東方戦争犬   作:ポっパイ

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五十七話

 

 魅魔のかつての計画の一つに幻想郷そのものを自分の住みやすいように造り変える、という荒唐無稽で出鱈目なものがあった。幻想郷を護る博麗大結界が存在している以上、それは叶わぬ夢かと思われていたがEXルーミアという存在がそれを可能にしてくれるということが解った。

 

 闇の創造と侵食の体現者であるEXルーミアに不可能なことなどない。そう結論付けた魅魔であったが一番大事なことが抜けていた。

 

 EXルーミアにそれを理解できる知能がなかったことだ。魅魔なりに懇切丁寧に計画について説明したところでEXルーミアには餌が何か訳の解らないことを喋っている程度にしか思われていなかった。

 

『やぁ、ルーミア、昨日の話の続きを――――』

 

『訳分かんねェんだよ! テメェの話はよォ! さっさと喰われろォ!』

 

 見かける度に斬り掛かってくるようになったEXルーミアに魅魔も我慢の限界が来たのかEXルーミアを見かける度に周辺一帯を焦土と化すような爆裂魔法を放つようになっていた。

 

 そんな不毛な争いをしている間に当時の博麗の巫女に封印されてしまい計画は一旦中止するはめになった。そして、時代が流れEXルーミアが封印されたのを視て計画は完全に頓挫してしまった。

 

 そんな魅魔の大願が叶おうとしていた。だが、今はそんなことを気にしている余裕はない。本気の幽香を前にしてそんな余裕が生まれるはずがない。

 

「何を考えているのかしら!?」

 

「そう見えたんなら申し訳ないねぇ!」

 

 魅魔の予備動作なしで放った魔法弾が不規則な軌道を描きながら幽香の全身を貫く。だが、幽香の身体は止まることを知らず、魅魔との距離を詰めようとしていた。

 

 軽く舌打ちをした魅魔は玩具箱のような物を何個も顕現させる。

 

「何の真似かしら?」

 

「ガキの真似だよ!」

 

 魅魔の杖の一振りで玩具箱がひっくり返っていき、中から箱の許容量を超えているだろう数のブリキの人形が雪崩の起こしながら幽香へと迫っていく。

 

「邪魔よ!」

 

 幽香の日傘の一振りはその雪崩を容易く消し飛ばす。しかし、先にいるであろう魅魔の姿が見当たらない。辺りを見渡そうとする幽香の視界が突如闇に支配される。

 

「……また嵌められたわね」

 

「その通りだよ! ちっとは理解しな!」

 

 幽香の視界が闇に支配されたのは背後から玩具箱に飲み込まれたからだった。そして、外にいる魅魔が号令を下すとどこからともなく顕現した幾多ものサーベルが幽香の入っている玩具箱を串刺しにしていく。だが、恐ろしいまでに手応えを感じさせない。

 

 おとなしかった玩具箱が爆散し、無傷の幽香が姿を現す。これには流石の魅魔も冷や汗を隠せなかった。

 

「……どう防いだんだい?」

 

「どうって? あの程度の玩具で私を殺そうとしてたの? 馬鹿じゃないかしら? 貴女の玩具は勝手に壊れてったわよ」

 

 串刺しにしようとしたサーベルだったが、幽香の溢れ出るその妖力に耐え切れず刀身が砕けて散っていた。これも魅魔の想定外のことだ。魅魔の口角が吊り上がる。

 

「アッハハハ! 流石に出鱈目だな! 頭可笑しくなっちまいそうだよ!」

 

 相手は本気の幽香だ。彼女の全盛期は今なのだ。小細工もフェイクも全てを力で粉砕していく。純粋たる暴力を前にして魅魔は笑いが込み上げてきていた。

 

「楽しいなぁ、幽香! あたしゃぁ、とっても楽しい! 弟子のために頑張ってみるもんだねぇ!」

 

「ふふふ、私もよ、魅魔。次はどんな小細工を見せてくれるのかしら?」

 

「なら! これはどうだい!?」

 

 魅魔の姿がブレていく。目の錯覚ではないことは幽香でも分かる。そして、これから何が起こるのかも分かっているつもりだ。

 

「分身? 分裂? まぁ、全部落とせば関係ないわよね?」

 

 幽香を取り囲むように何体にも増えた魅魔に動じることなく言い放つ。事実、幽香にはそれだけの暴力がある。魅魔もそんなことは百も承知だ。

 

