東方戦争犬   作:ポっパイ

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五十四話

 

 

 大尉たちは最後の戦いの場所を決めるため、宛もなく移動を続けていた。大尉は幻想郷自体に思い入れはない。夢の終わりのような闘争がしたい一心しかない。かといって、最後の戦いを場を安っぽく終わらせるのは締まりが悪い。そして、大尉に抱えられた影狼に無茶ぶりが始まる。

 

「え!? 戦える場所を教えろ、だって? 決めてなかったのかい!?」

 

 現地の化物に訊ねるのが一番だ。何せ、大尉は幻想郷の知識を知らないことの方が多い。訊ねられた影狼は暫く考え込む様子を見せたが、何か決心したのか臆することなく大尉に訊ね返す。

 

「本当に終わりにするのかい?」

 

 影狼は大尉と会話する中で、大尉の真の望みを汲み取っていた。だからこそ、影狼は理解できなかった。否、したくなかった。

 

 大尉の表情は変わらない。だが、一緒に移動して聞いていたEXルーミアの表情が恐ろしいものへと変わっていく。抱えられた影狼からはその表情は見えていない。

 

 大尉は当たり前だ、と云わんばかりに頷く。迷いが一切感じられない大尉に影狼は小さく唸る。大尉が幻想郷でしてきたことを考えれば、許される範疇をとっくに越えている。それは影狼も理解できている。捕虜とはいえ、大尉の作戦に加担した一人に間違いはないのだから。

 

 彼は終わりを素晴らしいものだと思っている。だが、影狼はそうは思わない。同じ人狼ではあるが根本的に違う。影狼は死ぬのが怖いのだ。狩られるのも病に倒れるのも嫌なのだ。

 

「でも――――!」

 

 大尉から「黙れ」と明確な意思が伝わってくる。同じ人狼であろうと価値観が根本的に違う二人では理解し合えることなど無理だ。解らせようにも大尉はそれしか知らない。知る必要はないと考えている。

 

「やっぱ殺そォぜ、コイツ。ウザったくて仕方ねェよ」

 

 今まで黙っていたEXルーミアが呆れたように口を開く。冗談でも何でもない本気だ。殺気が嫌というほど伝わってくる。大尉が頷けば、それで影狼は死ぬだろう。

 

 だが、大尉は影狼を殺すつもりは微塵もない。それは影狼が通訳として優秀であると考えているからだ。それこそ、影狼が捕虜として通訳を続けてくれている限りは大尉は影狼を殺すつもりはない。もう一人の通訳だった椛からは従う意思があまり感じられなかった。後は、立派に戦ってくれていることを願う限りだ。

 

「……む、無縁塚なんてどうだい?」

 

 幻想郷の外れにあるその場所は一部の者しか近付かないような結界の綻びが生じている危険な土地だ。縁者のいない者のための共同墓地とされているが、その実、墓石と呼べるようなものはなく、人が抱えて運べるような石が転がっているだけだ。また、外の世界から様々なものが流れ着く場所でもあり、ある者はそれを「宝の山」と呼んではいるが、傍から見ればガラクタの山にしか見えない。

 

 影狼からの説明を受けた大尉はその場所に興味を持った。自分の居場所としては良い場所ではなかろうか、とも考える。縁者のいない自分が死ぬのには最適だ。それに知っている何かがあるかもしれない。そうと決まれば、影狼に無縁塚に向かう意思を伝える。

 

「げっ……分かったよ」

 

 大尉が影狼を抱えて空へ跳び、影狼が空から無縁塚の大体の方向を指差す。降りる時、聞き覚えのある白狼天狗の小さな咆哮を耳にして大尉は満足げにその方向を見詰めていた。影狼にもその咆哮は聞こえていたが、身を案じることしかできない不甲斐ない自分に少し罪悪感が沸いた。

 

 次は自分たちの番だ、と云わんばかりに張り切った様子の大尉は急加速して無縁塚へと向かう。EXルーミアはそれに着いていくのがやっと様子だが、大尉の後ろを着いて来ている。大尉に抱えられた影狼はその空気抵抗に耐えきれず、乙女が晒していいような表情ではない表情を晒してしまっていた。

 

「あばばばばばば!」

 

 影狼の情けない声が木霊する。

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 『普通の魔法使い』霧雨 魔理沙に対しての幽香の評価は可もなく不可もなく『普通』だった。『マスタースパーク』をパクれるようになったその努力は認めるが、所詮は人間の内でしかなかった。幽香のような人外の者からすれば当たり前のことでしかなかった。

