情であろうか。開放されたことに対する喜びか。散々な目に合わせてくれた怒りか。これから死に征く同族への哀しみか。霊夢たちが来てくれたことへの楽観か。影狼はその答えを持っていなかった。

 

「貴方は早く安全な場所に逃げた方がいいわ」

 

「そうしたいんだけど……この中じゃどこに逃げても一緒だよ」

 

 ここはEXルーミアの領域だ。逃げたところで侵食されるのが落ちだろう。ならば、味方の多いこの場所に留まっていた方がまだ安全というものだ。だが、咲夜には影狼がまるで何か理由を付けてこの場に残りたいようにしか思えなかった。

 

「……そうですか。お気をつけてください」

 

 影狼に敵対する意思がないと分かると咲夜は踵を返し戦線へと戻ろうとする。

 

「やっぱあんたも戦いに行くのかい?」

 

「えぇ、個人的な恨みは晴らさないと気が済まないのよ」

 

「個人的?」

 

 影狼が問い掛けるのを待たず、咲夜の姿が忽然と消える。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 霊夢とEXルーミアの戦いで先手を取ったのは霊夢の方であった。EXルーミアの憎悪の混ざった声を無視して巫力を纏わせた祓い棒を顔面に叩き込む。防御も回避もせずに受け止めたEXルーミアの口角が不気味に吊り上がる。

 

「本っ当によォ……苛々させてくれるよなァ!」

 

 危険を察知した霊夢がEXルーミアから急いで距離を取る。霊夢が先程までいた場所の地面から闇で造られた槍が突き出していた。あと一瞬判断が遅れていれば串刺しになっていただろう。

 

「避けてんじゃねェぞ!」

 

 EXルーミアの声に呼応するように侵食された地面から木から石からゴミから――――至る所から槍となった闇が霊夢を刺し貫かんと突出する。

 

「……本っ当に厄介な能力ね」

 

 霊夢が対処しようとするよりも速く星型の光弾が闇を撃ち砕く。

 

「なに一人で突っ走ってんだ、霊夢!」

 

「……そういうつもりじゃ」

 

「自覚がないから厄介なんだよ! この私が横にいること忘れんな!」

 

 何か言いたげな霊夢を黙らせると魔理沙は太陽のような笑みを見せる。それはまるで心配するなとでも語っているようだ。

 

「だったらよォ! ここが私の縄張りだってことも忘れんなよなァ!」

 

 除け者にされ怒りに満ちたEXルーミアの声とともに闇で形成された拳が二人に振り下ろされる。だが、二人はそれを息を合わせたように左右に散るように避ける。EXルーミアは特段驚くこともなく、そういう戦い方をする相手用へと闇を形成していく。

 

 背中の翼を四本の腕へと変え、その手にはそれぞれ闇で形成した武器を持たせる。以前、白狼天狗の部隊を相手にした時に使った手だ。

 

「手が増えただけで止められると思うなよ!」

 

 魔理沙が星型の光弾が放つもEXルーミアはそれを難なく避け、霊夢へと距離を詰めようとする。それを阻止しようと魔理沙も動くが地面から隆起する闇の壁によって視界が遮られる。

 

「魔理沙!」

 

 EXルーミアの形成した腕が闇の壁を通り抜け魔理沙へ手斧を振り下ろさんとしていた。霊夢の声に反応した魔理沙が魔法の結界を貼り、その奇襲を何とか防ぐ。壁越しにEXルーミアの舌打ちする音が聞こえた。

 

 箒を操作し上からEXルーミアの姿を確認する。一本だけ伸ばした腕を戻しながらも霊夢に武器による連撃を与えようとしている姿が写る。霊夢も巫力の結界と巫力を纏った祓い棒を巧みに使いこなしその連撃を防いでいる。

 

 EXルーミアと巫女との相性は昔から最悪であった。EXルーミアの闇は巫力によって祓うことが可能だからだ。巫力を全身に纏われてしまうとEXルーミアとしても突破は困難だ。先代の巫女にもそれが原因で負けてしまっている。

 

 攻撃する傍から闇が祓われる。だが、今のEXルーミアの闇の形成速度はそれを上回る。完全なゴリ押し戦法である。だからこそ、霊夢の防御態勢を崩すことが可能であった。

 