「数の暴力ってのは偉大だよ。でも、その数の暴力すら打ち壊す暴力をお前は持ってる。敬意を評すよ、風見幽香」

 

 どの魅魔から発された声かは分からないが、幽香は不敵に笑う。

 

「御託は結構よ。行動で示しなさい」

 

「……つれない女だよ。『マスタースパーク』!」

 

 幾多もの魅魔の三日月の杖の先から色鮮やかな極太のレーザーが放たれる。その中心で幽香は満足そうに笑い、その全てを受け入れた。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 幻想郷全土の危機を引き起こした大尉たちは呑気なものだった。敵がやって来ない以上、動きようもなかったからだ。目標を作らせたはいいものの実際に目立っているかは大尉たちからは分からない。かといって、動いてしまえば作らせた意味がなくなってしまう。

 

「なァ、大将、これ本当に意味あんのかァ?」

 

 ある、とは断言しきれなかった。

 

「そもそも、これってどうやって外から入るんだい?」

 

 影狼の問いはもっともだった。常に侵食を続ける闇のドームにご丁寧に出入口が付いているとは思えない。況してや、作成者を考えれば尚更だ。

 

「うるせェな! 良い感じにやってくんだろ!」

 

「ひ、ひぃ!」

 

 実際の所、EXルーミア自身どうやって入ってくるのか検討つかないでいた。何せ、今回初めて作ったモノをいちいち構造まで把握していない。作り出したはいいものの、どうやって消えるのかすら理解していない。

 

「私ってこんなんも造れたんだなァ」

 

「自分の能力を把握してないってのは恐いんだねぇ」

 

 腕を組みながらEXルーミアがしみじみと言っているのを聞いた影狼が思わずツッコミを入れてしまう。EXルーミアと影狼の視線が合い、片方が口角を上げ、片方は口角を下げる。次に聞こえたのは影狼の情けない悲鳴だった。

 

「ぎゃぁぁぁぁあ!」

 

「私の能力把握するためによォ、手伝ってくんねェか? なァ!?」

 

「助けて! 助けてぇぇぇえ! 聴こえてるんだろう!?」

 

 どうやって思い付いたのか分からない闇で作成されたギロチン台に影狼が今にも設置されようとしていた。

 

 大尉は空を見上げる。しかし、そこには赤黒い天井があるだけで月も星も見えはしない。だが、この光景も嫌いではない。戦火によって燃え盛る街を思い出させてくれる。それは敵の街だったか味方の街だったか思い出し切れない。

 

 それはそれはそれとして、大尉は本当に影狼の首を切り落としそうなEXルーミアに待ったをかけた。

 

「あァ、危ねえェ、本当に殺っちまうとこだった」

 

「と、止めるの遅いよ……」

 

 もう出すゲロもない影狼は疲れたように地面に横たわる。この赤黒い空間にも慣れたようだった。

 

「慣れたようでなにより、だって? バッカじゃないの!? 私が妖怪じゃなければ胃に穴が空いて死んでるよ!」

 

 同じ人狼なのだ。多少なりともタフでなければ困る。何のために拉致されているのか存在意義を果たしてほしいと大尉は思っている。

 

「今更そんな厳しいこと言うかい!? ……冗談!? あんたの冗談は笑えないんだよ!」

 

「何だよ何だよ楽しそうに大将と話やがって

よォ」

 

「楽しそうに見えるかい!? ……あっ」

 

 又もギロチン台に掛けられそうになっている影狼を大尉は少し慌てて止めに入る。EXルーミアも気持ちが昂ぶっているのは分かるが影狼に八つ当たりするのは少し止めてほしい。最終決戦を前に通訳が味方に殺されたとなっては締まりが悪い。

 

「安心しろよ、殺しはしねェからよォ!」

 

「ぜっだいぃ……うぞだぁ……」

 

 泣く元気があるなら大丈夫だろうと大尉は影狼を放ったらかしにする。幽香がいればさらなる追撃を影狼にかけていただろうな、と大尉はここには来なかった人物を連想する。

 

「じんばいじでるのがい?」

 

 大尉は幽香の心配など微塵もしていない。寧ろ、羨ましいと感じていた。彼女は自らの意思で彼処に残り、敵と戦うこと選んだ。そして、今も戦っていることだろう。なんと羨ましいことか。彼女の戦いが彼女にとって素晴らしいものになることを大尉は確信していた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 幽香は微笑んでいた。微笑んでいるつもりなのだが、全方位レーザーを浴びている幽香の身体は破壊と再生を繰り返している最中であり、なんとか人の形を保っている状況だ。少し前の自分ならば焼き殺されていただろう。

