東方戦争犬   作:ポっパイ

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五十六話

 

 人里にて捕らえられた軽傷の白狼天狗たちは神子の監視の元、一箇所に集められていた。諦めた表情からは抵抗の意思はもうなく、おとなしく縛られている様子だった。神子は自身の能力を使い、白狼天狗たちが何を考えているかを探っている最中だ。

 

 そんな最中に機嫌の悪そうな霊夢が咲夜を連れてやって来る。その表情だけで何が言いたいのか分かってしまう。

 

「人狼の居場所が知りたいんだろう?」

 

「話が早くて助かるわね」

 

「残念ながら、この雑兵どもでは分かりそうにないな。聴いてはいるんだが、本当に人狼がどこにいるのか分かっていない」

 

 やれやれ、と肩を竦める様子を見せる神子を通り過ぎ、霊夢は一人の白狼天狗の胸ぐらを掴み上げる。

 

「奴はどこにいる?」 

 

「……博麗の巫女か」

 

「質問に答えなさい」

 

 鬼気迫る様子の霊夢に対して、掴まれている白狼天狗からは余裕が見える。というよりは、何もかもを諦めてしまっている者の哀れな顔だ。

 

「我らは何も知らされていない」

 

「下手な嘘は止めた方が身の為よ?」

 

「最早、我らの身など終わったも同然だ。好きにされよ」

 

「この――――ッ!」

 

 殴り掛かりそうになる霊夢を慌てて咲夜が止め、掴まれていた白狼天狗が地面に落ちる。その後ろで呆れたように神子が溜め息を吐いていた。

 

「本当に彼らは何も知らないんだよ、霊夢」

 

「我らが大将は夢を見せてくれた。下っ端天狗と――――犬と蔑ろにされてきた我らを同族と認めてくれた」

 

「利用されている、とも知らずにね」

 

「ち、違う! 我らは――――ッ!」

 

 白狼天狗の表情から僅かに怒りが感じられる。まだそんな表情ができることを少し驚きながらも神子は容赦なく口を開く。

 

「ならば、何故、彼らは君たちを助けに来ない? 大事な大事な同族ならば助けに来てもおかしくはないだろう?」

 

 神子は白狼天狗は利用されていたと考える。人狼一派は個々の力が強い分、数の戦力に劣っている。少しでも混沌を与えるために、少しでも戦火を広げるために白狼天狗は利用されていたのだろう。使い道がなくなれば、後は捨てればいい。そんなところだろう。

 

「だからこそ、一矢報いてみたいとは思わないかい? 良い様に利用されたんだ。君らの無念は晴らしてあげようではないか」

 

 顔を近づけて来た神子の甘言が白狼天狗の耳元に囁かれる。それはとてもとても甘く、どういう訳か信頼できる言葉のように感じてしまう。だが、白狼天狗とて意地を捨てた覚えはない。

 

 神子の顔を睨み付けるとその顔に唾を吐いて捨てる。神子はそれを軽く拭くとつまらなそうに後ろに下がって行く。

 

「そうか。ならば、仕方ない。精々、吠えることだな、負け犬として」

 

 神子の嫌味からは苛立ちが感じられた。

 

「椛はどうした?」

 

 急な霊夢の問いに白狼天狗は答えられないでいた。最後に別れたのは妖怪の山で、その後どうなったかなんて知る由もない。しかし、確かに聴こえたのは覚悟を決めたような獣の咆哮だ。大体の方角も分かる。しかし、何が起こっているのかは分からない。

 

 霊夢としては千里眼を持つ椛の居場所さえ分かれば、後は早いと思っていた。あの真面目な白狼天狗がそう簡単に裏切るとは思っていなかった。

 

「何か知っているようね」

 

「……椛隊長は恐らく太陽の畑だろう」

 

「はぁ? 何で太陽の畑なんかに?」

 

「それは知らぬ。だが、もう……」

 

 あの最後に聴こえた咆哮以降、椛からの遠吠えはない。もし、あの咆哮の意味を考えるならば、死んでいてもおかしくはない。

 

 霊夢は太陽の畑に行こうかどうか考える。確かにあの場所は幽香の領域だ。大尉たちがいてもおかしくはない。だが、霊夢の勘がそうではないと告げてくる。それに、太陽の畑に行けば良くない何かと遭遇しそうな気がしていた。これは本能が告げている。警鐘を鳴らしている。

 

「そう。なら、仕方ないわね――――――ッ!?」

 

「霊夢、どうかした?」

 

 霊夢の全身に悪寒が走る。今まで一度も感じたことのないような悪寒だ。これは何だと考えるよりも前に霊夢は空に上がる。咲夜も着いてくるが、構っている余裕がない。

 

「本当にどうしたのよ、霊夢。何が――――っ!? ……あれは何?」

 

 空から幻想郷を見渡す霊夢と咲夜の視界に奇妙なモノが入り込む。位置としては無縁塚だろうか。無縁塚を中心にその辺り一面を赤と黒が混ざったような色をした半球体が侵食していた。悪寒の正体は間違いなく、ドーム状に拡がったその半球体だった。そして、その半球体は侵食を拡げていっているように見える。