 

 だが、その評価も改めなくてはいけない。眼前に浮かぶ少女が前に会った時の少女と同一人物であるとは到底思えなかった。それ程までに幽香は衝撃を受けていた。

 

「何だ? 無視か、幽香」

 

 人間が持ち得るとは思えない魔力を纏った魔理沙の姿は化物染みている。この短期間で何があったのか。

 

「……見違えたわ」

 

 幽香の言葉に魔理沙は何の事か分かっていない様子だった。まるで自覚がないようにすら感じる。

 

「あー、修行してたからな。やっぱ判るもんなのか?」

 

「えぇ、判るわ。どんな手段に手を伸ばしのか気になるわ」

 

 魔理沙は師匠にしてもらった修行を思い出す。何度も何度も死にかけた。師匠でもある大悪霊は可愛い弟子であろうと一切の容赦もなく魔理沙を殺すつもりで鍛えていた。その結果、魔理沙は強くなった。

 

「あぁ。だから、私はここにいるんだぜ」

 

 どんなに辛い修行も耐えた。失敗すれば魂が砕け散るような禁忌にも恐れることなく踏み込んだ。どれもこれも霊夢の助けになりたいからだ。霊夢と肩を並べて異変を解決したかったからだ。

 

「で、人狼は何処にいるんだ? 教えてくれよ」

 

 実の所、幽香も大尉たちが何処へ行ったかは知らない。好きに動いていることだろう。このまま魔理沙を通すのも一興かもしれない。今の魔理沙ならば、大尉の敵としての資格はあるだろう。

 

 だが、今の幽香は気持ちが昂ぶっていた。先程の椛との戦いが想像以上に楽しかったのだ。もっと闘争を楽しみたい。

 

「それは出来ない相談ね。私を倒せば教えてあげるわよ」

 

「じゃあ、そうさせてもらうぜ!」

 

 魔理沙のミニ八卦炉から流星のような綺羅びやかな弾幕が放たれる。幽香はそれを避けることなく受け止めてみせる。一撃一撃に重さを感じるが、それはまだ弾幕ごっこの域を超えていない。

 

「見掛け倒しね!」

 

 受けるのも馬鹿らしくなった幽香は日傘で弾幕を振り払う。しかし、振り払った僅かな隙を狙った超高速の弾幕の礫が幽香に雨のように降り注ぐ。だが、どれも致命的ではない。幽香は涼しい顔をして受け止めている。仕返しとばかりに地面から蔓が魔理沙を捕らえんと勢いよく伸びてくる。

 

「まだ幽香相手にゃ厳しいか」

 

 それを軽々と避けながらも自虐気味に魔理沙が笑う。しかし、避けるのに意識がいっていた魔理沙は幽香の姿を見落としていた。気づいた時には魔理沙の肩へ幽香の拳が叩き込まれようとしていた。

 

「――――いっ!」

 

 瞬時に自身に対する防御魔法と結界魔法を同時に発動するも幽香の拳は結界魔法を破り、魔理沙を地面へと殴り落とす。

 

 地面へと墜落した魔理沙はすぐに態勢を整え、殴られた肩を確認する。鈍い痛みはするものの動かすことはできている。防御魔法を発動していなければ、魔理沙の肩は潰れたトマトのようになっていただろう。

 

 幽香の戦い方を魔理沙は知っている。能力なんてものはおまけに過ぎない。真に恐ろしいのは、幽香自身の戦闘能力だ。そんな幽香は楽しげに日傘を回しながらなふわりと地面に降り立った。

 

 確かに魔理沙は修行を経て強くなった。だが、魔理沙と幽香の間には絶対的な種族の差がある。修行した程度ではその差は埋められない。それは魔理沙にも自覚はあった。

 

 パチュリーやアリスのような才能もない。咲夜や早苗のような能力もない。霊夢のような天才肌でもない。自分は努力をするしかない凡人でしかない、と魔理沙は自覚している。努力で補えない部分をどうするか。埋まらない差をどうやって埋めるのか。その答えを魔理沙は大悪霊から得ていた。

 

『頼ればいいんだよ』

 

『頼る、ですか?』

 

『残念ながら魔理沙、お前に魔法の才能はない!』

 

『はっきり言ってくれますね』

 

『夢見て死にたかないだろ? 自覚させた方がいいってもんだ。それでだ、努力にも限界はある。あたしの修行はその努力を限界まで引き上げるだけだ。引き上げたら、はいお終い! 敵わない相手にゃ敵わないままさ!』