 

 だが、今の幽香は違う。破壊と再生を繰り返していくことで耐性が出来上がってくる。破壊を上回る速度で再生をしていく。だが、全方位レーザーを避けられるものではない。ましてや、渦中にいるのは幽香自身だ。

 

「なら、私も仕返しそうかしら」

 

 幽香が再生すると同時に焼き尽くされたと思われていた日傘が幽香の手に戻ってくる。一時的な結界を自身の周りに貼ると日傘の石突を正面へと向ける。

 

「『マスタースパーク』」

 

 翡翠色の超極太のレーザーは魅魔のレーザーを呑み込みそのまま直線方向にいた魅魔ごと焼き滅ぼす。

 

「はぁ!? ほんと化物だな! 最高じゃないか!」

 

 破られた包囲に意味などない。早々とレーザーを止めると残った魅魔たちは三日月の杖を大鎌へと変化させ接近戦へと切り替えていく。だが、接近戦に分があるのは幽香の方だ。

 

「……らしくないこと」

 

 そんなことは分かりきってるはずだった。そんなことに気付かない魅魔ではないはずだ。だが、何かを企んでいるかといって幽香が受けない理由にはならない。強者である自分が逃げるなどあってはならないことだ。

 

 斬り掛かってくるのを翼で受け止めると幽香は即座に日傘で魅魔の顔面を潰すようにして振るう。顔面が潰された魅魔の身体が突如膨れ上がり、幽香を巻き込んで爆発する。

 

 爆炎を翼で吹き飛ばすと次の魅魔が二人掛かりで幽香へと斬り掛からんとしていた。だが、それよりも速く日傘を振るいさっさと魅魔を爆発させる。全方位マスタースパークを受けていた幽香からすればこんな爆発は些細なものだ。

 

「これで終わりってわけじゃないでしょう?」

 

「……」

 

「その顔は何かしら? まさか、ネタ切れってわけじゃあるまいし。さっさと次のネタに行ってみなさいよ。来ないなら――――私から行くわよ」

 

 幽香が日傘を構える。これまで防戦的だった幽香が攻めに転じようとしている。幽香の翼が羽ばたいたいたと思った次の瞬間には一体の魅魔が消し飛ばされていた。

 

「なっ――――!?」

 

 恐るべきはその速度であり、爆発させるよりも前に分裂体を消し飛ばした破壊力だ。魅魔の想像を遥かに超えている。だが、想像を超えているからといって易々と殺られる魅魔ではない。相手が想像を超えるならば、自分もその想像を超えればいい。それでも無理ならば悪手を使うしかない。

 

 幾多もの魅魔たちが幾千の不規則な軌道を描く極細レーザーを放つが幽香は少し焦げる程度で全く意に介さず、一体一体を確実に潰していく。潰すのはどれも分身体であり、その動きはまるで本物がどれか分かっているような動きだ。

 

「纏めて蹴散らしてあげるわ」 

 

 急上昇した幽香は日傘を開く。石突の先には魅魔たちの姿がある。これから何がされるのか魅魔はよく分かっていた。

 

「不味い!」 

 

「『幻想郷の開花』」

 

 幽香の日傘の石突から可愛らしい花が咲いた。咲いた花は実を成し、何個もの種をバラ撒き、枯れていく。そして、種は芽生え、成長し、同じことを繰り返していく。

 

 異常なのはそれが凄まじい速度で行われていることだ。やがては空を覆う前で増え、魅魔たちに花や実や種が落ちてくる。その内の一つに触れてしまった魅魔の一体が枯れていく。その姿はまるで枯木のようだ。

 

「嫌らしい術じゃないか!」

 

「素敵な術の間違いでしょ? 本来ならこんなに増えないのよ。今日はサービスね」

 

 魅魔たちが花を消し飛ばそうと花に向かって幾多もの魔法を放つがそれでも消しきれない。追い打ちをかけるように幽香が羽撃き花が落ちていく速度を上げていく。

 

「おかえりなさい」

 

 素敵な笑顔を浮かべた幽香の見下ろす先には地面に落ちた花たちが辺り一面に綺麗な花畑を創り上げていくところだった。そこに魅魔の姿は見当たらない。

 

 


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