 

 幻想郷の根幹を為す『博麗大結界』。そんな結界ですら綻びが生じてしまう無縁塚で巨大な闇が侵食すればどうなるか。そんなことは考えなくても分かる。博麗大結界――ひいては幻想郷そのものに関わる一大事だ。

 

 そんなことを起こしかねない張本人たちは間違いなく無縁塚にいる。つまりは、大尉たちはそこにいる。知ってか知らずかそこで幻想郷そのものを崩そうとしている。

 

 あれは絶望の象徴だ。あれは破滅への階段だ。あれは混沌への入り口だ。あれは無邪気な邪悪だ。

 

「咲夜! 行くわよ!」

 

「えぇ!」

 

 霊夢と咲夜は無縁塚へと飛んでいく。あれを止めさせなければ恐ろしいことが起きてしまう。そう本能が騒いでいる。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 魅魔の戦闘スタイルは小細工に不意打ちに奇襲、騙し討ちを好とし、相手の意識外から高威力高火力の魔法を叩き込むというものだ。弱者が強者に対して一矢報いるためにするような戦法を魅魔は強者であろうと弱者であろうと何の関係もなく好んで使用する。

 

 対して、幽香は如何なる相手であろうと正面から叩き伏せるような戦闘スタイルだ。つまりは魅魔と間逆なものだ。

 

 加えて、魅魔は魔法使いとしての腕も最高峰である。そんな最高峰の魔法使いが弱者の戦法を好んで使ってくるとあってはたまったものではない。彼女は決して手を抜くことはない。

 

 マスタースパークが止むと、跡には全身に火傷を負った幽香が遠くで倒れ伏していた。流石の幽香も至近距離でマスタースパークをされてしまっては溜まったものではない。

 

「ヒヒヒ、どうしたよ、幽香? そんな弱かったかぁ?」

 

 倒れた幽香へと魅魔が挑発を投げ掛ける。しかし、反応がない。まさか、そんな簡単にやられてしまうとは魅魔も思っていない。

 

 追撃をしようかと杖を幽香へと向けようとして、魅魔はとても素敵な気配を感じ、幽香を無視して空へと上がる。

 

 魅魔にもそれは見えていた。魅魔にとってすれば、それはかつての大願でもあった。魅魔ですら恐ろしさが沸いてくる。

 

「ヒヒヒ……これも計画の内なのかい、幽香!?」

 

 確認をしようと倒れている幽香へと顔を向けようとした瞬間、幽香の拳が魅魔の顔面を打ち抜いた。

 

「――――ッ!」

 

 これは不味い、と投影魔法を発動し逃げようとするも、それよりも速く幽香の膝蹴りが魅魔の腹へと叩き込まれる。魅魔の怯んだ隙を狙い幽香の日傘が魅魔を地面に落とさんとするべく振るわれる。

 

 地面へと衝突させられた魅魔は苦しむ素振りを見せず、逆に憎たらしい笑みを浮かべながら追撃を仕掛けんとする幽香に向かって指を鳴らしてみせる。すると、幽香に小さな魔法陣が表れすぐに爆発した。

 

 だが、幽香の猛攻は止まることはない。爆炎をものともせず、真っ直ぐ魅魔へと向かってくる。これには魅魔も舌打ちを隠せなかった。だが、投影魔法は発動してある。幽香の向かう先にあるのは魅魔の投影だ。

 

 幽香の拳に妖力が集中していく。その拳は魅魔をすり抜けていくが、幽香はすぐに振り返り、背後から不意打ちしようとする魅魔へとその拳を叩き込む。その代償に不意打ちしようとした魅魔の爆発魔法も発動されてしまった。

 

「――――ッ!」

 

「かは――――っ!」

 

 流石の魅魔も耐えきれず肺から空気が漏れる。本来であれば、血を吐き出していたところであろうが、幽体となっている魅魔には吐き出す血液もない。

 

 それに対して、幽香の姿は凄惨なものだ。零距離での爆発魔法を浴びた幽香は全身が焼け爛れ四肢が千切れかけている。それでも尚、幽香が崩れることはない。その眼は魅魔を捉えて離さない。

 

「……クヒヒ、随分と余裕じゃないか」

 

「そうね。どうしてそんなに余裕がないのかしら、魅魔?」

 

 幽香の身体が急速に再生していく。その再生速度は魅魔からしても異常だと思える程だ。魅魔の知っている幽香の再生速度ではない。何より、気に掛かるのは幽香の言った言葉だ。

 

「図星かしら? 貴方、随分と急いでいるように見えるわよ。それより、魔力はいつまで持つのかしら?」

 

 魅魔が苦虫を噛み潰したような表情を見せる。完全に再生した幽香の口元が三日月のように吊り上がる。

 

「あれ、本当に? 本当に図星だったのかしら?」

 

