東方戦争犬   作:ポっパイ

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五十九話

 

 時刻は少し遡る。幽香との戦いから離脱した魔理沙は誰よりも速く闇のドームの手前まで着いていた。だが、侵入方法が分からない。何度かドームに向かって魔法弾を放ってみたものの特に変化は起きなかった。ここで大技を使って無駄に魔力を消費するのは愚策だと魔理沙は考えていた。

 

「魔理沙!?」

 

 自分を呼ぶ声がし、後ろを振り向けば親友が仲間を連れて来ていた。久しぶりに感じる親友の姿を見て魔理沙は思わず頬が綻んだ。

 

「よぉ、霊夢! 元気だったか?」

 

「何であんたがここにいるのよ!」

 

 思わず口調が強くなってしまった霊夢は自己嫌悪を感じながらも魔理沙に問い詰めてしまう。しかし、魔理沙は気持ちの良い笑顔を浮かべて見せる。

 

「元気そうで安心したぜ」

 

「――――ッ!」

 

 霊夢の表情が複雑そうなものになっていく。怒っているのか、心配しているのか、喜んでいるのか、どれも正解ではないだろう。だが、間違ってもいない。

 

「……危険な相手なのよ」

 

「あぁ、知ってるぜ」

 

「……人里も――――」

 

「このやりとりも二度目だな」

 

 言われて気付いたのか霊夢は俯き黙ってしまう。その姿は叱られて拗ねる子どものようである。魔理沙は呆れたようにため息を吐くと俯く霊夢のその頭に渾身の力を込めて握られた拳を振り下ろす。

 

「いっ――――なにすんのよ!」

 

「私を見ろ、霊夢!」

 

 魔理沙の曇り無き眼に自身の姿が映る。その姿に覇気は無くどこか弱々しい。これが今の自分だと思うと情けなく思えてしまう。そして、反対に魔理沙の姿はどこまでも凛々しい。

 

「私の知ってる霊夢はもっと格好いいはずだぜ。虫まで食べようとする貧乏性で呑兵衛で堕落してて――――お人好しな私の大好きな親友なんだからよ」

 

「――――っ」

 

 魔理沙の言葉に霊夢は顔が熱くなる思いだった。どうしてこの親友は恥ずかしげもなくこんなことを言えるのだろうかなんて考えている間にも霊夢の顔が赤面していく。魔理沙はそんな霊夢の様子も楽しそうに眺めている。

 

「どうしたよ、霊夢?」

 

「うっさい! さっさと行くわよ!」

 

 魔理沙を押し退け先に進もうとする霊夢に魔理沙は問い掛ける。

 

「私が横に立つ資格はあるか、霊夢?」

 

「そんな資格自体あるわけないでしょ、バカ魔理沙! 親友なんだったらさっさと来なさい!」

 

 魔理沙は気が付く。この親友は赤面しているのを隠そうとして先に進もうとしていたのだ。あの不器用な霊夢から親友なんて言葉が聴けた以上は頑張らなければならない。魔理沙は満足したように笑うと霊夢の後を追う。

 

「……見てるこっちが恥ずかしくなるわね」

 

「おぉ!? いたのか、咲夜!」

 

「私だけじゃないわ」

 

 気恥ずかしそうな咲夜の後ろには数々の異変を解決に携わってきた者たちが備えていた。

 

「……」

 

 何も語らないが殺気のみを放ち、ひたすらに闇のドームを見詰める妖夢。

 

「戦闘前に緊張を解すのもいいけど――――程々にね」

 

 居心地の悪さを感じながら気不味そうな笑みを浮かべた鈴仙。

 

「――――っ」

 

 霊夢と魔理沙が仲直りしたことをまるで自分のことのように喜び涙目になる早苗。

 

「これで役者は揃ったかな?」

 

 聴き覚えのない声に誰もがその声がした方へと振り返る。意匠の入った黄色のシャツにくろ色の短パンを履いた――――かつてヒトラーユーゲントが着ていた制服を着た猫耳の少年が誰にも悟られず早苗の横に立っていた。

 

「…………お前が猫ね」

 

 霊夢は紫と最後にあった時に「猫に邪魔されている」と言っていたのを思い出す。どういう能力かは知らないがこの場にいる者に気付かれずに現れた以上、この猫耳の少年が只者ではないことは間違いないだろう。

 

「ピンポーン! 大正か――――い!」

 

 猫耳の少年が言い切る前に妖夢が早苗を押し退けて、少年の首を迷うことなく斬り落とす。首から血が舞い早苗と妖夢に降りかかる。

 

「きゃぁぁああ!?」

 

 いきなりの光景に早苗から悲鳴が挙がる。こういったことに慣れていない早苗にとっては衝撃的なものだった。鈴仙が早苗へと駆け寄り、その視界を隠すように手で覆う。

 

「うっひゃー出会い頭に首落とされるとは思ってもみなかったよ」

 