 

『……』

 

『だったら、頼ればいいんだよ。イカれた魔道具、禁忌も外道もありとあらゆる頼れるもの全てに頼ればいい! 情けないのは仕方ない! 限界がそこなんだからねぇ!』

 

 師匠の言葉を思い出した魔理沙は不敵な笑みを浮かべる。幽香にはその笑みが余裕のあるものに見えて仕方ない。何か隠し玉があるのだろうか、と楽しくなってきてしまう。

 

「何を隠しているのかしら?」

 

「態々言うと思ってんのか?」

 

「言う前に消し炭にはなりたくないでしょう? ほら、構えなさい」

 

 日傘の尖端が魔理沙へと向けられる。魔理沙はその動作の意味をよく知っている。故に魔理沙もミニ八卦炉を幽香へ向ける。向けなければ本当に消し炭になってしまうだろう。

 

「『マスタースパーク』」

 

「恋符『マスタースパーク』!」

 

 色鮮やかな極太のレーザーが魔理沙と幽香からそれぞれ同時に放たれ衝突する。傍から見れば拮抗しているように見えるが両者の表情に違いが出ている。魔理沙は必死の表情を浮かべているのに対し、幽香はどこかつまらなそうだ。

 

「まだ弾幕ごっこのつもり? だとしたら巫山戯ているとしか思えないわね」

 

「巫山戯る? 私は何時だって真剣だぜ!」

 

「そう。なら、死ね」

 

 拮抗していた極太のレーザー同士の衝突に幽香の妖力が込められる。それはまるで今までのが本気ではない、と云わんばかりだ。やがては幽香のマスタースパークが魔理沙のを呑み込んでいく。

 

「あっ――――――――」

 

 超極太のレーザーが魔理沙を包み込む。

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 無縁塚までの道中、大尉は気になっていたことを影狼に訊ねる。

 

「博麗霊夢について知りたい、そうは言われても私もあんまり親しくないからなぁ」

 

 大尉が知りたかったのは霊夢についてだ。この世界の宿敵である愛しき彼女。思えば、彼女のことについて大尉はほとんど知らなかった。だが、聞いた相手が間違いであった。

 

 影狼は霊夢との接点がほとんどない。まだ幽香の方が接点はあったであろう。大尉に抱えられながら腕を組んで考えている様子を見て大尉は聞く相手を間違えたことに気付いた。

 

「……貧乏?」

 

 大尉とEXルーミアが呆れたような気がしたのを影狼は感じ取った。

 

「待って。ちょっと待って。本当に待って。今、思い出すから!」

 

 改めて、影狼は霊夢との接点がないことを自覚させられる。巷の噂話くらいでしか霊夢を知らない。「空腹すぎて境内で倒れていた」や「食べるものがなさすぎて何も並んでいない食卓で何かを食べる素振りだけしていた」や「賽銭箱に何か落ちる音がすると音もなく背後に立たれ神のように崇められる」など、どれもくだらない噂話だ。大尉に伝えるほどのものではない。

 

「あ! あれだ! 異変解決の専門家!」

 

 とっさに思いついた影狼の言葉に大尉は反応を示す。『異変』という言葉に馴染みのない大尉は首を傾げる。しかし、何故か彼の吸血鬼や眷属の女吸血鬼、その女主人を連想してしまう。

 

「あー、異変っていうのは……」

 

 影狼は言葉に詰まりながらも異変の説明をしようとする。幻想郷が紅霧に包まれる異変、春が訪れない異変、例を挙げようとすればきりがない。要は日常から外れた異常な事態のことを影狼は指したかった。そう説明すると大尉は理解したのか頷く。

 

 だが、自分の戦争が異変で終わらされるのは些か癪だ。とても許せるものではない。戦争である以上は互いに殺し合わなければならない。そこに真の終わりがあると大尉は考えている。

 

「まーた物騒なこと考えてるよ、この人」

 

「おい! 巫女は私が殺すんだからな! 邪魔するなよ、大将!」

 

 EXルーミアから抗議の声が挙がる。霊夢を倒すのは大尉ではない。EXルーミアがその役割を担っている。少し残念ではあるが、約束した以上は仕方がない。霊夢以外にも倒されるに値する存在はいるだろう。今は一先ずEXルーミアとの約束を果たしてあげなければならない。

 

「それは安心しろ、と言ってます」

 

「よし! さっさと無縁塚に行こうぜ!」

 

 大尉たちは終わりへと確かに向かっていた。


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