 魅魔の復活はあくまで一時的なものだ。封印されていた間にコソコソ貯めた魔力とミニ八卦炉に内蔵された魔力、幽香のマスタースパークから奪った魔力で顕現しているにすぎない。魔力が尽きればまた封印状態だ。幽香にそれを気付かれた。嘘を言ったところで幽香にそれは通じないだろう。

 

「あぁ、そうだよ。図星だよ」

 

 魅魔は開き直る。

 

「で、それがどうしたよ? 時間が経てば私に勝てるとでも?」

 

「ふふ、そうじゃないわ。私は貴方に敬意を評するわ」

 

 てっきり煽られるとばかり思っていた魅魔は腰を折ってお辞儀をする幽香の姿に魅魔は目を見張る。あの幽香が敵に最大限の敬意を示している。

 

「たった一人の弟子のために顕現し、たった一人の弟子のために私の前に立ち塞がる。自己の尊厳ではなく、弟子の尊厳のために戦おうとしている。とてもとても素晴らしいわ。昔の貴方からは想像もできない。――――だからこそ、貴方の魔力が尽きる前に叩き伏せる」

 

 顔を上げた幽香の笑みは向日葵のように晴れやかなものだった。魅魔は幽香の笑みに見惚れてしまう。だが、その直後に魅魔はある異変に気付く。幽香との戦闘が激化していく中で気付く余裕がなかったが、背景となっていた辺り一面の向日葵が尋常でない早さで枯れていっている。

 

「……何をした?」

 

 『太陽の畑』と呼ばれるそこは向日葵が一面に咲き誇る鮮やかな場所だった。だが、今はあれだけ咲いていたはずの向日葵もその殆どが枯れてしまっている。未だかつて見たことのない現況に魅魔は冷や汗を流す。

 

「この子たちは私が丹精籠めて育て上げたの。文字通りにね。この子たちには私の妖力が込められているわ。今、それを返してもらっているのよ」

 

 幽香の妖力によって育てられてきた向日葵たちがその妖力を幽香へと還していく。その代償として、向日葵は枯れ果てていき、そして、妖力が幽香へと満たされていく。幽香の異常な再生速度もこのお陰だ。

 

 色鮮やかな向日葵が咲き誇る『太陽の畑』は既にない。その代わりにあるのは枯れ果てた向日葵が散乱している死の土地だ。その中で植物を連想させるような翼を生やした幽香だけが咲き誇っている

 

「さぁ、始めましょう? 今夜、今宵、一夜限りの戦争を!」

 

 知ってか知らずか大尉たちは破滅への一歩を踏み出した。ならば、自分もお供してあげなくてはいけない。例え、離れていようとも彼に加担すると決めた以上は最期のその瞬間まで付き合ってあげよう。

 

 自分は彼の舞台から降りてしまった。観客として演劇を見るのも悪くはないだろう、なんて考えは幽香にはなかった。場外乱闘も悪くはない。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 無縁塚を中心にドーム状に拡がる赤と黒の混ざったような闇の中に大尉たちはいた。この闇の中は思っていたよりも明るく、闇で包まれているとは思えないものだった。それも赤黒い闇が不気味に中を照らしているからだろう。

 

 よく周りを観察をして見ると地面からヘドロ状の闇が無差別にモノを侵食している様子が見られる。これにEXルーミアの意思があるのかは分からないが、大尉を侵食しようとしないということはある程度の意思があるのだろう。

 

「た、助けてぇぇえ!」

 

 少し目を離した隙に影狼が自分を狙おうとするヘドロ状の闇から逃げ回っていた。どうやら、大尉だけが特別らしい。満足気なEXルーミアの肩に手を置くと首を横に振り、それは駄目だ、と意思表示を見せる。

 

「ちょっと遊んでただけじゃねェかよ」

 

 何も悪びれることもなくEXルーミアがへらりと笑う。すると、EXルーミアが何かするわけでもなく、影狼を追い回していたヘドロ状の闇が地面へと引っ込んでいく。

 

 そもそも、こうなった切っ掛けは些細なものだった。無縁塚へと着いた大尉たちだったが、誰もここに来ないのではないかと危惧し始めていた。何せ、迎え討つというのに誰にも場所を知らせていなかったのだ。ここで敵が来るまで待ちぼうけというのは煩わしい。何より楽しくない。

 

 そこで大尉はEXルーミアに何か目標となるような派手で巨大なモノを注文した。その結果がこれである。決して、悪意があって頼んだものではない。

 

 それはEXルーミアも同じだった。大尉から頼まれ、意気込んだEXルーミアは知らず知らずにこの闇のドームを創り上げていた。自分と大尉の決戦の場である以上は雰囲気作りも大事だと考えたのだ。悪意があったわけではない。自分も大尉も楽しめるようにと思っただけだ。

 

 結果、結界に綻びが生じている無縁塚を中心に結界の綻びにまで侵食しようとする闇が出来上がってしまった。綻びにこのまま侵食し続けてしまえば、やがて、博麗大結界全体に闇が侵食するだろう。そうなってしまえば、幻想郷そのものが崩壊する。

 

 三人はその事実を知らない。 

 

 

 


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