 首を斬り落とされたはずの少年が今度は霊夢の隣へと現れる。分かれたはずの首と胴体が血液もろとも消えている。確かに斬り落とした感触はあった。それは妖夢自身が一番分かっている。だが、今更驚くことではない。

 

「初めまして、僕は最後の大隊『人狼部隊』のシュレディンガー准尉。今回はただの案内人さ」

 

「案内人?」

 

「僕は善意で君たちを死地へと導く案内人。彼に殺されるのか、彼が殺されるのか、その結末が観たいだけの存在さ」

 

 人狼の関係者だろうとは思っていたが殺意も敵意も戦意も何もシュレディンガーからは感じられない。紫を無力化できるほどの実力が本当にあるのか分からなくなってしまう。

 

「あんたの案内なんかなくても――――」

 

「あれを突破するのは大変だと思うけどなー。猫の手でも借りといた方がいいんじゃない?」

 

 挑発するような言い草に反応したのは咲夜だった。人狼一派にはこれまで死ぬより辛い屈辱を受けてきた咲夜は能力を使い時間を止めナイフを設置しようとする。人狼一派の関係者というだけで殺すに価する相手だ。だが、止まった世界の中でシュレディンガーと目が合った。

 

「……今更驚きもしないわよ」

 

「それは残念」

 

 本当にそう思ってるのか分からない表情で肩を竦めるシュレディンガーに咲夜は舌打ちをする。益々、相手の能力が解らない。

 

「あ、ナイフ投げるのは止めてね。折角、復讐の機会をあげるんだから残しておいてよ。僕なんかに使ったら勿体ないよ?」

 

 それが挑発なのか善意で言っているのか分からないが咲夜はシュレディンガーに何かしても無駄であると悟り能力を解く。

 

 能力が解除され霊夢が咲夜に何か言いたげな表情をしているがすぐにその意識をシュレディンガーへと向ける。

 

「で、お前がどうやって人狼んところまで案内してくれるんだ?」

 

「それはいい質問だね!」

 

 魔理沙からの問いにシュレディンガーが待ってましたと謂わんばかりに指を鳴らす。そして胸ポケットからくしゃくしゃになった一枚の札を取り出すと声高らかにその札を発動させる。

 

「廃線『ぶらり廃駅下車の旅』!」

 

 聞き覚えのあるスペルカード名だった。誰もが――特に霊夢はその名前に警戒心を顕にする。何故シュレディンガーが使えるのか、何故そのスペルカードを持っているのか、なんて考えるのは後回しだ。警戒しなければならない。

 

 だが、霊夢の警戒を余所にシュレディンガーは辺りを見渡す。どうやら思っていた結果ではないようだ。

 

「使い方はあってるはずなんだけどなぁ。……あ、きたきた!」

 

 シュレディンガーが手を振る先を振り返れば、霊夢たちが来た道から汽笛を鳴らしながら黒く長い塊がのそのそと線なき道を進んで顕れた。それは霊夢や魔理沙にとって見た事もないものだった。以前、紫が顕現させたものとは明らかに違う。

 

「き、機関車!?」

 

 反応をしたのは早苗だった。比較的に最近幻想入りした早苗にとっては乗ったことはないがテレビや雑誌で見たことのあるものだった。機関車の先頭部分である煙室扉にはハーケンクロイツの意匠が施されているのが見える。

 

「早苗が反応したってことは外の世界の何かなのね」

 

「は、はい。あれは外の世界の乗り物です。といってももうほとんど走っていませんが……」

 

「……これに乗って案内してくれるってわけ?」

 

 霊夢が問い掛けるとシュレディンガーは満足そうに頷く。

 

「正解! というわけで早く乗り込んでよ。時間も勿体無いでしょ?」

 

 シュレディンガーが機関車まで霊夢たちを案内する。これに対し、誰一人不安を口にしないのは霊夢が先頭立ってシュレディンガーの後に着いていくからだろう。危険なものではないと霊夢も判断したのだろう。

 

「六名様、ご案内!」

 

 シュレディンガーが機関車の客室両の扉を開けるとそこには光り輝く客室が広がっていた。至るところが黄金や宝石で装飾された豪華絢爛な空間になっている。

 

 宝石や黄金を積み込んだまま消えてしまったとされるナチスの黄金列車。かつて、第二次世界大戦の頃の都市伝説のような存在だ。紫のスペルカードをシュレディンガーが使用し変異してしまった結果、シュレディンガーに引っ張ってこられたものだ。

 

「趣味の悪い部屋ね」

 

 そう口にしながらも霊夢がいの一番に真紅色の毛皮が貼ってあるソファーに腰を降ろす。そして、その座り心地の良さに表情には出さないものの驚愕してしまった。神社にある古い座布団とは比べ物にもならない。

 

「……」

 

「欲しいなんて考えるなよ、霊夢」

 

「ちがっ! 私は別に――――」

 

「顔に出てたぜ」

 