「死ねェ!」

 

「――――――っ!」

 

 ほぼゼロ距離で予備動作もなしに闇の顎を形成し霊夢を噛み砕かんとする。だが、霊夢の姿が一瞬にして消え、代わりに全方向から幾本ものナイフが飛んでくる。

 

「あ?」

 

 突然の事に反応が遅れるも全身から闇を放出しナイフを落としていく。だが、それでも何本かはEXルーミアに突き刺さる。突然消えた霊夢に突然現れたナイフ。こんな芸当ができる人物はこの場に一人しかいない。

 

「ク――――ッ!?」

 

 「クソメイド」と言おうとしたEXルーミアを色鮮やかな極太レーザーが直撃する。発射元である魔理沙はどこかしてやったりといった表情を浮かべている。

 

「恋符『マスタースパーク』! 後出しで悪いなルーミア!」

 

「魔理沙、まだスペルカードで戦ってたの?」

 

「異変解決なんだろ? だったらルールに則らないとなぁ!」

 

 なんて単純な考えなのだろう。だが、相手がルールを守らない以上、それは愚かなことである。それでも魔理沙は自分の流儀を変えることはしないだろう。その強さを霊夢は見習いたいとすら思っていた。

 

 対して咲夜は露骨に口角を下げ不快感を魔理沙に示している。EXルーミアに殺されかけ、大尉たちに紅魔館としての尊厳を破壊された咲夜は紅魔館のメイドとして――咲夜個人が抱く憎悪を晴らすためにいる。

 

「全然効かねェんだよ!」

 

 マスタースパークを耐えきったEXルーミアが怒りを露わにして魔理沙へと斬り掛かる。スペルカードに殺傷力はない。それだけでも馬鹿にされているのかと殺したくなるEXルーミアだったが、更に腹が立ったのは幽香と同じ技を使う魔理沙の存在だ。スペルカードということもあるが、幽香のマスタースパークと比べると魔理沙のはまだまだ遠く及ばない。

 

 それは魔理沙も百も承知だ。故に、師匠直伝の技を行使するためにミニ八卦炉をEXルーミアに向ける。どうせ死なない攻撃なのだからと無視して斬り掛かろうとする。だが、それがいけなかった。

 

「目を塞げ!」

 

 魔理沙が叫ぶや霊夢と咲夜はそれに従い目を瞑る。そして、目を瞑っていても分かってしまうほどの強烈な閃光がミニ八卦炉から放たれる。真正面にいたEXルーミアは訳も分からず視界が白一色になったことへ困惑しながらも魔理沙へと出鱈目に剣を振るおうとする。

 

 魔理沙がやったことは閃光魔法による単なる目潰しだ。恐ろしいのはその閃光で相手の視力を一瞬で奪う。だが、EXルーミアも類稀なる化物だ。奪われた視力も時間が経てば回復してしまうだろう。

 

 魔理沙も真に強い化物に小細工など時間稼ぎでしかないことを理解している。魅魔や幽香、EXルーミアのいる領域に自分はまだいない。だからこそ、頼れる親友がいる。

 

「今だ霊夢! ぶっ噛ませ!」

 

「わざわざ声に出さなくてもいいわよ!」

 

 霊夢が取り出したのはEXルーミアを封印するための朱色の御札だ。目が見えず出鱈目に剣を振るっているEXルーミアの隙を突こうとするが出鱈目に振るいすぎて予測もできない。

 

「……仕方ないわね」

 

「んなこと言うなって」

 

 咲夜と魔理沙がEXルーミアの気を引こうと安全地帯からナイフや魔法弾を放つ。勿論、見えていないEXルーミアはそれに当たるもすぐに飛んできた方向へと闇で形成した釘を撃ち込む。

 

 EXルーミアは霊夢を警戒していた。自分を封印できるのは博麗の名を冠する彼女だけだ。咲夜や魔理沙のちょっかいに反応していては埒が明かない。自分の周りに闇の壁を形成し、視力の回復を図ろうとした時、EXルーミアの全身に悪寒が走る。

 

――――クソが!

 

 無言で距離を詰めた霊夢が御札を指に挟み、背後からEXルーミアに触れようとしていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。