 鈴のように笑いながら魔理沙に指摘され、僅かに頬を赤く染める霊夢。決戦の前だと言うのに緊張感が感じられないが、周りはそれを指摘しようとすらしていない。

 

「あー、ごめんね。これあくまでスペルカードで模倣したやつだからさ、持って帰れないんだよね」

 

「うっさい! というか紫の奴はどうしたのよ!?」

 

「紫お婆ちゃんなら、今はスキマの中でおとなしくしてもらってるよ」

 

「……あの紫がそう簡単におとなしくしてると思わないんだけど?」

 

「そうさせちゃうのが僕の能力なんだよねー。こっちの世界で謂うなら『どこにでもいて、どこにもいない程度の能力』って感じかな?」

 

 原理は不明だが尻尾をクラッカーのように鳴らし巫山戯た調子で説明するシュレディンガーの首元に刃が突き付けられる。そんなことをする人物は一人しかいない。

 

「今すぐ紫様を開放しろ」

 

「それはできない相談だよ、庭師さん。どうしてもっていうなら――――死力を尽くして戦ってよ」

 

「……」

 

 妖夢は考えを巡らせる。斬っても斬れぬ相手をするより、相手の口車に乗った方が速いのではないか。だが、シュレディンガーの言葉に緊張感はなく倒したところで本当に開放されるかの保証がない。

 

「こいつの言ってることは本当よ、妖夢」

 

「……その証拠は?」

 

「勘よ」

 

 緊張感が無いのは霊夢も一緒であった。霊夢の勘がよく当たるのは妖夢も知っている。これ以上、ここで語っていては時間の無駄だと自分を納得させる。

 

「じゃあ、出発!」

 

 役者たちが席に座ったのを確認するとシュレディンガーは黄金列車は汽笛を鳴らしながら闇へと進行していく。闇のドームとの境界線にスキマが出現するわけでもなく、闇を押し退け無理やり中に侵入しているようだった。本来の持ち主の強さが垣間見える瞬間でもある。

 

 闇のドームへ突入する際、車内は一時的に暗闇に呑まれたがすぐに車内にライトが点き車窓からは外の様子が一望できるようになった。

 

「悪趣味な……」

 

 そう呟いたのは鈴仙だった。木々や植物、動物などがいたであろう森は全てが等しく闇に侵食されていた。木は枯れてはいるもののその幹の内部から爛々と光る赤黒い闇が胎動し、闇に侵食された動物や虫同士が結合し、動き辛そうに地面を這っている。ここに正気は存在していない。

 

「……奴らは何が望みなんだ」

 

 鈴仙はこんなことをする連中の思想が理解できないでいた。目的が全く読めない。行動を起こすのであれば目的があって然るべきだと考えている。これまでの行動に目的があるとは到底思えないでいた。

 

「うさ耳のお姉さん、良いところに気が付いたね!」

 

 鈴仙の呟きに対してシュレディンガーが反応する。

 

「ただ、それは僕から教えても良いんだけど――――それは彼に教えてもらってよ」

 

 コロコロと変わるシュレディンガーの態度に若干の苛つきを覚えるも、どういうわけか死なない猫に力を使うのは無駄だと自分に言い聞かせる。

 

「僕から教えられるのは一つ」

 

「……なに」

 

「彼は君たちが来るのをとても楽しみにしていると思うよ! あ、それとここまでみたい」

 

 爽やかな笑顔を浮かべたシュレディンガーが言った言葉の意味を考えるよりも前に黄金列車が急停止する。早苗が車窓から外を見ると手の形をした闇が列車に侵食しようと車体に絡み付いていた。

 

「入ってすぐこれかよ!」

 

「僕ももうちょっと進めると思ったんだけどねー」

 

「さっさと扉開けろ!」

 

 シュレディンガーが指を鳴らすと車窓や扉が全開される。そこから闇が侵食してくるよりも速く乗客たちが飛び出して行く。ある程度、黄金列車から離れたところまで距離を取り、振り返ると黄金列車から降りたシュレディンガーが笑顔で大きく手を振っているのが見えた。特にそれに反応するわけでもなく、霊夢たちは大尉たちが居る方へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

「良い戦争を、大尉」

 

 舞台装置としての役目を終えたシュレディンガーの姿は黄金列車とともに消え、観客席へと戻っていた。

 

「手を出さないはずじゃなかったのかしら?」

 

 同じく観客席にいる紫から問い掛けられる。シュレディンガーも最初はそのはずだった。彼の戦争であって、シュレディンガーの戦争ではない。況してや彼に直接頼まれたわけでもない。だからこそ、この行動は――――。

 

「無駄なお節介ってところかな。僕じゃなくてもこの世界の住人なら突破できるモノもいたんだろうけど――――最後の大隊で残ったのはもう僕しかいないからね」

 

 どこか誇らしげな様子のシュレディンガーを見て、紫は深い溜め息を吐いた。

 

 

 

 


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